前回の記事では、脳の中では「欲しい」と「好き」が同じではない、という話を書きました。
欲しかったものを手に入れたのに、思ったほど感動しない。
目標を達成したのに、しばらくすると次の目標が欲しくなる。
そこには、**Wanting(欲しい・追いかける)とLiking(好き・実際に味わう快)**という、少し違った脳の仕組みがあります。
そして、その中心に登場したのがドーパミンでした。
ただ、ここで一つ疑問が残ります。
では、人と一緒にいてホッとしたり、静かな朝に「なんか幸せだな」と感じたりするのも、全部ドーパミンなのでしょうか。
どうも、そんなに単純ではありません。
人間の幸福には、ドーパミン以外にもたくさんの仕組みが関わっています。
今回はその中から、よく「幸せホルモン」と呼ばれることのあるセロトニンと、よく「愛情ホルモン」と呼ばれるオキシトシンについて考えてみます。
結論から先に言うと、
「ドーパミン=やる気」
「セロトニン=幸せ」
「オキシトシン=愛」
と単純に分けるのは、分かりやすいけれど正確ではありません。
でも、それぞれの違いを知ると、
なぜ「もっと、もっと」と追いかけても幸せになり切れないのか
が少し見えてきます。
ドーパミンは「幸せ」より「行け!」に近い
まず前回のおさらいです。
ドーパミンは、昔は「快楽を感じる物質」のように説明されることがありました。
しかし現在では、もっと幅広い役割があることが分かっています。
特に重要なのが、
「それを取りに行きたい」
という動機づけです。
神経科学者ケント・バーリッジらは、
Wanting=欲しい、追いかけたい
と
Liking=実際に好き、気持ちいい
を区別しています。
ドーパミンは特にWantingの側と深く関係します。
一方、本当に「気持ちいい」と感じるLikingには、脳内のオピオイド系など、別の仕組みが大きく関わります。(PubMed Central (PMC))
だから、
「ものすごく欲しい」
と
「手に入れたらものすごく幸せ」
は、イコールではありません。
ここが前回の話でした。
では、セロトニンは何をしているのでしょう。
セロトニンは「幸せを出す物質」ではない
セロトニンもよく、
「幸せホルモン」
と呼ばれます。
でも、これもかなり乱暴な説明です。
セロトニンは、脳のさまざまな場所に働きかけ、
気分、睡眠、食欲、注意、学習、衝動性、社会行動、報酬や罰の学習など、本当にたくさんの働きを調整しています。研究によって確認されている受容体も多数あり、「一つのスイッチを押せば幸福になる」という物質ではありません。(PubMed Central (PMC))
少しイメージしやすくするなら、
ドーパミンが
「行こう!」
だとすると、
セロトニンは
「ちょっと待とう」
「落ち着いて考えよう」
「今すぐじゃなくてもいい」
といった調整役に近い場面があります。
もちろん、これはあくまで分かりやすくするための例えです。
実際のセロトニンの働きは、もっと複雑です。
「待てる力」とセロトニン
セロトニン研究で面白いテーマの一つが、我慢して待つ力です。
たとえば、
「今すぐ100円もらう」
のと、
「しばらく待てば500円もらう」
のとでは、どちらを選ぶでしょう。
人間でも動物でも、目の前の小さな報酬に飛びつくことがあります。
しかし研究では、セロトニン系が遅れてやってくる報酬を待つ行動や、衝動を抑えることに関係する可能性が示されています。(PubMed Central (PMC))
だからといって、
「セロトニンが多い人は我慢強い」
と単純に言えるわけではありません。
どの受容体が、脳のどこで、どのタイミングで働くかによって結果が違います。
ただ、大きなイメージとしては、
ドーパミンが「取りに行く」方向に働く場面が多いのに対して、セロトニンは行動の速度や衝動を調整する側にも関わる
と考えると分かりやすいでしょう。
実は、体のセロトニンの多くは腸にある
ここで少し意外な話があります。
