2025/08/25

健康講座914 「バター vs オリーブオイル」──脂肪の種類ががん免疫に与える驚きの違いとは?肥満と腫瘍免疫の意外な関係【最新研究解説】

 皆さんこんにちは。

今回は2025年7月に『Nature Metabolism』誌に掲載された最新の研究論文「**The source of dietary fat influences anti-tumour immunity in obese mice(食事性脂肪の種類が、肥満マウスにおける抗腫瘍免疫に影響を与える)」について、専門用語を丁寧に解説しながら、ご紹介します。


🔍この研究でわかったこと(ざっくりまとめ)

  • 肥満はがんのリスクを上げることが知られていますが、

  • 同じ「太る食事」でも、脂肪の種類によってがんの進行や免疫力への影響がまるで違う

  • バター・ラード(豚脂)・牛脂は、がんを早く育てて免疫力を下げる

  • オリーブオイル・ココナッツオイル・パーム油では、太ってもがんの進行は穏やかで、免疫も保たれる

  • 脂肪の種類が「血中の代謝物(アシルカルニチンなど)」に影響し、それが免疫細胞にブレーキをかける

という、とても興味深い結果が得られました。


🧪背景:肥満とがん、そして免疫

肥満になると、さまざまな種類のがん(乳がん、大腸がん、肝がんなど)のリスクが上がることがわかっています。
また、がんができたあとでも、肥満によって免疫細胞の働きが悪くなり、がんが進行しやすくなることも知られています。

しかし、今までの研究では、

  • 「脂肪が多い食事(高脂肪食:HFD)」が悪い

  • 「太ること」自体が悪い

という点には注目されていましたが、

脂肪の“種類”の違いが、がんや免疫にどのような影響を与えるのか?

については、ほとんど研究されていませんでした。


🐁研究の方法:肥満マウス+がんモデル

この研究では、以下のような実験を行いました。

✅使ったモデル

  • マウス(C57BL/6系)

  • B16-F10 メラノーマ(黒色腫)細胞を皮下に注射し、がんを人工的に作る

  • 食事はすべて「カロリー・脂肪量は同じ」だが、「脂肪の種類だけが違う

✅比較した脂肪の種類

グループ 使用した脂肪 主な特徴
バター 飽和脂肪酸が多く、動物性脂肪の代表格 酪農由来の固形脂
ラード(豚脂) 飽和+一部不飽和脂肪酸 中華料理や揚げ物でよく使う
牛脂(ビーフタロー) 飽和脂肪酸中心 ステーキや焼肉の脂身など
ココナッツオイル 中鎖脂肪酸が多い 消化が早い、ケトン体に変わる脂肪
パーム油 飽和脂肪酸が多いが、バランスはよい 加工食品に多く含まれる
オリーブオイル 不飽和脂肪酸(特にオレイン酸)が豊富 地中海食の中心

🔬結果①:太る量は同じでも、がんの大きさが違う!

まず、どの脂肪でもマウスは同じくらい太りました
つまり、カロリーも体脂肪率も同じです。

ところが──

  • バター・ラード・牛脂を食べたマウスは、腫瘍(がん)の大きさが明らかに大きくなり

  • ココナッツオイル・パーム油・オリーブオイルでは、腫瘍の大きさが小さめ

だったのです。

つまり、「太ったからがんが進行する」のではなく、脂肪の“種類”ががんの進行を左右するということです。


🔬結果②:免疫細胞の働きにも差がある

次に、腫瘍の中にいる免疫細胞の様子を調べました。

特に重要な免疫細胞は以下の2つ:

免疫細胞 働き
CD8 T細胞(キラーT細胞) がん細胞を直接攻撃する
ナチュラルキラー細胞(NK細胞) 異常な細胞を見つけて即攻撃する

その結果…

  • バターを食べたマウスは、腫瘍内のCD8 T細胞とNK細胞が少なく、機能も低下

  • パーム油を食べたマウスでは、それらの細胞が腫瘍内に多く、活性も保たれていた

つまり、脂肪の種類が**腫瘍内の免疫環境(腫瘍免疫)**を大きく変えていたのです。


💥脂肪の種類が「血中の代謝物」に影響を与えていた

ではなぜ、脂肪の種類で免疫が変わったのでしょう?

