2025/09/12

健康講座916 「糖尿病の新分類:5つのタイプへの洞察と個別化された治療戦略」

 

こんにちは、小川糖尿病内科クリニックです。今回は、糖尿病の新しい分類法についての興味深い更新情報をお届けします。スウェーデンとフィンランドの研究チームが、「ランセット糖尿病・内分泌学」誌にて、糖尿病を5つの異なるタイプに分類する提案を発表しました。これにより、個々の患者に合わせたより効果的な治療法の開発が期待されます。

糖尿病のこれまでの分類は、「1型糖尿病」と「2型糖尿病」が主でしたが、この新たなアプローチにより、糖尿病の多様性と複雑さがより明らかになります。リーフ グループ教授によれば、糖尿病は単一の病気ではなく、患者ごとの病態に応じた治療が必要であるとのことです。

具体的な分類としては、重度の自己免疫性疾患(SAID)、重度のインスリン欠乏(SIDD)、重度のインスリン抵抗性(SIRD)、軽度の肥満関連(MOD)、軽度の加齢関連(MARD)という5つのタイプに分けられます。これにより、それぞれのタイプに特有の治療法が開発されることで、糖尿病の合併症を未然に防ぐ助けとなるでしょう。

  1. 重度の自己免疫性糖尿病(SAID): このタイプは1型糖尿病とLADAに該当し、自己免疫反応が膵臓のβ細胞を攻撃することによって発症します。
  2. 重度のインスリン欠乏糖尿病(SIDD): こちらはインスリン分泌障害と中程度のインスリン抵抗性を持つ患者に見られ、肥満はあまり関連しません。
  3. 重度のインスリン抵抗性糖尿病(SIRD): このグループは肥満と高度のインスリン抵抗性が特徴で、体がインスリンに反応しなくなっています。
  4. 軽症の肥満関連糖尿病(MOD): このタイプでは肥満が見られるものの、インスリン抵抗性は軽度で、糖尿病の症状も軽いです。
  5. 軽症の加齢関連糖尿病(MARD): 高齢者に多く、加齢により血糖値が上がりますが、症状は比較的軽度です。

このような糖尿病の新たな分類法により、未来の医療現場ではより精密な診断と治療が可能になると期待されています。また、この研究は将来的に、さまざまな背景を持つ患者に適用可能かどうかをさらに評価するためのもので、世界中の多様な病態に対応するためにも重要なステップとなります。

2025/09/04

健康講座915 「遅らせた朝食と2型糖尿病:研究の課題と実臨床への応用障壁」



🥣 朝ごはんを遅らせると血糖値は良くなるの?

― 2型糖尿病で知っておきたいシンプルなポイント ―


1. 研究でわかったこと

最近の研究で、「朝ごはんを少し遅らせると、食後の血糖値が下がるかもしれない」という結果が出ています。

  • 朝7時に食べるより、朝9時ごろに食べた方が血糖が上がりにくいかもしれない

  • 体内時計(サーカディアンリズム)が血糖コントロールに関係している可能性がある

ただし、研究はまだ始まったばかりで、はっきりした結論は出ていません。


2. でも「ただ遅らせればOK」ではない

研究をよく読むと、「朝ごはんを遅らせるといい人」と「そうでない人」がいることがわかります。

① 生活リズムが大事

  • 寝る時間・起きる時間で血糖の動きは変わります

  • 夜更かししている人と、早寝早起きの人では結果が違うかもしれません

② 薬と運動のタイミング

  • 血糖を下げる薬を飲んでいる場合、薬の効き方と朝ごはんの時間がズレると逆効果になることも

  • 朝食前後の運動量でも血糖値は大きく変わります

③ 個人差がある

  • インスリンを使っている人

  • 夜間低血糖を起こしやすい人

  • 朝方に血糖が高くなる「ソモジー効果」や「暁現象(あかつきげんしょう)」がある人
    → このような人は、朝食のタイミングを変えることで逆に血糖が不安定になることもあります。


3. 国や生活環境によっても違う

論文では、インドなどの国では「朝ごはんを遅らせる」のは難しいと指摘されています。

  • 朝から仕事に行く人は時間をずらせない

  • 家族の食事や学校の時間に合わせる必要がある

  • 文化的に朝食のタイミングが決まっている地域もある

つまり、現実的に続けられる方法を考える必要があるということです。


4. 結論:どうすればいいのか?

