2026/02/24

健康講座981 不平不満は脳を壊すのか? ― 慢性ストレス・反すう思考・脳可塑性から読み解く科学的真実と、今日からできる対策 ―

 



SNSなどで

「愚痴を言うとコルチゾールが出て脳が壊れる」
「不満ばかりだと認知機能が破壊される」
といった強い表現を見かけることが増えました。

結論から言えば、これは半分は正しく、半分は誇張です。

愚痴を一度言っただけで脳が壊れるわけではありません。
しかし、「不満に意識を固定し続ける思考習慣」が、脳の働きに悪影響を与える可能性があることは、神経科学・精神医学の分野でかなり確かな知見として積み重なっています。

重要なのは、

  • 何が本当に問題なのか

  • どこまでが科学的に裏付けられているのか

  • そして現実的にどう対処すればいいのか

を冷静に整理することです。


問題の正体は「愚痴」ではなく「慢性ストレス状態」

まずはっきりさせておきたいのは、

👉 不満そのもの
👉 愚痴という行為

が直接脳を壊すわけではありません。

本当の問題は、

  • ストレス反応が長期間続くこと

  • ネガティブな出来事を繰り返し頭の中で再生すること

  • 感情的な興奮状態が下がらないこと

つまり慢性ストレス状態です。

人は強いストレスを感じると、視床下部―下垂体―副腎皮質系(HPA軸)が活性化し、コルチゾールなどのストレスホルモンが分泌されます。

これは本来、危険に対処するための正常な生理反応です。

ところがこの状態が長引くと、脳に次のような変化が起こりやすくなります。

  • 記憶を担う海馬の可塑性低下

  • 思考や判断を司る前頭前野の機能低下

  • 不安や恐怖を増幅する扁桃体の過活動

特に海馬はストレスホルモン受容体が多く、慢性的な高コルチゾール環境では

  • 樹状突起の縮小

  • シナプス形成の低下

  • 神経新生の抑制

といった変化が起こることが示されています。

ただし、これは「破壊」ではありません。
正確には可塑性(柔軟性)の低下です。

つまり脳が硬くなっていく。


なぜ「不満」が長引きやすいのか ― 反すう思考という落とし穴

ここで重要なキーワードが反すう(rumination)**です。

反すうとは、

  • 同じ不満や出来事を何度も思い返す

  • 解決策に向かわず堂々巡りになる

  • 感情的な覚醒が下がらない

という思考パターンです。

反すう傾向の高い人は、

  • ストレス後のコルチゾール回復が遅い

  • 自律神経が鎮まりにくい

  • 抑うつや不安になりやすい

ことが分かっています。

さらに近年の大規模レビューでは、怒りや不満を「吐き出す」だけの行為(いわゆる venting)が、必ずしも感情を軽くせず、むしろ怒りを維持・強化する可能性が示されました。

理由は単純です。

脳は「使われた回路」を強化します。

不満を語るたびに、

  • ネガティブな記憶

  • 被害的な解釈

  • 怒りの感情

が再点火され、その神経回路が太くなる。

これが「愚痴グセ」の正体です。


認知機能はどう影響されるのか

慢性ストレス状態では、

  • 集中力

  • 作業記憶

  • 意思決定

  • 認知的柔軟性

といった前頭前野の働きが落ちやすくなります。

これはコルチゾールが前頭前野の活動を抑制し、扁桃体優位の“生存モード”に脳を傾けるためです。

短期的には身を守る反応ですが、長期化すると、

  • 視野が狭くなる

  • 白黒思考になる

  • 小さな問題で過剰反応する

といった状態になります。

ここで誤解してはいけないのは、

👉 脳が永久に壊れるわけではない

という点です。

多くの場合は可逆的です。

つまり、使い方を変えれば戻る。


では、科学的に見て「何をすればいいのか」

ここからが最も大切な部分です。

対策の本質は
「ポジティブになろう」
「我慢しよう」
ではありません。

脳科学的に有効なのは次の4本柱です。


① 反すうを“構造的に”止める

ポイントは「愚痴で終わらせない」こと。

おすすめは極めてシンプルです。

不満を口にしたら、必ず最後にこの一文を足す:

「で、次にできる小さな一手は?」

これは認知行動療法の基本構造で、

  • 問題志向
    → 解決志向

へ前頭前野を切り替えるスイッチになります。

重要なのは「小さく」「具体的に」。

例:

  • メール1通送る

  • 5分散歩する

  • 今日はここまでにする

これだけで反すう回路が遮断されやすくなります。


② 覚醒レベルを下げる(ここが最重要)

感情は思考では止まりません。
体から下げます。

エビデンスが最も強いのは:

  • 深くゆっくりした呼吸

  • 軽い有酸素運動

  • マインドフルネス

  • 入眠時間の固定

特に運動は、

  • BDNF増加

  • 海馬神経新生促進

  • コルチゾール調整

という“脳への直接効果”があります。

「考え方を変える」より
「体を動かす」方が先です。


③ 睡眠を最優先する

慢性ストレス × 睡眠不足 は最悪の組み合わせです。

睡眠不足だけで、

  • 扁桃体反応が過敏になる

  • 前頭前野のブレーキが弱まる

ことが分かっています。

不満が止まらない人の多くは、まず睡眠が崩れています。

治療的介入としても、最初に整えるべきは睡眠です。


④ 感謝は「補助輪」として使う

感謝日記などには一定の効果がありますが、万能ではありません。

感謝は

  • 睡眠

  • 運動

  • 人とのつながり

と組み合わせて初めて力を発揮します。

単独で脳を治す魔法ではありません。


まとめ

不平不満が脳を壊すわけではありません。

しかし、

  • 不満に注意を固定し

  • 同じ思考を反すうし続け

  • ストレス状態を慢性化させる習慣

は、脳の柔軟性と認知機能を静かに奪っていきます。

これは破壊ではなく、使い方の偏りです。

そして脳は、使い方を変えれば書き換えられる。

愚痴をゼロにする必要はありません。

必要なのは、

  • 反すうを止める

  • 体を先に落ち着かせる

  • 小さな行動に変換する

それだけです。

静かに、確実に。



2026/02/23

健康講座980 カフェインで「疲れが消える」わけじゃない:アデノシン、眠気、睡眠負債、そして“夜の質”の話

 