血液中の「代謝産物(メタボライト)」を分析したところ、次のようなことがわかりました:

✅バターを食べたマウス

  • **長鎖アシルカルニチン(long-chain acylcarnitines)**が増加

  • これは、脂肪の代謝中にできる中間産物であり、免疫細胞の働きをブロックすることが知られている

✅パーム油を食べたマウス

  • アシルカルニチンが少ない

  • 免疫細胞が元気に働いていた

つまり、

バターを食べると体内に「免疫を弱らせる脂質代謝産物」がたくさん生まれる
→ それがCD8 T細胞やNK細胞の働きを邪魔していた!

という仕組みが明らかになったのです。


🧠まとめと考察:脂肪の質が「免疫の質」を決める

この研究の最も大きなメッセージは、

「脂肪の量」ではなく「脂肪の質」が、がんの進行や免疫力を大きく左右する

という点です。

✅ポイント整理

  • バター・ラード・牛脂:がん促進、免疫抑制(アシルカルニチンが増える)

  • ココナッツ・パーム油・オリーブオイル:がん抑制、免疫維持(アシルカルニチン少なめ)

  • 同じカロリー・同じ肥満度でも、結果が大きく違う


🍽️臨床応用や人間への示唆

まだマウスの実験段階ではありますが、今回の結果は私たちの食生活にも大きな示唆を与えてくれます。

✅がんの予防や再発リスクを考えるなら…

  • 飽和脂肪酸たっぷりの バター・牛脂・ラードはできるだけ控えめに

  • オリーブオイル・ココナッツオイルなど、比較的「代謝に優しい脂肪」を選ぶ

  • 食事で摂る脂質の「質」にもっと注目すべき

という考え方が広がっていくかもしれません。


✍️おわりに

この研究は、「カロリーや肥満」だけでなく、「脂肪の質」こそががんと免疫に直結しているということを明確に示しました。

肥満を避けることももちろん大切ですが、日々の脂の選び方が私たちの健康、さらにはがんの予防にも関わっているかもしれません。

普段の食事で何気なく使っている「脂」、これを機に見直してみてはいかがでしょうか?



2025/08/23

健康講座913 「ミトコンドリアを若返らせる鍵!SIRT3・SIRT4・SIRT5が拓くアンチエイジングの未来」

 みなさんこんにちは😊

今回は、ミトコンドリアサーチュイン(mitochondrial sirtuins)と加齢関連疾患についての最新の総説論文――

「Unraveling the roles of mitochondrial sirtuins in aging-related diseases: From mechanistic insights to therapeutic strategies」
(ミトコンドリアサーチュインの加齢関連疾患における役割の解明:そのメカニズムから治療戦略まで)

を取り上げて解説していきます。




🔷はじめに:ミトコンドリアと老化のつながりとは?

人はなぜ老いるのでしょうか?
その答えのひとつに、「ミトコンドリアの機能低下」が挙げられます。

ミトコンドリアとは、私たちの細胞の中にある「エネルギー工場」のような存在で、呼吸に似た「酸素を使ってエネルギー(ATP)を作る」働きをしています。

しかし、このエネルギー生成の過程で、

  • 活性酸素(ROS:細胞をサビさせる有害物質)が発生したり、

  • 遺伝子(DNA)がダメージを受けたり、

  • 老化が加速したり

といった現象が起こることがわかってきました。

そこで登場するのが「サーチュイン(Sirtuins)」というタンパク質群です。
特に**ミトコンドリアの中で働くサーチュイン(SIRT3, SIRT4, SIRT5)**は、細胞の老化や代謝バランスの維持に深く関わっており、現在「長寿の鍵を握る分子」として注目を集めています。


🔷サーチュインとは何か?:7つの家族とその役割

サーチュイン」とは、酵母で最初に見つかった長寿遺伝子Sir2の仲間です。
哺乳類では、以下のように 7つ(SIRT1~SIRT7) のサーチュインがあり、それぞれが異なる場所で異なる役割を担っています。

