2025/08/05

健康講座896 「チルゼパチドで目が悪くなる?糖尿病網膜症の早期悪化に関する最新研究」

『Diabetologia』誌に掲載された最新の論文:

「2型糖尿病患者におけるチルゼパチド治療と糖尿病網膜症の早期悪化(EWDR)」

の内容をご紹介いたします。画像が生成されました


皆さんこんにちは。

今回は、糖尿病治療薬「チルゼパチド」が目の病気である糖尿病網膜症(とうにょうびょうもうまくしょう)に与える影響について調べた、とても大切な研究をご紹介します。

この研究は、イギリスの大学病院などで行われたもので、2025年7月に国際的な医学雑誌『Diabetologia(ダイアベトロジア)』に発表されました。


🔍 1. この研究で何を調べたの?

この研究の目的は、

「チルゼパチドという糖尿病の新しい注射薬を使うと、目の病気(糖尿病網膜症)が悪化しやすくなるのか?」

を明らかにすることでした。

実は、糖尿病の薬の中には、血糖値が急に良くなることで、一時的に網膜症(目の奥の病気)が悪くなってしまうことがあります。これを**EWDR(Early Worsening of Diabetic Retinopathy:糖尿病網膜症の早期悪化)**と呼びます。

過去には、セマグルチドなどのGLP-1受容体作動薬(じゅようたいさどうやく)という注射薬で、この現象が起こることが報告されています。

では、新しいタイプの注射薬「チルゼパチド」ではどうなのでしょうか?それを調べたのが今回の研究です。


💉 2. チルゼパチドってどんな薬?

チルゼパチドは、**GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)GIP(胃抑制ポリペプチド)**という2つのホルモンの受容体に作用する「二重作動薬」です。

  • 血糖値を下げる

  • 食欲を抑える

  • 体重を減らす

といった効果があり、日本でも肥満を伴う2型糖尿病患者の治療に使われ始めています。

ただ、血糖値を急激に改善させる力が強いため、目への影響が心配されていました。


👁 3. 糖尿病網膜症とは?

糖尿病網膜症とは、長い間高い血糖値が続くことで、目の奥にある「網膜(もうまく)」という部分の血管が傷んでしまう病気です。

網膜は、カメラで言えば「フィルム」のような部分で、ここが壊れると視力が落ちたり、最悪の場合は失明(見えなくなること)します。

この病気には進行の段階があります:

グレード 名前 特徴
R0M0 網膜症なし まだ何も起こっていない
R1M0 / R1M1 軽度非増殖網膜症 小さな出血などが見られる(M1は黄斑浮腫あり)
R2M0 / R2M1 中等度〜重度の非増殖型 血管の詰まりなどが進行している
R3M0 / R3M1 増殖網膜症(PDR) 異常な新しい血管ができて、失明のリスクが高い

🧪 4. どうやって調べたの?

この研究は「後ろ向きコホート研究」という方法で行われました。これは、すでに集まっている診療データを使って、ある薬を使った人と使っていない人を比べる研究です。

具体的には、

  • 3435人のチルゼパチドを180日以上使った人

  • 3434人の使っていない人

を比べました。

年齢や性別、糖尿病の年数、すでに目の病気があるかどうか、HbA1c(血糖値の平均値)、ほかの糖尿病薬の使用などをそろえて、できるだけフェアに比較しました。


📈 5. 結果はどうだったの?

🎯 一番重要な結果

  • チルゼパチドを使った人の1.1%が新しく増殖網膜症(PDR)になった
     → これはかなり重症で、視力に大きく影響します。

  • 使っていない人では0.5%だった

  • チルゼパチドを使うと、新たなPDRになる確率が約2倍(OR 2.15)になることがわかりました。

つまり、

チルゼパチドを使うと、特にすでに軽い網膜症(R1M1やR2M0, R2M1)がある人では、重症化しやすくなる可能性がある

ということです。


👀 ただし、別の側面も…

一方で、まだ網膜症が全くない人(R0M0)では、

  • チルゼパチドを使うと、新たな網膜症の発症自体はむしろ減る(OR 0.73)

という結果も出ました。

つまり、

  • 目が健康な人 → チルゼパチドで目の病気の予防になるかもしれない

  • 軽い目の病気がある人 → 悪化する可能性があるので注意!

という、「良い面」と「悪い面」がある薬だということがわかってきました。


🧑‍⚕️ 6. 医師の対応はどうすれば?

この研究では、「ETDRS(Early Treatment Diabetic Retinopathy Study)」という過去の研究基準に従って、

チルゼパチドを使う前に、目に病気があるかどうかしっかり確認して、場合によっては眼科に紹介することが必要です

と結論づけています。

特に以下の人には注意が必要です:

  • 軽度の網膜症(R1M1)や中等度〜重度(R2M0, R2M1)がある人

  • 視力が最近悪くなってきた人

  • 血糖コントロールが急激に良くなった人


💡 7. なぜ悪化するの?

EWDR(早期悪化)が起こる理由はまだ完全には解明されていませんが、考えられているのは、

  • 血糖値が急に下がると、網膜の血流に影響してしまう

  • 壊れた血管が無理に治ろうとして異常な血管ができる(増殖)

  • 黄斑(視力にとって重要な部分)にむくみが出る

などが関係しているとされています。


📚 8. まとめ

今回の研究をまとめると、以下のようになります:

ポイント 内容
チルゼパチドの効果 強力な血糖改善と体重減少
目の影響 重い網膜症になるリスクが高くなる可能性あり
対象者 特にすでに網膜症がある人は要注意
医師の対応 チルゼパチドを始める前に眼科紹介を検討
今後の課題 なぜ早期悪化が起こるかをさらに研究する必要あり

✨ 最後に

チルゼパチドはとても強力な薬で、多くの糖尿病患者さんにとって希望となる治療法です。ただ、どんなに良い薬でも、副作用や注意点があります。

だからこそ、「目の状態をよく知ったうえで、うまく使っていくこと」がとても大切です。

皆さんの主治医がこのような新しい知見をもとに、より安全で効果的な治療を選べるように、私たち医療者も最新の情報を常に学び続けていきたいと思います。



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