人間の体にあるセロトニンの大部分は、脳ではなく消化管に存在します。(PubMed Central (PMC))
すると、
「じゃあ腸のセロトニンを増やせば、幸せになるの?」
と思うかもしれません。
ところが、そう単純ではありません。
腸など体の末梢で作られたセロトニンは、基本的に血液脳関門という脳のバリアをそのまま通り抜けることができません。脳で使われるセロトニンと、腸などで働くセロトニンは、かなり別々に管理されています。(PubMed Central (PMC))
ですから、
「この食べ物を食べればセロトニンが増えて幸せになる」
という説明を見たら、少し注意が必要です。
腸と脳が無関係という意味ではありません。
腸内環境、神経、免疫、代謝物などを通じて、腸と脳は複雑に情報交換しています。
ただ、
腸でセロトニンが増える
↓
そのセロトニンが脳へ行く
↓
幸せになる
というほど単純な話ではないのです。
オキシトシンは「愛情ホルモン」なのか
次にオキシトシンです。
こちらもテレビやネットでは、
「愛情ホルモン」
「抱きしめると出るホルモン」
と説明されることがあります。
これも、半分くらいは合っています。
オキシトシンは、親子関係、パートナーとの結びつき、社会的な認識、人との交流、ストレスの調整などに関係します。近年のレビューでも、社会的認知や集団形成、意思決定、ストレス緩和など幅広い社会行動に関与すると整理されています。(PubMed Central (PMC))
人と触れ合ったとき。
赤ちゃんを抱いたとき。
大切な人と一緒にいるとき。
こうした場面でオキシトシン系が関係することは確かです。
そして面白いことに、オキシトシンとドーパミンは完全に別々に働いているわけではありません。
社会的な交流、食事、性的行動、マッサージなどでは、両方のシステムが関わり、お互いの働きに影響することも分かっています。(PubMed Central (PMC))
つまり、
「この人と一緒にいると安心する」
だけではなく、
「またこの人と会いたい」
という報酬や動機づけにもつながっていくわけです。
でも、オキシトシンは「人を優しくする薬」ではない
ここはかなり大事です。
オキシトシンについては、
「増えれば増えるほど優しくなる」
と思われがちです。
実際には違います。
オキシトシンは、目の前の社会的な情報を重要なものとして感じやすくする作用を持つと考えられています。
そのため、親しい人との絆を強めることもあれば、状況によっては、
「自分の仲間を守る」
方向へ働くこともあります。
研究では、内集団への信頼や結びつきを高める一方で、状況によって防御的な行動などにつながる可能性も示されています。(PubMed Central (PMC))
ですから、
オキシトシン=愛
ではなく、
もう少し正確には、
「人との関係を重要なものとして処理する仕組みに関わる物質」
くらいに考えた方がいいでしょう。
では「幸せ」は、どこにあるのか
ここまで読むと、
「結局、どれが幸せ物質なの?」
と思うかもしれません。
たぶん、その質問自体を少し変えた方がいいのだと思います。
脳の中に、
これが出れば幸福になる
という一種類の物質があるわけではありません。
たとえば、休日の朝を想像してみます。
明日は家族で出かける予定がある。
「楽しみだな」
と思う。
ここにはドーパミン系を含む、期待や動機づけの仕組みが関わるでしょう。
朝になり、ゆっくりコーヒーを飲む。
「うまいな」
と感じる。
こうした実際の快楽には、オピオイド系などのLikingの仕組みが関係します。(PubMed Central (PMC))
家族とくだらない話をして笑う。
子どもと手をつなぐ。
パートナーと一緒に歩く。
そこではオキシトシンを含む社会的な絆の仕組みが働きます。
そして、
何かに追い立てられることもなく、
「今日はこれでいいな」
と感じながら過ごす。
そこにはセロトニンを含む、気分や行動を調整するさまざまなシステムが関わっています。
全部一緒に動いている。
幸福とは、たぶんこちらに近いのです。