コーヒー、緑茶、エナジードリンク。
「眠いからカフェイン」で助けられた経験は、多くの人にあると思います。けれど同時に、「夕方の一杯で夜が浅くなる」「寝つきは悪くないのに、翌日だるい」「効きが弱くなって量が増える」といった“カフェインあるある”もよく起きます。

この不思議さを理解する鍵が、アデノシンと**睡眠恒常性(睡眠圧)**です。結論から言うと、

  • カフェインは“疲労そのもの”を回復させるのではなく

  • 脳が感じる眠気(=睡眠圧のシグナル)を一時的に見えにくくする

  • その結果、睡眠の質(特に深い睡眠)を削る方向にも働きやすい

という、わりと“トレードオフな薬理”を持っています。これを丁寧に見ていきます。


1. まず「疲れ」と「眠気」を分ける:カフェインが主に動かすのは“眠気側”

日常語で「疲れた」は一語ですが、中身は混ざっています。

  • 身体的疲労(筋疲労、炎症、代謝ストレス)

  • 精神的疲労(注意持続の低下、判断力低下)

  • 眠気(睡眠圧)

  • だるさ(自律神経・体内時計・睡眠の質など複合)

カフェインが主に効くのは、ざっくり言えば眠気の知覚注意・覚醒です。
“回復”というより、“眠気シグナルをブロックして運転席を覚醒寄りに戻す”イメージに近い。

この「眠気シグナル」の中心にいるのがアデノシンです。睡眠とアデノシンの関係は長く研究されており、レビューでも「覚醒中に増え、眠気・睡眠圧に関与する」ことが整理されています。(PMC)


2. アデノシンとは何者か:脳が“起き続けた”ことを記録する化学的サイン

アデノシンはATP(細胞エネルギー)代謝とも関係が深い分子で、脳内では神経活動・代謝の積み重なりに応じて濃度が変わると考えられています。睡眠研究の文脈では特に、

  • 起きている時間が長いほど(睡眠不足ほど)

  • ある領域でアデノシンが増え

  • それが眠気(睡眠圧)を押し上げ

  • その後の睡眠で深い睡眠(徐波活動)が増えて回復する

という「睡眠恒常性」のモデルに組み込まれます。
この全体像の“枠組み”として有名なのが、ボルベリの**Two-Process Model(睡眠の二過程モデル)**です。ここでは、体内時計(Process C)とは別に、起床時間に応じて増える睡眠圧(Process S)が提案されました。(PubMed)

さらに、アデノシンが睡眠恒常性に関与する具体像として、基底前脳(basal forebrain)などでの研究が積み上がっています。レビューでは、覚醒中の代謝・神経活動に伴うアデノシン蓄積が、覚醒系の神経活動を抑え、睡眠へ“スイッチ”を押す仮説が解説されています。(PMC)
加えて、近年の研究では「睡眠圧に関わるアデノシン増加がどのように制御されるか」に踏み込んだ報告も出ています。(科学協会)


3. カフェインの本体:アデノシン受容体(A1/A2A)を塞ぐ“見えなくする薬”

ここが最重要ポイントです。

**カフェインは、脳内のアデノシン受容体(主にA1、A2A)の拮抗薬(アンタゴニスト)**として働きます。
要するに、アデノシンが「眠いよ」「休もうよ」とドアを叩いても、受容体という“インターホン”をカフェインが塞ぐので、脳はそのシグナルを受け取りにくくなる。

この「A1/A2A受容体がカフェイン作用の中心」という理解は、薬理学的にも整理されています。(Nature)

  • A1受容体:神経活動を抑制方向に

  • A2A受容体:線条体などでドパミン系とも相互作用し、覚醒・意欲・注意にも関与

ざっくり言うと、眠気のブレーキを外し、覚醒を保ちやすくする方向です。

ただし重要なのは、ここまでの話は「眠気シグナルの遮断」であって、
細胞や脳が“消耗している事実”をなかったことにはできないという点です。


4. “眠気を消す”代償:睡眠の量と質(特に深い睡眠)を削りやすい

「夜にカフェインを取ると眠れない」は経験則として有名ですが、研究でもかなり一貫しています。

4-1. メタ解析:総睡眠時間↓、睡眠効率↓、入眠潜時↑、中途覚醒↑、深睡眠↓

2023年の系統的レビュー&メタ解析では、カフェイン摂取により

  • 総睡眠時間が短くなる

  • 睡眠効率が下がる

  • 入眠潜時が延びる

  • 中途覚醒が増える

  • 深い睡眠(N3/徐波)が減り、浅い睡眠が増える

といった方向が示されています。(PubMed)

さらにこのメタ解析は「就寝前何時間までに摂るべきか」の推定も提示しており、摂取量に応じて“カットオフ”が長くなる可能性を議論しています。(PubMed)

4-2. 「6時間前でもダメだった」:実験研究のインパクト

臨床睡眠医学の領域でよく引用される研究として、就寝0時間前/3時間前/6時間前にカフェイン(400mg)を摂った場合でも、いずれも睡眠が有意に乱れた、という報告があります。(PubMed)

実務的に重要なのはここで、

  • 「夜だけ気をつける」では足りず

  • 夕方の時点で、すでに夜の質に影響し得る

という現実です。


5. 「眠れた気がするのに疲れが抜けない」問題:主観と客観がズレることがある

カフェインが厄介なのは、**自分では“眠れているつもり”**になりやすい点です。

睡眠の評価には主観(眠れた感覚)と、客観(脳波で見た睡眠構造)があり、カフェインは後者(特に徐波活動や深睡眠)を変えやすいことが示されています。古典的な脳波研究でも、低用量でも睡眠EEGに影響し得ることが報告されています。(PubMed)

