2026/09/17

健康講座1067 SNSとコルチゾール 「いいね」「通知」「比較」は、身体のストレス反応にまで届くのか

 



「SNSを見ているだけなのに、なぜか疲れる」

「通知が来ると気になってしまう」

「他人の投稿を見たあと、気分が落ち込んだり、焦ったりする」

このように感じる人は少なくありません。

SNSは、友人や家族とつながる便利な道具です。楽しい情報を得たり、励まされたり、自分の考えを発信したりすることもできます。一方で、SNSを見たあとに頭が休まらない、他人と自分を比べてしまう、反応が気になって何度も確認してしまうということもあります。

こうしたSNSによる疲れや緊張は、脳内のドーパミンだけでなく、身体のストレス反応とも関係している可能性があります。その代表的なホルモンが、コルチゾールです。

私はSNSの通知をすべてオフにし、スマートフォンにはSNSアプリを入れないようにしています。見る回数を減らし、注意や時間をSNSに奪われにくくするためです。

では、SNSとコルチゾールには本当に関係があるのでしょうか。通知オフやアプリを入れない方法は、コルチゾールやストレスを減らす対策として科学的に妥当なのでしょうか。

この記事では、脳科学、内分泌学、心理学、精神医学の研究をもとに整理します。

結論から言うと

最初に結論を述べると、SNSを使えば必ずコルチゾールが上昇するわけではありません。

短時間のSNS利用だけでは、心拍数やコルチゾールの明らかな上昇が認められなかった研究もあります。一方で、強いストレスを経験した直後にFacebookを使うと、コルチゾールの回復が遅れた研究や、Facebookを5日間やめた人で唾液コルチゾールが低下した研究もあります。

つまり、「SNSはコルチゾールを上げる」と一言で断定することはできません。

より正確に言えば、SNSは、使い方やその人の心理状態によって、報酬にもストレスにもなり得ます。

「いいね」が付くかどうか、他人からどう評価されるか、取り残されているのではないか、通知にすぐ反応しなければならないのではないか、といった心理的な負担が重なると、ストレス反応が強くなる可能性があります。

一方で、SNS上の交流が人とのつながりを感じさせ、安心感や社会的支援につながる人もいます。したがって、SNSの影響は「使った時間」だけで決まるものではありません。

現時点で科学的に最も妥当な表現は、次のようなものです。

SNSそのものが慢性的な高コルチゾール状態を引き起こすことは、まだ証明されていない。しかし、社会的評価、比較、FoMO、通知による中断、睡眠の悪化、ストレス後の回復妨害などを通じて、特定の人や状況ではストレス反応を強める可能性がある。

また、通知オフやSNSアプリをスマートフォンに入れない方法は、コルチゾールを直接下げる治療法ではありません。

しかし、SNSに触れるきっかけや、無意識に確認してしまう環境を減らす方法としては、科学的に十分合理的です。

コルチゾールとは何か

コルチゾールは、副腎皮質から分泌されるホルモンです。

一般には「ストレスホルモン」と呼ばれていますが、コルチゾールは悪いホルモンではありません。生命を維持するために必要なホルモンであり、エネルギー代謝、血圧、免疫反応、炎症の調節など、さまざまな役割を担っています。

強いストレスを受けたとき、身体の中ではおおむね次のような反応が起こります。

脳の視床下部がストレスを察知すると、CRHというホルモンを分泌します。CRHは下垂体に働きかけ、下垂体からACTHというホルモンが分泌されます。ACTHが副腎に作用すると、副腎皮質からコルチゾールが放出されます。

この一連の仕組みは、視床下部・下垂体・副腎系、英語ではHPA axisと呼ばれます。日本語ではHPA軸と呼ばれます。HPA軸の解説

アドレナリンなどの交感神経系が、危険に対して比較的すばやく反応するのに対して、コルチゾールはやや遅れて上昇し、ストレス状態への対応をある程度持続させます。

たとえば、危険を感じたときに心拍数が上がり、血糖を利用しやすくし、注意を高めることは、短期的には身体を守るために役立ちます。

問題は、コルチゾールが一時的に上昇することではありません。

本来は、ストレスが終われば身体は回復し、コルチゾールも時間とともに低下します。しかし、緊張や不安、睡眠不足、慢性的な負担が長く続くと、HPA軸の反応や日内リズムが乱れる可能性があります。

コルチゾールは一日中同じではない

コルチゾールは、一日中一定の濃度で存在しているわけではありません。

通常は、朝に比較的高く、起床後にさらに上昇し、その後は夕方から夜にかけて低下していく日内リズムを持っています。

起床後30分ほどの間にコルチゾールが一時的に上昇する反応は、コルチゾール覚醒反応、Cortisol Awakening Response、略してCARと呼ばれます。

また、朝から夜にかけてどの程度コルチゾールが低下するかを、日内コルチゾール傾斜と呼びます。

研究では、朝から夜にかけての低下が小さい、つまり日中のコルチゾールの傾斜が平坦になっている状態が、うつ病、疲労、肥満など、いくつかの健康指標と関連することが報告されています。ただし、これは集団レベルの関連であり、個人の一回の測定値から病気を診断できるという意味ではありません。Adam et al., 2017

ここで大切なのは、「ストレスがある人は、いつもコルチゾールが高い」とは限らないことです。

ストレスが続くと、朝の反応が弱くなったり、夜になっても十分に低下しなかったりするなど、リズムそのものが乱れることがあります。

したがって、コルチゾールを考えるときには、「高いか、低いか」だけでなく、

朝に適切に反応しているか。

日中に徐々に低下しているか。

ストレスのあとに回復しているか。

という時間的な変化を見る必要があります。

一回のコルチゾール測定だけでは、SNSの影響は分からない

コルチゾールは血液、尿、唾液などで測定できます。

研究では、身体への負担が少ない唾液コルチゾールがよく使われます。唾液を採取するだけで、日常生活の中で複数回測定できるからです。

しかし、唾液コルチゾールは、測定する時間帯によって大きく変わります。食事、運動、喫煙、睡眠、発熱、薬剤、ホルモン状態などの影響も受けます。

朝起きてすぐ測った値と、午後に測った値を単純に比較することはできません。

また、「今日コルチゾールが高かったから、SNSのせいだ」と判断することもできません。

仕事、家庭、人間関係、睡眠不足、カフェイン、病気、運動、経済的不安など、多数の要因が同時に関係しているからです。

唾液コルチゾール研究の方法は研究ごとに違いがあり、採取時刻や採取回数の違いが結果の解釈を難しくしているという指摘もあります。Ryan et al., 2016

そのため、SNSとコルチゾールの研究を読むときには、「コルチゾールを測った研究だから絶対に正しい」と考えるのではなく、参加者、測定時間、SNSの使い方、研究期間、対照群の有無を確認する必要があります。

SNSはなぜストレス反応に関係する可能性があるのか

SNSがコルチゾールに影響するとすれば、単に画面を見ているからではありません。

SNS上で起きる心理的な出来事が、脳にとってストレスとして処理される可能性があります。

社会的評価への不安

人間にとって、「他人からどう評価されるか」は非常に重要な情報です。

実験心理学では、人前で話す、評価される、失敗を見られるといった社会的評価を伴う状況は、コルチゾールを上昇させやすいストレス要因として知られています。

208件の実験研究をまとめたメタ分析では、社会的に評価される脅威や、自分でコントロールできない状況を含むストレス課題で、コルチゾール反応が大きくなりやすいことが示されています。Dickerson & Kemeny, 2004

また、81人を対象にした研究では、人から評価される条件で課題を行った人は、評価されない条件の人よりも、羞恥心や社会的自己評価の低下、唾液コルチゾールの上昇を示しました。Gruenewald et al., 2004

もちろん、SNS上の「いいね」が、実験室での人前のスピーチと完全に同じだという意味ではありません。

ここからSNSに当てはめる部分は、あくまで蓋然性の高い推測です。

しかし、SNS上では、

投稿した内容がどう評価されるか。

何人に見られたか。

なぜ反応が少ないのか。

他人の投稿と比べて自分はどう見えるか。

という形で、社会的評価に関する情報が常に表示されます。

この構造が、社会的な評価に敏感な人にとって、心理的な負担になる可能性は十分に考えられます。

「いいね」が付くかどうか分からない不確実性

SNSの反応は、毎回同じではありません。

投稿してすぐに反応が来る場合もあれば、何時間たっても何も起こらない場合もあります。予想以上に反応が集まることもあれば、期待していた人から反応がないこともあります。

この不確実性は、報酬学習を起こしやすい条件です。

前回の記事で扱ったように、ドーパミンは単純な「快楽物質」ではありません。報酬の予測、予測と結果のズレ、行動を繰り返す動機づけに関係しています。Schultz, 2016

「何か反応が来ているかもしれない」という予測があると、人はSNSを確認したくなります。

確認して、たくさん反応があれば安心したり喜んだりします。何もなければ、次は反応が来るかもしれないと、また確認することがあります。

このような報酬への期待は、ドーパミン系と関係します。

一方で、反応が少ない、否定的なコメントがある、他人の人気と比較してしまうという状況では、不安や自己評価の低下が起こる可能性があります。

つまりSNSでは、報酬への期待と、社会的評価への不安が同時に存在することがあります。

FoMOと取り残される不安

FoMOとは、Fear of Missing Outの略です。

日本語では、「取り残されることへの恐れ」や「自分が知らない間に、他の人たちが楽しい経験をしているのではないかという不安」と説明されます。

友人が集まっている写真を見る。

自分以外の人が楽しそうにしている投稿を見る。

返信がない間に、何か大切な会話が進んでいるのではないかと考える。

このような状態になると、SNSを確認することで一時的に不安を下げようとします。

問題は、確認すれば不安が完全に解消されるとは限らないことです。むしろ、さらに新しい情報が入り、別の比較や不安が始まることがあります。

SNSを使う動機を調べた研究では、社会的承認、社会的比較、FoMO、楽しさなどが、問題的なSNS使用と関連していました。Wadsley et al., 2022

この場合、SNSは楽しいから見るだけではありません。不安を下げるために確認している可能性があります。

心理学では、不安や不快感を取り除くことで行動が繰り返されることを、負の強化と呼びます。

SNSを見て不安が一時的に軽くなると、「不安になったらSNSを見る」という行動が学習されることがあります。

通知による注意の中断

SNS通知は、必ずしも快楽を与えるものではありません。

しかし、「何か来た」「確認したほうがよいかもしれない」と、注意を引きつけます。

実験研究では、通知の内容を確認しなくても、スマートフォンの通知を受け取るだけで、注意を必要とする課題の成績が低下しました。Stothart et al., 2015

