2025/07/19

健康講座887  痩せる人と痩せない人の違いは「腸」にあった 〜マルチオミクス解析でわかったダイエット成功の鍵〜

みなさんこんにちは。

今回は、2025年6月30日にアメリカ糖尿病学会の学術誌「Diabetes Care」に掲載された最新の研究をご紹介します。

タイトルは「マルチオミクスおよび表現型の情報に基づいた体重減少と再増加の予測:カロリー制限食試験の結果」です。

この研究が目指したのは、「誰がダイエットで痩せるか、そして誰が痩せた後にリバウンドするかを、科学的に予測する」ことです。つまり、痩せやすさやリバウンドのしやすさを、腸内細菌や血液中の成分、身体的な特徴から見抜こうという試みです。


研究の背景

食事制限によるダイエットは、肥満や2型糖尿病、心臓病などの生活習慣病を防ぐために重要な方法です。しかし現実には、同じような食事制限をしても、ある人は大きく痩せる一方で、ほとんど体重が減らない人もいます。また、せっかく痩せたのに短期間で体重が元に戻ってしまう人もいます。

なぜこのような違いが生まれるのでしょうか?

それは、見た目からはわからない「体の中の違い」、たとえば腸内環境、代謝、体組成、ホルモンの働きなどに起因している可能性があります。

この研究は、それら体の中の違いをできる限り詳しく測定し、予測モデルとして組み立てることで、痩せやすい体質やリバウンドのリスクを事前に見極めることができるかどうかを検証しました。


マルチオミクスとは何か?

マルチオミクスとは、生物の体の中で起きているさまざまな生化学的な変化を、網羅的に調べる方法のことです。「マルチ」は「複数の」、「オミクス」は「データの全体像を分析する学問」のことです。

具体的には、以下のような分野が含まれます。

  1. ゲノミクス(遺伝子の配列情報)

  2. トランスクリプトミクス(遺伝子が実際にどれだけ使われているか)

  3. プロテオミクス(体内で作られているタンパク質)

  4. メタボロミクス(体の中で作られる代謝物:糖や脂質など)

  5. マイクロバイオーム(腸内や皮膚に住む細菌の種類と割合)

これらの情報を総合的に活用することで、その人の「見えない体質」や「反応のしやすさ・しにくさ」を調べることができます。


試験のデザイン:LEAN-TIME試験

今回の研究は、LEAN-TIMEという名前の食事試験をもとにした追加分析です。LEAN-TIME試験では、以下のようなプロトコルで進められました。

  • 対象者:過体重または肥満のある88人の成人(18歳以上)

  • 試験期間は合計40週間(約10か月)

  • 最初の12週間は「減量期」

  • 続く28週間は「体重維持期(リバウンド観察)」

参加者は、減量期にカロリー制限と低糖質、そして食事時間の制限(時間制限食)を行いました。その後の28週間は、自由な食事に戻した状態で体重の戻り方を観察しました。


測定した内容

研究者たちは、以下のようなデータを収集しました。

  • 身体測定:体重、体脂肪、筋肉量

  • 血液検査:インスリン、グルコース、中性脂肪、コレステロールなど

  • 腸内細菌の種類と割合(便のDNA解析による)

  • 便中の代謝産物(腸内細菌が作り出す化学物質)

  • 食事内容と栄養素の摂取状況

これらすべてを「予測に使える材料」として集め、どの要素が痩せやすさやリバウンドのしやすさに関係しているかを統計的に解析しました。


解析方法とモデルの作り方

研究では、以下の2つの統計的な方法を使って予測モデルを作りました。

  1. 多変量回帰分析

  2. LASSO回帰(重要な変数を自動的に絞り込む方法)

まず、体重や体脂肪、筋肉量の変化を目的変数として設定します。そして、それらに影響する可能性のあるデータ(腸内細菌、代謝物、血液データなど)を説明変数として、モデルに入れていきます。

たとえば、「ある種類の腸内細菌が多いと、より痩せやすい」「この代謝物が多い人は、筋肉量を保ったまま脂肪だけを落としやすい」などの関係を調べるのです。


結果:どれくらい予測できたか?

減量期とリバウンド期に分けて、予測モデルの精度を示します。

【減量期(12週間)】

  • 体重の減少:R² = 0.49(約半分は予測可能)/ RMSE = 1.59 kg(誤差は平均1.6kg)

  • 体脂肪量の減少:R² = 0.61 / RMSE = 1.41 kg

  • 筋肉量の変化:R² = 0.54 / RMSE = 0.98 kg

また、5%以上の体重減少を達成できたかどうかを分類するモデルでは、

  • AUC(分類精度):0.95(非常に高い)

  • 感度(実際に痩せた人を見逃さない割合):94.12%

  • 特異度(痩せていない人を間違って痩せたと判断しない割合):86.79%

【リバウンド期(28週間)】

  • 体重の再増加:R² = 0.72 / RMSE = 1.40 kg

  • 体脂肪量の再増加:R² = 0.73 / RMSE = 1.62 kg

  • 筋肉量の変化:R² = 0.66 / RMSE = 0.73 kg

リバウンドについても非常に高い精度で予測が可能であることが示されました。


予測に影響を与えていた主な因子

予測モデルで重要だったと判定された要素は、次の3つが特に注目されました。

  1. Ruminococcus callidus(ルミノコッカス・カリダス)
    腸内細菌の一種で、食物繊維を分解し、エネルギー代謝を助ける短鎖脂肪酸を作る能力があります。これが多い人ほど、脂肪が燃えやすい体質になっている可能性があります。

  2. Bifidobacterium adolescentis(ビフィドバクテリウム・アドレセントティス)
    一般に「ビフィズス菌」と呼ばれるグループの一種で、腸内環境を整え、炎症を抑える働きがあります。これが多いと体脂肪の減少につながりやすいことが分かりました。

  3. N-アセチル-L-アスパラギン酸
    神経や代謝に関係する物質で、主に脳や腸内で働いています。肥満の人ではこの物質が少ない傾向があることが知られています。多い人の方がエネルギー代謝がスムーズに行われ、痩せやすい可能性があります。

これら3つの要因は、減量期とリバウンド期のどちらのモデルでも共通して登場しており、特に注目されています。


研究の結論

この研究のまとめとして、次のように結論づけられています。

  • 腸内細菌や便の中にある代謝物、身体の特徴などを組み合わせることで、体重の減り方やリバウンドのしやすさをかなり正確に予測できる

  • 特定の腸内細菌(ビフィズス菌など)や代謝物が、痩せやすい体質に関与していると考えられる

  • 食事制限だけではなく、腸内環境を含めた包括的な体質理解が重要である


どんな未来が期待できる?

このような研究が進むことで、将来的には次のような展開が期待されます。

  • ダイエット前に腸内環境を調べて、自分に合った食事法を選べる

  • 痩せにくい人にはあらかじめ対策を立てて、無理な食事制限を避けられる

  • リバウンドしやすい人には、腸内フローラの調整やサプリメントを使った予防が可能になる

  • 医師が患者に対して、より個別化された肥満治療を提供できるようになる


最後に

「痩せられないのは意志が弱いから」と自分を責めてしまう人も少なくありません。しかし、この研究は「体の中の状態」によって痩せやすさが決まっている部分が大きいことを示しています。

つまり、やみくもに努力するよりも、まずは自分の体の中を知ることが、成功への近道になるのです。

この研究はその第一歩として、とても大きな意味を持っています。体重管理が難しいと感じている方にとって、希望の持てる新しい視点になるかもしれません。


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