つまり、

  • 眠りに落ちること自体はできた

  • でも睡眠の“回復パート”が削られている

  • 結果、翌日の回復感が弱い

が起こり得る。


6. 体内時計(サーカディアン)と睡眠圧(ホメオスタシス):カフェインは“両方”に割り込む

ボルベリの二過程モデルで言えば、睡眠は

  • 体内時計(Process C):眠りやすい時間帯/起きやすい時間帯の波

  • 睡眠圧(Process S):起きているほど増える圧

の合成で決まります。(PubMed)

カフェインは主に「Sの知覚」を鈍らせますが、結果として

  • 眠気を感じにくいから、寝床に行くのが遅れる

  • 遅れて寝ると、体内時計的にも眠りにくい時間帯に入る

  • 翌日眠気が増えて、さらにカフェインに頼る

という“循環”が起きやすい。

このループは、睡眠が不足している人ほど起こりやすい(=日中のカフェイン使用で帳尻合わせをしやすい)という点で、臨床的にもよく問題になります(レビューでも、慢性不眠とカフェイン依存の悪循環が指摘されます)。(Sleep Foundation)


7. カフェインが「長く残る」理由:薬物動態(半減期)と個人差

7-1. 半減期は平均4〜5時間、でも個人差が大きい

一般にカフェインの半減期は成人で平均4〜5時間程度と言われますが、個人差が非常に大きく、条件で大きく変わります。(PMC)

7-2. 喫煙で速くなる/経口避妊薬で遅くなる

系統的にデータを集めた解析では、喫煙でクリアランスが上がり半減期が短くなる一方、経口避妊薬使用で半減期が延びる傾向が示されています。(PMC)

7-3. 妊娠で大幅に遅くなる(半減期が延び得る)

妊娠中は代謝酵素活性の変化(CYP1A2など)によりカフェイン代謝が遅くなり、半減期が顕著に延長し得ることがまとめられています。(サイエンスダイレクト)


8. 遺伝で「効き方が違う」:A2A受容体の多型と、睡眠・覚醒反応

同じ量のコーヒーでも「全然平気な人」と「動悸や不眠になる人」がいるのは、気のせいではありません。
遺伝的要因として、アデノシンA2A受容体(ADORA2A)の多型が、覚醒維持や睡眠EEG、カフェインへの反応差と関連する可能性が示されています。(PubMed)

これが示唆するのは、

  • “万人に同じカットオフ時間”は乱暴

  • 体質に合わせた調整が合理的

という点です。


9. 「カフェイン耐性」と“増量地獄”:なぜ同じ量で効かなくなるのか

経験的に、毎日飲んでいると

  • 朝の一杯でシャキッとしない

  • 量が増える

  • 夕方にも飲む

  • 夜の睡眠が浅くなる

  • 朝さらに必要になる

のような現象が起こりがちです。

この背景には、受容体や神経系の適応(耐性)などが関与すると考えられます(ここは研究が多岐に渡り、単一の説明に還元しづらい領域です)。ただ少なくとも、睡眠研究のレビューや実験研究からは、カフェインが睡眠構造・徐波活動に影響し得ること、そしてその影響が「本人の実感」と一致しないことがあり得る、という点は堅いです。(PubMed)


10. 実務に落とす:「疲れを減らす」ためのカフェイン設計(エビデンス寄り)

ここまでを踏まえると、カフェインの“勝ち筋”は明確です。

10-1. 目的を決める:眠気対策か、嗜好か

  • 眠気対策(パフォーマンス確保):必要な場面だけ使う

  • 嗜好:味と習慣として、量・時間を管理する

“何となく”が一番危険です。

10-2. カットオフは「最低6時間」だが、現実はもう少し手前が安全

「就寝6時間前でも睡眠が乱れ得る」研究があるため、少なくとも**“大きめの摂取”は6時間前まで**が下限ラインとして語られます。(PubMed)
一方でメタ解析では、摂取量により「就寝8〜13時間前」レベルの議論も出ており、量が多い人ほど前倒しが理にかないます。(PubMed)

現実的な運用としては:

  • 普段量が少ない/敏感:昼過ぎまで(12〜14時)

  • 普段量が多い/鈍感:夕方は避ける、どうしてもなら少量

  • 夜勤・当直など特殊状況:戦略的に(ただし回復睡眠を守る)

10-3. 量を“固定化”する:増やさない

増量は、夜の質を削って翌日の眠気を増やし、さらに増量…の循環に入りやすい。
睡眠は“回復の根”なので、眠気を誤魔化すより、睡眠の質を守った方がトータルで得です(睡眠への悪影響はメタ解析でも一貫)。(PubMed)

10-4. 「寝るための設計」を優先する

カフェインは“日中の武器”で、夜は“回復の領域”。
夜の回復を削って得られる日中の覚醒は、長期的には高くつきやすい。


11. まとめ:カフェインは「借金を隠す」薬になり得る。上手に使えば「一時的な投資」にもなる

最後に要点だけ短くまとめます。

  • 眠気(睡眠圧)の中心にはアデノシンがある(PMC)

  • カフェインはA1/A2A受容体を塞ぎ、眠気シグナルを感じにくくする(Nature)

  • その代償として、総睡眠時間や深睡眠が削られやすい(PubMed)

  • 6時間前でも影響し得るため、カットオフは“思っているより早め”が安全(PubMed)

  • 半減期・効き方は個人差が大きく、喫煙・OC・妊娠・遺伝で変わる(PMC)

  • 結局、睡眠を守る方が「疲れ」を減らす(カフェインは回復ではない)


参考文献(本文で参照した主要文献・一次情報)

※リンクは本文中に埋めず、同定しやすい情報(雑誌、年、DOI/PMID/PMCID等)を列挙します。

  1. Borbély AA. A two process model of sleep regulation. Hum Neurobiol. 1982;1(3):195–204. PMID: 7185792. (PubMed)

  2. Bjorness TE, Greene RW. Adenosine and Sleep. Neuroscience. 2009 (PMC review). PMCID: PMC2769007. (PMC)

  3. Blanco-Centurion C, et al. Adenosine and Sleep Homeostasis in the Basal Forebrain. Curr Top Med Chem. 2006 (PMC). PMCID: PMC6673779. (PMC)

