「今年こそ運動しよう」
「もっと本を読もう」
「部屋をきれいにしよう」
「仕事を効率化しよう」
そう思って始めたものの、気づけば三日坊主。
そんな経験は、たぶん誰にでもある。
でも、これは意志が弱いからではない。
もしかすると最初から、変えようとする量が大きすぎるのかもしれない。
いきなり30分走ろうとする。
一冊の本を読み切ろうとする。
部屋を全部片づけようとする。
人間は大きな変化を嫌う。
だったら逆に、
「これなら失敗しようがない」くらい小さく始めればいい。
そんな考え方が「1%ルール」だ。
1%だけ良くする
1%ルールとは、とても単純だ。
昨日より今日を、ほんの少しだけ良くする。
それだけ。
運動なら、
「毎日30分歩く」
ではなく、
「朝起きたら1分だけストレッチする」。
読書なら、
「毎月5冊読む」
ではなく、
「寝る前に1ページ読む」。
片づけなら、
「家をきれいにする」
ではなく、
「引き出しを一つだけ整理する」。
大事なのは、立派な目標を立てることではない。
あまりにも簡単なので、やらない理由がない状態をつくること。
これくらいでいい。
ちなみに「毎日1%成長すれば1年後には約38倍になる」という有名な計算があるが、もちろん人間の能力が文字通り38倍になるという意味ではない。
これはあくまで、
小さな変化でも、積み重なると大きな差になる
という比喩として考えるくらいがちょうどいい。
日本人は「一気にちゃんとやろう」としすぎる
ここが意外と重要だと思う。
私たちは子どもの頃から、
「最後までやりなさい」
「ちゃんとやりなさい」
「中途半端はよくない」
と言われることが多い。
だから、
運動するなら毎日30分。
勉強するなら1時間。
片づけるなら部屋全部。
となりやすい。
でも、この「ちゃんと」が重い。
最初の数日はできても、疲れた日や忙しい日が来る。
一度できなくなる。
すると、
「また続かなかった」
となる。
そして全部やめる。
これなら最初から、
1ページでも読んだら成功。
1分歩いたら成功。
一個片づけたら成功。
くらいでいい。
習慣づくりでは、
100点を3日間より、20点を100日間
のほうが強い。
「2分で終わること」は、その場でやる
もう一つ使いやすいのが「2分ルール」。
2分以内で終わることなら、後回しにせず、その場でやる。
脱いだ服をしまう。
食器を一枚洗う。
机の上のゴミを捨てる。
簡単な返信をする。
書類を一枚ファイルに戻す。
こういう小さな用事は、一つ一つは大したことがない。
ところが放置すると、
「あれもやらなきゃ」
「これも残っている」
と、頭の中に居座る。
仕事そのものより、
「やっていないことを覚えておくこと」
のほうが疲れることすらある。
だから小さいものは、その場で消してしまう。
机だけではなく、頭の中も片づいていく。
一度に人生全部を変えない
ここも大切だ。
健康も改善したい。
仕事も効率化したい。
本も読みたい。
お金も貯めたい。
部屋も片づけたい。
全部やりたくなる。
でも、全部始めると結局全部嫌になる。
だからまず一つ。
例えば今週は、
「夕食後に皿を一枚洗う」
だけでもいい。
一週間続いたら、
「意外と普通にできるな」
という感覚が生まれる。
その感覚のほうが重要だ。
人間は、
「私は意志が弱い」
と思っているより、
「自分は意外と続けられる人間だ」
と思えるほうが次の行動につながりやすい。
記録するなら、○を一個つけるくらいでいい
習慣を続けるために記録するのもいい。
ただし、記録そのものを大仕事にしない。
カレンダーに○をつける。
それだけで十分。
1ページ読んだら○。
1分運動したら○。
机を一カ所片づけたら○。
これなら続く。
週末に振り返って、
「今週は5日できた」
それでいい。
毎日完璧にやる必要はない。
むしろ、
続けること自体を成功にしてしまう。
「もっと」ではなく「十分」を決める
ここから少し話が深くなる。
私たちは習慣をつくるときですら、
「もっと」
に支配されやすい。
もっと健康に。
もっと生産的に。
もっと稼ぐ。
もっと勉強する。
もっと立派になる。
でも「もっと」には終わりがない。
そこで役立つのが、
Enough――「これで十分」
という考え方だ。
今日は10分歩けた。
十分。
本を3ページ読めた。
十分。
仕事を全部終わらせられなくても、一番重要な仕事は終わった。
十分。
この「十分」を自分で決められると、人生がかなり軽くなる。
向上心を捨てるわけではない。
改善するけれど、自分を追い立てない。
この違いは大きい。
自分で変えられるものだけを見る
人生には、自分ではどうしようもないことが多い。
他人が自分をどう評価するか。
景気がどうなるか。
株価がどうなるか。
将来何が起こるか。
誰かが何を言うか。
ここに意識を向け続けると疲れる。
だから何か問題が起きたら、一度こう考える。
「この中で、自分が変えられるものは何だろう?」
結果ではなく、行動を見る。
相手の反応は変えられない。
でも自分の伝え方は変えられる。
未来は分からない。
でも今日何をするかは決められる。
世の中全部をコントロールする必要はない。
自分の半径1メートルくらいを整える。
それで十分なのだと思う。
頭の中の「批判者」を、そのまま信じない
もう一つ面白いのが、自分の考え方に気づくことだ。
失敗すると、
「自分はダメだ」
と思う。
一度続かなければ、
「自分は三日坊主だ」
と思う。
仕事で失敗すると、
「自分はいつも失敗する」
と思う。
でも、それは事実とは限らない。
単なる頭の中の言葉かもしれない。
そこで、
気づく → 問いかける → 言い換える
という順番を使う。
例えば、
「自分はいつも失敗する」
と思ったら、
「本当に“いつも”なのか?」
と聞いてみる。
そして、
「今回はうまくいかなかった。でも次に使える情報は増えた」
くらいに言い換える。
無理にポジティブになる必要はない。
「私は最高だ!」
などと思う必要もない。
ただ、
事実以上に自分を攻撃しない。
それだけでいい。
人生の点は、あとからつながる
スティーブ・ジョブズの有名な話に、
未来を見ながら点をつなぐことはできない。
振り返ったときに初めて、点はつながって見える。
というものがある。
これは小さな習慣にもよく合う。
今日読んだ1ページが何につながるのか。
今日歩いた10分が何になるのか。
今日片づけた引き出し一つが人生をどう変えるのか。
そんなことは分からない。
分からなくていい。
その時点では、ただの点なのだから。
でも数年後振り返ると、
「あの頃から本を読むようになった」
「あそこから体を動かすようになった」
「あの小さな習慣から生活が変わった」
と、線になっていることがある。
人生とは案外、
大きな決断一発で変わるものではなく、小さな点が後から線になるもの
なのかもしれない。
今日の1%だけでいい
人生を変えようとすると重い。
自分を変えようとしても重い。
だから、そんなに大げさに考えなくていい。
今日、机の上の紙を一枚片づける。
本を1ページ読む。
1分ストレッチする。
返信を一通だけ返す。
そして、
「今日はこれで十分」
と言う。
それくらいでいい。
明日もまた、ほんの少しだけやる。
人生は長い。
毎日劇的に成長する必要なんてない。
むしろ、
小さく始めて、淡々と続けて、疲れたら休む。
そのくらいのほうが、結局遠くまで行ける気がする。
「もっと頑張る」ではなく、
「少しだけやる。そして、十分なところでやめる。」
このくらいが、日本人にはちょうどいいのかもしれない。