この研究が直接コルチゾールを測ったわけではありませんが、通知が心理的・認知的な中断になることは示しています。

通知のたびに集中が切れ、何度も頭を切り替えなければならない状態は、本人が自覚する以上に疲労を蓄積させる可能性があります。

職場に近い環境で行われた研究でも、通信機器やアプリの通知を一日停止すると、通知による中断が減り、仕事のパフォーマンスが改善し、負担感が低下しました。Ohly et al., 2023

ここでも、通知が直接コルチゾールを上げると証明されたわけではありません。

しかし、通知による中断、反応への不安、返事を急がなければならない感覚が、心理的なストレスを増やす可能性はあります。

ストレスを受けた直後にSNSを見ること

SNSの影響は、「いつ使うか」によっても変わる可能性があります。

2017年の研究では、92人のFacebook利用者に、社会的なストレス課題を行ってもらいました。その後、自分のFacebookを使うグループと、静かに読書するグループに分け、ストレスからの回復を調べました。

Facebookを使ったグループでは、読書グループに比べて、コルチゾールが高い状態で持続し、ストレスからの生理的な回復が遅れる傾向が見られました。Rus & Tiemensma, 2017

これは、「SNSを使うといつでもコルチゾールが上がる」という研究ではありません。

強いストレスを受けた直後にSNSを見ると、他人の反応、評価、比較、情報の多さにさらされ、休息の時間にならない場合があるという意味です。

疲れているときにSNSを見ると気分転換になる人もいます。しかし、すでに不安や怒り、緊張が高まっているときには、SNSが回復を助けるどころか、頭をさらに活動させてしまうことがあります。

SNSとコルチゾールを直接調べた研究

ここでは、SNS利用と唾液コルチゾールなどを直接調べた研究を見ていきます。

研究1:Facebookの友人数や交流と日内コルチゾール

青少年を対象に、Facebookの利用頻度、友人数、自己表現、仲間との交流などと、唾液コルチゾールの日内パターンを調べた研究があります。

この研究では、Facebookの利用頻度そのものとコルチゾールに明確な関連は見られませんでした。一方で、Facebook上のネットワークの大きさは、コルチゾールの一部の指標と正の関連を示し、仲間との交流行動は一部のコルチゾール指標と負の関連を示しました。Morin-Major et al., 2016

この結果は、SNSの影響が単純ではないことを示しています。

友人が多いことは、情報や人間関係の負担を増やす可能性があります。しかし、実際に仲間と交流することは、孤独感を減らし、ストレスを和らげる可能性もあります。

「SNSの友人数が多いから悪い」という話ではありません。

人間関係の量、交流の質、本人が感じている負担、社会的支援の有無によって、身体の反応は変わる可能性があります。

研究2:Facebookを5日間やめるとコルチゾールは下がった

2018年の研究では、138人のFacebook利用者を、Facebookを5日間やめるグループと、普段どおり利用するグループに分けました。

研究の前後で、主観的なストレス、幸福感、唾液コルチゾールを測定しました。

その結果、Facebookをやめたグループでは、普段どおり使ったグループよりもコルチゾールが低下しました。

ただし、Facebookをやめたグループでは、人生満足度も低下していました。Vanman et al., 2018

この研究は、SNSから離れることで、少なくとも短期的にはストレス関連の指標が下がる可能性を示しています。

同時に、SNSから離れることが全員にとって快適とは限らないことも示しています。

人とのつながりをSNSに強く依存している人にとっては、SNSをやめることで孤独感や取り残された感覚が強くなる場合もあります。

つまり、SNSを減らすことによって得られるストレス軽減と、SNSから離れることで生じる社会的孤立感の両方を考える必要があります。

研究3:ストレス直後のFacebook利用は回復を遅らせた

先ほど紹介したRusとTiemensmaの研究では、社会的ストレスのあとにFacebookを使った人は、静かに読書した人に比べ、コルチゾールが高い状態で持続しました。

この研究の重要な点は、SNSを使った時間そのものではなく、ストレスを受けた直後というタイミングを扱っていることです。

同じSNSでも、落ち着いているときに友人と楽しく交流する場合と、疲れ切った状態で評価や情報を確認し続ける場合では、心理的な意味が違います。

SNSが回復行動になる人もいれば、回復を妨げる行動になる人もいるのです。

研究4:20分間のSNS利用では生理的ストレス反応が出なかった

2024年の研究では、13歳から55歳までの参加者が、20分間SNSを利用する条件と、YouTubeの動画を見る条件を経験しました。

心拍数や唾液コルチゾールなどを調べたところ、20分間のSNS利用が生理的ストレス反応を引き起こしたという証拠は得られませんでした。実験時間の経過とともに、心拍数とコルチゾールはむしろ低下していました。Oppenheimer et al., 2024

この研究は、「SNSを20分見ただけでコルチゾールが上がる」という単純な説明に反対する結果です。

ただし、この研究で使われたSNS利用が、長時間のスクロール、誹謗中傷、比較、通知への反応、投稿後の評価待ちと同じとは限りません。

20分間の実験でストレス反応が出なかったからといって、毎日何時間もSNSを使った場合や、SNS上で強い社会的評価を受けた場合まで問題がないと証明したわけではありません。

研究5:抑うつ状態の青少年ではコルチゾールと問題的SNS使用が関連

2021年の探索的研究では、抑うつ状態にある青少年30人と、健康な青少年30人を対象に、問題的SNS使用、抑うつ症状、いじめ、サイバーいじめ、唾液コルチゾールなどを調べました。

抑うつ状態のグループでは、唾液コルチゾールが高いほど、保護者が評価した問題的SNS使用の指標が高いという関連が見られました。一方、健康な対照群では、同じ関連は明確ではありませんでした。Shafi et al., 2021

この結果は、SNSの影響が、その人の精神状態によって異なる可能性を示しています。

もともと抑うつや不安が強い人は、SNSを見たときに比較や否定的評価を受けやすく、ストレス反応も強くなる可能性があります。

しかし、この研究は一時点で測定した横断研究です。

コルチゾールが高いからSNSを問題的に使うのか、SNSの問題的使用がストレスを高めるのか、抑うつが両方を引き起こしているのかは分かりません。

したがって、「コルチゾールが高い人はSNS依存になる」と結論づけることはできません。

研究6:スクリーン時間を大幅に減らしてもコルチゾールは変わらなかった

2022年に発表されたクラスター無作為化比較試験では、89世帯、成人164人を対象に、余暇のスクリーン使用を一人あたり週3時間未満に制限する介入が行われました。

介入群では、スクリーン使用が大幅に減り、心理的な幸福感や気分は改善しました。

しかし、2週間後の唾液コルチゾールやコルチゾンの日内パターンには、一貫した改善は認められませんでした。Pedersen et al., 2022

この研究は非常に重要です。

スクリーン使用を減らすことで、気分や幸福感が改善しても、短期間でコルチゾールまで変化するとは限りません。

心理的な「楽になった」という感覚と、内分泌系の測定値は、必ず同じ方向に動くわけではないからです。

また、健康な成人を対象にした2週間の介入だったため、強いストレスや抑うつ状態にある人、長期間SNSに悩まされている人では違う結果になる可能性も残されています。

なぜ研究結果が一致しないのか

SNSとコルチゾールの研究結果が一致しないのは、研究がいい加減だからというより、SNSとストレスの関係が複雑だからです。

短期的なストレスと慢性的な負担は違う

20分間のSNS利用でコルチゾールが上がらなくても、通知や比較が毎日繰り返されれば、心理的な負担が積み重なる可能性があります。

一方、短期的にFacebookをやめてコルチゾールが下がっても、それが何か月、何年も続くとは限りません。

急性の反応と慢性的な日内リズムは、別のものとして考える必要があります。

使う内容が違う

友人とのメッセージ、家族の写真、趣味の情報を見ることと、他人の成功、外見、収入、人気、政治的対立、批判的コメントを何時間も見ることは同じではありません。

SNSという同じ分類の中でも、心理的な負担は大きく異なります。

利用者の特性が違う

SNSを使って安心する人もいれば、SNSを使うほど比較や不安が強くなる人もいます。

自己評価が安定している人と、他人の評価に敏感な人では、同じ投稿を見ても受ける影響が異なるでしょう。

コルチゾールは「ストレスそのもの」ではない

コルチゾールはストレス反応の一部を示す指標ですが、心理的ストレスと完全に一致するわけではありません。

気分が悪くてもコルチゾールが変わらないことがあります。反対に、コルチゾールが変化しても、本人が強いストレスを自覚しないこともあります。

SNSの影響を考えるときには、コルチゾールだけでなく、睡眠、気分、注意力、心拍数、孤独感、不安、生活への支障などを総合的に見る必要があります。

ドーパミンとコルチゾールは、どのように関係するのか

SNSの話では、すぐに「ドーパミン中毒」という言葉が使われます。

しかし、ドーパミンとコルチゾールは、同じものではありません。

ドーパミンは、報酬の予測、動機づけ、行動を繰り返す力に関係します。コルチゾールは、身体のストレス反応やエネルギー調節に関係します。

SNSでは、この二つの仕組みが同時に働く可能性があります。

たとえば、通知が届くと、「何か反応が来たかもしれない」という期待が生まれます。これは報酬予測や確認行動につながります。

実際に「いいね」が多ければ、承認や安心を感じるかもしれません。

しかし、反応が少なかったり、他人の投稿と自分を比べたり、否定的なコメントを見たりすると、社会的評価への脅威が生まれます。

そのときには、不安や恥、劣等感、怒りなどの心理反応が起こり、身体のストレス系が動く可能性があります。

この流れを簡単に表すと、次のようになります。

通知が来る

何か良い反応かもしれないと期待する

スマートフォンを確認する

いいねで安心する、または比較や評価で不安になる

SNSを再び確認する

この行動の一部には、ドーパミンに関係する報酬学習があり、一部にはコルチゾールに関係するストレス反応があると考えられます。

ただし、これは「SNSを見れば毎回ドーパミンとコルチゾールが同時に大量放出される」という意味ではありません。

人間の脳と身体は、もっと複雑に、状況に応じて反応しています。

SNSの実害はコルチゾールだけではない

SNSの健康影響を考えるとき、コルチゾールは一つの窓にすぎません。

大規模な系統的レビューでは、一般的なSNS利用と抑うつや不安には小さな関連が見られ、問題的なSNS利用では、抑うつ、不安、睡眠問題、幸福感の低下との関連が比較的一貫していました。ただし、研究間のばらつきは大きく、因果関係は単純ではありません。Ahmed et al., 2024

