2026/02/26

健康講座984  GIPはなぜ低血糖を防げなかったのか ――1型糖尿病における「血糖を整えるホルモン」の現実――



血糖コントロールと聞くと、まず思い浮かぶのはインスリンです。
しかし、私たちの体の中では、インスリンだけで血糖が調整されているわけではありません。食事をきっかけに分泌され、血糖の上下をなだらかに整えようとするホルモンが複数存在します。その代表のひとつが GIP です。

今回紹介する研究は、「GIPは1型糖尿病において、血糖を本当に安定させられるのか」という問いを、極めて現実的かつ厳しい条件で検証しています。

結論は明確です。
GIPは食後の血糖の上がりすぎは抑えたが、低血糖からは守れなかった。

この一文の裏にある意味を、順を追って丁寧に解説していきます。


GIPとは何か(専門用語のやさしい解説)

GIP(Glucose-dependent Insulinotropic Polypeptide) は、小腸から分泌されるホルモンです。食事、特に糖質や脂質を摂取すると分泌されます。

GIPの主な作用は次の3つです。

  1. 血糖が高いときにインスリン分泌を助ける
    血糖値が上がっている場面で、膵臓に「インスリンを出しやすくしてあげる」役割を担います。

  2. 血糖が低いときにグルカゴン分泌を促す
    血糖が下がりすぎたとき、肝臓から糖を放出させるホルモン(グルカゴン)を増やし、低血糖を防ごうとします。

  3. 食後血糖の変動をなだらかにする
    急激な血糖の上下を避け、安定した状態へ導こうとします。

理論上、GIPは「高血糖にも低血糖にもブレーキをかける調整役」と考えられてきました。


1型糖尿病でGIPが抱える構造的な問題

1型糖尿病では、インスリンを分泌する膵β細胞がほぼ失われています。
そのため、GIPが「インスリンを出そう」と指示しても、実際には出せるインスリンが存在しません。

さらに重要なのは、低血糖時のグルカゴン反応が障害されている という点です。本来、血糖が下がるとグルカゴンが分泌され、肝臓から糖が放出されます。しかし1型糖尿病では、この防御反応が弱くなっています。

つまり、GIPが本来持っている「低血糖を防ぐ仕組み」が、1型糖尿病ではうまく機能しない可能性があるのです。


この研究の目的

この研究が問いかけたのは、非常に現実的な疑問です。

「インスリンを多めに打ち、さらに食後に運動したとき、GIPは低血糖を防げるのか?」

これは1型糖尿病の生活の中で、誰もが直面しうる状況です。
食後インスリンがやや多かった、少し体を動かした、その結果として低血糖が起こる――その場面でGIPは助けになるのかを検証しました。


研究デザイン(方法の解説)

対象者

  • 1型糖尿病の男性12名

試験の特徴

同じ被験者が、条件を変えて3回実験に参加する クロスオーバー試験 です。

  1. GIPを点滴投与する日

  2. GIPの作用を阻害する薬(GIP受容体拮抗薬)を点滴する日

  3. プラセボ(偽薬)を点滴する日



実験条件のポイント

  • 標準化された食事を摂取

  • 通常より25%多いインスリンを皮下注射

  • 食後に 30分間の自転車運動

あえて低血糖が起こりやすい状況を作り出しています。


結果①:GIPは低血糖を防げたのか

結論は明確です。
GIPは低血糖を防げませんでした。

  • 低血糖の発生頻度

  • 低血糖の重症度

  • 低血糖を防ぐために補充したブドウ糖量

これらは、GIP投与、GIP拮抗薬投与、プラセボのいずれでも差がありませんでした。



なぜ防げなかったのか

理由は大きく2つあります。

  1. グルカゴン分泌に差が出なかった
    GIPを投与しても、低血糖時のグルカゴン反応は強まりませんでした。

  2. インスリンと運動の影響が強すぎた
    過剰なインスリン投与と運動による糖利用増加が、GIPの作用を完全に上回っていました。

この結果は、1型糖尿病では「GIPによる低血糖防御機構」が十分に働かないことを示しています。


結果②:それでも食後血糖は抑えられた

一方で、GIPには明確な効果も確認されました。

  • 食後の最大血糖値が約1.5 mmol/L低下

  • GIP拮抗薬投与時と比較して有意差あり



重要なのは、この血糖低下が インスリン分泌の増加によるものではない という点です。
インスリン、Cペプチド、グルカゴンの値に差はありませんでした。

つまり、GIPはインスリンとは別の経路で、食後血糖の上がりすぎを抑えていたと考えられます。


GIPを止めても血糖は悪化しなかった

GIPの作用を完全にブロックしても、

  • 血糖変動は大きく悪化せず

  • 低血糖の頻度も増えませんでした

これは、GIP関連薬を将来考えるうえで、安全性の面で重要な知見です。


この研究から見えてくる本質

この研究が示したことは、次の3点に集約されます。

  • GIPは万能なホルモンではない

  • 食後高血糖のピークは抑えられる

  • 低血糖対策はホルモン単独では解決できない

1型糖尿病の低血糖は、単一のホルモン操作で解決できる問題ではなく、構造的・システム的な課題であることが、改めて明確になりました。


おわりに

この研究は、「期待された効果が得られなかった」ことを正直に示しています。
それは失敗ではありません。

現実を正確に理解することが、次の進歩につながります。

GIPは、血糖を完全に守る盾ではありませんでした。
しかし、どこまでできて、どこからできないのかを静かに示したことで、1型糖尿病治療の理解を一段深めています。

血糖を整えるという行為は、力で抑え込むことではなく、仕組みを理解し、無理のない形で整えていくことなのだと、この研究は教えてくれます。

0 件のコメント:

コメントを投稿

ロゴ決定

ロゴ決定 小川糖尿病内科クリニック

皆さま、こんにちは。 当院のロゴが決定いたしました。 可愛らしいうさぎをモチーフとして、小さなお花をあしらいました。 また、周りは院長の名字である「小川」の「O(オー)」で囲っております。 同時に、世界糖尿病デーのシンボルであるブルーサークルを 意識したロゴとなって...