サーチュイン 主な存在場所 主な役割例
SIRT1 遺伝子発現調整、抗炎症、老化抑制
SIRT2 細胞質 細胞周期の調整など
SIRT3 ミトコンドリア 抗酸化、代謝改善、寿命延長
SIRT4 ミトコンドリア インスリン感受性、窒素代謝の制御
SIRT5 ミトコンドリア アンモニア処理、エネルギー代謝
SIRT6 遺伝子の修復、糖代謝制御
SIRT7 リボソーム合成など

この中でも今回の主役は、ミトコンドリア内のサーチュイン:SIRT3、SIRT4、SIRT5です。


🔷SIRT3, SIRT4, SIRT5の働き

🧬SIRT3(サーチュイン3)

  • ミトコンドリア内のもっとも重要な酵素調整役

  • 抗酸化作用があり、細胞を活性酸素から守る

  • エネルギー代謝や脂肪燃焼を促進

  • アルツハイマー病やパーキンソン病、心不全などの進行を抑えると期待されている

👉 例えるなら「ミトコンドリアのメンテナンス係」
壊れた部品を修理し、エネルギーの生産をスムーズに保ちます。


🧬SIRT4(サーチュイン4)

  • あまり知られていなかったが、最近研究が進んでいる

  • **インスリン感受性(=血糖コントロール能力)**を改善する

  • **窒素代謝(アミノ酸の分解)**の制御にも関与

👉 例えるなら「ミトコンドリアの調整役」
食事内容に応じて代謝を調節する存在です。


🧬SIRT5(サーチュイン5)

  • **アンモニアの処理(尿素サイクル)**を助ける重要な酵素

  • 酸化ストレスから細胞を守る

  • エネルギー代謝の調整に関わる(例:脂肪酸の酸化など)

👉 例えるなら「老廃物処理係」
体の中で出てくる有害な物質を分解し、細胞の安全を保っています。


🔷これらのサーチュインが関係する老化関連疾患

研究によると、これらのサーチュインがうまく働かないと、

  • 🧠 神経変性疾患(アルツハイマー、パーキンソン、ALSなど)

  • ❤️ 心血管疾患(動脈硬化、心不全など)

  • 🍩 代謝性疾患(糖尿病、脂肪肝など)

といった、**老化とともに増える病気(加齢関連疾患)**のリスクが高くなることがわかっています。


🔷なぜサーチュインが加齢で弱まるのか?

  • 年をとると**NAD⁺(サーチュインの燃料のようなもの)**が減ってしまう

  • 結果として、サーチュインの働きも低下

  • ミトコンドリア機能が落ち、活性酸素がたまり、病気が進行しやすくなる


🔷治療ターゲットとしてのミトコンドリアサーチュイン

サーチュインの働きを回復させることで、老化や病気の進行を遅らせられるのではないか?
そのような考えから、現在はさまざまなサーチュイン活性化薬の研究が進められています。


💊 小分子化合物(Small-Molecule Compounds)

研究チームは、多くの候補薬を調べています:

薬名例 特徴 期待される効果
Resveratrol(レスベラトロール) 赤ワインに含まれるポリフェノール SIRT1活性化、SIRT3にも効果あり
Honokiol(ホノキオール) モクレン科の植物由来 SIRT3を直接活性化、心臓保護作用
Nicotinamide Riboside(NR) NAD⁺の前駆体 NAD⁺増加→サーチュイン活性↑
SRT1720 合成化合物 SIRT1とSIRT3活性化の候補薬

🔷サーチュイン活性化戦略のまとめ

  1. NAD⁺レベルの回復: NRやNMNなどのサプリで燃料を補う

  2. 直接的な活性化: SIRT3などに働きかける分子を投与

  3. 遺伝子レベルの制御: エピジェネティック制御で発現量を増やす

  4. 生活習慣: 断食・カロリー制限・運動もサーチュインを活性化する手段です


🔷今後の課題と展望

  • ✅ サーチュイン活性化薬の多くはまだ動物実験レベル

  • ✅ **組織ごとの違い(脳、肝臓、心臓など)**にどう対応するかが課題

  • 副作用や長期使用時の安全性確認が必要

それでも、「ミトコンドリアの若返り」や「病気の予防」が期待されるこの分野は、今後の高齢化社会における希望の星として注目されています。


📝まとめ

項目 内容
ミトコンドリアサーチュインとは? SIRT3~5。ミトコンドリアの健康を守る重要な酵素
加齢と何が関係ある? 老化でNAD⁺が減る→サーチュインが働けなくなる
関連する病気は? 認知症、心疾患、糖尿病など
対策はある? サプリ・食事・運動・薬による活性化が研究中

💡さいごに

ミトコンドリアの健康が、全身の若さと健康を支えている――。
そのカギを握るのが、ミトコンドリアサーチュインたちです。

今後、レスベラトロールやNMNのような物質の研究が進めば、加齢や病気を遅らせる治療法が現実のものとなる可能性があります

この分野は、老化研究・予防医学・抗加齢医療の最前線です。
これからの展開に大いに期待しましょう!