結論としては、「朝ごはんを遅らせると血糖値が改善する可能性はあるが、人によって合う・合わないがある」です。

✅ おすすめの行動

  • 主治医と相談することが一番大事

  • 血糖測定器やCGM(持続血糖測定器)がある人は、朝食時間を少しずつずらして試し、自分の血糖がどう変わるか確認する

  • 無理に遅らせず、まずは**朝食の内容(糖質・たんぱく質・野菜のバランス)**を見直す方が効果的なことも多い


5. まとめ

  • 朝ごはんを1〜2時間遅らせると血糖が下がる人もいる

  • ただし、薬・運動・睡眠・体質によっては逆効果になることもある

  • 一律に「遅らせるのが正解」とは言えない

  • 最終的には、主治医と相談しながら、自分の血糖変動を見て決めるのがベスト



2025/08/25

健康講座914 「バター vs オリーブオイル」──脂肪の種類ががん免疫に与える驚きの違いとは?肥満と腫瘍免疫の意外な関係【最新研究解説】

 皆さんこんにちは。

今回は2025年7月に『Nature Metabolism』誌に掲載された最新の研究論文「**The source of dietary fat influences anti-tumour immunity in obese mice(食事性脂肪の種類が、肥満マウスにおける抗腫瘍免疫に影響を与える)」について、専門用語を丁寧に解説しながら、ご紹介します。


🔍この研究でわかったこと(ざっくりまとめ)

  • 肥満はがんのリスクを上げることが知られていますが、

  • 同じ「太る食事」でも、脂肪の種類によってがんの進行や免疫力への影響がまるで違う

  • バター・ラード(豚脂)・牛脂は、がんを早く育てて免疫力を下げる

  • オリーブオイル・ココナッツオイル・パーム油では、太ってもがんの進行は穏やかで、免疫も保たれる

  • 脂肪の種類が「血中の代謝物(アシルカルニチンなど)」に影響し、それが免疫細胞にブレーキをかける

という、とても興味深い結果が得られました。


🧪背景:肥満とがん、そして免疫

肥満になると、さまざまな種類のがん(乳がん、大腸がん、肝がんなど)のリスクが上がることがわかっています。
また、がんができたあとでも、肥満によって免疫細胞の働きが悪くなり、がんが進行しやすくなることも知られています。

しかし、今までの研究では、

  • 「脂肪が多い食事(高脂肪食:HFD)」が悪い

  • 「太ること」自体が悪い

という点には注目されていましたが、

脂肪の“種類”の違いが、がんや免疫にどのような影響を与えるのか?

については、ほとんど研究されていませんでした。


🐁研究の方法:肥満マウス+がんモデル

この研究では、以下のような実験を行いました。

✅使ったモデル

  • マウス(C57BL/6系)

  • B16-F10 メラノーマ(黒色腫)細胞を皮下に注射し、がんを人工的に作る

  • 食事はすべて「カロリー・脂肪量は同じ」だが、「脂肪の種類だけが違う

✅比較した脂肪の種類

グループ 使用した脂肪 主な特徴
バター 飽和脂肪酸が多く、動物性脂肪の代表格 酪農由来の固形脂
ラード(豚脂) 飽和+一部不飽和脂肪酸 中華料理や揚げ物でよく使う
牛脂(ビーフタロー) 飽和脂肪酸中心 ステーキや焼肉の脂身など
ココナッツオイル 中鎖脂肪酸が多い 消化が早い、ケトン体に変わる脂肪
パーム油 飽和脂肪酸が多いが、バランスはよい 加工食品に多く含まれる
オリーブオイル 不飽和脂肪酸(特にオレイン酸)が豊富 地中海食の中心

🔬結果①:太る量は同じでも、がんの大きさが違う!

まず、どの脂肪でもマウスは同じくらい太りました
つまり、カロリーも体脂肪率も同じです。

ところが──

  • バター・ラード・牛脂を食べたマウスは、腫瘍(がん)の大きさが明らかに大きくなり

  • ココナッツオイル・パーム油・オリーブオイルでは、腫瘍の大きさが小さめ

だったのです。

つまり、「太ったからがんが進行する」のではなく、脂肪の“種類”ががんの進行を左右するということです。


🔬結果②:免疫細胞の働きにも差がある

次に、腫瘍の中にいる免疫細胞の様子を調べました。

特に重要な免疫細胞は以下の2つ:

免疫細胞 働き
CD8 T細胞(キラーT細胞) がん細胞を直接攻撃する
ナチュラルキラー細胞(NK細胞) 異常な細胞を見つけて即攻撃する

その結果…

  • バターを食べたマウスは、腫瘍内のCD8 T細胞とNK細胞が少なく、機能も低下

  • パーム油を食べたマウスでは、それらの細胞が腫瘍内に多く、活性も保たれていた

つまり、脂肪の種類が**腫瘍内の免疫環境(腫瘍免疫)**を大きく変えていたのです。


💥脂肪の種類が「血中の代謝物」に影響を与えていた

ではなぜ、脂肪の種類で免疫が変わったのでしょう?

