2026/02/16

健康講座966 【運動中の糖質摂取は「筋グリコーゲン」ではなく「低血糖」を防ぐためだった】 ――100年以上・160研究を再検証した最新レビューの全体像をやさしく解説

 はじめに:これまでの「常識」は本当に正しかったのか?

運動中や運動前の糖質(Carbohydrate:CHO)摂取は、長年にわたり

「筋グリコーゲンを満たすことが、持久力やパフォーマンスの決定因子」

と教えられてきました。

しかし2026年1月に Endocrine Reviews に掲載された、
Timothy D. Noakes らによる包括的レビューは、
この“教科書的理解”を根底から問い直します。



結論を先に:この論文が示した最重要ポイント

このレビューが導いた結論は、極めてシンプルです。

糖質摂取の最大の意義は、筋グリコーゲン補充ではなく「運動誘発性低血糖(EIH)」を防ぐことにある

これだけで、スポーツ栄養の歴史を半分書き換えるインパクトがあります。


1. 運動中に起きる「本当の限界」とは何か?

従来の仮説:筋グリコーゲン枯渇=疲労

1960年代に**筋生検(needle biopsy)**が導入され、
「運動後に筋グリコーゲンが減っている」
という事実が確認されました。

そこから、

  • グリコーゲンがなくなる

  • ATPが作れなくなる

  • 筋が動かなくなる

  • 疲労が起きる

という “エネルギー枯渇仮説(Energy Crisis Hypothesis)” が生まれます。


新しい視点:本当に筋は「動けなくなっている」のか?

Noakesらは、160以上の研究を精査し、こう指摘します。

  • 筋グリコーゲンが枯渇しても

    • 筋硬直(rigor)は起きない

    • ATP濃度も保たれている

  • それでも人は「もう続けられない」と感じて運動を止める

👉 つまり疲労は、筋の破綻ではなく「中枢(脳)」が止めている可能性が高い


2. 真犯人は「運動誘発性低血糖(EIH)」

EIH(Exercise-Induced Hypoglycemia)とは?

  • 長時間・中強度以上の運動中

  • 肝臓からの糖供給が追いつかず

  • 血糖値が著しく低下する状態

多くの研究で、運動終了時の血糖値は3.6 mmol/L以下に達しています。

これは
👉 臨床的低血糖の診断域


驚くべき事実①

運動終了とEIHは強く相関する

  • 筋グリコーゲン量:相関は弱い

  • 血糖低下(EIH):相関が非常に強い

👉「これ以上続けると脳が危ない」という
脳の防御反応としての疲労 が浮かび上がります。


3. 糖質摂取の「本当の作用機序」

よくある誤解

❌「運動中に糖を摂る → 筋グリコーゲンが増える」

実際に起きていること

糖質摂取 → 肝臓の糖放出が抑えられる

  • 外から糖が入る

  • 肝グリコーゲン分解が抑制される

  • 血糖が安定する

一方で驚くべきことに、

筋グリコーゲンの分解は、むしろ加速する

これは中枢神経・ホルモン制御による
“保護的な代謝再配分” と考えられています。


4. 高脂肪適応アスリートが示す「反証」

高脂肪・低糖質(LCHF)適応者の特徴

  • 筋グリコーゲン:少ない

  • 糖質酸化:少ない

  • 脂肪酸化:極めて高い(1.5 g/min超)

それでも、

👉 運動パフォーマンスは同等


ここから導かれる事実

  • 糖質は「必須燃料」ではない

  • 高強度でも脂肪は十分使える

  • 問題は「燃料の種類」ではなく「血糖の維持」


5. 糖質摂取量はどれくらいが最適か?

従来の推奨

  • 60〜90 g/時

  • 場合によっては120 g/時

本レビューの結論

15〜30 g/時で十分

理由は明確です。

  • それ以上摂っても

    • 血糖安定効果は頭打ち

    • パフォーマンス改善は起きない

👉 量ではなく「低血糖を防げるか」が本質


6. 肝グリコーゲンの重要性が再評価される

筋よりも大事なのは「肝臓」

  • 筋グリコーゲン:局所燃料

  • 肝グリコーゲン:全身(特に脳)を守る

運動中の血糖維持は
👉 肝臓の糖新生・糖放出能力に依存


EIHを起こしやすい人

  • 長時間運動

  • 低糖質食直後

  • 肝糖新生能が低い人

    • トレーニング不足

    • 栄養不足

    • 代謝疾患背景


7. スポーツ栄養ガイドラインへの影響

この論文が示す方向性は明確です。

  • 一律の高糖質推奨 ❌

  • 個別化された血糖重視戦略 ⭕

実践的には

  • 普段は高糖質でも低糖質でもよい

  • 運動中は

    • 低用量糖質で

    • 血糖低下を防ぐ

👉 「糖質=燃料」から「糖質=脳保護」へ


【まとめ】

  • 疲労の主因は「筋」ではなく「脳」

  • 糖質摂取の本質は「低血糖防止」

  • 肝グリコーゲンが鍵

  • 必要な糖質量は最小限でよい

  • 高脂肪適応でもパフォーマンスは維持可能


最後に(臨床・指導への応用)

このレビューは、

  • 糖尿病患者の運動指導

  • 持久系アスリートの補給設計

  • 低糖質食と運動の両立

すべてにおいて、**「血糖をどう守るか」**という
新しい共通軸を与えてくれます。

運動の限界を決めているのは、筋肉ではなく“脳の安全装置”である

これは、スポーツ栄養学における
静かですが決定的なパラダイムシフトです。

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