一方、デジタル技術利用全体を調べた大規模分析では、平均的な悪影響は小さく、幸福度の個人差の最大0.4%程度しか説明しなかったという結果もあります。Orben & Przybylski, 2019

この二つの結果は矛盾しているように見えますが、実際には両立します。

社会全体で見ると、SNSやデジタル機器の平均的な影響は小さいかもしれません。しかし、一部の人にとっては、比較、不安、睡眠不足、誹謗中傷、過剰な確認行動が大きな問題になることがあります。

また、2024年のメタ分析では、SNSの使い方によって結果が異なり、積極的な交流はオンライン上の社会的支援と関連する一方、受動的な閲覧や比較は、状況によって感情面の悪化と関連していました。ただし、積極的利用が必ず良く、受動的利用が必ず悪いというほど単純ではありません。Godard & Holtzman, 2024

つまり、問題はSNSの存在そのものではなく、

何を見るのか。

何のために使うのか。

使ったあとにどうなるのか。

自分でやめられるのか。

生活のどの部分を置き換えているのか。

という点にあります。

通知オフはコルチゾール対策として有効なのか

通知オフについては、かなり慎重に表現する必要があります。

通知をオフにすると、通知が注意を中断する機会は減ります。仕事や読書、家族との時間が中断されにくくなるという点では、科学的に合理的です。

しかし、通知オフによってコルチゾールが下がると直接証明した研究は、まだ十分ではありません。

通知を切っても、自分から何度もアプリを開く習慣が残っていれば、確認回数は減らないかもしれません。

実際、通知を一週間オフにしても、画面時間や確認頻度は明確には減らなかったランダム化比較試験があります。一方で、確認行動が「習慣ではなく、意図的になった」という感覚は強まりました。ただし、FoMOは増加しました。Dekker et al.

別の研究では、通知を完全に止めるよりも、通知を一日数回にまとめる方法が、注意力、生産性、コントロール感、気分に良い影響を与えました。完全に通知を止めた場合には、逆に不安やFoMOが強くなる人もいました。Fitz et al., 2019

したがって、通知オフは、

「コルチゾールを下げる確立した治療法」

ではありません。

しかし、

「外部からの注意の中断を減らし、SNSに反応させられる機会を減らす方法」

としては、妥当です。

通知オフで自分が落ち着き、集中しやすくなっているなら、その効果は十分に意味があります。

スマートフォンにSNSアプリを入れない方法は科学的に妥当か

SNSアプリをスマートフォンに入れないことについては、通知オフほど直接的に研究されていません。

つまり、「SNSアプリをアンインストールすればコルチゾールが下がる」という強い医学的証拠があるわけではありません。

しかし、行動科学の観点からは、非常に合理的な方法です。

人間の習慣は、意志の強さだけではなく、環境によって大きく左右されます。

スマートフォンのホーム画面にSNSのアイコンがある。

通知バッジが表示される。

ワンタップでアプリが開く。

ログイン状態が維持されている。

こうした環境は、SNSを確認するまでの手間をほとんどゼロにします。

一方、アプリを入れなければ、ブラウザを開き、サイトにアクセスし、場合によってはログインしなければなりません。

このわずかな手間によって、「何となく開く」という自動行動が中断されます。

これは、SNSを禁止するというより、無意識の行動を意識的な行動に変える仕組みです。

行動の流れで考えると、次のようになります。

対策期待できること現時点での科学的評価
通知をオフにする外部からの注意の中断を減らす集中力や負担感への効果は比較的支持される
SNSアプリを入れないアクセスの手間を増やし、自動確認を減らす直接研究は限られるが、行動設計として合理的
両方を組み合わせるきっかけとアクセスの容易さを同時に減らすSNSを意図的に使いたい人には妥当な方法

この方法は「ドーパミンデトックス」ではありません。

ドーパミンを身体から抜いているわけでも、脳をリセットしているわけでもありません。

SNSを開くきっかけ、通知、視覚的な刺激、アクセスの容易さを減らしているのです。

その結果として、報酬を求めて自動的に確認する行動が起こりにくくなります。

私が行っている方法は、どのように評価できるか

私自身が行っている、通知をすべてオフにし、スマートフォンにSNSアプリを入れない方法は、科学的には「環境設計」と考えることができます。

これは、脳内のホルモンを直接操作する方法ではありません。

しかし、SNSによるストレスが、

通知で注意を奪われること。

反応を待ち続けること。

比較や評価にさらされること。

何度も確認してしまうこと。

睡眠前まで情報が入ってくること。

から生じているのであれば、その入り口を減らすことには意味があります。

特に、SNSを見たあとに気分が落ち込む、頭が休まらない、仕事や読書が中断される、通知がないのに自分から確認してしまうという人には、アプリをスマートフォンから外すことは合理的な対策です。