  4. Peng W, et al. Regulation of sleep homeostasis mediator adenosine by… Science. 2020. DOI: 10.1126/science.abb0556. (科学協会)

  5. Karcz-Kubicha M, et al. Involvement of Adenosine A1 and A2A Receptors in the Caffeine… Neuropsychopharmacology. 2003. (Nature)

  6. Górska AM, et al. The Role of Adenosine A1 and A2A Receptors in the Caffeine… (Review/PMC). 2014. PMCID: PMC4353865. (PMC)

  7. Gardiner C, et al. The effect of caffeine on subsequent sleep: A systematic review and meta-analysis. Sleep Med Rev. 2023;69:101764. DOI: 10.1016/j.smrv.2023.101764. PMID: 36870101. (PubMed)

  8. Drake C, et al. Caffeine effects on sleep taken 0, 3, or 6 hours before going to bed. J Clin Sleep Med. 2013. PMID: 24235903. (PubMed)

  9. Landolt H-P, et al. Caffeine reduces low-frequency delta activity in the human sleep EEG. (PubMed). 1995. PMID: 7612156. (PubMed)

  10. Bodenmann S, et al. Polymorphisms of ADORA2A modulate psychomotor vigilance and the effects of caffeine on neurobehavioural performance and sleep EEG after sleep deprivation. Br J Pharmacol. 2012;165(6):1904–1913. DOI: 10.1111/j.1476-5381.2011.01689.x. PMCID: PMC3372839. PMID: 21950736. (PubMed)

  11. Grzegorzewski J, et al. Pharmacokinetics of Caffeine: A Systematic Analysis… Front Pharmacol. 2022. PMCID: PMC8914174. (PMC)

  12. Grosso LM, et al. Caffeine Metabolism, Genetics, and Perinatal Outcomes. (Review / ScienceDirect abstract). 2005. (サイエンスダイレクト)

  13. (妊娠と半減期の延長に関する総説)Pregnancy and Caffeine Metabolism: Updated Insights… Nutrients (MDPI). 2025頃. (MDPI)

  14. AASM(米国睡眠医学会)ニュースリリース:上記JCSM研究の解説(“6時間前でも影響”の要旨)2013. (睡眠医学アカデミー)



健康講座979 MASLD(代謝異常関連脂肪肝)から肝がんになる人は誰? ― 台湾23万人×香港検証で作られた「CAMDスコア」という超シンプル予測法 ―


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皆さんこんにちは。

今日はかなり実臨床に直結する、とても重要な論文をやさしく解説します。

テーマは:

MASLD(代謝異常関連脂肪肝)の患者さんの中で、誰が将来“肝がん”になりやすいのか?

という問題です。

脂肪肝の患者さんは非常に多い一方で、
実際に肝細胞がん(HCC)まで進む人はごく一部。

そのため、

  • 全員にエコー?

  • 全員にCT?

  • 全員フォロー?

というのは現実的ではありません。

そこで今回、

台湾23万人+香港2.8万人

という巨大データを使って、

「これだけ見ればOK」

という超シンプルな肝がんリスクスコアが作られました。

それが

👉 CAMDスコア

です。


まず結論

MASLD患者さんで肝がんリスクを決めるのは、たった4項目:

項目意味
C肝硬変
A年齢
M男性
D糖尿病

Cirrosis
Age
Male
Diabetes

の頭文字で CAMD

この4つを点数化するだけで、

  • 3年後

  • 5年後

  • 10年後

の肝がん発症リスクがかなり高精度で予測できます。


なぜこの研究が重要なのか?

MASLD(Metabolic dysfunction–associated steatotic liver disease)は、

✔ 肥満
✔ 糖尿病
✔ 高血圧
✔ 脂質異常症

と強く結びついています。

患者数は爆発的に増えています。

ところが:

  • MASLD全体としての肝がん発症率は低い

  • でも一部の人は急速に進行する

という“選別の難しさ”が最大の問題でした。


研究デザイン(ざっくり)

開発コホート(台湾)

  • MASLD患者:232,125人

  • 追跡期間:最大10年以上

外部検証(香港)

  • MASLD患者:28,045人

つまり、

👉 台湾でスコア作成
👉 香港で本当に使えるか検証

という超王道の構成です。


MASLD患者の肝がん発症率は?

まず全体像。

10年間で肝がんになった割合:

👉 0.41%

つまり、

約1000人に4人。

やはり全体では低い。

でも問題は「誰がその4人になるか」です。


肝がんリスクを上げる因子は?

多変量解析の結果、独立した危険因子は:

✅ 肝硬変(圧倒的)

✅ 高齢

✅ 男性

✅ 糖尿病

でした。

意外な因子は入っていません。

むしろ、

「ああ…やっぱり」

という顔ぶれ。


CAMDスコアの仕組み

この4項目に点数を割り振り、

合計0〜21点。

詳細配点は論文原文ですが、概念的には:

  • 肝硬変 → 最大加点

  • 年齢 → 段階的加点

  • 男性 → 加点

  • 糖尿病 → 加点

という構造。


精度はどれくらい?

予測モデルの性能(c-index)は:

台湾

  • 3年:0.79

  • 5年:0.80

  • 10年:0.80

香港

  • 3年:0.76

  • 5年:0.76

  • 10年:0.73

医学の世界では
0.75超えはかなり優秀

とされます。

しかも外部検証付き。

かなり信頼できます。


どこから「ハイリスク」?

