皆さんこんにちは。
今回は、2025年に発表された医学論文「Thyroid hormonal dysfunctions and modulation of cardiac autonomic activity: A systematic review(甲状腺ホルモン異常と心臓自律神経活動の調節に関する系統的レビュー)」を、やさしく丁寧に解説しながらご紹介します。
はじめに:甲状腺と心臓は深く関係している?
甲状腺は、首の前側にある小さな内分泌腺(ホルモンを分泌する器官)で、「T3(トリヨードサイロニン)」と「T4(サイロキシン)」というホルモンを分泌しています。これらのホルモンは、全身のエネルギー代謝や成長、発達をコントロールする、非常に重要な役割を担っています。
しかしこの甲状腺ホルモンの分泌が多すぎたり少なすぎたりすると、全身にさまざまな影響が出てしまいます。たとえば、**甲状腺機能亢進症(こうしんしょう:ホルモンが多すぎる状態)**や、**甲状腺機能低下症(ていかしょう:ホルモンが少なすぎる状態)**といった病気です。
このような甲状腺の異常は、実は「心臓」にも強く影響を与えることが分かっています。今回ご紹介する論文は、まさにこの「甲状腺ホルモンの異常が、心臓の自律神経の働きにどのような影響を与えるのか?」を、科学的にまとめたものです。
心拍変動(HRV)とは何か?
本論文では、「心拍変動(Heart Rate Variability:HRV)」という指標を使って、心臓の自律神経の調節状態を評価しています。
【専門用語解説】
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**心拍変動(HRV)**とは、「心拍の間隔がどのくらいバラバラであるか」を示す指標です。心臓がドキドキしているときも、落ち着いているときも、微妙に心拍の間隔は変化しています。その「ばらつき」があるほど、心臓が自律神経の信号に対して柔軟に反応できている、つまり「健康である」と判断されます。
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自律神経とは、自分の意思とは無関係に体の状態を調節してくれる神経です。交感神経(緊張・興奮)と副交感神経(リラックス)という2つがあり、心臓のリズムもこの2つの神経で調節されています。
このHRVが低下すると、「心臓がストレスに弱くなっている」「体の適応力が落ちている」ことを意味します。つまり、HRVの低下は、健康状態の悪化を示すサインと捉えることができるのです。
論文の目的
この研究の目的は明確です。
「甲状腺ホルモンの異常(亢進症または低下症)が、心臓の自律神経の調節にどのように影響するのか? 具体的にHRVにどのような変化を与えるのか?」
という疑問を明らかにするため、**過去の論文を徹底的に集めて分析する「系統的レビュー(systematic review)」**を実施しました。
調査方法
この系統的レビューでは、以下のような方法で文献を集めました。
使用したデータベース:
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PubMed
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Cochrane
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Embase
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Scopus
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Web of Science
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Cinahl
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SPORTDiscus
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Virtual Health Library (VHL)
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SciELO
特に年数制限を設けずに、人間を対象にした実験研究で、HRVを使って心臓の自律神経の調節状態を分析しているものを探しました。
結果:HRVはやっぱり低下していた!
膨大な論文の中から、最終的に15本の研究を厳選して分析しました(※初期検索件数はなんと10,298本)。
そして得られた結論は以下のとおりです:
「甲状腺機能亢進症および低下症のどちらでも、心拍変動(HRV)は低下していた」
つまり、甲状腺ホルモンの分泌異常は、心臓の自律神経バランスを崩し、適応力を下げてしまうことが明確になったのです。
また、HRVの「時間領域」と「周波数領域」の指標について、測定のばらつきやデータの乏しさも見られたと報告されています。
より詳しく:HRVの具体的な指標
研究では、以下のようなHRVの指標を使って心臓の自律神経活動を分析していました:
● 時間領域(Time Domain)指標
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SDNN:R-R間隔(心電図の波と波の間)の標準偏差。全体の変動性を示す。
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RMSSD:連続する心拍の間隔の差の2乗平均平方根。副交感神経の活動に敏感。
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pNN50:心拍間隔が50ms以上変化した割合。こちらも副交感神経の指標。
● 周波数領域(Frequency Domain)指標
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HF(High Frequency):主に副交感神経の働きを表す。
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LF(Low Frequency):交感神経と副交感神経の両方が関与。
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LF/HF比:交感神経と副交感神経のバランスを示す。
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TP(Total Power):心拍変動の全体的な力(エネルギー)。
考察:なぜ甲状腺ホルモンが心臓に影響するのか?
甲状腺ホルモンは、心筋(心臓の筋肉)の収縮力を高めたり、血管の抵抗を下げたりして、心臓の働きを活発にする作用があります。そのため、
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ホルモンが多すぎる(亢進症)と、交感神経が過剰に働いて心臓がオーバーワーク状態
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ホルモンが少なすぎる(低下症)と、副交感神経の働きが鈍り、心拍変動が低下
といった具合に、自律神経バランスが崩れやすくなります。
このように、甲状腺の異常があると、「心拍が一定リズムで打てない」「心臓が緊張・リラックスにうまく切り替えられない」状態となり、長期的には心臓病リスクも高まる可能性があるのです。
結論:心臓に優しい甲状腺管理を!
この研究の結論は次の通りです。
「甲状腺ホルモンの異常は、心臓の自律神経機能を障害し、HRV(心拍変動)を低下させる」
したがって、甲状腺の異常がある患者さんには、心拍変動をモニタリングすることで、心臓への影響を早期に察知し、適切な治療に結びつける可能性が示唆されています。
また、交感神経と副交感神経のバランスをとるような生活習慣(たとえば十分な睡眠、適度な運動、ストレス軽減)も、心拍変動を保つうえで大切です。
おわりに
甲状腺は小さな臓器ですが、心臓や自律神経にまで深く影響を与える非常に大切な器官です。今回の論文は、「ホルモンと心臓の関係」を改めて見直す重要な気づきを与えてくれました。
今後も、甲状腺疾患の診療においては「心拍変動=HRV」などの心臓の自律神経評価を取り入れることが、患者さんのQOL(生活の質)向上にもつながることが期待されます。
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