ここで大切なのは、「誰にでも同じ効果がある」と考えないことです。

SNSをやめたことで不安が強くなる人もいます。仕事や家族との連絡にSNSが必要な人もいます。

したがって、最適な対策は人によって違います。

完全に使わない方法が合う人もいれば、通知だけ切って、一日一回だけブラウザで確認する方法が合う人もいます。

具体的な解決策

ここからは、SNSによるストレスや確認行動を減らすための具体策を考えます。

まず「時間」よりも「きっかけ」を減らす

SNS対策というと、「一日何分まで」と利用時間を決めることがよくあります。

もちろん時間制限は役立ちます。しかし、SNSを開く回数が多い人にとっては、利用時間よりも「開くきっかけ」を減らすほうが重要な場合があります。

通知、バッジ、ホーム画面のアイコン、寝室に置いたスマートフォン、退屈や不安といった感情が、確認行動のきっかけになります。

通知を切り、アプリを外し、スマートフォンを手の届かない場所に置くことは、行動が始まる前の段階に介入しています。

通知は原則オフ、必要な連絡だけ残す

すべての通知をオフにする方法が自分に合っているなら、そのままで構いません。

ただし、家族や仕事など、緊急性のある連絡を見逃す可能性がある場合は、電話や特定の連絡手段だけを残す方法もあります。

すべての通知を常時受け取る必要はありません。

「重要な人からの連絡」と「SNS上の反応」を同じレベルで扱わないことが大切です。

SNSはブラウザから、目的を決めて見る

アプリを削除したあともSNSを見る必要がある場合は、ブラウザからアクセスする方法が有効です。

「何となく見る」のではなく、

友人の連絡を確認する。

必要な情報を探す。

自分の投稿を管理する。

決めた時間に返信する。

というように、目的を明確にします。

目的が終わったら閉じます。

この方法によって、SNSが「暇つぶし」や「不安を下げるための自動行動」になりにくくなります。

ストレス直後のSNSを別の行動に置き換える

仕事で嫌なことがあったあと、誰かと比較して落ち込んだあと、怒りや不安が強いときに、SNSを開く習慣がある人は少なくありません。

しかし、ストレス直後のSNSは、必ずしも回復につながるとは限りません。

短い散歩、深呼吸、入浴、音楽、紙の本、家族との会話、何もしない時間など、刺激の少ない行動に置き換えるほうが、脳と身体が休みやすい場合があります。

もちろん、SNS上の友人との温かい交流が本当に安心感を与えてくれるなら、それを一律に禁止する必要はありません。

重要なのは、「SNSを見ることで本当に回復しているのか、それとも一時的に不安を紛らわせているだけなのか」を観察することです。

寝る前のSNSを減らす

SNSがコルチゾールを直接上げるかどうかとは別に、睡眠を妨げることは、翌日のストレス反応に影響する可能性があります。

寝る前に通知を確認する。

刺激の強い投稿を見る。

他人の生活と自分を比較する。

返信やコメントについて考え続ける。

こうした行動は、脳を休息モードに切り替えにくくします。

睡眠が不足すると、翌日の注意力や感情調整が低下し、同じSNSの情報でもストレスを感じやすくなる可能性があります。

SNSを減らす目的は、コルチゾールという一つの数値を下げることだけではありません。

睡眠、集中力、気分、家族との時間を守ることも含まれます。

自分で小さな実験をしてみる

SNSの影響には個人差が大きいため、自分自身で変化を確認する方法も有効です。

2〜4週間ほど、次の項目を記録します。

SNSを確認した回数。

SNSに使った時間。

睡眠時間と睡眠の質。

集中しやすかったか。

気分が安定していたか。

通知や反応を気にしたか。

不安やイライラがどの程度あったか。

通知オフやアプリ削除の前後で、これらが改善しているなら、その方法は自分にとって機能していると考えられます。

これは医学研究のような厳密な比較試験ではありませんが、日常生活における実用的な自己観察として意味があります。

逆に、通知を切ったことで重要な連絡への不安が強くなったり、孤独感が増えたりする場合は、完全遮断ではなく、通知をまとめて確認する方法に変えてもよいでしょう。

コルチゾールを自分で測る必要はあるのか

SNSを減らした効果を知りたいからといって、一般の人が自宅でコルチゾールを測定する必要は通常ありません。

一回の唾液コルチゾールの値だけでは、SNSの影響も、慢性的なストレスの程度も判断できません。

コルチゾールは測定時刻、睡眠、食事、運動、喫煙、薬剤、病気などに影響されます。

また、コルチゾールが高いことだけでなく、朝の反応や夜間の低下など、日内リズムを見なければ解釈できません。

「朝起きられない」「疲れやすい」「太った」「不安がある」という症状を、すべてコルチゾールのせいにすることも危険です。

SNSに関係なく、強い不安、抑うつ、睡眠障害、仕事や人間関係への支障が続いている場合は、精神科、心療内科、内科などに相談することが大切です。

コルチゾールの異常が疑われる場合も、自己判断でサプリメントや「コルチゾールデトックス」を行うのではなく、医療機関で必要性を判断してもらうべきです。

エビデンスの強さを整理すると

SNSとコルチゾールについて、現時点の証拠の強さを整理すると、次のようになります。

問い現時点で言えること
社会的評価はコルチゾールを上げるか実験研究では比較的よく支持されている
SNSを使うと必ずコルチゾールが上がるかそのような証拠はない
ストレス直後のSNS利用は回復を遅らせるか小規模研究で示唆されている
Facebookを数日やめるとコルチゾールは下がるか短期研究では低下が報告されている
スクリーン時間を減らせばコルチゾールは下がるか無作為化試験では一貫した変化は確認されていない
通知オフでコルチゾールは下がるか直接的な証拠はまだ乏しい
通知オフで注意の中断は減るか実験研究・フィールド研究で比較的支持されている
SNSアプリを入れなければ脳がリセットされるかそのような証拠はない
SNSアプリを入れないことは合理的かきっかけとアクセスの容易さを減らす環境設計として合理的

まとめ

SNSとコルチゾールの関係は、単純な「SNSを使うとストレスホルモンが増える」という話ではありません。

SNSは、楽しい交流や社会的支援をもたらす一方で、社会的評価、比較、FoMO、通知、返信への圧力、情報の多さ、睡眠の乱れを通じて、心理的な負担になることがあります。

直接コルチゾールを測定した研究では、SNS利用による上昇を示した研究もあれば、短時間のSNS利用では生理的ストレス反応が見られなかった研究もあります。

Facebookを5日間やめることで唾液コルチゾールが低下した研究もありますが、同時に人生満足度が低下したという結果もあり、SNSから離れることが全員にとって良いとは限りません。

また、スクリーン使用を大幅に減らすことで幸福感や気分が改善しても、短期間ではコルチゾールが一貫して変化しなかった研究もあります。

したがって、SNSとコルチゾールについて最も誠実な結論は、

SNSは、すべての人に慢性的な高コルチゾール状態を引き起こすわけではない。しかし、社会的評価への不安、比較、FoMO、通知による中断、睡眠不足、ストレス後の情報摂取などが重なると、特定の人や状況ではストレス反応や回復に影響する可能性がある。

というものです。

私が行っている「通知をオフにする」「スマートフォンにSNSアプリを入れない」という方法は、コルチゾールを直接下げる医学的治療ではありません。

しかし、SNSに触れるきっかけを減らし、無意識の確認行動を中断し、自分の時間と注意を守る方法としては、科学的に十分合理的です。

これはドーパミンを抜くことでも、脳をリセットすることでもありません。

自分をSNSから完全に隔離するというより、SNSを自動的に見る環境から、必要なときに意図的に使う環境へ変える方法です。

そして、最終的に大切なのは、コルチゾールの数値を下げることだけではありません。

SNSを減らした結果、よく眠れるようになったか。

集中しやすくなったか。

家族との時間が増えたか。

他人の評価に振り回されにくくなったか。

自分の時間を自分で選べるようになったか。

その変化こそが、SNSとの距離を測る最も実用的な指標なのだと思います。

主な根拠文献

2026/09/16

AIが正解を出せる時代に、人間は何を学ぶのか


AIが、数学の難問を解く。

そう聞けば、「すごい進歩だ」と思う。これまで解けなかった問題が解けるなら、喜ばしいことに見える。

ところが、「A Severe Misalignment of AI in Mathematics」という声明は、そこに疑問を投げかけている。


これは、新しい数学の証明を発表する論文ではなく、AIと数学研究の関係について問題提起する文章だ。

主張の中心は、こういうことだ。

「答えを出すことばかり急いで、その答えを理解し、次の発見につなげる営みを壊していないか」

少し身近な例で考えてみよう。

数学の宿題で、AIに問題を入力したら、正しい答えと解説が出てきた。それを写せば、宿題は完成する。

でも、翌日のテストで少し違う問題が出たとき、自分では解けないかもしれない。

「宿題を完成させる」という目的は達成した。しかし、「考え方を身につける」という目的は達成していない。

この二つは、似ているようで違う。

声明が心配しているのは、これに似たことが、数学研究の世界でも起こるのではないか、ということだ。

数学者にとって、難問を解くことはもちろん大切だ。ただ、その価値は「未解決だった問題が一つ減った」で終わらない。

なぜ、その方法で解けたのか。
どこに新しい発想があるのか。
別の問題にも使えるのか。

そこを調べ、議論し、説明を磨いていく。やがて、最初は数人にしか分からなかった考え方が、学生にも学べる知識になる。

一人が出した答えを、みんなが使える知恵に変える。そこまで含めて数学の発展なのだ。

医療に置き換えると、分かりやすい。

仮に、AIが患者の情報から病名を出せるようになったとする。それは役立つかもしれない。

しかし、医学生の教育まで「病名が当たれば、それでよい」にしてしまったら、どうなるだろう。

どの症状が重要だったのか。似た病気とはどう見分けるのか。検査結果と症状が食い違ったら、何を考えるのか。

そうした考え方を学ぶ機会が減れば、AIの答えに疑問を持つ力も育ちにくくなる。

これは説明のための仮定だが、「正解を受け取ること」と「正解かどうかを判断できる人を育てること」は別だと分かる。

声明は、学生や若い研究者が育つ過程も大切にしている。

問題に取り組む時間には、答え以外の収穫がある。失敗から方法の限界を知ったり、誰も気にしていなかった疑問に気づいたりする。

もちろん、苦労そのものが尊いわけではない。省ける手間は省いていい。

ただ、手間を省いたつもりで、理解が育つ機会まで消してしまわないか。その見極めが必要になる。

もう一つ、声明が指摘しているのが、先人の功績の扱いだ。

研究は、何もないところから突然生まれるものではない。誰かが考えた方法や、長年積み重ねられた成果の上に、新しい発見がある。

料理なら、受け継がれてきたレシピに工夫を加え、新しい一皿を作るようなものだ。

そのとき、どこまでが受け継いだ工夫で、どこからが自分の工夫なのかを示さず、「全部、自分が発明した」と言えば問題になる。

数学でも同じで、何を参考にし、何を新しく加えたのかを明らかにする必要がある。

声明は、発表を急ぐあまり、こうした説明や先行研究への言及が不十分になることを批判している。これは、AIの成果すべてを盗用と決めつけているわけではない。

では、タイトルにある「ミスアラインメント」とは何か。

難しく聞こえるが、ここでは「目指しているもののずれ」と考えればよい。

AI企業は、自社のAIの能力を示すために「どれだけ難しい問題を解けたか」を重視する。

一方、数学の側で大切なのは、その成果によって理解が深まり、新しい考え方が広がり、次の研究者が育つことだ。

本来、この二つは両立できる。ただ、解いた問題の数や発表の速さばかりを競えば、理解や教育に必要な時間が置き去りになる。声明は、その危険を指摘している。

だから、結論は「AIを使うな」ではない。

AIに説明を手伝ってもらう。複数の解き方を比べる。自分の考えの弱点を探す。そうした使い方なら、人間の理解を深める助けにもなる。

問われているのは、AIがどれほど賢くなるかだけではない。

その賢さを使って、人間は何を育てたいのか。

宿題なら、提出物の先に理解がある。医療教育なら、試験の正解の先に、患者について考えられる医師を育てる目的がある。数学なら、難問の解決の先に、新しい知識を人から人へ受け継ぐ営みがある。

AIによって作業の形が変わっても、「そもそも何のために、その仕事をしていたのか」は見失いたくない。

それが、この声明のいちばん伝えたいことだ。

「頑張り抜く」より「試し続ける」 脳科学から考える、本当に上達する人の学び方

 



「うまくなりたいなら、とにかく頑張るしかない」

昔からよく言われる言葉です。

もちろん、ある程度の努力や反復は必要です。

でも脳の学習の仕組みを見ていくと、少し違った姿が見えてきます。

大切なのは、

ただ同じことを頑張って繰り返すことではありません。

むしろ、

やってみる。
結果を見る。
少し直す。
もう一度やる。

このサイクルを何度も回すこと。

つまり、

「努力の強さ」より「試行錯誤の質」

のほうが重要なのです。


脳は「間違い」を使って上達する

たとえば、初めてダーツを投げるとします。

狙った場所より右に飛んだ。

すると次は、少し左を狙ってみる。

今度は下に落ちた。

ならば、少し上へ。

こうして何度も投げているうちに、少しずつ真ん中へ近づいていきます。

ここで脳が使っている重要な情報が、

「予想と現実のズレ」

です。

専門用語では、

予測誤差(prediction error)

と呼びます。

簡単に言えば、

「こうなると思ったのに、ちょっと違った」

という情報です。

脳はこのズレを使って、

「次は少し変えてみよう」

と動きを修正していきます。

つまり失敗は、

「才能がない」という判定ではありません。

むしろ、

「次はここを変えればいいよ」というデータ

なのです。


小脳は「ズレを修正する」名人

この調整に重要な役割を持っているのが、

小脳

です。

小脳は脳の後ろ側にある部分で、

  • 動きのタイミング

  • 力加減

  • バランス

  • 動作の精度

  • 運動学習

などに深く関わっています。

たとえばボールを投げたとき、

「自分はこう投げたつもりだった」

という予測と、

「実際にはここへ飛んだ」

という結果を比べます。

そのズレをもとに、次の動きを微調整する。

小脳は、こうした仕事が得意です。


プルキンエ細胞って何?