研究では:

👉 CAMDスコア >13点

を高リスクと定義。

この群では:

年間肝がん発症率 >0.2%

これは現在の国際ガイドラインで

「サーベイランス(定期検査)を推奨」

される基準を超えています。


実臨床的な意味

これ、かなり革命的です。

なぜなら:

  • 採血不要

  • 特殊検査不要

  • 画像すら不要

診察室で即計算できます。

つまり:

MASLD患者すべてに漫然とエコーする時代から、

👉 CAMD高得点者だけを重点フォロー

へ移行できる可能性があります。


CKMスペクトラムとのつながり

最近注目されている

  • 心臓

  • 腎臓

  • 代謝

  • 肝臓

を一体で考える
CKMスペクトラム

の流れとも完全に一致します。

MASLDは単なる「脂肪肝」ではなく、

全身疾患の一部。

その中で肝がんリスクを数値化できた意義は大きい。


まとめ

とても静かだけど、

将来の診療を確実に変える論文です。

要点は:


✅ MASLDの肝がんリスクは低いがゼロではない

✅ 本当に危ない人は4項目でほぼ決まる

✅ CAMDスコア>13なら積極的フォロー

✅ 全員検査から“選別医療”へ


これからの脂肪肝診療は、

「ALT」でも
「脂肪量」でもなく、

👉 CAMD

の時代に入っていくと思います。


健康診断978 肝臓だけの病気じゃない ― MASLD・MASH と「CKMスペクトラム」が示す“全身医療”への大転換

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こんにちは。
今日は、肝臓・心臓・腎臓・代謝をひとまとめに考える、かなり重要な最新レビュー論文

「MASLD, MASH, and the CKM Spectrum: A Roadmap for Multiorgan Clinical Trial Design」

の内容を、
医療者でなくても読めるレベルまで噛み砕いて解説します。

結論から言うと、この論文が伝えているメッセージはとてもシンプルです。

脂肪肝は“肝臓の病気”ではなく、全身の病気である。
そして、これからの治療研究は“臓器別”ではなく“人間まるごと”で考えるべきだ。


まず用語から(ここが一番大事)

今回の論文には専門用語が多いので、最初に整理します。


● MASLD(マスルド)

Metabolic dysfunction–Associated Steatotic Liver Disease

日本語では:

👉 代謝異常関連脂肪性肝疾患

ざっくり言うと:

  • 肥満

  • 糖尿病

  • 脂質異常症

  • 高血圧

こうした代謝異常を背景に起こる脂肪肝の総称です。

以前は NAFLD(非アルコール性脂肪肝)と呼ばれていましたが、

「お酒を飲まない」より
「代謝の問題」が本質だよね?

という流れで MASLD に名称変更されました。


● MASH(マッシュ)

Metabolic dysfunction–Associated SteatoHepatitis

👉 MASLD が悪化して、

  • 炎症

  • 肝細胞障害

  • 線維化

まで進んだ状態。

昔でいう NASH に相当します。

つまり:

MASLD(脂肪肝)

MASH(脂肪肝炎)

というイメージです。


● CKM スペクトラム

CKM とは:

  • C:Cardiovascular(心血管)

  • K:Kidney(腎臓)

  • M:Metabolic(代謝)

心臓・腎臓・代謝を一体として考える新しい枠組みです。

ここに今回、

肝臓も正式に仲間入りさせるべきでは?

というのが論文の核心です。


なぜ肝臓を CKM に入れるべきなのか?

理由は単純です。


① ほぼ必ず一緒に存在する

MASLD の人を調べると:

  • 心不全

  • 慢性腎臓病

  • 糖尿病

高確率で合併しています。

逆も同じ。

CKM の患者さんを調べると
かなりの割合で脂肪肝があります。


② メカニズムが共通

論文では、共通の病態として次の3つを挙げています。


● 全身性炎症

脂肪組織や肝臓から炎症性サイトカインが出る
→ 血管も心臓も腎臓も傷む


● リポトキシシティ(脂肪毒性)

余った脂肪が:

  • 肝臓

  • 心筋

  • 腎臓

に沈着して細胞障害を起こす。


● 線維化リモデリング

慢性炎症の結果、

  • 肝線維化

  • 心筋線維化

  • 腎線維化

が同時進行。

つまり:

同じ火事が、複数の臓器で同時に燃えている

という状態です。


現在の臨床試験の問題点

ここが論文の“痛いところ”。


❌ 心不全試験 → 肝臓を見ていない

❌ 腎臓試験 → 肝臓を除外

❌ MASH試験 → 心腎アウトカムを評価しない

つまり:

みんな自分の臓器しか見ていない。

その結果、

  • 心臓には効いたけど肝臓は?

  • 肝臓は改善したけど腎臓は?

という“空白地帯”が大量に残っています。


しかも肝臓試験は未だに「生検」中心

MASH の治験では、

  • 肝生検(針を刺して組織を取る)

がゴールドスタンダード。

これ、

  • 痛い

  • リスクある

  • 何度もできない

  • 患者さんが参加しにくい

という大問題があります。


そこで提案されている未来型デザイン

論文はかなり実践的な提案をしています。


✅ 最初から「多臓器患者」を組み込む

糖尿病+CKD+脂肪肝
のような人を“除外”せず“主役”に。


✅ 非侵襲的指標を使う

例:

  • MRI-PDFF(肝脂肪量)

  • FibroScan

  • 血液バイオマーカー

で評価し、生検を減らす。


✅ バイオマーカー+画像のサブ解析

炎症マーカー
線維化マーカー
心エコー
腎機能

を同時に追跡。


✅ バスケット型・プラットフォーム試験

これが一番未来的。


● バスケット試験

「病名」ではなく

👉 病態(例:線維化)

で患者を集める。

肝でも心でも腎でも
“線維化がある人”を一括評価。


● プラットフォーム試験

1つの巨大プロトコルの中で:

  • 薬A

  • 薬B

  • 薬C

を柔軟に入れ替えながら検証。

まるで OS のような治験。


この論文が示す本質

とても哲学的ですが、大事なので。


これまで:

❌ 肝臓は肝臓
❌ 心臓は心臓
❌ 腎臓は腎臓

これから:

✅ 「ひとりの人間」


MASLD/MASH は

「肝臓の問題」ではなく
CKM に組み込まれるべき全身疾患

という認識へのパラダイムシフトです。


医療者として、そして患者さんとして

この考え方は、

  • 糖尿病診療

  • 脂肪肝フォロー

  • 心不全管理

すべてに影響します。

単一臓器の数値改善ではなく、

その人の人生予後をどう良くするか

がゴール。


最後に超シンプルまとめ

🌱 脂肪肝は全身病
🌱 心・腎・代謝と深くつながっている
🌱 今の治験は分断されすぎ
🌱 これからは多臓器統合型医療
🌱 人を中心にした研究へ



お疲れさまでした。
ここまで読んでくださってありがとうございます。

健康講座977 🧠【最新版エビデンス】 新型コロナの嗅覚障害は“従来型の風邪後嗅覚障害”と何が違うのか? ― 649人を解析した多施設研究が明らかにした決定的な差 ―




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はじめに

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)では、発熱や咳よりも先に
「匂いが分からなくなる」
という症状が出る方が多く報告されました。

一方で、私たち耳鼻科・内科医が以前から経験してきた
風邪のあとに起こる嗅覚障害(Post-Viral Olfactory Dysfunction:PVOD)
とは、実はかなり様子が違います。

今回紹介するのは、

COVID関連嗅覚障害と従来型PVODを直接比較した大規模多施設研究

です。

対象は649人
2017〜2019年のPVODと、2020〜2022年のCOVID嗅覚障害を比較しています。


🧪 論文の要約

研究デザイン

多施設後ろ向き研究。

対象

  • 従来型PVOD:380人

  • COVID嗅覚障害:269人
     ・オミクロン以前:191人
     ・オミクロン株:78人


主な結果

① COVID嗅覚障害は若年者に多い

② COVID嗅覚障害では
👉 嗅裂(きゅうれつ:匂いが入る最奥部)の閉塞が多い

異嗅症・幻嗅がCOVIDで多い

④ 障害の重症度はCOVIDの方が軽い

⑤ 年齢補正後でも
👉 COVIDの方が軽症

⑥ オミクロン以前は
👉 異嗅症・幻嗅がより多かった


結論

COVIDによる嗅覚障害と従来型PVODは、
臨床像も病態も別物である。
さらにCOVIDの中でも変異株により性質が異なる。


ここからは、この内容を深掘りします👇



「コロナで匂いが消えた」は、昔の“風邪後嗅覚障害”と全く違う

まず基本から。

● 嗅覚はどこで感じている?

鼻の奥の天井部分に

👉 嗅裂(olfactory cleft)

という狭い空間があります。

ここに
嗅上皮(きゅうじょうひ)
という特殊な神経細胞の集まりが存在し、

匂い分子 → 電気信号 → 脳

という経路で認識されています。


専門用語解説①

嗅裂(olfactory cleft)

鼻腔の最上部。匂いが到達する“最終ゲート”。

嗅上皮

匂いを感知する神経細胞が密集する場所。再生能力を持つ珍しい神経。


従来型PVODとは?

インフルエンザや普通の風邪の後、

  • 嗅神経そのものが壊れる

  • 嗅上皮が脱落する

という神経障害型が中心です。

つまり、

👉 神経細胞の物理的損傷

が主体。


COVID嗅覚障害はまったく違う

今回の研究で明らかになった最大のポイントは:


🔑 COVID嗅覚障害は「神経が壊れる病気」ではない


COVIDでは

  • 嗅裂の腫れ

  • 支持細胞の炎症

  • 局所浮腫

といった

👉 環境の異常

が中心です。

嗅神経そのものは比較的保たれています。

だから:

✅ 若い人に多い
✅ 軽症が多い
✅ 回復しやすい

という特徴になります。


なぜ異嗅症・幻嗅が多い?

専門用語解説②

異嗅症(parosmia)

本来いい匂いのものが
👉 焦げ臭い・腐敗臭に感じる状態

幻嗅(phantosmia)

実際には存在しない匂いを感じる状態


これは、

  • 再生途中の嗅神経

  • 信号のミスアライメント

によって起こります。

COVIDでは神経が“部分的に温存されたまま再起動”するため、

👉 バグった状態で再配線されやすい

のです。

オミクロン以前で多かった理由もここ。


オミクロンで減った理由

オミクロン株は

  • 鼻腔局所での増殖が弱い

  • 嗅上皮への侵襲性が低い

と考えられています。

その結果:

👉 異嗅症が減少
👉 重症嗅覚障害が激減

しました。


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重要な臨床メッセージ

この研究から分かること:


✅ COVID嗅覚障害は基本的に予後良好

✅ 多くは時間とともに改善

✅ 異嗅症は“治る途中のサイン”


つまり、

「変な匂いがする」

👉 回復プロセスの一部

である可能性が高いのです。


治療の考え方

現時点でエビデンスがあるのは:

  • 嗅覚トレーニング
    (4種類の香りを1日2回嗅ぐ)

  • 局所ステロイド点鼻(症例選択)

過剰な内服薬は基本不要です。


✨まとめ

今回の649人解析から分かった本質:


🌱 COVID嗅覚障害は

🌱 「神経破壊」ではなく

🌱 「炎症+環境障害」


だからこそ、

  • 若年者に多く

  • 軽症が多く

  • 回復率が高い

という特徴を示します。

そして異嗅症は

👉 脳と鼻が再接続している証拠

でもあります。


健康講座976 睡眠時間を延ばしてもインスリン感受性は改善しなかった ― 肥満・過体重で慢性的に短時間睡眠の人を対象としたランダム化比較試験の詳細解説 ―

 



論文情報(原著)

Sleep Extension Improves Sleep Health but Not Insulin Sensitivity in People With Overweight/Obesity Who Maintain Habitual Short Sleep Schedules
Diabetes Care, January 21, 2026
Joseph W. Beals ほか
責任著者:Samuel Klein
PubMed ID: 41564347


研究の背景(なぜこの研究が行われたのか)

睡眠不足は、

  • 肥満

  • インスリン抵抗性

  • 2型糖尿病

と関連することが、多くの疫学研究で示されています。
特に 1日7時間未満の慢性的短時間睡眠 は、インスリン感受性低下のリスク因子と考えられてきました。

しかし、ここで重要な未解決問題がありました。

すでに短時間睡眠が習慣化している肥満・過体重の人が、あとから睡眠時間を延ばした場合、インスリン感受性は本当に改善するのか?

