2026/10/07

100億円テストは、人生の答えではない




最近、自分の中でよく使っている問いがある。

「もし100億円あったとしても、それをやるだろうか?」

仕事でも、趣味でも、旅行でもいい。

この問いはかなり強い。

今やっていることが、単にお金のためなのか。
それとも、お金に困っていなくてもやりたいことなのか。

その違いが見えやすくなる。

だから僕は、これを勝手に「100億円テスト」と呼んでいる。

ただ最近、このテストを使いすぎて少し混乱していた。

「100億円あってもやることなら、それは生きがいなのか?」
「魂の活動なのか?」
「豪華旅行やクルーズに行きたいと思うのは、資本主義に欲望を作られているだけなのか?」

考えていくうちに、どうも話がおかしくなってきた。

たぶん原因は単純だった。

100億円テストに、仕事をさせすぎていた。

100億円テストは「スクリーニング試験」でしかない

医療でいうスクリーニング検査は、それだけで最終診断をつけるものではない。

まず、

「この可能性はありそうか?」

をざっくりふるいにかけるための検査である。

100億円テストも、それと同じくらいに考えればいいのだと思う。

分かるのは、

「これはお金のためだけにやっていることなのか?」

ということ。

もし100億円持っていてもやりたいなら、少なくとも、

「生活費のために嫌々やっているだけ」

ではない可能性が高い。

ここまでは分かる。

でも、

100億円あってもやる
= 生きがい
= 魂の活動

ではない。

100億円テストは、あくまで一次スクリーニングなのだ。

100億円あっても、温泉には行きたい

たとえば100億円あったら、僕だって温泉には行きたい。

美味しいものも食べたい。
旅行もしたい。
ゲームもするだろう。

全部100億円テストには合格する。

でも、それらを全部「生きがい」と呼ぶのは変だ。

だから、その先は別に考えればいい。

人生の楽しみには、いろいろな種類がある。

まずは、快楽・レジャー。

温泉。
美食。
ゲーム。
旅行。
クルーズ。

「楽しい」「気持ちいい」「一度やってみたい」。

これだけで十分である。

次に、価値ある経験。

家族旅行。
子どもが小さい時期の思い出。
知らない土地を見ること。
自然に触れること。

単なる消費ではなく、その時間自体に価値を感じるもの。

そして、魂の活動。

考える。
学ぶ。
上達する。
作る。
深める。

その活動そのものに熱があるもの。

読書、哲学、創作、研究、スポーツ、子育て。

何がそこに入るかは、人によって全然違う。

大切なのは、この三つに上下関係はないということだと思う。

クルーズ旅行は、ただ楽しくてもいい

たとえばディズニークルーズに行く。

それが単に、

「楽しそうだから行きたい」

でもいい。

家族で行って、

「楽しかったね」

で終わっていい。

子どもが小さい時の思い出になれば、それは価値ある経験にもなる。

別に毎回、

「これは魂の活動なのか?」

と判定する必要はない。

温泉に入って、

「あー、気持ちいい」

で終わっていいのだ。

人生の全部を、高尚な意味で満たそうとすると、それはそれで苦しくなる。

100億円テストの次に、必要なら別の問いを置けばいい

もしもう少し考えたいなら、100億円テストとは別に違う問いを使えばいい。

たとえば、無観客テスト。

誰にも見せられなくても、それでもやりたいか?

SNSにも載せられない。
誰にも自慢できない。
誰からも羨ましがられない。

それでもやりたいなら、かなり自分自身の欲望に近い。

次に、満足テスト。

一度やったあと、ちゃんと満足できるか?

それとも、

「次はもっと高いもの」
「もっと豪華なもの」
「もっと特別な体験」

と、欲望が際限なく膨らんでいくのか。

そして、魂テスト。

その活動自体を、もっと深めたいと思うか?

結果だけではなく、その過程そのものに熱があるか。

こうして分ければいい。

100億円テスト
→ お金のためだけにやっているのか

無観客テスト
→ 他人の目を抜いてもやりたいのか

満足テスト
→ 欲望が満たされるのか、際限なく増えるのか

魂テスト
→ その活動そのものを深めたいのか

でも、毎回全部やる必要はない。

100億円テストだけで十分な時もある。

あくまで全部、人生を裁くための試験ではなく、自分を見るための道具である。

人生は、全部を魂の活動にしなくていい

結局、ここに落ち着いた。

人生には、

魂の活動があってもいい。

家族との価値ある経験があってもいい。

くだらなくて楽しいレジャーもあっていい。

そして、

何もしない余白もあっていい。

むしろ、それくらい混ざっている方が自然なのだと思う。

哲学だけでも疲れる。
旅行だけでも飽きる。
快楽だけでは虚しくなることもある。
使命感だけでも重たい。

だから結局は、中庸なのだと思う。

100億円テストは、人生の答えではない。

「これは本当に自分がやりたいことなのか?」

をざっくり見るための、一つのスクリーニング試験にすぎない。

それくらいの距離感で使うのが、ちょうどいいのだと思う。

0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。

ロゴ決定

ロゴ決定 小川糖尿病内科クリニック

皆さま、こんにちは。 当院のロゴが決定いたしました。 可愛らしいうさぎをモチーフとして、小さなお花をあしらいました。 また、周りは院長の名字である「小川」の「O(オー)」で囲っております。 同時に、世界糖尿病デーのシンボルであるブルーサークルを 意識したロゴとなって...