小脳の中には、

プルキンエ細胞

という有名な神経細胞があります。

少し難しい名前ですが、単純化すると、

「小脳の中で大量の情報をまとめ、動きを調整する重要な細胞」

くらいに考えれば十分です。

よく、

「失敗するとプルキンエ細胞がエラー信号を出す」

と説明されることがあります。

ただし、これは少し単純化されています。

実際には、小脳にはたくさんの神経回路があり、プルキンエ細胞だけが「失敗」を判断しているわけではありません。

それでも、

間違いを利用して次の動きを修正する

という小脳の働きそのものは、とても重要です。


うまくいったときには「報酬系」が働く

逆に、

うまくいったときはどうでしょう。

ここで関係してくるのが、

ドーパミン

です。

ドーパミンはよく、

「幸せホルモン」

「快楽物質」

と説明されますが、少し違います。

学習という意味では、

「その行動、よかったよ」

と脳に伝える仕組みに深く関わっています。

たとえば、

「たぶん外れるだろう」

と思って投げたボールが、きれいに入った。

すると脳は、

「お、予想よりうまくいった」

と反応します。

この、

予想していた報酬と、実際の結果のズレ

を、

報酬予測誤差

と呼びます。

そして脳は、

「今のやり方は残したほうがよさそうだ」

と学習していきます。


失敗で修正し、成功で強化する

かなり単純化すると、学習はこんな感じです。

失敗する

「少し違った」と脳が気づく

次のやり方を微調整する

うまくいく

「このやり方は良さそう」と脳が学ぶ

また繰り返す

つまり、

失敗で修正して、成功で強化する。

このサイクルを何度も回して、動きは少しずつ洗練されていきます。


マイケル・ジョーダンが目を閉じてもフリースローを入れられる理由

ここで分かりやすい例があります。

マイケル・ジョーダンが試合中に、目を閉じてフリースローを決めた有名な場面があります。

なぜ、そんなことができるのでしょうか。

目を閉じたらリングが見えません。

初心者なら、ほぼ無理でしょう。

でもジョーダンは、それまでに何千回、何万回というレベルでシュートを繰り返しています。

その中で、

投げる。
外れる。
少し直す。
また投げる。
入る。
その感覚を残す。

というサイクルを、膨大な回数繰り返してきました。

その結果、

「この距離、この姿勢、この力加減なら、この動き」

という感覚が、かなり自動化されています。


目を閉じても、身体の情報は消えない

もちろん、目を閉じたら何も分からなくなるわけではありません。

人間には、

固有感覚

という感覚があります。

これは、

  • 腕がどこにあるか

  • 肘がどれくらい曲がっているか

  • 足がどう立っているか

  • 手首がどの向きなのか

などを、目で見なくても感じられる能力です。

たとえば目を閉じても、自分の右手が上にあるか下にあるか分かりますよね。

それが固有感覚です。

ジョーダン級の選手になると、

視覚だけでなく、

身体の位置、力加減、リズム、タイミング

を非常に細かく感じながら動けます。

だから、リングの位置をあらかじめ把握したあとなら、目を閉じてもかなり正確なシュート動作を再現できる。

もちろん、

「小脳があるから目を閉じても入る」

という単純な話ではありません。

小脳だけでなく、

  • 運動野

  • 大脳基底核

  • 感覚系

  • 固有感覚

  • 長年の反復経験

など、脳と身体のネットワーク全体が関係しています。


「筋肉が覚えている」は、本当は脳が覚えている

こうした状態をよく、

筋肉が覚えている

と言います。

でも厳密には、筋肉だけが覚えているわけではありません。

何度も練習することで、脳の神経回路が変化し、

考えなくても動ける状態

に近づいていきます。

自転車もそうです。

最初は、

「バランスを取って」

「ハンドルをこうして」

「ペダルを踏んで」

と考えます。

でも慣れてくると、ほとんど考えません。

車の運転も同じです。

最初は一つ一つ確認していたのに、何年も運転しているとかなり自動的に操作できる。

このように、

意識してやっていたことが、だんだん自動化される。

これが上達の大きな特徴です。


自動化するには、「一発の努力」より「試行回数」

ここで大切なのは、

一回を完璧にやろうとしすぎないこと。

一回のシュートに30分悩んでも、脳に入る結果は一回です。

でも、

投げる。
結果を見る。
修正する。

を何度も繰り返せば、そのぶん脳にはたくさんの学習材料が入ります。

つまり、

完璧な一回より、フィードバック付きの十回。

もちろん、雑に100回やればいいという意味ではありません。

大切なのは、

試す → 結果を見る → 修正する

がセットになっていることです。


勉強も同じ。「読む」より「思い出す」

この考え方は、スポーツだけではありません。

勉強でも同じです。

教科書を何度も読む。

これはもちろん必要です。

でも、

「読んだら分かった気がする」

という問題があります。

そこで重要なのが、

検索練習(retrieval practice)

です。

難しそうな名前ですが、

自分の頭の中から答えを引っ張り出す練習

のことです。

つまり、

問題を解く。
答えを思い出す。
間違える。
すぐ確認する。

こうした勉強です。

多くの研究で、ただ読み返すよりも、こうして自分で答えを思い出す練習のほうが、記憶に残りやすいことが知られています。


間違えた問題は「宝」

問題を解いて間違えた。

普通は少し嫌な気持ちになります。

でも脳の学習という意味では、

そこが一番おいしい場所

です。

なぜなら、

「自分がどこを分かっていないか」

が見つかったから。

だから、

間違えた問題に印をつける。
答えを見る。
なぜ間違えたかを確認する。
もう一度解く。

この繰り返しは非常に合理的です。


「勉強時間の75%を問題演習」は絶対ルールではない

よく、

「勉強時間の75%を問題演習に使えばいい」

というような具体的な数字が紹介されることがあります。

ただし、

75%という数字そのものが科学的に絶対の正解というわけではありません。

科目やレベルによって変わります。

大切なのは割合ではなく、

インプットだけで終わらず、アウトプットを増やすこと。

基礎を読む。
問題を解く。
分からなければ戻る。

この循環が重要です。


同じことを繰り返すだけではなく、少し変える

もう一つ面白い学習方法があります。

たとえば、

Aという動き
Bという動き
Cという動き

を練習するとします。

AAA
BBB
CCC

とまとめて練習する方法もあります。

一方で、

A → C → B → A → B → C

のように、少しランダムに混ぜる方法もあります。

これを、

ランダム練習

などと呼びます。

面白いことに、練習中は後者のほうが下手に見えることがあります。

毎回条件が変わるので難しいからです。

でも後でテストすると、こちらのほうが応用しやすいケースがあります。

つまり、

練習中にスムーズにできることと、本当に身についていることは同じではない。

ということです。

ただし初心者には難しすぎることもあります。

だから、

最初は基本を繰り返す。
慣れてきたら、少し条件を変える。

くらいが現実的です。


直感は「答え」ではなく「仮説」

上達してくると、

「なんとなく、こっちが良さそう」

という感覚も出てきます。

これが直感です。

熟練者の直感には、それまでの大量の経験が隠れていることがあります。

でも直感は、必ず正しいわけではありません。

だから、

直感を信じ切る

のではなく、

直感で仮説を出して、試してみる。

これくらいがちょうどいい。


なぜ「頑張りすぎる」と逆効果になることがあるのか

ここで少し不思議な話です。

努力は必要なのに、なぜ頑張りすぎると逆効果になることがあるのでしょう。

一つは、

結果への執着で身体や思考が硬くなるから。

「絶対に失敗してはいけない」

と思うほど、

緊張する。
同じ方法に固執する。
新しいことを試せない。
失敗を怖がる。

さらに、すでに身についた動作を細かく考えすぎることで、逆に動きが悪くなることもあります。

これは、

choking under pressure

と呼ばれる現象の一つです。

スポーツ選手が大事な場面で、

「手首はこう」

「肘はこの角度」

と細かく考え始めると、普段なら自然にできる動きが崩れることがあります。


脱力とは、サボることではない

ここを間違えないことが大切です。

「頑張りすぎない」

というのは、

何もしない

という意味ではありません。

練習はする。

何度も試す。

でも、

一回一回に人生をかけない。

「ダメなら少し変えればいい」

くらいにしておく。

つまり、

力を抜いて、試行回数を増やす。

こちらのほうが、結果として学習が進むことがあります。


成功する人は「失敗しない人」ではない

ここまでをまとめると、

成功する人とは、

最初から全部うまくできる人

ではありません。

むしろ、

失敗する。
結果を見る。
すぐ修正する。
また試す。

このサイクルを速く回せる人です。

だから大事なのは、

成功率より、学習速度。

とも言えます。

100点を一発で出そうとして動けなくなるより、

60点でやってみる。

結果を見る。

70点にする。

また試す。

こちらのほうが、最終的には遠くまで行けることがあります。


そして、これは人生にも似ている

この考え方は、勉強やスポーツだけではありません。

人生にもかなり似ています。

「自分にとって最高の働き方は何か」

「老後はどう生きるべきか」

「この仕事を続けるべきか」

頭の中だけで完璧な答えを出そうとしても、なかなか分かりません。

だったら、

少しやってみる。

合えば続ける。

違和感があれば減らす。

別のものを試す。

また考える。

人生でも、

試す → 観察する → 修正する → また試す

でいいのかもしれません。


「頑張り抜く」より「試し続ける」

努力は大切です。

でも、

努力量だけで上達が決まるわけではありません。

脳は、

失敗からズレを学び、
成功から良いパターンを学び、
何度も修正しながら、
少しずつ自動化していきます。

マイケル・ジョーダンが目を閉じてもフリースローを決められた背景にも、長年積み重ねた膨大な試行錯誤があります。

最初から完璧だったわけではない。

外して、直して、また投げてきた。

だから最後には、

考えなくても身体が動く。

そこまで回路が洗練された。

人生も同じかもしれません。

最初から正解を当てなくていい。

やってみる。

違えば変える。

うまくいけば残す。

そして、また試す。

「頑張り抜く」より、「試し続ける」。

そのほうが、脳の学び方にも、人生の進み方にも、案外自然なのだと思います。

健康講座1066 SNSの「いいね」はドーパミン中毒なのか 通知オフとSNSアプリ削除を科学的に考える

 



