2026/02/27

健康講座989 【KDIGO 2026で何が変わったのか】腎性貧血の新常識をやさしく解説 ― 鉄・ESA・HIF-PH阻害薬・Hb目標の本当のところ ―

 





      腎性貧血治療の「4つのハンドル」

   ┌───────────────┐
   │ ① 鉄補充      │→ 不足をまず是正
   │ ② ESA         │→ 基本の治療薬
   │ ③ HIF-PH阻害薬│→ 代替選択肢(慎重)
   │ ④ Hb目標      │→ 上げすぎない
   └───────────────┘

   ポイント:攻めるが、上限は守る

はじめに:腎性貧血の「世界標準」がアップデートされた

慢性腎臓病(CKD)では、腎臓がエリスロポエチンというホルモンを十分に作れなくなり、腎性貧血が起こります。
この治療方針について、国際的なガイドラインである**KDIGO(Kidney Disease: Improving Global Outcomes)**が2026年版で大きな整理を行いました。

SNSなどでは「世界は攻め、日本は遅れている」といった刺激的な表現も見られますが、実際のガイドラインはもっと構造的です。

重要なのは次の3点です。

  1. 鉄は“ケチりすぎない”

  2. 薬剤の第一選択はESA

  3. ヘモグロビン(Hb)は上げすぎない

順番に、専門用語をかみ砕きながら解説します。


① 鉄補充:フェリチン100で止める時代なのか?

鉄がなぜ重要か

鉄は赤血球を作る材料です。
鉄が不足すると、いくら薬で刺激しても赤血球は増えません。

指標としてよく使われるのが:

  • フェリチン:体内にどれだけ鉄が蓄えられているか

  • TSAT(トランスフェリン飽和度):血液中で利用可能な鉄の割合


日本の従来の考え方

日本の透析学会ガイドラインでは、
フェリチン100 ng/mL未満やTSAT 20%未満を鉄補充の目安とする考え方が長く用いられてきました。

背景には、
「鉄が多すぎると感染や心血管イベントのリスクになるのではないか」
という慎重な姿勢があります。


KDIGO 2026の考え方

血液透析患者の場合、KDIGOは次のように示しています。

  • フェリチン ≤500 ng/mL

  • TSAT ≤30%

この範囲なら鉄補充を開始する合理性があるとしています。

ここが大きな違いです。

ただし重要なのは、

「500まで上げ続けろ」という意味ではない

ということです。

KDIGOは同時に、

  • フェリチン ≥700

  • TSAT ≥40%

では鉄を差し控えるのが合理的としています。

つまり、

✔ 開始の目安は広げた
✔ しかし上限も明確に設定

という設計です。


なぜ世界はやや“積極的”になったのか?

背景にあるのがPIVOTAL試験です。

この試験では、透析患者において
「定期的にしっかり静脈鉄を投与する群」と
「不足時だけ少量補充する群」を比較しました。

結果:

  • 心血管イベントが増えなかった

  • むしろ予後が改善傾向

  • ESA使用量や輸血が減った

つまり、

鉄を控えすぎることの方が不利益になる可能性

が示唆されたのです。

ただしこれは主に血液透析患者でのデータであり、
すべてのCKD患者に単純に当てはめられるわけではありません。


② HIF-PH阻害薬 vs ESA:世界の第一選択はどちらか?

まず用語整理

ESA(エリスロポエチン刺激薬)

従来から使われている注射薬。
赤血球を作るホルモンを補う。

HIF-PH阻害薬

比較的新しい内服薬。
体内で“低酸素状態”を模倣し、自然なエリスロポエチン産生を促す。


KDIGO 2026の立ち位置

KDIGOは明確に:

第一選択はESA(弱い推奨)

としています。

理由は:

  • ESAは長期使用の安全性データが豊富

  • HIF-PH阻害薬では

    • 心血管イベント

    • 血栓

    • バスキュラーアクセス血栓
      などの懸念が一部試験で示唆された

  • 実世界での長期安全性がまだ十分ではない

という点です。


HIF-PH阻害薬は使えないのか?

そうではありません。

KDIGOは、

  • 高血栓リスク

  • 最近の心血管イベント

  • 活動性悪性腫瘍

などの患者では慎重に、としています。

つまり、

✔ 代替選択肢としてはあり
✔ しかし無条件の第一選択ではない

という整理です。


③ Hb目標:11.5 g/dLという上限の意味

ここが今回のアップデートで最も重要な部分です。

KDIGOは、

ESA治療中の成人ではHbを11.5 g/dL未満に保つことを推奨

としています。


なぜ“上げすぎない”のか?

過去の大規模試験(CHOIR、TREATなど)で、

Hbを正常値に近づけようとすると

  • 脳卒中

  • 血栓症

  • 心血管イベント

が増えたことが示されました。

つまり、

「貧血を完全に正常化すること」は必ずしも安全ではない

という歴史的教訓があるのです。


日本との違い

日本の従来の目標では、

  • 保存期CKD:11–13 g/dL

  • 13を超えたら減量検討

という設計でした。

KDIGOはそれより低めの上限を明確化しました。

ただし重要なのは、

✔ 11.5に固定しろという意味ではない
✔ 超えないように運用する上限

ということです。


全体をまとめると

KDIGO 2026のメッセージは、実は非常に一貫しています。

① 鉄

不足を放置するな。
しかし上限も守れ。

② 薬剤

基本はESA。
新薬は慎重に。

③ Hb

上げすぎるな。
正常化は目標ではない。


「攻め」に見えて実は「構造化」

SNSでは「世界は攻め、日本は慎重」と語られがちですが、実際のKDIGOはこうです。

✔ 鉄は適切に補う
✔ しかし過剰は避ける
✔ 新薬は使うが第一選択ではない
✔ Hbは安全域内でコントロール

つまり、

攻めているのではなく、リスクと利益の均衡点を再定義した

というのが実態です。


おわりに

腎性貧血治療は、

  • ESA

  • HIF-PH阻害薬

  • Hb目標

という4つのハンドルを同時に回す治療です。

どれか一つだけを切り取ると誤解が生まれます。

ガイドラインは常に更新されますが、
根底にあるのは一つです。

「貧血を治す」ことよりも
「患者の重大イベントを減らす」ことを優先する

それがKDIGO 2026の核心です。

医療は“勢い”ではなく“構造”で理解する。
それが最も安全で、最も患者にとって誠実な姿勢です。

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