2025/08/21

健康講座912 「ミトコンドリアを若返らせる鍵!SIRT3・SIRT4・SIRT5が拓くアンチエイジングの未来」

 みなさんこんにちは😊

今回は、ミトコンドリアサーチュイン(mitochondrial sirtuins)と加齢関連疾患についての最新の総説論文――

「Unraveling the roles of mitochondrial sirtuins in aging-related diseases: From mechanistic insights to therapeutic strategies」
(ミトコンドリアサーチュインの加齢関連疾患における役割の解明:そのメカニズムから治療戦略まで)

を取り上げて解説していきます。

🔷はじめに:ミトコンドリアと老化のつながりとは?

人はなぜ老いるのでしょうか?
その答えのひとつに、「ミトコンドリアの機能低下」が挙げられます。

ミトコンドリアとは、私たちの細胞の中にある「エネルギー工場」のような存在で、呼吸に似た「酸素を使ってエネルギー(ATP)を作る」働きをしています。

しかし、このエネルギー生成の過程で、

  • 活性酸素(ROS:細胞をサビさせる有害物質)が発生したり、

  • 遺伝子(DNA)がダメージを受けたり、

  • 老化が加速したり

といった現象が起こることがわかってきました。

そこで登場するのが「サーチュイン(Sirtuins)」というタンパク質群です。
特に**ミトコンドリアの中で働くサーチュイン(SIRT3, SIRT4, SIRT5)**は、細胞の老化や代謝バランスの維持に深く関わっており、現在「長寿の鍵を握る分子」として注目を集めています。


🔷サーチュインとは何か?:7つの家族とその役割

サーチュイン」とは、酵母で最初に見つかった長寿遺伝子Sir2の仲間です。
哺乳類では、以下のように 7つ(SIRT1~SIRT7) のサーチュインがあり、それぞれが異なる場所で異なる役割を担っています。

サーチュイン 主な存在場所 主な役割例
SIRT1 遺伝子発現調整、抗炎症、老化抑制
SIRT2 細胞質 細胞周期の調整など
SIRT3 ミトコンドリア 抗酸化、代謝改善、寿命延長
SIRT4 ミトコンドリア インスリン感受性、窒素代謝の制御
SIRT5 ミトコンドリア アンモニア処理、エネルギー代謝
SIRT6 遺伝子の修復、糖代謝制御
SIRT7 リボソーム合成など

この中でも今回の主役は、ミトコンドリア内のサーチュイン:SIRT3、SIRT4、SIRT5です。


🔷SIRT3, SIRT4, SIRT5の働き

🧬SIRT3(サーチュイン3)

  • ミトコンドリア内のもっとも重要な酵素調整役

  • 抗酸化作用があり、細胞を活性酸素から守る

  • エネルギー代謝や脂肪燃焼を促進

  • アルツハイマー病やパーキンソン病、心不全などの進行を抑えると期待されている

👉 例えるなら「ミトコンドリアのメンテナンス係」
壊れた部品を修理し、エネルギーの生産をスムーズに保ちます。


🧬SIRT4(サーチュイン4)

  • あまり知られていなかったが、最近研究が進んでいる

  • **インスリン感受性(=血糖コントロール能力)**を改善する

  • **窒素代謝(アミノ酸の分解)**の制御にも関与

👉 例えるなら「ミトコンドリアの調整役」
食事内容に応じて代謝を調節する存在です。


🧬SIRT5(サーチュイン5)

  • **アンモニアの処理(尿素サイクル)**を助ける重要な酵素

  • 酸化ストレスから細胞を守る

  • エネルギー代謝の調整に関わる(例:脂肪酸の酸化など)

👉 例えるなら「老廃物処理係」
体の中で出てくる有害な物質を分解し、細胞の安全を保っています。


🔷これらのサーチュインが関係する老化関連疾患

研究によると、これらのサーチュインがうまく働かないと、

  • 🧠 神経変性疾患(アルツハイマー、パーキンソン、ALSなど)

  • ❤️ 心血管疾患(動脈硬化、心不全など)

  • 🍩 代謝性疾患(糖尿病、脂肪肝など)

といった、**老化とともに増える病気(加齢関連疾患)**のリスクが高くなることがわかっています。


🔷なぜサーチュインが加齢で弱まるのか?

