2026/02/09

健康講座957 甲状腺ホルモン治療は「元どおり」になっている? ― レボチロキシン治療下で起きているTSHとFT4の“見えないズレ”をやさしく読み解く ―


はじめに(結論を先に)

甲状腺機能低下症の治療で広く使われているレボチロキシン(LT4)
多くの方が「TSHが基準範囲に入れば、健康な人と同じ状態に戻った」と思いがちです。
しかし、大規模データで見ると、実はそう単純ではありません。

このブログでは、2025年に発表された英国の大規模研究
Evaluating the Link Between Thyroid Function Test Results and Levothyroxine Dose in the Management of Hypothyroidism
をもとに、

  • なぜLT4治療中のTSHとFT4は“健常者と同じ形”にならないのか

  • なぜTSHだけを見ていると調整が難しくなるのか

  • 私たちは何に気をつけて治療を続ければよいのか

を、専門用語には必ずやさしい説明を添えつつ
小さくて直感的なイラストを交えながら、丁寧に解説します。


まずは超基本:甲状腺ホルモンの関係

● TSH(甲状腺刺激ホルモン)

脳(下垂体)から出るホルモン。
甲状腺に向かって
「ホルモンが足りないよ → もっと出して」
「もう十分だよ → 抑えて」
と指示を出す司令塔です。

● FT4(遊離T4)

血液中にある、実際に使われる甲状腺ホルモンの量。
レボチロキシンは、このT4そのものです。

👉 本来の体の仕組み
TSH ↔ FT4 は、絶妙なバランスを取りながら安定しています。


「治療すれば同じに戻る」は本当?

今回の研究では、

  • LT4治療中の甲状腺機能低下症の人:約4.8万人

  • 治療を受けていない“ほぼ健常”な人:約39万人

という、非常に大きな集団を14年間追跡し、
**TSHとFT4の分布(ばらつき方)**を比較しました。


結果①:FT4は「同じ形だけど、位置がズレる」

何が起きている?

  • 分布の形そのものは似ている

  • でも、LT4を飲んでいる人は、低用量でもFT4がやや高め

  • 用量が増えるほど、健常者との距離はさらに広がる

👉 ポイント
「FT4が基準内」でも、
健常者と同じ“位置”にいるとは限らない


結果②:TSHはまったく別物になる

Image

Image


つまり…

  • LT4治療中では

    • TSHが低すぎる人

    • 検出限界近くまで抑制される人
      が非常に多い

  • 用量が増えるほど、この偏りはさらに強くなる


数字で見ると、もっとはっきりする

● TSHが「基準範囲内」に入っている割合

  • 未治療の人:90.3%

  • LT4治療中:43.8%

👉 治療しているのに、半分以下しかTSHが範囲内にいない

これは「調整が下手」という話ではなく、
そもそも同じバランスに戻らない構造を示唆しています。


結果③:同じFT4でも、TSHの意味が変わる

Image

Image

イラストのイメージ

TSH
↑        未治療
|         \
|          \
|           \
|            \__ 治療中
|----------------→ FT4
             約20 pmol/L

重要な発見

  • FT4 ≈ 20 pmol/L 付近でだけ
    → 治療中と未治療のTSHが似る

  • それより

    • 低いFT4:治療中の方がTSHは高く

    • 高いFT4:治療中の方がTSHは低く

👉 TSHとFT4の関係そのものが変わっている


なぜ、こんなズレが起きるの?

理由①:体は「T4だけ」で動いていない

健康な甲状腺は

  • T4

  • T3(より活性の強いホルモン)

を同時に分泌し、さらに各臓器で微調整しています。

👉 LT4治療は T4単独補充
→ FT4をやや高めにしないと、
 必要なT3が足りない人が出る可能性


理由②:TSHはとても繊細

TSHは

  • 年齢

  • 体質(セットポイント)

  • 心臓・骨・他の病気

  • 薬の飲み方

に強く影響されます。

👉 同じFT4でも、TSHが違うのは自然なこと


理由③:飲み方の“現実”

レボチロキシンは

  • 食事

  • 鉄・カルシウム

  • 胃薬

  • 飲み忘れ → まとめ飲み

の影響を強く受けます。

👉 FT4は平均で保たれても
👉 TSHは「歪んだ形」で反応しやすい


じゃあ、どう付き合えばいい?

① TSHだけで判断しない

TSH + FT4 をセットで見る
これだけで、調整の質は大きく上がります。


② 「基準範囲=正解」と思い込まない

  • 高齢

  • 心疾患

  • 骨粗鬆症リスク

がある人では、
少し高め・低めを許容する設計が必要なこともあります。


③ まずは「飲み方」を整える

増量・減量の前に

  • いつ飲んでいる?

  • 何と一緒に飲んでいる?

ここを整えるだけで解決するケースは非常に多いです。


④ 小刻み・ゆっくり調整

TSHは反応が遅いホルモン。
焦ると、振り子のようにブレます。


患者さんへの説明に使える一言

「この薬はとても良い薬ですが、
体が自分で作っている状態と“検査の形”が
まったく同じには戻らないことがあります。
だからTSHだけでなく、FT4や体調も一緒に見ながら
あなたに合うバランスを探していきましょう。」


おわりに

この研究が教えてくれるのは、
「治療=健常者に完全に戻す」ではなく、
「治療=その人にとって安全で快適なバランスを探す」

という視点の大切さです。

TSHは大事。
でも、TSHだけでは足りない。

これからの甲状腺治療は、
数値を“当てはめる医療”から、
分布と個性を理解する医療へ

静かに進んでいくのだと思います。

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