世の中はどんどん便利になっている。
検索、ナビ、家電、AI。
面倒なことは、かなり減らせるようになった。
もちろん便利なのはいい。
でも最近、「不便益」という考え方が面白いと思った。
あえて少し不便を残すことで、逆に得られるものがある。
という考え方だ。
たとえば、皿洗いや単純な事務作業。
こういうものは機械やAIに任せていい。
時間が浮くなら、そのほうがいい。
ただ問題は、その浮いた時間をまた仕事や効率化で埋めてしまうこと。
それでは、便利になったのに人生は忙しいままだ。
本来、便利さとは、
人間がやらなくてもいいことを減らし、人間がやりたいことに時間を戻すためのもの
ではないだろうか。
一方で、効率化しすぎないほうがいいものもある。
散歩、旅行、料理、読書、遊び、家族との時間。
これらは最短距離で終わらせる必要がない。
むしろ、
迷う。
寄り道する。
失敗する。
ぼーっとする。
そんな「無駄」の中に、面白さがある。
だから自分の中では、こう整理すると分かりやすい。
手段は効率化する。目的は効率化しない。
旅行の予約はAIに任せてもいい。
でも旅そのものは急がなくていい。
情報整理はAIに任せてもいい。
でも考えることまで全部手放さなくていい。
そして、浮いた時間を無理に有効活用しなくてもいい。
昼寝してもいい。
漫画を読んでもいい。
ゲームをしてもいい。
何もしなくてもいい。
荘子的に言えば、これは「無用の用」にも近い。
一見、役に立たない時間が、実は人生を豊かにする。
便利さを使って、不便を楽しむ。
そして、
無用の時間を、無理に有用化しない。
これくらいが、これからの時代にはちょうどいい気がする。
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