  • 年をとると**NAD⁺(サーチュインの燃料のようなもの)**が減ってしまう

  • 結果として、サーチュインの働きも低下

  • ミトコンドリア機能が落ち、活性酸素がたまり、病気が進行しやすくなる


🔷治療ターゲットとしてのミトコンドリアサーチュイン

サーチュインの働きを回復させることで、老化や病気の進行を遅らせられるのではないか?
そのような考えから、現在はさまざまなサーチュイン活性化薬の研究が進められています。


💊 小分子化合物(Small-Molecule Compounds)

研究チームは、多くの候補薬を調べています:

薬名例 特徴 期待される効果
Resveratrol(レスベラトロール) 赤ワインに含まれるポリフェノール SIRT1活性化、SIRT3にも効果あり
Honokiol(ホノキオール) モクレン科の植物由来 SIRT3を直接活性化、心臓保護作用
Nicotinamide Riboside(NR) NAD⁺の前駆体 NAD⁺増加→サーチュイン活性↑
SRT1720 合成化合物 SIRT1とSIRT3活性化の候補薬

🔷サーチュイン活性化戦略のまとめ

  1. NAD⁺レベルの回復: NRやNMNなどのサプリで燃料を補う

  2. 直接的な活性化: SIRT3などに働きかける分子を投与

  3. 遺伝子レベルの制御: エピジェネティック制御で発現量を増やす

  4. 生活習慣: 断食・カロリー制限・運動もサーチュインを活性化する手段です


🔷今後の課題と展望

  • ✅ サーチュイン活性化薬の多くはまだ動物実験レベル

  • ✅ **組織ごとの違い(脳、肝臓、心臓など)**にどう対応するかが課題

  • 副作用や長期使用時の安全性確認が必要

それでも、「ミトコンドリアの若返り」や「病気の予防」が期待されるこの分野は、今後の高齢化社会における希望の星として注目されています。


📝まとめ

項目 内容
ミトコンドリアサーチュインとは? SIRT3~5。ミトコンドリアの健康を守る重要な酵素
加齢と何が関係ある? 老化でNAD⁺が減る→サーチュインが働けなくなる
関連する病気は? 認知症、心疾患、糖尿病など
対策はある? サプリ・食事・運動・薬による活性化が研究中

💡さいごに

ミトコンドリアの健康が、全身の若さと健康を支えている――。
そのカギを握るのが、ミトコンドリアサーチュインたちです。

今後、レスベラトロールやNMNのような物質の研究が進めば、加齢や病気を遅らせる治療法が現実のものとなる可能性があります

この分野は、老化研究・予防医学・抗加齢医療の最前線です。
これからの展開に大いに期待しましょう!




健康講座911 「糖尿病は治らなくても改善できる」―寛解できなくても意味がある生活習慣介入の力




🌟皆さんこんにちは!

今日は、**2型糖尿病の人に対する生活習慣介入(ILI)の効果について、「寛解(remission)」が目指せる人とそうでない人で、どれほど差があるのか?**を調べた研究をご紹介します。

その研究のタイトルは、
「糖尿病の寛解が目指せるかどうかが、生活習慣介入への反応に与える影響:Look AHEAD試験からのデータ」
(Impact of eligibility for diabetes remission on response to intensive lifestyle intervention in overweight and obese people with type 2 diabetes: The Look AHEAD trial)です。

この研究は、糖尿病治療の中でも「薬に頼らずに血糖を正常に戻す(=寛解)」という希望を持って努力している方にとって、とても重要な内容です。


🧠まず、「寛解(remission)」ってなに?