血液中の「代謝産物(メタボライト)」を分析したところ、次のようなことがわかりました:

✅バターを食べたマウス

  • **長鎖アシルカルニチン(long-chain acylcarnitines)**が増加

  • これは、脂肪の代謝中にできる中間産物であり、免疫細胞の働きをブロックすることが知られている

✅パーム油を食べたマウス

  • アシルカルニチンが少ない

  • 免疫細胞が元気に働いていた

つまり、

バターを食べると体内に「免疫を弱らせる脂質代謝産物」がたくさん生まれる
→ それがCD8 T細胞やNK細胞の働きを邪魔していた!

という仕組みが明らかになったのです。


🧠まとめと考察:脂肪の質が「免疫の質」を決める

この研究の最も大きなメッセージは、

「脂肪の量」ではなく「脂肪の質」が、がんの進行や免疫力を大きく左右する

という点です。

✅ポイント整理

  • バター・ラード・牛脂:がん促進、免疫抑制(アシルカルニチンが増える)

  • ココナッツ・パーム油・オリーブオイル:がん抑制、免疫維持(アシルカルニチン少なめ)

  • 同じカロリー・同じ肥満度でも、結果が大きく違う


🍽️臨床応用や人間への示唆

まだマウスの実験段階ではありますが、今回の結果は私たちの食生活にも大きな示唆を与えてくれます。

✅がんの予防や再発リスクを考えるなら…

  • 飽和脂肪酸たっぷりの バター・牛脂・ラードはできるだけ控えめに

  • オリーブオイル・ココナッツオイルなど、比較的「代謝に優しい脂肪」を選ぶ

  • 食事で摂る脂質の「質」にもっと注目すべき

という考え方が広がっていくかもしれません。


✍️おわりに

この研究は、「カロリーや肥満」だけでなく、「脂肪の質」こそががんと免疫に直結しているということを明確に示しました。

肥満を避けることももちろん大切ですが、日々の脂の選び方が私たちの健康、さらにはがんの予防にも関わっているかもしれません。

普段の食事で何気なく使っている「脂」、これを機に見直してみてはいかがでしょうか?



2025/08/23

健康講座913 「ミトコンドリアを若返らせる鍵!SIRT3・SIRT4・SIRT5が拓くアンチエイジングの未来」

 みなさんこんにちは😊

今回は、ミトコンドリアサーチュイン(mitochondrial sirtuins)と加齢関連疾患についての最新の総説論文――

「Unraveling the roles of mitochondrial sirtuins in aging-related diseases: From mechanistic insights to therapeutic strategies」
(ミトコンドリアサーチュインの加齢関連疾患における役割の解明:そのメカニズムから治療戦略まで)

を取り上げて解説していきます。




🔷はじめに:ミトコンドリアと老化のつながりとは?

人はなぜ老いるのでしょうか?
その答えのひとつに、「ミトコンドリアの機能低下」が挙げられます。

ミトコンドリアとは、私たちの細胞の中にある「エネルギー工場」のような存在で、呼吸に似た「酸素を使ってエネルギー(ATP)を作る」働きをしています。

しかし、このエネルギー生成の過程で、

  • 活性酸素(ROS:細胞をサビさせる有害物質)が発生したり、

  • 遺伝子(DNA)がダメージを受けたり、

  • 老化が加速したり

といった現象が起こることがわかってきました。

そこで登場するのが「サーチュイン(Sirtuins)」というタンパク質群です。
特に**ミトコンドリアの中で働くサーチュイン(SIRT3, SIRT4, SIRT5)**は、細胞の老化や代謝バランスの維持に深く関わっており、現在「長寿の鍵を握る分子」として注目を集めています。


🔷サーチュインとは何か?:7つの家族とその役割

サーチュイン」とは、酵母で最初に見つかった長寿遺伝子Sir2の仲間です。
哺乳類では、以下のように 7つ(SIRT1~SIRT7) のサーチュインがあり、それぞれが異なる場所で異なる役割を担っています。

サーチュイン 主な存在場所 主な役割例
SIRT1 遺伝子発現調整、抗炎症、老化抑制
SIRT2 細胞質 細胞周期の調整など
SIRT3 ミトコンドリア 抗酸化、代謝改善、寿命延長
SIRT4 ミトコンドリア インスリン感受性、窒素代謝の制御
SIRT5 ミトコンドリア アンモニア処理、エネルギー代謝
SIRT6 遺伝子の修復、糖代謝制御
SIRT7 リボソーム合成など