私はSNSの通知をすべてオフにし、スマートフォンにはSNSアプリを入れないようにしている。目的は、無意識にSNSを開く回数を減らし、自分の時間と集中力を取り戻すためだ。

では、この方法は科学的に妥当なのだろうか。SNSの「いいね」や通知は、本当にドーパミン中毒を引き起こしているのだろうか。

結論から言えば、SNSの「いいね」や通知は、脳の報酬学習や習慣形成に関係する可能性がある。しかし、「SNSを使うとドーパミン中毒になる」という表現は、科学的にはかなり単純化されている。

また、SNSの過剰使用は医学的に正式な「中毒」と診断されるわけではない。現時点で、SNS依存症やSNS使用障害はDSM-5-TRの正式な診断名には含まれていない。重要なのは利用時間だけではなく、やめたいのにやめられないか、睡眠・仕事・人間関係に支障が出ているか、悪影響を理解しながら使い続けているかである。American Psychiatric Association

ドーパミンは「快楽物質」ではない

ドーパミンはしばしば「快楽物質」と説明される。しかし、現在の神経科学では、ドーパミンは快楽そのものだけではなく、報酬の予測、動機づけ、学習、行動を繰り返す力に関係すると考えられている。

依存症研究では、「気持ちよさ」を指す“liking”と、「欲しくてたまらない」「確認したくなる」という“wanting”を区別する考え方がある。つまり、SNSを見て毎回強い満足を得ているとは限らなくても、「何か新しい反応が来ているかもしれない」という予感によって、また確認したくなることがある。Berridge & Robinson, 2016

ドーパミン神経は、予想より大きな報酬が得られたときや、予想外の出来事が起きたときに反応しやすい。これを報酬予測誤差と呼ぶ。報酬が毎回同じではなく、いつ届くか分からない場合、脳は「次に何か起きるかもしれない」と学習しやすくなる。Schultz, 2016

SNSの場合、通知を開いても何も重要なものがないこともある。一方で、予想以上に多くの「いいね」やコメントが付いていることもある。この不確実性が、確認行動を繰り返す学習に関係する可能性がある。

ただし、ここで注意が必要なのは、SNSの通知を見た人間の脳内でドーパミンがどれだけ放出されたかを、通常のSNS研究が直接測定しているわけではないという点である。

「いいね」は脳の報酬系に関係するのか

SNS上の評価が、社会的な報酬として処理されることを示す研究はある。

たとえば、10代を対象にしたfMRI研究では、Instagramに似た画面で「いいね」が多く付いた写真を見たとき、報酬や社会的評価、注意に関係する脳領域の活動が見られた。また、参加者自身も「いいね」の多い写真を好みやすかった。Sherman et al., 2016

別の研究では、他人から良い評価を受ける場面で、側坐核を含む腹側線条体という報酬関連領域が活動した。この領域の反応の強さは、自己申告されたFacebook利用の強さとも関連していた。ただし、参加者は31人と少なく、相関研究なので、「脳の反応が強いからSNSを使う」のか、「SNSを使うことで脳の反応が変化した」のかは分からない。Meshi et al., 2013

さらに、SNS上で他人に「いいね」を付ける行為と、他人から「いいね」を受け取る行為の両方が、線条体や腹側被蓋野など、報酬・動機づけに関係する領域と関連することも報告されている。Sherman et al., 2018

これらの研究から、「いいね」が単なる数字ではなく、承認、人気、所属感、社会的な立場に関係する刺激として処理される可能性は高い。

しかし、fMRIで報酬関連領域が活動したからといって、それだけで「依存症」や「ドーパミン中毒」と診断できるわけではない。脳の報酬系は、食事、会話、音楽、成功体験、金銭的報酬など、正常な楽しい経験にも関係している。

SNSの確認行動は「報酬学習」で説明できる

SNSの「いいね」は、行動を強化するフィードバックとして働く可能性がある。

2021年の研究では、Instagramやオンライン掲示板の100万件以上の投稿を分析し、利用者が「いいね」などの社会的報酬を得やすいタイミングに合わせて投稿行動を調整していることを、報酬学習モデルで説明した。さらに、オンライン実験では、社会的な報酬の得られやすさを変えると、次の投稿までの時間も変化した。Lindström et al., 2021

これは、SNS利用が「意思の弱さ」だけで起きているのではなく、通知、数字、反応、投稿という環境との相互作用によって学習される行動であることを示唆している。

ただし、この研究も「SNS利用は必ず依存症になる」と証明したものではない。SNSには、友人との交流、情報収集、仕事、自己表現、娯楽など、複数の目的がある。問題はSNSそのものというより、利用が自動的・強迫的になり、生活を圧迫する状態である。

承認欲求は病気ではない

「いいね」が欲しいと思うこと自体は、異常ではない。人間には、他者とつながりたい、受け入れられたい、価値を認められたいという基本的な社会的欲求がある。

心理学研究では、SNSを過剰・問題的に使う背景として、社会的承認、他人との比較、取り残される不安、楽しさ、孤独の軽減などが指摘されている。特に「自分が参加していない間に、他の人たちが楽しい経験をしているのではないか」というFoMO、つまり取り残される恐れは、SNSを何度も確認する動機になりうる。Wadsley et al., 2022

したがって、問題は「承認を求めること」ではなく、自己評価がSNS上の反応だけに依存してしまうことだ。

次のような状態が重なる場合は、単なる習慣を超えて、問題的なSNS使用を疑う材料になる。

  • やめたいのに何度も確認してしまう

  • 睡眠、仕事、勉強、人間関係に影響が出ている

  • 投稿への反応で気分が大きく上下する

  • 使えないと強い不安やいら立ちを感じる

  • 他の活動を犠牲にしてまでSNSを優先する

利用時間が長いことだけで問題と判断することはできない。短時間でも生活への悪影響が大きければ問題になりうるし、長時間でも仕事や交流のために意図的に使っている場合がある。

SNSの実害は「使った時間」だけでは決まらない

SNS利用とメンタルヘルスの関係については、うつ、不安、睡眠、幸福感との関連が多く研究されている。

2024年の系統的レビューとメタ分析では、一般的なSNS利用と抑うつ・不安には小さな関連が見られ、問題的なSNS利用では、抑うつ、不安、睡眠問題、幸福感の低下との関連がより一貫していた。ただし、研究間のばらつきは大きく、SNSが原因なのか、もともと不安や孤独を抱えている人がSNSを多く使うのかは、単純には決められない。Ahmed et al., 2024

一方で、デジタル技術利用全体を対象にした大規模分析では、平均的な悪影響はかなり小さく、幸福度の個人差の最大0.4%程度しか説明しなかったという結果もある。Orben & Przybylski, 2019

また、2024年のメタ分析では、SNSの利用目的によって結果が異なり、積極的な交流はオンライン上の社会的支援と結び付く一方、受動的な閲覧や比較は、状況によっては感情面の悪化と関連していた。ただし、「積極的利用は必ず良い」「受動的利用は必ず悪い」と言えるほど単純ではない。Godard & Holtzman, 2024

つまり、SNSの実害を考えるときは、利用時間だけでなく、何を見るのか、どんな気分で使うのか、使った後にどうなるのかを見る必要がある。

通知は集中力を奪う可能性がある

SNSの通知については、ドーパミンよりもまず「注意の中断」という問題がある。

実験研究では、通知の内容を確認しなくても、スマートフォンの通知を受け取るだけで、注意を必要とする課題の成績が低下した。Stothart et al., 2015

また、職場に近い環境で行われた研究では、ICT機器やコミュニケーションアプリの通知を一日停止したグループで、通知による中断が減り、仕事のパフォーマンスが改善し、負担感も低下した。Ohly et al., 2023

この意味で、SNSの通知をオフにすることは、脳内のドーパミンを「抜く」方法というより、外部から注意を引き剥がすきっかけを減らす方法だと言える。

ただし、通知をオフにすれば必ずSNSを見る回数が減るとは限らない。通知がなくても、自分から何度もアプリを開く習慣が残っている場合がある。

実際、通知を一週間オフにする事前登録型のランダム化比較試験では、画面時間や確認回数は明確には減らなかった。一方で、「確認が習慣ではなく意図的になった」という感覚は強まり、FoMOは増加した。Dekker et al.