この疑問に対し、
ゴールドスタンダードである高インスリン正常血糖クランプ法を用いて検証した研究は、ほぼ存在していませんでした。

本研究は、この点を厳密に検証することを目的としています。


研究目的(OBJECTIVE)

過体重・肥満で、

  • インスリン抵抗性を有し

  • 習慣的に短時間睡眠(7時間未満)

の人を対象に、

睡眠時間を約1時間延長する介入が、
全身・肝臓・脂肪組織のインスリン感受性および血糖コントロールを改善するかどうか

を検討すること。


研究デザインと方法(RESEARCH DESIGN AND METHODS)

研究デザイン

  • ランダム化比較試験(parallel-group RCT)

  • 介入期間:約6週間

対象者

  • 過体重または肥満

  • インスリン抵抗性あり

  • 習慣的睡眠時間:7時間未満/日

群分け

  1. HS群(Habitual Sleep:通常睡眠群)

    • これまで通りの睡眠習慣を維持

    • n = 15

  2. ES群(Extended Sleep:睡眠延長群)

    • 就床時間を延ばし、睡眠時間を増やす

    • n = 14

主な評価項目

① インスリン感受性(主要評価項目)

  • 高インスリン正常血糖クランプ法

  • トレーサーを用いて以下を個別評価

    • 全身(主に骨格筋)

    • 肝臓

    • 脂肪組織

② 血糖コントロール

  • 覚醒中24時間の連続血糖・インスリン測定

③ 睡眠指標

  • 就床時間(Time in bed)

  • 実際の睡眠時間

  • 日ごとの睡眠変動

  • 主観的睡眠の質・睡眠健康度


結果(RESULTS)

1️⃣ 睡眠時間は確実に延びた

指標ES群HS群
就床時間の増加+1.3 ± 0.6 時間+0.3 ± 0.8 時間
実際の睡眠時間増加+1.1 ± 0.5 時間+0.0 ± 0.4 時間

介入は成功
ES群では、明確に睡眠時間が延長しました。


2️⃣ 睡眠の「質」は改善した

  • 日ごとの睡眠時間のばらつきが減少

  • 主観的な睡眠満足度・睡眠健康指標が改善

つまり、

「よく眠れている感覚」「睡眠リズムの安定」

は、ES群で明確に良くなりました。


3️⃣ しかし、インスリン感受性は改善しなかった

最も重要な結果です。

  • 全身インスリン感受性

  • 肝臓インスリン感受性

  • 脂肪組織インスリン感受性

いずれも、ES群とHS群の間に有意差なし


4️⃣ 血糖コントロールにも差はなかった

  • 24時間血糖

  • インスリン濃度

  • 日内変動

睡眠延長による改善は認められず


結論(CONCLUSIONS)

肥満・過体重で、慢性的に短時間睡眠の人において、
約1時間/日の睡眠延長を6週間行っても、
インスリン感受性や血糖コントロールは改善しなかった。

一方で、

  • 睡眠の質

  • 睡眠の安定性

  • 主観的睡眠健康

は、明確に改善した。


この結果をどう解釈すべきか(臨床的・生理学的解説)

① 「睡眠不足=インスリン抵抗性」は単純ではない

急性の睡眠制限(徹夜・数日間の睡眠不足)では、

  • インスリン感受性低下

  • コルチゾール上昇

  • 交感神経亢進

が明確に起こることが知られています。

しかし本研究の対象は、

長年、短時間睡眠が「固定化」した人

です。

この場合、

  • 代謝異常がすでに構造化

  • 骨格筋・肝臓・脂肪組織レベルでの変化が不可逆的

になっている可能性があります。


② 1時間・6週間では「代謝を変えるには足りない」

  • 睡眠時間:+1時間

  • 介入期間:6週間

これは睡眠としては十分な改善ですが、

  • 脂肪量の変化

  • 筋のミトコンドリア機能

  • 脂肪細胞の炎症

  • 肝脂肪量

を変えるには、短すぎる可能性があります。


③ 睡眠は「単独介入」では代謝改善に弱い

この研究が示す本質は、

睡眠は重要だが、それ単独でインスリン抵抗性を逆転させる力は限定的

という点です。

実臨床では、

  • 食事

  • 体重減少

  • 身体活動

と組み合わされて初めて、代謝改善が起こります。


臨床的メッセージ(超重要)

❌ 誤解してはいけない点

  • 「睡眠を延ばしても意味がない」わけではない

  • 「睡眠は糖尿病に無関係」ではない

✅ 正しい理解

  • 睡眠延長は

    • 疲労感

    • QOL

    • 自律神経

    • 精神的健康

を改善する

  • しかし、肥満・インスリン抵抗性に対しては、
    単独介入としては不十分


まとめ(Take Home Message)

  • 睡眠時間を約1時間延ばすこと自体は可能であり、睡眠の質は改善する

  • しかし、
    肥満・慢性短時間睡眠の人では、
    それだけではインスリン感受性は改善しない

  • 糖代謝改善には、
    睡眠+食事+運動+体重管理
    の統合的アプローチが必須


2026/02/22

健康講座975 「厄介な人間関係」は細胞を老化させる ― PNAS最新研究が示した“社会的ストレス”と生物学的年齢の科学 ―

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はじめに

「人間関係のストレスは体に悪い」

これは誰もが感覚的に理解している事実です。
しかし今回ご紹介する研究は、その影響が単なる気分やメンタルの問題ではなく、“DNAレベルの老化”として実測されていることを、はっきり示しました。

2026年に**Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)**に掲載された論文
Negative social ties as emerging risk factors for accelerated aging, inflammation, and multimorbidity
は、

👉 生活圏にいる「人生を困難にする人(hasslers)」の数と
👉 生物学的老化・炎症・多疾患化

の間に、明確な量的関係があることを証明しています。

本記事ではこの論文を一次資料ベースで丁寧に読み解き、
内容を正確に和訳・整理したうえで、

  • 研究デザイン

  • 使われた老化指標

  • 得られた数値の意味

  • どこまで言えて、どこからは言えないのか

  • 私たちはどう行動すべきか

までを、専門用語の解説付きでまとめます。


研究の概要(まず結論)

この研究の核心は、次の一文に集約されます。

生活圏に“ハスラー”が1人増えるごとに、生物学的老化速度は約1.5%加速し、細胞年齢は平均で約9か月分進む。

しかもこれは、

  • 年齢

  • 性別

  • BMI

  • 社会経済状態

  • 喫煙

  • 既存疾患

などをすべて統計的に補正した後でも残る独立した関連です。


「ハスラー(Hassler)」とは何か?