この中でも今回の主役は、ミトコンドリア内のサーチュイン:SIRT3、SIRT4、SIRT5です。


🔷SIRT3, SIRT4, SIRT5の働き

🧬SIRT3(サーチュイン3)

  • ミトコンドリア内のもっとも重要な酵素調整役

  • 抗酸化作用があり、細胞を活性酸素から守る

  • エネルギー代謝や脂肪燃焼を促進

  • アルツハイマー病やパーキンソン病、心不全などの進行を抑えると期待されている

👉 例えるなら「ミトコンドリアのメンテナンス係」
壊れた部品を修理し、エネルギーの生産をスムーズに保ちます。


🧬SIRT4(サーチュイン4)

  • あまり知られていなかったが、最近研究が進んでいる

  • **インスリン感受性(=血糖コントロール能力)**を改善する

  • **窒素代謝(アミノ酸の分解)**の制御にも関与

👉 例えるなら「ミトコンドリアの調整役」
食事内容に応じて代謝を調節する存在です。


🧬SIRT5(サーチュイン5)

  • **アンモニアの処理(尿素サイクル)**を助ける重要な酵素

  • 酸化ストレスから細胞を守る

  • エネルギー代謝の調整に関わる(例:脂肪酸の酸化など)

👉 例えるなら「老廃物処理係」
体の中で出てくる有害な物質を分解し、細胞の安全を保っています。


🔷これらのサーチュインが関係する老化関連疾患

研究によると、これらのサーチュインがうまく働かないと、

  • 🧠 神経変性疾患(アルツハイマー、パーキンソン、ALSなど)

  • ❤️ 心血管疾患(動脈硬化、心不全など)

  • 🍩 代謝性疾患(糖尿病、脂肪肝など)

といった、**老化とともに増える病気(加齢関連疾患)**のリスクが高くなることがわかっています。


🔷なぜサーチュインが加齢で弱まるのか?

  • 年をとると**NAD⁺(サーチュインの燃料のようなもの)**が減ってしまう

  • 結果として、サーチュインの働きも低下

  • ミトコンドリア機能が落ち、活性酸素がたまり、病気が進行しやすくなる


🔷治療ターゲットとしてのミトコンドリアサーチュイン

サーチュインの働きを回復させることで、老化や病気の進行を遅らせられるのではないか?
そのような考えから、現在はさまざまなサーチュイン活性化薬の研究が進められています。


💊 小分子化合物(Small-Molecule Compounds)

研究チームは、多くの候補薬を調べています:

薬名例 特徴 期待される効果
Resveratrol(レスベラトロール) 赤ワインに含まれるポリフェノール SIRT1活性化、SIRT3にも効果あり
Honokiol(ホノキオール) モクレン科の植物由来 SIRT3を直接活性化、心臓保護作用
Nicotinamide Riboside(NR) NAD⁺の前駆体 NAD⁺増加→サーチュイン活性↑
SRT1720 合成化合物 SIRT1とSIRT3活性化の候補薬

🔷サーチュイン活性化戦略のまとめ

  1. NAD⁺レベルの回復: NRやNMNなどのサプリで燃料を補う

  2. 直接的な活性化: SIRT3などに働きかける分子を投与

  3. 遺伝子レベルの制御: エピジェネティック制御で発現量を増やす

  4. 生活習慣: 断食・カロリー制限・運動もサーチュインを活性化する手段です


🔷今後の課題と展望

  • ✅ サーチュイン活性化薬の多くはまだ動物実験レベル

  • ✅ **組織ごとの違い(脳、肝臓、心臓など)**にどう対応するかが課題

  • 副作用や長期使用時の安全性確認が必要

それでも、「ミトコンドリアの若返り」や「病気の予防」が期待されるこの分野は、今後の高齢化社会における希望の星として注目されています。


📝まとめ

項目 内容
ミトコンドリアサーチュインとは? SIRT3~5。ミトコンドリアの健康を守る重要な酵素
加齢と何が関係ある? 老化でNAD⁺が減る→サーチュインが働けなくなる
関連する病気は? 認知症、心疾患、糖尿病など
対策はある? サプリ・食事・運動・薬による活性化が研究中

💡さいごに

ミトコンドリアの健康が、全身の若さと健康を支えている――。
そのカギを握るのが、ミトコンドリアサーチュインたちです。

今後、レスベラトロールやNMNのような物質の研究が進めば、加齢や病気を遅らせる治療法が現実のものとなる可能性があります

この分野は、老化研究・予防医学・抗加齢医療の最前線です。
これからの展開に大いに期待しましょう!



