はじめに(結論を先に)
甲状腺機能低下症の治療で広く使われているレボチロキシン(LT4)。
多くの方が「TSHが基準範囲に入れば、健康な人と同じ状態に戻った」と思いがちです。
しかし、大規模データで見ると、実はそう単純ではありません。
このブログでは、2025年に発表された英国の大規模研究
Evaluating the Link Between Thyroid Function Test Results and Levothyroxine Dose in the Management of Hypothyroidism
をもとに、
なぜLT4治療中のTSHとFT4は“健常者と同じ形”にならないのか
なぜTSHだけを見ていると調整が難しくなるのか
私たちは何に気をつけて治療を続ければよいのか
を、専門用語には必ずやさしい説明を添えつつ、
小さくて直感的なイラストを交えながら、丁寧に解説します。
まずは超基本:甲状腺ホルモンの関係
● TSH(甲状腺刺激ホルモン)
脳(下垂体)から出るホルモン。
甲状腺に向かって
「ホルモンが足りないよ → もっと出して」
「もう十分だよ → 抑えて」
と指示を出す司令塔です。
● FT4(遊離T4)
血液中にある、実際に使われる甲状腺ホルモンの量。
レボチロキシンは、このT4そのものです。
👉 本来の体の仕組み
TSH ↔ FT4 は、絶妙なバランスを取りながら安定しています。
「治療すれば同じに戻る」は本当?
今回の研究では、
LT4治療中の甲状腺機能低下症の人:約4.8万人
治療を受けていない“ほぼ健常”な人:約39万人
という、非常に大きな集団を14年間追跡し、
**TSHとFT4の分布(ばらつき方)**を比較しました。
結果①:FT4は「同じ形だけど、位置がズレる」
何が起きている?
分布の形そのものは似ている
でも、LT4を飲んでいる人は、低用量でもFT4がやや高め
用量が増えるほど、健常者との距離はさらに広がる
👉 ポイント
「FT4が基準内」でも、
健常者と同じ“位置”にいるとは限らない。
結果②:TSHはまったく別物になる


つまり…
LT4治療中では
TSHが低すぎる人
検出限界近くまで抑制される人
が非常に多い
用量が増えるほど、この偏りはさらに強くなる
数字で見ると、もっとはっきりする
● TSHが「基準範囲内」に入っている割合
未治療の人:90.3%
LT4治療中:43.8%
👉 治療しているのに、半分以下しかTSHが範囲内にいない
これは「調整が下手」という話ではなく、
そもそも同じバランスに戻らない構造を示唆しています。
結果③:同じFT4でも、TSHの意味が変わる

イラストのイメージ
TSH
↑ 未治療
| \
| \
| \
| \__ 治療中
|----------------→ FT4
約20 pmol/L
重要な発見
FT4 ≈ 20 pmol/L 付近でだけ
→ 治療中と未治療のTSHが似るそれより
低いFT4:治療中の方がTSHは高く
高いFT4:治療中の方がTSHは低く
👉 TSHとFT4の関係そのものが変わっている
なぜ、こんなズレが起きるの?
理由①:体は「T4だけ」で動いていない
健康な甲状腺は
T4
T3(より活性の強いホルモン)
を同時に分泌し、さらに各臓器で微調整しています。
👉 LT4治療は T4単独補充
→ FT4をやや高めにしないと、
必要なT3が足りない人が出る可能性
理由②:TSHはとても繊細
TSHは
年齢
体質(セットポイント)
心臓・骨・他の病気
薬の飲み方
に強く影響されます。
👉 同じFT4でも、TSHが違うのは自然なこと
理由③:飲み方の“現実”
レボチロキシンは
食事
鉄・カルシウム
胃薬
飲み忘れ → まとめ飲み
の影響を強く受けます。
👉 FT4は平均で保たれても
👉 TSHは「歪んだ形」で反応しやすい
じゃあ、どう付き合えばいい?
① TSHだけで判断しない
TSH + FT4 をセットで見る
これだけで、調整の質は大きく上がります。
② 「基準範囲=正解」と思い込まない
高齢
心疾患
骨粗鬆症リスク
がある人では、
少し高め・低めを許容する設計が必要なこともあります。
③ まずは「飲み方」を整える
増量・減量の前に
いつ飲んでいる?
何と一緒に飲んでいる?
ここを整えるだけで解決するケースは非常に多いです。
④ 小刻み・ゆっくり調整
TSHは反応が遅いホルモン。
焦ると、振り子のようにブレます。
患者さんへの説明に使える一言
「この薬はとても良い薬ですが、
体が自分で作っている状態と“検査の形”が
まったく同じには戻らないことがあります。
だからTSHだけでなく、FT4や体調も一緒に見ながら
あなたに合うバランスを探していきましょう。」
おわりに
この研究が教えてくれるのは、
「治療=健常者に完全に戻す」ではなく、
「治療=その人にとって安全で快適なバランスを探す」
という視点の大切さです。
TSHは大事。
でも、TSHだけでは足りない。
これからの甲状腺治療は、
数値を“当てはめる医療”から、
分布と個性を理解する医療へ
静かに進んでいくのだと思います。





