別の研究では、通知を完全に止めるよりも、一日数回にまとめて通知を受け取る方法のほうが、注意力、生産性、コントロール感、気分に良い影響を示した。完全に通知を止めたグループでは、不安やFoMOが強まる場合もあった。Fitz et al., 2019

したがって、通知オフは有効になりうるが、すべての人に同じ効果が出る万能策ではない。

SNSアプリをスマートフォンに入れない方法は妥当か

私が行っている「通知をオフにする」「スマートフォンにSNSアプリを入れない」という方法は、科学的には環境設計、あるいは刺激統制に近い。

通知オフは、外部からのきっかけを減らす。アプリを入れないことは、ホーム画面のアイコン、バッジ、ワンタップで開ける環境をなくし、SNSを見るまでの手間を増やす。

この「少し面倒にする」ことが重要である。SNSを見るまでにブラウザを開き、ログインし、目的を考える必要が生じると、無意識の確認行動が中断されやすい。SNSを完全に禁止するというより、自動的な行動を意図的な行動に変える仕組みである。

ただし、SNSアプリをアンインストールすることだけを単独で検証した研究は、通知介入や利用時間制限の研究ほど多くない。そのため、「アプリを消せば脳が回復する」と断言することはできない。

現時点で言えるのは、次のような評価である。

対策期待できる作用科学的な評価
通知をオフにする外部からの注意の中断を減らす集中力や負担感への効果は比較的支持される
アプリを入れない無意識の起動を防ぎ、確認までの手間を増やす直接的な研究は限られるが、行動設計として合理的
両方を組み合わせるきっかけとアクセスの容易さを同時に減らすSNSを意図的に使いたい人には特に妥当

重要なのは、これは「ドーパミンデトックス」ではないということだ。ドーパミンを体内から抜いたり、脳をリセットしたりする医学的な方法ではない。通知やアプリという手がかりを減らし、習慣化された行動のループに入りにくくしているのである。

SNSを減らすとメンタルヘルスは改善するのか

SNSの利用制限や中断については、一定の改善効果を示すランダム化比較試験がある。

大学生143人を対象に、Facebook、Instagram、Snapchatの利用を各アプリ一日10分まで、合計約30分に制限した研究では、3週間後に孤独感と抑うつ症状が低下した。Hunt et al., 2018

また、SNSを一週間やめる研究では、幸福感、抑うつ、不安に改善が見られた。Lambert et al., 2022

2025年のランダム化比較試験のメタ分析でも、SNSの利用を減らす、または一時的にやめることで、抑うつ症状が小さいながら有意に改善した。ただし、研究数はまだ多くなく、効果の大きさや持続性には限界がある。May et al., 2025

一方、介入研究をまとめたレビューでは、改善した研究、結果が混在した研究、効果がなかった研究がほぼ分かれており、研究の質も十分とは言えなかった。Plackett et al., 2023

したがって、「SNSをやめれば誰でも劇的に幸福になる」とは言えない。しかし、SNSが睡眠、集中、気分、自己評価を悪化させている人にとって、利用を減らすことは試す価値のある、比較的低リスクな対策である。

私の方法をどう評価すればよいか

私のように通知をすべてオフにし、スマートフォンにアプリを入れない方法は、少なくとも科学的に不合理ではない。

特に、通知によって仕事や読書が中断される人、SNSを開くことが癖になっている人、他人の反応で気分が上下しやすい人には、環境から刺激を減らす方法として有効だろう。

ただし、効果は「SNSを見る時間」だけで判断しないほうがよい。2〜4週間ほど、SNSを確認した回数、実際の利用時間、睡眠、集中力、気分、不安の変化を記録してみると、自分にとっての効果を確認しやすい。

通知オフによって落ち着き、アプリを入れないことで確認回数が減り、生活の満足度や集中力が上がっているなら、その方法は自分にとって十分に機能している。

反対に、重要な連絡を見落として不安が強くなる場合は、家族や仕事関係だけ通知を許可する、SNSを一日一回だけブラウザで確認する、通知を決まった時間にまとめるなど、完全遮断と常時接続の中間を選んでもよい。

まとめ

SNSの「いいね」や通知は、社会的な報酬として脳の報酬・動機づけ・学習システムに関係する可能性がある。特に、いつ反応が来るか分からない状況は、「また確認したい」という行動を学習させることがある。

しかし、SNSの利用をただちに「ドーパミン中毒」と呼ぶのは正確ではない。SNS研究の多くは脳画像や行動の関連を調べたもので、SNSによるドーパミン放出を直接測定したものではない。また、SNS使用障害は現時点で正式な医学的診断として確立していない。

通知オフには、注意の中断を減らす科学的な根拠がある。一方で、通知オフだけでは確認回数や画面時間が減らない場合もある。

スマートフォンにSNSアプリを入れない方法は、直接的な研究こそ限られているが、SNSへのアクセスを少し面倒にし、無意識の確認行動を減らす環境設計としては合理的である。

つまり、私が行っている対策は「脳内のドーパミンをリセットする方法」ではない。しかし、SNSに反応させられる時間を減らし、自分の意思で使うための仕組みとして、科学的にも十分に筋の通った方法だと言える。

2026/09/15

Maybe You Are Luckier Than You Think

 



Sometimes we look at other people and think,

“They had better opportunities.”

“They were luckier.”

“I should have had more.”

But comparison has a strange effect.

A life that felt perfectly fine can suddenly feel insufficient.

Nothing actually changed.

Only the measuring stick did.

Maybe luck is not always something dramatic.

Maybe it is also the ordinary things we stop noticing:

our health,
our family,
our freedom,
our time,
our ability to read, walk, travel, laugh, and start again.

None of these are guaranteed.

We often protect our health because we know it is precious.

But we do not always protect our lives in the same way.

We overwork.

We compare.

We postpone enjoyment.

We tell ourselves,

“I’ll enjoy life later.”

But later is still made of ordinary days.

So maybe the question is not,

“Why wasn’t I luckier?”

Maybe it is,

“Am I using what I already have well?”

Protect your time.

Spend it with people you love.

Rest.

Travel.

Read.

Walk.

Do things that impress nobody.

And notice when a day is simply good.

Maybe “enough” is not somewhere in the future.

Maybe part of it is already here.

Take what has been given.
Use it well.
And learn to love your life while you are living it.

健康講座1065 マンジャロとウゴービの副作用 吐き気や便秘はなぜ起こる?我慢しすぎないために知っておきたいこと

 

そもそもマンジャロとウゴービはどんな薬?

マンジャロとウゴービは、どちらも週1回注射して使う薬です。食欲を抑えたり、満腹感を保ちやすくしたり、血糖値を整えたりする作用があります。

マンジャロは「チルゼパチド」、ウゴービは「セマグルチド」という成分が使われており、仕組みには違いがありますが、どちらも食事量を自然に減らし、体重や血糖の改善を目指す薬です。

ただ、効果がある一方で、吐き気や便秘、下痢などの症状が出ることがあります。

さて、今日はマンジャロとウゴービを使うときに知っておきたい「副作用」について、よくある症状から、早めに医療機関へ相談したほうがよい症状まで、まとめて説明します。



マンジャロやウゴービを始めるとき、「体重は減らしたいけれど、副作用が心配です」とおっしゃる方は少なくありません。

実際に、これらの薬で多いのは、吐き気や食欲低下、下痢、便秘などの胃腸症状です。ただし、症状が出たからといって、必ずしも薬が合っていないとは限りません。薬の量を増やす時期に一時的に症状が出て、体が慣れるにつれて落ち着いてくることもあります。

一方で、「これくらいなら我慢しなければ」と無理をしてしまうのもよくありません。大切なのは、副作用を我慢し続けることではなく、効果と体調のバランスを見ながら治療を進めることです。

マンジャロとウゴービは、なぜ副作用が出るのか

マンジャロとウゴービには、食欲を抑えたり、満腹感を保ちやすくしたり、胃から腸へ食べ物が移動する速度をゆっくりにする作用があります。

そのため、食事量を自然に減らしやすくなる一方で、

  • 少し食べただけでお腹がいっぱいになる

  • 胃がもたれる

  • 吐き気がする

  • 食べ物が胃に残っている感じがする

  • 便秘や下痢になる

といった症状が出ることがあります。

つまり、治療上期待している作用と、副作用として感じる症状は、完全に別物というわけではありません。

よくみられる副作用

代表的な副作用は、マンジャロとウゴービで大きくは変わりません。

症状マンジャロ 15mg群ウゴービ 2.4mg群
吐き気約31%約44%
下痢約23%約30%
便秘約12%約24%
嘔吐約12%約25%

この数字は、それぞれの臨床試験で、投与期間中に一度でも症状が報告された人の割合です。症状が何カ月も続いた人の割合ではありません。

また、マンジャロとウゴービでは、試験の参加者や投与期間などの条件が異なります。そのため、この数字だけを見て「どちらの薬が副作用が少ない」と単純に比較することはできません。

ウゴービの試験では、吐き気や便通異常のほか、疲労感、頭痛、めまいなども報告されています。

副作用は、始めた直後や増量後に出やすい

マンジャロもウゴービも、最初から多い量を使うのではなく、少ない量から始めて、体調を確認しながら少しずつ増量します。

マンジャロは通常、2.5mgから開始し、4週間以上あけて増量します。ウゴービも0.25mgから始め、数週間ごとに段階的に増量します。

副作用は、薬を始めたばかりの時期や、量を増やした直後に出やすい傾向があります。

増量後に少し吐き気がある程度なら、数日から数週間で落ち着くこともあります。しかし、食事や水分がほとんど取れない場合は、次の増量を延期したり、量を戻したりすることがあります。

「予定通りに増量すること」よりも、「その人の体調に合った量で続けること」のほうが大切です。

吐き気があるときの過ごし方

吐き気があるときは、無理に一人前を食べようとしないことが大切です。

一度にたくさん食べるのではなく、少量を何回かに分け、ゆっくり食べるようにしてください。脂っこい料理、揚げ物、香辛料の強いもの、甘いものなどで症状が悪化する場合もあります。

「満腹になるまで食べる」のではなく、「もう少し食べられそう」というところで止めるくらいがよいでしょう。

水分も一度に大量に飲むと気持ち悪くなることがあります。少しずつ、こまめに飲むようにしてください。

下痢や便秘があるとき

下痢が続く場合は、水分だけでなく塩分などの電解質も失われます。水やお茶だけでなく、状態によっては経口補水液などが必要になることもあります。

ただし、心臓や腎臓の病気などで水分制限がある方は、自己判断で大量の水分を取らないでください。

便秘の場合は、水分、軽い運動、野菜や海藻などを無理のない範囲で取り入れます。ただし、強い腹痛やお腹の張り、吐き気を伴う便秘は、単なる便秘ではない可能性もあります。