2025/08/21

健康講座912 「ミトコンドリアを若返らせる鍵!SIRT3・SIRT4・SIRT5が拓くアンチエイジングの未来」

 みなさんこんにちは😊

今回は、ミトコンドリアサーチュイン(mitochondrial sirtuins)と加齢関連疾患についての最新の総説論文――

「Unraveling the roles of mitochondrial sirtuins in aging-related diseases: From mechanistic insights to therapeutic strategies」
(ミトコンドリアサーチュインの加齢関連疾患における役割の解明:そのメカニズムから治療戦略まで)

を取り上げて解説していきます。

🔷はじめに:ミトコンドリアと老化のつながりとは?

人はなぜ老いるのでしょうか?
その答えのひとつに、「ミトコンドリアの機能低下」が挙げられます。

ミトコンドリアとは、私たちの細胞の中にある「エネルギー工場」のような存在で、呼吸に似た「酸素を使ってエネルギー(ATP)を作る」働きをしています。

しかし、このエネルギー生成の過程で、

  • 活性酸素(ROS:細胞をサビさせる有害物質)が発生したり、

  • 遺伝子(DNA)がダメージを受けたり、

  • 老化が加速したり

といった現象が起こることがわかってきました。

そこで登場するのが「サーチュイン(Sirtuins)」というタンパク質群です。
特に**ミトコンドリアの中で働くサーチュイン(SIRT3, SIRT4, SIRT5)**は、細胞の老化や代謝バランスの維持に深く関わっており、現在「長寿の鍵を握る分子」として注目を集めています。


🔷サーチュインとは何か?:7つの家族とその役割

サーチュイン」とは、酵母で最初に見つかった長寿遺伝子Sir2の仲間です。
哺乳類では、以下のように 7つ(SIRT1~SIRT7) のサーチュインがあり、それぞれが異なる場所で異なる役割を担っています。

サーチュイン 主な存在場所 主な役割例
SIRT1 遺伝子発現調整、抗炎症、老化抑制
SIRT2 細胞質 細胞周期の調整など
SIRT3 ミトコンドリア 抗酸化、代謝改善、寿命延長
SIRT4 ミトコンドリア インスリン感受性、窒素代謝の制御
SIRT5 ミトコンドリア アンモニア処理、エネルギー代謝
SIRT6 遺伝子の修復、糖代謝制御
SIRT7 リボソーム合成など

この中でも今回の主役は、ミトコンドリア内のサーチュイン:SIRT3、SIRT4、SIRT5です。


🔷SIRT3, SIRT4, SIRT5の働き

🧬SIRT3(サーチュイン3)

  • ミトコンドリア内のもっとも重要な酵素調整役

  • 抗酸化作用があり、細胞を活性酸素から守る

  • エネルギー代謝や脂肪燃焼を促進

  • アルツハイマー病やパーキンソン病、心不全などの進行を抑えると期待されている

👉 例えるなら「ミトコンドリアのメンテナンス係」
壊れた部品を修理し、エネルギーの生産をスムーズに保ちます。


🧬SIRT4(サーチュイン4)

  • あまり知られていなかったが、最近研究が進んでいる

  • **インスリン感受性(=血糖コントロール能力)**を改善する

  • **窒素代謝(アミノ酸の分解)**の制御にも関与

👉 例えるなら「ミトコンドリアの調整役」
食事内容に応じて代謝を調節する存在です。


🧬SIRT5(サーチュイン5)

  • **アンモニアの処理(尿素サイクル)**を助ける重要な酵素

  • 酸化ストレスから細胞を守る

  • エネルギー代謝の調整に関わる(例:脂肪酸の酸化など)

👉 例えるなら「老廃物処理係」
体の中で出てくる有害な物質を分解し、細胞の安全を保っています。


🔷これらのサーチュインが関係する老化関連疾患

研究によると、これらのサーチュインがうまく働かないと、

  • 🧠 神経変性疾患(アルツハイマー、パーキンソン、ALSなど)

  • ❤️ 心血管疾患(動脈硬化、心不全など)

  • 🍩 代謝性疾患(糖尿病、脂肪肝など)

といった、**老化とともに増える病気(加齢関連疾患)**のリスクが高くなることがわかっています。


🔷なぜサーチュインが加齢で弱まるのか?