糖尿病の「寛解」とは、

  • 薬を使わずに

  • HbA1c(血糖の指標)が正常に近い状態

  • その状態が1年以上持続すること

を意味します。

完全に“治った”というよりは、“症状が落ち着いて、薬なしでもコントロールできている状態”というイメージです。


🔍研究の背景

ここ数年、「糖尿病は治らない病気」から「治せるかもしれない病気」へというパラダイムシフトが起きています。

その中で、注目されているのが食事・運動を含む「強力な生活習慣改善(Intensive Lifestyle Intervention:ILI)」です。

ただし、ILIを本気でやろうとすると、かなりの時間・お金・専門職の支援が必要です。

そのため、多くの医療機関ではこう考えています👇

「寛解が狙える人だけに絞って、リソース(支援)を集中させよう」

たとえば、以下のような人たちです。

  • 糖尿病になってからの期間が短い(6年以内)

  • インスリンを使っていない

  • HbA1cがあまり高くない

確かに、これらの条件に当てはまる人の方が「寛解」しやすいのは事実です。

でも、本当にそれでいいのでしょうか?

条件に当てはまらない人でも、ILIで他に大きな恩恵(心臓病予防など)があるなら、支援する価値はあるのでは?

今回の研究は、そこにメスを入れました。


🧪研究の方法:Look AHEAD試験のデータを解析

この研究は、「Look AHEAD試験(長期・多施設ランダム化比較試験)」の参加者3105人を対象に解析を行いました。

【対象者の特徴】

  • 年齢:20〜65歳

  • BMI(肥満指数):27〜45(過体重〜高度肥満)

  • 2型糖尿病の人たち

この人たちは以下の2つのグループに分けられました:

グループ 内容
✅ILI群 食事と運動を中心とした強力な生活習慣介入を受けた
⚪対照群 **通常の健康教育(サポート)**を受けた

そして、さらに分析では以下のように「寛解の可能性あり」「なし」でグループ分けして比較しました。

【寛解の可能性あり=Eligible group】

  • 糖尿病歴6年以内

  • インスリン未使用


🩺評価した項目(アウトカム)

この研究では、生活習慣介入(ILI)が以下の健康状態にどう影響したかを調べました。

【主要アウトカム】

  • **心血管疾患(CVD)**の発症率

  • **慢性腎臓病(CKD)**の発症率

  • 死亡率

【副次アウトカム】

  • 体重

  • HbA1c(血糖値の指標)

  • 収縮期血圧(上の血圧)

  • LDLコレステロール(悪玉)

  • eGFR(腎機能の指標)


📊結果:どちらのグループでも似た効果があった!

①心臓病・腎臓病・死亡率への効果は…

寛解が狙える人も、狙えない人も、ILIによる効果にほとんど差がありませんでした!

これはとても重要な発見です。
なぜなら、**「寛解できる人しか助からないわけじゃない」**ということを示しているからです。


②体重・HbA1cへの効果は…

測定項目 寛解可能群 寛解不可群
体重減少 −5.53kg(95%CI −6.02, −5.03) −3.17kg(95%CI −3.86, −2.49) −2.4kgの差
HbA1c変化 −0.28%(95%CI −0.33, −0.23) −0.17%(95%CI −0.23, −0.11) −0.1%の差

確かに、寛解が狙える人の方が効果は少しだけ大きかったのですが……

その差はごくわずかでした。


✅結論:支援を“寛解できる人”だけに限定するのは再考すべき!

この研究の結論は明確です:


たとえ寛解が難しい人であっても、生活習慣の改善は心臓・腎臓・寿命のために十分に価値がある


その差が体重でたった2.4kg、HbA1cで0.1%の違いなら、
「寛解ができるかどうか」で支援対象を区切るのは、合理的とは言えないかもしれません。


💬研究者のメッセージ

「私たちは限られた医療資源をどこに使うべきかを常に悩んでいますが、寛解できない人もILIの恩恵を受けていることを忘れてはいけません」


📝ポイントまとめ

ポイント 内容
🎯目的 「寛解できる人」と「できない人」で、ILIの効果が違うのか調べた
👥対象 2型糖尿病+過体重or肥満の人、3105人
🔍方法 ILIと通常ケアの効果を比較(CVD、CKD、死亡、体重、HbA1cなど)
📊結果 CVDや死亡への効果に差はなし/体重・HbA1cの差もごく小さい
✅結論 ILIの支援対象を「寛解できる人だけ」に限定するのは妥当とは言えない