便秘薬や吐き気止めを自己判断で長く使うのではなく、症状が続くときは処方医に相談してください。

だるさや疲れを感じるとき

薬を始めると食事量が減るため、摂取カロリーやたんぱく質が不足し、だるさを感じることがあります。

体重を早く減らしたいからといって、食事を極端に減らすのはおすすめできません。少量でも、肉、魚、卵、大豆製品などのたんぱく質を意識して取るようにしてください。

だるさが強い場合は、脱水、低血糖、貧血、睡眠不足など、薬以外の原因が隠れていることもあります。

すぐに医療機関へ相談してほしい症状

次のような症状がある場合は、次の注射を自己判断で続けず、早めに処方医へ連絡してください。

強い腹痛や繰り返す嘔吐

みぞおちから上腹部にかけて、持続する強い痛みがある場合は、急性膵炎の可能性があります。背中に痛みが響く、嘔吐を伴うといった場合は、すぐに受診してください。

水分が取れない、尿が極端に少ない

下痢や嘔吐が続くと、脱水から急性腎障害につながることがあります。

  • ほとんど尿が出ない

  • 立つとふらつく

  • 口の中が強く乾く

  • 水分を飲んでも吐いてしまう

このような場合は、早めの受診が必要です。

強い便秘、お腹の張り、腹痛、嘔吐

便が出ないだけでなく、お腹が張って苦しい、痛みが続く、吐いてしまうという場合は、腸閉塞などの可能性があります。市販の便秘薬で様子を見続けないでください。

冷や汗、手の震え、動悸、意識がぼんやりする

低血糖の症状かもしれません。特に、インスリンや一部の糖尿病薬を併用している方は注意が必要です。

低血糖への対応は、普段から主治医に確認しておきましょう。

息苦しさ、顔や唇、喉の腫れ

発疹やじんましんに加えて、息苦しさや顔・喉の腫れがある場合は、重いアレルギー反応の可能性があります。救急受診が必要です。

目がかすむ、視力が急に変わった

糖尿病の方では、血糖値が急に改善することで糖尿病網膜症に影響することがあります。見え方に変化があれば、早めに相談してください。

マンジャロとウゴービ、どちらが安全なのか

マンジャロとウゴービは、どちらも副作用の中心は胃腸症状です。

マンジャロはGIPとGLP-1の両方に作用し、ウゴービはGLP-1に作用します。薬の仕組みは異なりますが、「マンジャロなら副作用がない」「ウゴービなら必ず吐き気が出る」ということではありません。

同じ薬でも、吐き気が強く出る人もいれば、ほとんど症状がない人もいます。体格、食事量、糖尿病の有無、腎臓や胃腸の状態、併用薬などによっても変わります。

薬を選ぶときは、体重の減り方だけでなく、無理なく続けられるかどうかも大事な判断材料になります。

副作用が出たら、我慢ではなく相談を

マンジャロやウゴービは、ただ体重を減らすためだけの薬ではありません。食欲や血糖、体重、生活習慣全体を見ながら使う治療薬です。

少し吐き気がある、食事量が減ったという程度なら、食べ方や量を調整することで対応できることがあります。

一方で、食事や水分が取れない、痛みが強い、症状が何日も続くという場合は、薬の量や増量のタイミングを見直す必要があります。

副作用は「我慢できるかどうか」だけで判断するものではありません。症状が出たときは、次の注射や増量を自己判断で進めず、処方医に相談してください。

副作用をゼロにすることよりも、体調を崩さず、必要な治療を安全に続けられることが大切です。

※この記事は、マンジャロ・ウゴービの副作用について一般的な情報をまとめたものです。実際の使用量や休薬、増量の判断は、診察を担当する医師の指示に従ってください。

参考資料:マンジャロの副作用についてウゴービの副作用についてマンジャロ添付文書(PMDA)ウゴービ添付文書(PMDA)

2026/09/14

Good Reputation, Bad Reputation — Maybe Neither Matters That Much

 



Recently, while reading Marcus Aurelius, I came across an idea that stayed with me.


It goes something like this:


For a stone thrown into the air, going up is not good, and coming down is not bad.


It sounds obvious.


Throw a stone into the sky and it rises. Eventually it loses momentum and falls back down.


But the stone doesn’t think,


“Great! I’m going up. I’m winning!”


And when it starts falling, it doesn’t think,


“Oh no. I’m going down. I’ve failed.”


It simply rises and falls.


And that made me wonder:


Maybe reputation works the same way.


My Reputation Went Up. So What?


We humans love it when our reputation improves.


Someone praises us.


We get recognized.


Our work is appreciated.


People say, “That person is doing really well.”


And somehow, it feels as though we ourselves have become more valuable.


The opposite happens too.


Someone criticizes us.


Someone dislikes us.


We receive a bad review.


We aren’t appreciated as much as we expected.


Suddenly, it feels as though our value as a person has fallen.


But when I think about it, that’s rather strange.


If my reputation goes up, I haven’t literally gone up with it.


And if my reputation goes down,


I haven’t suddenly sunk into the ground either.


I’m still basically the same person I was yesterday.


What changed?


Mostly, someone else’s opinion of me.


It’s Not Just Bad Reputation


This is the part I find interesting.


People often say:


“Don’t worry about criticism.”


“Don’t care what people say about you.”


That sounds reasonable.


But I think that’s only half the story.


If I want to stop being controlled by bad opinions of me, perhaps I also need to loosen my attachment to good opinions of me.


Because the two are connected.


“I don’t want people to dislike me.”


and


“I want people to like me.”


“I don’t want people to think I’m a failure.”


and


“I want people to think I’m successful.”


They look like opposites.


But both are built around the same question:


“What do other people think of me?”


As long as I desperately need a good reputation, I will always be vulnerable to a bad one.


So perhaps freedom doesn’t mean learning how to defeat criticism.


Perhaps it means gradually leaving the reputation game altogether.


From Space, It All Looks Pretty Small


Marcus Aurelius often tries to pull the camera back.


Imagine looking down at human life from high above.


Then pull back even farther.


Look at Earth from space.


Asia and Europe become tiny.


The oceans become little patches of blue.


Mountains become bumps on a small planet.


And somewhere on that tiny planet, we humans are worrying:


“Someone doesn’t like me.”


“My reputation has improved.”


“My reputation has fallen.”


“Do people think I’m successful?”


From far enough away, the whole thing starts to look rather small.


And then there is time.


A hundred years from now, almost everyone who currently knows me will be gone.


The people who praised me will be gone.


The people who criticized me will be gone.


Most of those opinions will disappear with them.


So why should I spend so much of my limited life trying to manage what is happening inside other people’s heads?


Reputation and Trust Are Not the Same Thing


Of course, this doesn’t mean:


“Do whatever you want. Other people don’t matter.”


Trust matters.


Keep your promises.


If you make a mistake, correct it.


If someone gives you useful criticism, listen.


If you hurt someone, apologize.


That is simply part of living with other people.


But there is an important distinction:


Use feedback as information.

Don’t use reputation as a measure of your worth.


If someone says,


“You made a mistake here,”


I can look at the facts and fix it.


But if someone says,


“I heard that person doesn’t like you,”


maybe sometimes the answer can simply be:


“Oh, really?”


And then I can get on with my day.


Trying to manage everyone’s opinion of me is an impossible job anyway.


I Don’t Have to Prove Myself


When we are younger, we often want things to go up.


Grades.


Income.


Status.


Achievements.


Assets.


Reputation.


I’ve played plenty of those games myself.


And to be fair, they were fun.


Watching the score rise can be exciting.


You discover what you’re capable of.


You go farther than you thought you could.


There is nothing inherently wrong with that.


But I’m beginning to think that I don’t have to play the same game forever.


At some point, I’m allowed to say:


“That was fun. Maybe I’ve played enough.”


I can put down the controller.


I can try another game.


Or perhaps, for a while, I don’t need to play any game at all.


The Stone Simply Rises and Falls


Life has its ups and downs.


There are times when work goes well and times when it doesn’t.


There are times when people praise us and times when they criticize us.


There are periods when our reputation rises and periods when it falls.


But the stone doesn’t call rising “success.”


It doesn’t call falling “failure.”


It simply rises and falls.


We humans are the ones who add the labels:


Success.


Failure.


Winning.


Losing.


Good.


Bad.


Of course, I’m human too.


If someone praises me, I’ll probably feel happy.


If someone says something nasty about me, I may still get annoyed.


That’s fine.


I don’t need to become a stone.


I just want to remember the stone.


When things are going well:


“Ah. The stone is going up.”


When things are going badly:


“Ah. Now the stone is coming down.”


Neither movement needs to define who I am.


I’d Rather Live My Life Than Manage My Reputation


In the end, I keep coming back to something very simple.


I don’t need everyone to think I’m successful.


I don’t need everyone to think I’m impressive.


And if people praise me, I don’t need to spend the rest of my life protecting that image either.


Good reputation.


Bad reputation.


Given enough time, both disappear.


So instead, I’d rather have dinner with my family.


Take a walk.


Sit in a hot spring.


Travel somewhere I’ve never been.


Look at a river.


Read a good book.


Play a game.


Think about something interesting.


Actually experience the life that is happening in front of me.


My reputation went up.


So what?


My reputation went down.


So what?


The stone keeps rising and falling.


Meanwhile, I’d rather get on with enjoying my life.

ロゴ決定

ロゴ決定 小川糖尿病内科クリニック

皆さま、こんにちは。 当院のロゴが決定いたしました。 可愛らしいうさぎをモチーフとして、小さなお花をあしらいました。 また、周りは院長の名字である「小川」の「O(オー)」で囲っております。 同時に、世界糖尿病デーのシンボルであるブルーサークルを 意識したロゴとなって...