  • 年をとると**NAD⁺(サーチュインの燃料のようなもの)**が減ってしまう

  • 結果として、サーチュインの働きも低下

  • ミトコンドリア機能が落ち、活性酸素がたまり、病気が進行しやすくなる


🔷治療ターゲットとしてのミトコンドリアサーチュイン

サーチュインの働きを回復させることで、老化や病気の進行を遅らせられるのではないか?
そのような考えから、現在はさまざまなサーチュイン活性化薬の研究が進められています。


💊 小分子化合物(Small-Molecule Compounds)

研究チームは、多くの候補薬を調べています:

薬名例 特徴 期待される効果
Resveratrol(レスベラトロール) 赤ワインに含まれるポリフェノール SIRT1活性化、SIRT3にも効果あり
Honokiol(ホノキオール) モクレン科の植物由来 SIRT3を直接活性化、心臓保護作用
Nicotinamide Riboside(NR) NAD⁺の前駆体 NAD⁺増加→サーチュイン活性↑
SRT1720 合成化合物 SIRT1とSIRT3活性化の候補薬

🔷サーチュイン活性化戦略のまとめ

  1. NAD⁺レベルの回復: NRやNMNなどのサプリで燃料を補う

  2. 直接的な活性化: SIRT3などに働きかける分子を投与

  3. 遺伝子レベルの制御: エピジェネティック制御で発現量を増やす

  4. 生活習慣: 断食・カロリー制限・運動もサーチュインを活性化する手段です


🔷今後の課題と展望

  • ✅ サーチュイン活性化薬の多くはまだ動物実験レベル

  • ✅ **組織ごとの違い(脳、肝臓、心臓など)**にどう対応するかが課題

  • 副作用や長期使用時の安全性確認が必要

それでも、「ミトコンドリアの若返り」や「病気の予防」が期待されるこの分野は、今後の高齢化社会における希望の星として注目されています。


📝まとめ

項目 内容
ミトコンドリアサーチュインとは? SIRT3~5。ミトコンドリアの健康を守る重要な酵素
加齢と何が関係ある? 老化でNAD⁺が減る→サーチュインが働けなくなる
関連する病気は? 認知症、心疾患、糖尿病など
対策はある? サプリ・食事・運動・薬による活性化が研究中

💡さいごに

ミトコンドリアの健康が、全身の若さと健康を支えている――。
そのカギを握るのが、ミトコンドリアサーチュインたちです。

今後、レスベラトロールやNMNのような物質の研究が進めば、加齢や病気を遅らせる治療法が現実のものとなる可能性があります

この分野は、老化研究・予防医学・抗加齢医療の最前線です。
これからの展開に大いに期待しましょう!




健康講座911 「糖尿病は治らなくても改善できる」―寛解できなくても意味がある生活習慣介入の力




🌟皆さんこんにちは!

今日は、**2型糖尿病の人に対する生活習慣介入(ILI)の効果について、「寛解(remission)」が目指せる人とそうでない人で、どれほど差があるのか?**を調べた研究をご紹介します。

その研究のタイトルは、
「糖尿病の寛解が目指せるかどうかが、生活習慣介入への反応に与える影響:Look AHEAD試験からのデータ」
(Impact of eligibility for diabetes remission on response to intensive lifestyle intervention in overweight and obese people with type 2 diabetes: The Look AHEAD trial)です。

この研究は、糖尿病治療の中でも「薬に頼らずに血糖を正常に戻す(=寛解)」という希望を持って努力している方にとって、とても重要な内容です。


🧠まず、「寛解(remission)」ってなに?

糖尿病の「寛解」とは、

  • 薬を使わずに

  • HbA1c(血糖の指標)が正常に近い状態

  • その状態が1年以上持続すること

を意味します。

完全に“治った”というよりは、“症状が落ち着いて、薬なしでもコントロールできている状態”というイメージです。


🔍研究の背景

ここ数年、「糖尿病は治らない病気」から「治せるかもしれない病気」へというパラダイムシフトが起きています。

その中で、注目されているのが食事・運動を含む「強力な生活習慣改善(Intensive Lifestyle Intervention:ILI)」です。

ただし、ILIを本気でやろうとすると、かなりの時間・お金・専門職の支援が必要です。

そのため、多くの医療機関ではこう考えています👇

「寛解が狙える人だけに絞って、リソース(支援)を集中させよう」

たとえば、以下のような人たちです。

  • 糖尿病になってからの期間が短い(6年以内)

  • インスリンを使っていない

  • HbA1cがあまり高くない

確かに、これらの条件に当てはまる人の方が「寛解」しやすいのは事実です。

でも、本当にそれでいいのでしょうか?

条件に当てはまらない人でも、ILIで他に大きな恩恵(心臓病予防など)があるなら、支援する価値はあるのでは?