脳はオーケストラのようなもの
少し乱暴ですが、こんなふうに考えると分かりやすいかもしれません。
ドーパミンは、
「行こう。次があるぞ」
と背中を押す。
セロトニンは、
「急ぎすぎなくていい」
と全体の調子を整える。
オキシトシンは、
「この人は自分にとって大切だ」
という社会的な意味を強める。
そしてオピオイド系などが、
「ああ、気持ちいいな」
という実際の快を作る。
もちろん、脳科学的にはこんなに役割がきれいに分かれているわけではありません。
それぞれは互いに影響し合っています。
でも、一つだけ確かなのは、
幸福を一種類のホルモンで説明することはできない
ということです。
脳は一人のスター選手ではなく、オーケストラのように動いています。
「もっと」と「これでいい」は、少し違う
ここで、前回の記事に戻ります。
ドーパミン的なWantingは、人間を前へ進ませます。
もっと勉強したい。
もっとお金が欲しい。
もっと評価されたい。
もっと旅行したい。
もっといい家に住みたい。
もっとフォロワーが欲しい。
これは悪いことではありません。
人類がここまで発展した原動力の一つでもあるでしょう。
ただし、
「もっと」は、そのままにしておくと終わりません。
一方で、人と笑う。
お風呂に入る。
散歩する。
本を読む。
猫をなでる。
孫と話す。
庭の花を見る。
好きな音楽を聴く。
こういう時間には、「もっと上へ」という競争とは少し違う幸福があります。
派手ではない。
数字にもなりません。
でも、
「これは好きだな」
「この時間はいいな」
という感覚は残ります。
強い刺激と、深い幸福は同じではない
現代は「強い刺激」を手に入れるのが、とても簡単になりました。
スマホを開けば、新しい動画が出てくる。
買い物をすれば翌日に届く。
SNSを見れば、世界中の成功者が現れる。
ゲームには次のステージがある。
投資アプリを開けば資産額が動いている。
Wantingを刺激するものには困りません。
でも、人間の幸福に必要なのは、
刺激を最大化することだけではない
のかもしれません。
誰かと一緒にいる安心感。
急がなくてもいい時間。
食事をゆっくり味わうこと。
今日一日を悪くなかったと思えること。
そうしたものには、ドーパミンだけでは説明できない脳の仕組みが働いています。
「幸せホルモン」を探すより、幸せな生活を作る
ネットを見ていると、
「セロトニンを増やそう」
「オキシトシンを出そう」
「ドーパミンをコントロールしよう」
という言葉をよく見かけます。
でも、本当は逆なのかもしれません。
ホルモンや神経伝達物質を直接操作して幸せを作ろうとするのではなく、
自分が気持ちよく暮らせる生活を作った結果として、脳のさまざまな仕組みが自然に働く。
そのくらいの距離感の方が、実際の脳科学には近いと思います。
散歩する。
人と話す。
よく眠る。
一緒にご飯を食べる。
好きなことをする。
疲れたら休む。
笑う。
何もしない時間を持つ。
どれも地味です。
でも人間の脳は、意外とそういう普通の時間を大切にするようにできています。
「もっと欲しい」は脳が言う。
「今日はこれで十分」は、自分が決める。
ドーパミンは、私たちを前へ進ませてくれます。
オキシトシンは、人とのつながりを大切なものにしてくれます。
セロトニンは、気分や行動をさまざまな形で調整します。
そしてLikingの仕組みは、実際に味わう快を作ります。
どれか一つが「幸福」なのではありません。
幸福とは、いくつもの仕組みがうまく重なった状態なのだと思います。
だから、人生の後半になるほど、
「次に何を手に入れるか」
だけではなく、
「すでに持っているものを、ちゃんと味わえているか」
という問いも大事になってくる。
もっと上へ行くことも楽しい。
でも、ときには立ち止まって、
コーヒーがおいしい。
今日は天気がいい。
家族が笑っている。
この本は面白い。
そんな小さなことを、
「これで十分いいじゃないか」
と思える。
案外そこに、人間の脳に合った幸福があるのかもしれません。