論文で使われている “negative social ties” の具体例として、

Hasslers = people who create problems or make life more difficult

と定義されています。

日本語に直すと、

  • 頻繁にトラブルを持ち込む

  • 精神的負担をかけてくる

  • エネルギーを吸い取る

  • 一緒にいると疲弊する

といった存在です。

重要なのは、

✔ 敵対関係でなくてもよい
✔ 表面上は普通の関係でもよい

という点です。


研究対象と方法

■ 対象

アメリカ・インディアナ州の一般住民
代表性を担保した確率サンプル

約600人規模。


■ 社会ネットワーク解析

各参加者に、

  • 自分の周囲にいる重要人物を列挙

  • その人物が「支援的か」「厄介か」を評価

させるエゴセントリック・ネットワーク分析を実施。


■ 生物学的年齢の測定

ここがこの研究の最大の科学的ポイントです。

唾液からDNAを抽出し、

● DunedinPACE

● GrimAge2

というDNAメチル化時計を用いて老化速度を算出しています。


専門用語解説①:DNAメチル化時計とは?

DNAメチル化とは、DNA配列そのものではなく、

「どの遺伝子がどれくらい“使われているか”」

を調節するエピジェネティック修飾の一種です。

これには年齢依存的なパターンがあり、

それを数理モデル化したものが
**エピジェネティック・クロック(生物学的時計)**です。


● DunedinPACE

「今この瞬間の老化スピード」を測る指標。

1.0 が平均。
1.015 なら 1.5%速く老化している ことを意味します。


● GrimAge2

死亡リスクと強く相関する
“実質的な生物学的年齢”。

単なる暦年齢ではありません。


主結果①

ハスラーの数と老化は“直線的”に増える

ハスラーが増えるほど、

  • DunedinPACE 上昇

  • GrimAge2 上昇

  • 炎症マーカー上昇

  • 併存疾患数増加

すべてが**用量反応関係(dose-response)**を示しました。

つまり、

少しならOK、たくさんで急激に悪化

ではなく、

👉 1人増えるごとに着実に悪化

です。


主結果②

1人あたりの影響量

統計モデルから算出された平均値:

  • 老化スピード +1.5%

  • 生物学的年齢 +約0.75年(≒9か月)

これは医療統計としてはかなり大きい値です。


主結果③

誰がハスラーだと最も悪いか?

興味深い階層性が見られました。

❌ 老化と有意に関連

  • 家族(配偶者以外)

  • 友人・知人

⭕ 関連なし

  • 配偶者

論文著者は、

配偶者関係は慢性的で適応が進む可能性

を示唆しています。


主結果④

ハスラーを抱えやすい人の特徴

以下の因子が独立して関連:

  • 女性

  • 喫煙者

  • 主観的健康状態が悪い

  • 小児期逆境体験(ACE)


専門用語解説②:ACE(Adverse Childhood Experiences)

虐待、ネグレクト、家庭不和など
子供時代の慢性ストレス体験

ACEは、

  • 炎症体質

  • HPA軸異常

  • 社会的脆弱性

を一生にわたり残します。

今回の研究は、

ACE → ハスラー増加 → 老化加速

という構造的連鎖を示唆しています。


なぜ人間関係が細胞老化につながるのか?

論文および既存研究を統合すると、主経路は以下です:

① 慢性ストレス → コルチゾール過剰

② 炎症性サイトカイン上昇

(IL-6, TNF-α, CRPなど)

③ ミトコンドリア機能低下

④ DNAメチル化パターン変化

⑤ 老化遺伝子群の活性化

これはすでに動物実験・ヒト研究の両方で確立した流れです。


この研究の強み

✔ 客観的バイオマーカー使用
✔ 社会ネットワークを定量化
✔ 多重共変量調整
✔ 老化“速度”を直接測定

単なるアンケート研究とは次元が違います。


限界(重要)

この研究は横断研究です。

つまり、

  • 因果は断定できない

  • 老化が進んでいる人がハスラーを抱えやすい可能性

も残ります。

ただし、

用量反応関係+既存縦断研究との整合性から、
因果方向はかなり強く示唆される

というのが妥当な科学的評価です。


結論

このPNAS論文が示したのは、

「人間関係の整理」は
単なる気分転換ではなく、
DNAレベルのアンチエイジング介入である

という事実です。

運動や食事と同じレベルで、

誰と付き合うか

は、

  • 炎症

  • 老化

  • 多疾患化

を左右します。


実践的メッセージ

完璧に孤立する必要はありません。

ただ、

✔ エネルギーを奪う人
✔ 会うと疲れる人
✔ 境界線を越えてくる人

とは、

物理的距離か心理的距離のどちらかを必ず取る。

これは甘えでも逃げでもなく、
医学的に合理的な自己防衛です。


人間関係の断捨離は、
メンタルケアではなく、
細胞レベルの予防医療。

静かに、確実に、
あなたの老化速度を変えていきます。

ロゴ決定

ロゴ決定 小川糖尿病内科クリニック

皆さま、こんにちは。 当院のロゴが決定いたしました。 可愛らしいうさぎをモチーフとして、小さなお花をあしらいました。 また、周りは院長の名字である「小川」の「O(オー)」で囲っております。 同時に、世界糖尿病デーのシンボルであるブルーサークルを 意識したロゴとなって...