今回の研究は、そこにメスを入れました。


🧪研究の方法:Look AHEAD試験のデータを解析

この研究は、「Look AHEAD試験(長期・多施設ランダム化比較試験)」の参加者3105人を対象に解析を行いました。

【対象者の特徴】

  • 年齢:20〜65歳

  • BMI(肥満指数):27〜45(過体重〜高度肥満)

  • 2型糖尿病の人たち

この人たちは以下の2つのグループに分けられました:

グループ 内容
✅ILI群 食事と運動を中心とした強力な生活習慣介入を受けた
⚪対照群 **通常の健康教育(サポート)**を受けた

そして、さらに分析では以下のように「寛解の可能性あり」「なし」でグループ分けして比較しました。

【寛解の可能性あり=Eligible group】

  • 糖尿病歴6年以内

  • インスリン未使用


🩺評価した項目(アウトカム)

この研究では、生活習慣介入(ILI)が以下の健康状態にどう影響したかを調べました。

【主要アウトカム】

  • **心血管疾患(CVD)**の発症率

  • **慢性腎臓病(CKD)**の発症率

  • 死亡率

【副次アウトカム】

  • 体重

  • HbA1c(血糖値の指標)

  • 収縮期血圧(上の血圧)

  • LDLコレステロール(悪玉)

  • eGFR(腎機能の指標)


📊結果:どちらのグループでも似た効果があった!

①心臓病・腎臓病・死亡率への効果は…

寛解が狙える人も、狙えない人も、ILIによる効果にほとんど差がありませんでした!

これはとても重要な発見です。
なぜなら、**「寛解できる人しか助からないわけじゃない」**ということを示しているからです。


②体重・HbA1cへの効果は…

測定項目 寛解可能群 寛解不可群
体重減少 −5.53kg(95%CI −6.02, −5.03) −3.17kg(95%CI −3.86, −2.49) −2.4kgの差
HbA1c変化 −0.28%(95%CI −0.33, −0.23) −0.17%(95%CI −0.23, −0.11) −0.1%の差

確かに、寛解が狙える人の方が効果は少しだけ大きかったのですが……

その差はごくわずかでした。


✅結論:支援を“寛解できる人”だけに限定するのは再考すべき!

この研究の結論は明確です:


たとえ寛解が難しい人であっても、生活習慣の改善は心臓・腎臓・寿命のために十分に価値がある


その差が体重でたった2.4kg、HbA1cで0.1%の違いなら、
「寛解ができるかどうか」で支援対象を区切るのは、合理的とは言えないかもしれません。


💬研究者のメッセージ

「私たちは限られた医療資源をどこに使うべきかを常に悩んでいますが、寛解できない人もILIの恩恵を受けていることを忘れてはいけません」


📝ポイントまとめ

ポイント 内容
🎯目的 「寛解できる人」と「できない人」で、ILIの効果が違うのか調べた
👥対象 2型糖尿病+過体重or肥満の人、3105人
🔍方法 ILIと通常ケアの効果を比較(CVD、CKD、死亡、体重、HbA1cなど)
📊結果 CVDや死亡への効果に差はなし/体重・HbA1cの差もごく小さい
✅結論 ILIの支援対象を「寛解できる人だけ」に限定するのは妥当とは言えない

🧑‍⚕️クリニックや保健指導での活かし方

  • ILIの価値は「寛解」だけにとどまらない

  • 糖尿病歴が長い人でも、生活習慣の改善は命を守る

  • ILIを「選ばれた人だけの特別プログラム」にするのではなく、幅広い人に適用できる柔軟な支援を考えるべき


📚用語解説(おさらい)

用語 解説
寛解(remission) 血糖値が正常域に戻り、薬なしで1年以上保てる状態
ILI(Intensive Lifestyle Intervention) 食事、運動、行動療法などを組み合わせた強力な生活改善支援
CVD(心血管疾患) 心筋梗塞・脳卒中など心臓や血管に関わる病気
CKD(慢性腎臓病) 腎機能が低下し続ける状態(eGFRなどで評価)
eGFR 腎臓の働きを示す指標。数値が低いほど腎機能が悪い
HbA1c 過去1〜2か月間の平均血糖を表す値。6.5%以上で糖尿病

🎉おわりに:すべての人に希望を

糖尿病になって「もう治らない」と感じている方も多いかもしれません。

でも、どんな人でも「生活習慣を整えること」が、心臓病・腎臓病・寿命に良い影響を与えるというのは、希望に満ちたメッセージです。

寛解を目指す人も、そうでない人も、一人ひとりの努力が報われる社会であってほしいですね。



2025/08/20

健康講座910 🔷SGLT2阻害薬によるDKAの特徴と注意点を徹底解説! 〜血糖値が高くないケトアシドーシスに要注意〜

 皆さんこんにちは。

今日は「SGLT2阻害薬を使用している患者さんにおけるケトアシドーシス(DKA)の臨床的特徴と予後」について、2025年7月に発表された最新のシステマティックレビュー・メタアナリシスを、専門用語をやさしく解説しながらご紹介します。



🔍 まずは基本をおさらい

✅ SGLT2阻害薬とは?