🧑‍⚕️クリニックや保健指導での活かし方

  • ILIの価値は「寛解」だけにとどまらない

  • 糖尿病歴が長い人でも、生活習慣の改善は命を守る

  • ILIを「選ばれた人だけの特別プログラム」にするのではなく、幅広い人に適用できる柔軟な支援を考えるべき


📚用語解説(おさらい)

用語 解説
寛解(remission) 血糖値が正常域に戻り、薬なしで1年以上保てる状態
ILI(Intensive Lifestyle Intervention) 食事、運動、行動療法などを組み合わせた強力な生活改善支援
CVD(心血管疾患) 心筋梗塞・脳卒中など心臓や血管に関わる病気
CKD(慢性腎臓病) 腎機能が低下し続ける状態(eGFRなどで評価)
eGFR 腎臓の働きを示す指標。数値が低いほど腎機能が悪い
HbA1c 過去1〜2か月間の平均血糖を表す値。6.5%以上で糖尿病

🎉おわりに:すべての人に希望を

糖尿病になって「もう治らない」と感じている方も多いかもしれません。

でも、どんな人でも「生活習慣を整えること」が、心臓病・腎臓病・寿命に良い影響を与えるというのは、希望に満ちたメッセージです。

寛解を目指す人も、そうでない人も、一人ひとりの努力が報われる社会であってほしいですね。



2025/08/20

健康講座910 🔷SGLT2阻害薬によるDKAの特徴と注意点を徹底解説! 〜血糖値が高くないケトアシドーシスに要注意〜

 皆さんこんにちは。

今日は「SGLT2阻害薬を使用している患者さんにおけるケトアシドーシス(DKA)の臨床的特徴と予後」について、2025年7月に発表された最新のシステマティックレビュー・メタアナリシスを、専門用語をやさしく解説しながらご紹介します。



🔍 まずは基本をおさらい

✅ SGLT2阻害薬とは?

糖尿病治療薬の一種で、腎臓でのブドウ糖の再吸収を防ぎ、尿から糖を排出させて血糖を下げる薬です。商品名にはジャディアンス(エンパグリフロジン)、**フォシーガ(ダパグリフロジン)**などがあります。

⚠️ DKA(糖尿病性ケトアシドーシス)とは?

体のインスリンが不足したとき、ブドウ糖が使えず、脂肪をエネルギーにしようとします。その結果、「ケトン体」が大量にできて、血液が酸性になる状態。命に関わることもある緊急状態です。


🧪 研究の目的は?

SGLT2阻害薬を使っている人がDKAになると、**血糖値がそれほど高くない「ユージリセミックDKA」**になることが多く、見逃されやすいのが問題です。

この研究では、
「SGLT2阻害薬を使っている人のDKAって、他の人と比べてどんな特徴があるのか?」
「治療結果に違いはあるのか?」
を明らかにするため、過去の9つの研究をまとめて分析しました。


📊 分析のポイント

  • 文献はPubMed、Scopus、Web of Scienceから2025年2月までに収集

  • 「SGLT2阻害薬を使っている人 vs 使っていない人」でDKAの特徴や予後を比較

  • **オッズ比(OR)平均差(MD)**を使って統計的に比較


🧾 主な結果まとめ

① SGLT2阻害薬ユーザーのDKAはこんな傾向がある!

比較項目 SGLT2iユーザー(DKA) 非SGLT2iユーザー(DKA) コメント
DKAの既往 少ない 多い 新規発症が多い傾向
インスリン使用歴 少ない 多い 2型糖尿病の経口薬のみ使用の人が多い?
血糖値 低い 高い ユージリセミックDKAが多い証拠
HbA1c(平均血糖の指標) 低い 高い 血糖コントロールは悪くない場合でも発症
クレアチニン(腎機能) 低い やや高い 腎障害の合併が少ない傾向?
乳酸値 低い 高い 乳酸アシドーシスとの合併が少ない?

② 予後(入院や死亡)には違いはあった?

