2025/08/16

健康講座906 「腸内細菌が食欲を操る?工業化された食事が引き起こす“食べすぎ”の正体とは」― マイクロバイオーム・腸・脳軸から読み解く最新研究

 皆さんこんにちは。

今回は、2025年7月17日に発表された最新のレビュー論文「Industrialized diets modulate host eating behavior via the microbiome–gut–brain axis(工業化された食事は腸内細菌叢―腸―脳軸を介して宿主の摂食行動を調節する)」について、皆さんにわかりやすく、やさしく、丁寧に解説していきたいと思います。

腸内細菌や脳と食事の関係については、ここ数年で急速に注目を集めており、「腸は第二の脳」とも呼ばれるほどです。この論文は、特に「工業化された食事(industrialized diet)」、つまり私たちが日常的に摂っている加工食品が中心の食生活が、どのように腸内細菌と脳に影響を与え、食欲や満腹感、さらには過食などの異常行動を引き起こすのかを丁寧に整理しています。



【1】腸内細菌と脳の関係 ―「マイクロバイオーム―腸―脳軸(microbiome–gut–brain axis)」とは?

まず、腸内には数百兆個の微生物(主に細菌)が生息しており、これをまとめて「腸内マイクロバイオーム(gut microbiome)」と呼びます。この腸内細菌たちは単なる“消化の助け”にとどまらず、私たちの行動や感情、さらには「食べたいもの」や「満腹感」にまで影響を及ぼすことがわかってきました。

この腸内細菌と脳が相互にやり取りをしているシステムを「腸―脳軸(gut–brain axis)」、さらに腸内細菌まで含めたものを「マイクロバイオーム―腸―脳軸」といいます。

この軸は以下のような方法で相互にコミュニケーションを取っています:

  • 神経系:迷走神経を通して腸の状態が脳に伝わる。

  • 内分泌系(ホルモン):腸内でGLP-1、PYY、グレリンなどのホルモンが分泌され、満腹感や空腹感を脳に伝える。

  • 免疫系:腸内で起こる炎症や免疫反応が脳の状態や行動に影響する。


【2】食事の質と腸内細菌の関係 ― なぜ「工業化された食事」が問題なのか?

「工業化された食事(industrialized diet)」とは、以下のような特徴を持つ現代の食生活を指します:

  • 高脂肪・高糖質

  • 食物繊維が少ない

  • 加工食品が多く、添加物や保存料を含む

  • 栄養バランスが偏っている

このような食事を続けていると、腸内細菌のバランスが崩れ(腸内フローラの「ディスバイオーシス(dysbiosis)」)、悪玉菌が増えたり、多様性が失われたりします。

結果として以下のような現象が起こります:

  • 炎症の促進:腸のバリア機能が壊れ、細菌由来の毒素(LPSなど)が血中に漏れ出し、全身炎症が起こる。

  • 満腹感の低下:腸内細菌が満腹に関与するホルモンの分泌を妨げる。

  • 報酬系の活性化:ドーパミン系を過剰に刺激し、「もっと食べたい」という強い欲求が生まれる。

こうした影響は「過食」「依存的な食行動」「肥満」などを引き起こし、最終的には糖尿病や心血管疾患などのメタボリック症候群へとつながっていきます。


【3】腸内細菌が作る「代謝物(metabolites)」の力

腸内細菌は、私たちが食べたものを発酵・分解し、さまざまな「代謝物(metabolites)」を作ります。

これらの代謝物は、腸の細胞や迷走神経、さらには脳にまで影響を与えます。

代表的な代謝物:

代謝物名 働き
短鎖脂肪酸(SCFAs:酢酸・酪酸・プロピオン酸) 腸のバリアを強化、満腹ホルモンの促進、抗炎症作用
トリプトファン代謝産物(インドールなど) セロトニン分泌の調整、気分や感情の調節
二次胆汁酸 脂肪代謝やホルモン分泌の調整

特に短鎖脂肪酸は重要で、食物繊維を豊富に含む食事をとることで腸内細菌がこれを生成し、体全体に良い影響をもたらします。


【4】どうして「食べすぎてしまう」のか? ― マイクロバイオームからの影響

現代人の多くが悩む「つい食べ過ぎてしまう」「お腹いっぱいなのにスイーツが食べたくなる」といった行動も、腸内細菌が関係しているかもしれません。

  • 高脂肪・高糖質の食事 → 腸内細菌が報酬系を刺激する代謝物を作りやすくなる

  • 満腹ホルモン(GLP-1やPYY)が減少 → 満腹感が感じにくくなる

  • 一部の細菌は「自分に有利なエサ(脂質や糖質)」を宿主に欲しがらせる可能性がある

つまり、「私が食べたくて食べている」のではなく、「腸内細菌が欲しがっている」のかもしれない、ということです。


【5】論文の結論:これからの研究と私たちへの影響

本論文の著者たちは次のように提案しています:

  • 工業化された食生活は、腸内細菌を介して私たちの食欲や食行動を変えてしまう。

  • この変化は、神経・ホルモン・免疫といった複数の経路で脳に影響を与え、悪循環を生み出す。

  • しかし、これを理解することで、過食や肥満、摂食障害などの予防や治療につながる可能性がある。

特に重要なのは、「腸内細菌を整えること」が食行動やメンタルヘルスを整える大きな鍵になり得るという点です。


【6】私たちができること:腸内環境を整える食生活とは?

日々の食事で以下のことを意識すると良いとされています:

✅ 食物繊維を意識して摂る(野菜・果物・全粒穀物・海藻類)

✅ 発酵食品(ヨーグルト・納豆・キムチ・味噌など)を取り入れる

✅ 加工食品・砂糖・揚げ物・人工甘味料の摂取を控える

✅ よく噛んで食べ、満腹感を感じる時間を確保する

✅ 規則正しい生活と適度な運動


【まとめ】

  • 工業化された食事は腸内細菌を変化させ、満腹感や食欲に影響を与えます。

  • 腸内細菌が作る代謝物が、神経・ホルモン・免疫系を通じて脳に信号を送り、私たちの「食べたい」「満腹」「もっと欲しい」といった感情や行動をコントロールしている可能性があります。

  • 私たちが健康的な食生活を選ぶことは、単なる栄養補給にとどまらず、「脳と心を守る行動」でもあるのです。



0 件のコメント:

コメントを投稿

ロゴ決定

ロゴ決定 小川糖尿病内科クリニック

皆さま、こんにちは。 当院のロゴが決定いたしました。 可愛らしいうさぎをモチーフとして、小さなお花をあしらいました。 また、周りは院長の名字である「小川」の「O(オー)」で囲っております。 同時に、世界糖尿病デーのシンボルであるブルーサークルを 意識したロゴとなって...