糖尿病治療薬の一種で、腎臓でのブドウ糖の再吸収を防ぎ、尿から糖を排出させて血糖を下げる薬です。商品名にはジャディアンス(エンパグリフロジン)、**フォシーガ(ダパグリフロジン)**などがあります。

⚠️ DKA(糖尿病性ケトアシドーシス)とは?

体のインスリンが不足したとき、ブドウ糖が使えず、脂肪をエネルギーにしようとします。その結果、「ケトン体」が大量にできて、血液が酸性になる状態。命に関わることもある緊急状態です。


🧪 研究の目的は?

SGLT2阻害薬を使っている人がDKAになると、**血糖値がそれほど高くない「ユージリセミックDKA」**になることが多く、見逃されやすいのが問題です。

この研究では、
「SGLT2阻害薬を使っている人のDKAって、他の人と比べてどんな特徴があるのか?」
「治療結果に違いはあるのか?」
を明らかにするため、過去の9つの研究をまとめて分析しました。


📊 分析のポイント

  • 文献はPubMed、Scopus、Web of Scienceから2025年2月までに収集

  • 「SGLT2阻害薬を使っている人 vs 使っていない人」でDKAの特徴や予後を比較

  • **オッズ比(OR)平均差(MD)**を使って統計的に比較


🧾 主な結果まとめ

① SGLT2阻害薬ユーザーのDKAはこんな傾向がある!

比較項目 SGLT2iユーザー(DKA) 非SGLT2iユーザー(DKA) コメント
DKAの既往 少ない 多い 新規発症が多い傾向
インスリン使用歴 少ない 多い 2型糖尿病の経口薬のみ使用の人が多い?
血糖値 低い 高い ユージリセミックDKAが多い証拠
HbA1c(平均血糖の指標) 低い 高い 血糖コントロールは悪くない場合でも発症
クレアチニン(腎機能) 低い やや高い 腎障害の合併が少ない傾向?
乳酸値 低い 高い 乳酸アシドーシスとの合併が少ない?

② 予後(入院や死亡)には違いはあった?

指標 結果
入院期間 差なし
ICU入室率 差なし
院内死亡率 差なし

👉 つまり、「命に関わる重症度」や「治療にかかる時間」は、使っているかどうかで大きな違いはなかったという結果です。


💡 この研究から分かること(ポイント3つ)

1. 見た目が違うDKAに注意!

SGLT2阻害薬使用中のDKAは、高血糖を伴わない場合があり、「普通のDKAと違う」と見逃されやすい。症状(吐き気、倦怠感、呼吸)から疑う力が必要です。

2. HbA1cや血糖値が良好でも油断禁物

「血糖コントロールが良好=安心」ではない。特に絶食や手術、体調不良などのトリガーがある場合は、SGLT2阻害薬を中止する判断も重要です。

3. 死亡率は高くないが油断は禁物

予後には差がなかったとはいえ、DKA自体は重篤な病態。早期発見と対応が何よりも大切。


🧑‍⚕️ 実臨床でどう活かす?

  • SGLT2阻害薬を使っている患者さんが「なんとなくだるい・吐き気・呼吸が早い」などの症状を訴えたら、血糖値が高くなくてもケトン体やpHをチェック

  • 食事がとれない・発熱・手術前後などでは一時的に休薬も検討する

  • スタッフ間で「ユージリセミックDKA」という概念を共有しておくと、見逃しが減る


📝 最後にひとこと

この論文は、「SGLT2阻害薬の副作用としてのDKA」は“珍しいけれど見逃しやすい”という点に光を当てており、現場でも役立つ情報がつまっています。

血糖がそこまで高くなくても、「ケトアシドーシスかも」とピンとくる感覚を持っていることが、患者さんの命を守るカギになるかもしれません。



ロゴ決定

ロゴ決定 小川糖尿病内科クリニック

皆さま、こんにちは。 当院のロゴが決定いたしました。 可愛らしいうさぎをモチーフとして、小さなお花をあしらいました。 また、周りは院長の名字である「小川」の「O(オー)」で囲っております。 同時に、世界糖尿病デーのシンボルであるブルーサークルを 意識したロゴとなって...