2026/10/09

未来を当てるより、分からなくても動じないほうが強い

 



ここ最近、孔子、老子、荘子、仏教、神道と、東洋思想をいろいろ読んでいる。

最初は全部かなり違うものだと思っていた。ところが読んでいくと、意外と同じ場所に戻ってくる。

それは、

「自分で全部をコントロールしようとしない」

ということだった。

孔子から感じたのは、学ぶことは何かの役に立たなくてもいいということ。資格や収入のためでなくても、知らなかったことを知る。それだけで人生は少し豊かになる。

そして中庸。これは単なる「ほどほど」ではなく、一つの正解に固執せず、その場に応じてちょうどいいところを探す感覚に近い。

老子や荘子になると、さらに力が抜ける。

出来事そのものには、最初から「良い」「悪い」と書いてあるわけではない。

雨が降る。予定が変わる。誰かがドタキャン。物事が思い通りにいかない。

まずあるのは事実だけ。

そこに、

「最悪だ」
「困った」
「この先どうなる」

と意味を足しているのは自分の頭だったりする。

もちろん、現実的な問題があれば対処すればいい。でも対処できたなら、それ以上考え続ける必要はない。

ここで役に立つのが、自分なりのコントロールテスト。

これは自分で変えられることか。

変えられるならやる。準備する。対策する。

変えられないなら、そこで手放す。

仏教でいえば執着を減らすこと。神道でいえば散らかった心を今ここに戻すこと。老荘思想でいえば流れに逆らいすぎないこと。

結局かなり近い。

荘子を読んでいて特に面白かったのは、

未来を完璧に読める人になるより、未来が読めなくても平気な人になるほうが強い

という感覚だった。

未来はそもそも固定されていない。

だったら、全部を予測して安心しようとするより、何が来てもそのとき考えればいい。

水みたいに、岩があれば横に流れる。

さらに面白いのは、最後には「道を学んでいる」という意識すら手放していくところ。

「私は執着を手放しています」
「私は悟っています」

と力んだ瞬間、それもまた新しい執着になる。

学んで、考えて、最後には忘れる。

ただ普通に暮らす。

最近の自分なりのまとめは、かなり単純だ。

事実を見る。
自分でできることだけやる。
できないことは手放す。
未来を決めつけない。
今をちゃんと生きる。
興味のあることを学び、楽しむ。

未来を当てることより、

未来が分からなくても動じないこと。

人生を完全にコントロールすることより、

変化に合わせて軽く動けること。

たぶん、このくらいがちょうどいい。

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