皆さんこんにちは。
今回は「顔や首のマッサージが脳の老廃物を排出し、認知症予防に役立つかもしれない」という、ちょっと驚きの研究をご紹介します。
これが本当なら、とても簡単な方法で脳の健康を守れるかもしれないということです。でも、「なぜそんなことが起きるの?」と思われた方も多いはず。ここでは、できるだけわかりやすく、そして丁寧に、最新の研究成果を解説していきます。
●脳の中を流れる「脳脊髄液(CSF)」って何?
まず、今回の話の主役となるのが「脳脊髄液(のうせきずいえき:CSF=Cerebrospinal Fluid)」という体液です。
これは名前の通り、「脳」や「脊髄(背骨の中を通る神経)」のまわりを満たしている液体で、体の中でとても大切な役割を担っています。
主な役割は以下の3つです。
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脳を衝撃から守るクッションのような働き
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脳の代謝によって生じた老廃物の運び屋
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栄養やホルモンの運搬
このCSFは絶えず作られては排出される循環システムを持っており、健康な状態ではしっかり流れています。
●CSFが詰まるとどうなる?
最近の研究では、CSFの流れが悪くなると、アルツハイマー病などの神経変性疾患(しんけいへんせいしっかん)につながる可能性があると考えられています。
神経変性疾患とは、脳の神経細胞が徐々に死んでいく病気で、以下のような病気が含まれます。
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アルツハイマー病:記憶や思考能力が低下する
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パーキンソン病:体の動きがぎこちなくなる
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ALS(筋萎縮性側索硬化症):筋肉が動かなくなる
これらの病気の共通点の1つが、「脳の中に老廃物(とくにアミロイドβやタウたんぱく)などが蓄積すること」です。
●CSFはどこを通って、どこに排出されているのか?
このCSFが脳のどこから出ていき、どこへ流れていくのか?については、これまであまり詳しくわかっていませんでした。
ところが、2024年に韓国のGou Young Koh博士のチームが、驚くべき新しいCSF排出ルートを発見しました(参考文献1)。
▼くも膜下腔 → 髄膜リンパ管 → 鼻咽頭リンパ網 → 首の深いリンパ節
ざっくり言うと、
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脳の表面(くも膜下腔)にあるCSFが
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頭蓋骨の底にある髄膜リンパ管(ずいまくリンパかん)
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→ さらに鼻の奥にある鼻咽頭リンパ網(びいんとうリンパもう)
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→ 最終的に首の奥のリンパ節に流れ込んでいく
という流れです。
この流れを通じて、脳から老廃物が体の外に向かって排出されていくのです。
●マウスでの実験:CSFの流れを薬で改善するとどうなる?
Koh博士らのグループは、マウスを使った研究である薬剤の組み合わせによってCSFの排出が促進されることを発見しました。
その組み合わせとは以下の3つの薬です(参考文献3):
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プラゾシン:高血圧治療薬
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アチパメゾール(atipamezole):α2受容体遮断薬(鎮静の解除などに使われる)
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プロプラノロール:β遮断薬。心臓病や高血圧、不安障害にも使われる
これらを併用すると、マウスのCSF排出が高まり、脳のむくみ(浮腫)が改善され、動きが滑らかになるという効果が観察されました。
●マッサージでCSFの排出を促進できる?!
さらに、Koh博士のグループが次に行ったのが、「もっと簡単な方法でCSF排出を促進できないか?」という挑戦です。
結果は驚くべきものでした(参考文献4〜6)。
なんと、顔や首の表面を軽くマッサージ(あるいは綿棒のようなものでトントン刺激)するだけでCSFの流れが良くなることがわかったのです。
▼発見された「新しい排出経路」
この時発見されたのは、皮膚のすぐ下(わずか5mmほど)を通るCSFの排出経路です。
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顔(目・鼻・口のまわり)→ 表在性頸部リンパ管(scLV)→ 顎下リンパ節(smLN)
という流れです。
この表在性リンパ管(superficial cervical lymphatic:scLV)を通じて、脳からのCSFが顔→首→リンパ節へと流れていくという全く新しいルートが見えてきたのです。
●軽くマッサージするだけで効果あり?
研究では、以下のような方法で実験が行われました。
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綿棒のような器具で顔や首をトントンと軽く叩く
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表面を優しくさするようなマッサージ
このシンプルな刺激だけで、老化したマウスのCSF排出が若いマウスと同じレベルまで改善したのです。
しかも、この効果はサルでも確認済み(未発表)であり、ヒトの皮膚下にも同じようなリンパ構造があることから、人間にも応用できる可能性が出てきました。
●でも、現時点でわかっていないことも多い
ただし、現時点ではまだマウスやサルでの結果にとどまっており、人間で本当に同じように効果があるかどうかは不明です。
また、
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CSF排出を促すことで、実際にアルツハイマー病の進行を遅らせられるか?
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予防的な効果があるのか?
といった肝心な点については、これからの研究が必要です。
今後、アルツハイマー病のマウスモデルを使って、実際に病気の進行が遅くなるかどうかを調べる予定だそうです(参考文献6)。
●まとめ:毎日のセルフケアとしての「顔・首マッサージ」
現時点では「マウスでは有効だった」という段階ですが、それでも今回の研究はとても示唆に富んでいます。
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首や顔のリンパの流れを整えることが、脳の老廃物の排出につながるかもしれない
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マッサージなどの物理的刺激でリンパの流れを助けることができる
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認知症や脳の老化に対する新たな予防・治療の可能性がある
将来的には、薬に頼らない「非侵襲的(ひしんしゅうてき)」な予防法として、顔や首のマッサージが広く認知されるかもしれません。
●参考文献
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Yoon JH, et al. Nature. 2024;625:768-777.
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Nelson-Maney NP, et al. J Clin Invest. 2024;134:e175616.
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Hussain R, et al. Nature. 2023;623:992-1000.
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Jin H, et al. Nature. 2025 Jun 4. [Epub ahead of print]
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New non-invasive method discovered to enhance brain waste clearance / Eurekalert
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Massaging the neck and face may help flush waste out of the brain / NewScientist
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