まず結論
つらいことが起きる。
その出来事そのものは、自分では変えられないこともある。
でも、そのあと自分がどう反応するかは選べる。
ロゴセラピーを日常の言葉にすると、かなり乱暴に言えばこれだけです。
電車が止まった話
たとえば、乗っている電車が止まったとします。
怒っても、イライラしても、自分では電車を動かせません。
これはもう仕方がない。
でも、そのあとどう過ごすかは選べます。
舌打ちしてずっとイライラするのか。
本を読むのか。
ぼーっと外を見るのか。
「まあ、こういう日もあるか」と流すのか。
電車が止まったという事実は同じでも、そのあとの自分は選べる。
ここが大事です。
日常では、こういうことが毎日起きる
天気が悪くて予定が崩れる。
急に面倒なメールが来る。
渋滞にはまる。
誰かに嫌なことを言われる。
思い通りにいかないことは、普通にあります。
そのたびに、
「最悪だ」
と一日中引きずることもできる。
一方で、
「まあ仕方ない。じゃあ次どうするか」
と切り替えることもできる。
起きたことは変わらない。
でも、その出来事にどう反応するかは、自分の側に残っている。
フランクルは、これを極限状態で考えた
ロゴセラピーを提唱したヴィクトール・フランクルは、第二次世界大戦中に強制収容所を経験した精神科医です。
ほとんどの自由を奪われた状況でも、
「この状況に自分がどう向き合うか」
という部分までは、完全には奪われない。
フランクルはそこに、人間に最後まで残る自由を見ました。
ただし、
「意味を持てば生き残れる」
「前向きなら何でも乗り越えられる」
という話ではありません。
そんな単純なものではない。
同じ収容所で命を落とした人もたくさんいます。
だから、この話を極限状態の成功法則として読む必要はないと思います。
むしろ、
「人間には、状況そのものとは別に、自分の態度を選ぶ余地がある」
という考え方を、極端な状況まで突き詰めたものとして見るくらいがちょうどいい。
日常では、もっと小さく使えばいい
ロゴセラピーという名前だけ聞くと、人生の意味とか、生きる意味とか、急に話が大きくなります。
でも、日常ではもっと小さく使えばいいと思います。
何か嫌なことが起きたとき、
まず、
「これは自分で変えられることか?」
と考える。
変えられるなら、変える。
離れられるなら、離れる。
調整できるなら、調整する。
そして、本当にどうにもならないなら、
「じゃあ、自分はここからどうする?」
と考える。
それだけです。
怒ってもいい。
落ち込んでもいい。
嫌だと思ってもいい。
感情まで無理に変える必要はありません。
ただ、その感情のあとに何をするかは、まだ選べる。
まとめ
起きたことは選べない。
でも、そのあとどう振る舞うかは選べる。
ロゴセラピーを日常で使うなら、まずはこれくらいで十分だと思います。
人生の全部をコントロールすることはできない。
でも、自分の次の一手まで手放す必要はない。
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