指標 結果
入院期間 差なし
ICU入室率 差なし
院内死亡率 差なし

👉 つまり、「命に関わる重症度」や「治療にかかる時間」は、使っているかどうかで大きな違いはなかったという結果です。


💡 この研究から分かること(ポイント3つ)

1. 見た目が違うDKAに注意!

SGLT2阻害薬使用中のDKAは、高血糖を伴わない場合があり、「普通のDKAと違う」と見逃されやすい。症状(吐き気、倦怠感、呼吸)から疑う力が必要です。

2. HbA1cや血糖値が良好でも油断禁物

「血糖コントロールが良好=安心」ではない。特に絶食や手術、体調不良などのトリガーがある場合は、SGLT2阻害薬を中止する判断も重要です。

3. 死亡率は高くないが油断は禁物

予後には差がなかったとはいえ、DKA自体は重篤な病態。早期発見と対応が何よりも大切。


🧑‍⚕️ 実臨床でどう活かす?

  • SGLT2阻害薬を使っている患者さんが「なんとなくだるい・吐き気・呼吸が早い」などの症状を訴えたら、血糖値が高くなくてもケトン体やpHをチェック

  • 食事がとれない・発熱・手術前後などでは一時的に休薬も検討する

  • スタッフ間で「ユージリセミックDKA」という概念を共有しておくと、見逃しが減る


📝 最後にひとこと

この論文は、「SGLT2阻害薬の副作用としてのDKA」は“珍しいけれど見逃しやすい”という点に光を当てており、現場でも役立つ情報がつまっています。

血糖がそこまで高くなくても、「ケトアシドーシスかも」とピンとくる感覚を持っていることが、患者さんの命を守るカギになるかもしれません。



2025/08/19

健康講座909 🩺GLP-1受容体作動薬は腎臓に優しい? ~SGLT2阻害薬やDPP-4阻害薬など他の糖尿病薬と比べた最新研究をやさしく解説~

 



皆さんこんにちは

今日は、2型糖尿病の方に使われる治療薬のひとつ「GLP-1受容体作動薬(GLP-1RA)」が、腎臓にどのような影響を与えるのか、という最新の研究結果についてご紹介します。

この研究は、単に「薬で血糖値が下がるか」だけではなく、「その薬を使ったことで腎臓病になりにくいのか?進行を遅らせられるのか?」を、実際の医療現場(病院やクリニック)でのデータを使って調べたものです。

🔷そもそもGLP-1受容体作動薬(GLP-1RA)ってなに?

GLP-1というのは、私たちの体の中で小腸から出るホルモンの名前です。食事をすると、このホルモンが出て、膵臓に「インスリンを出してね」と命令して血糖値を下げる働きをします。

このGLP-1の働きを薬で強化したのが「GLP-1受容体作動薬(GLP-1RA)」です。つまり「体にやさしく血糖を下げてくれるホルモンをマネした薬」と思ってください。

有名なものだと、セマグルチド(オゼンピック、リベルサス)やデュラグルチド(トルリシティ)などがあります。

さらに最近の研究では、心臓や腎臓を守る効果があるかもしれないと注目されているんです。


🔷研究の目的:現場で本当に効果あるのか?

これまでの研究は「臨床試験(=厳密に条件を決めて行う研究)」が中心でした。でも、現実の医療の現場では、患者さんの年齢も生活習慣も薬の使い方もバラバラ。

この論文では、実際の医療現場のデータ(いわゆる「リアルワールドデータ」)をもとに、「GLP-1RAを使っている人と、他の糖尿病の薬を使っている人とで、腎臓の病気になりやすさはどう違うのか?」を比べました。


🔷どうやって調べたの?

✅ データの探し方:

  • 2005年4月〜2025年1月までに発表された論文の中から、

  • 「GLP-1RAを使った人」と「他の糖尿病薬を使った人」を比べて、

  • 腎臓に関するデータがちゃんと載っているものを選びました。

具体的には、以下の4つの薬と比較しています:

比較対象の薬の種類 解説
SGLT2阻害薬(SGLT2i) 尿に糖を出すタイプの薬。心臓や腎臓を守る作用があるとされていて、最近とても注目されています。
DPP-4阻害薬(DPP4i) 日本ではよく使われるタイプの薬(例:ジャヌビア、グラクティブ)。副作用が少なく使いやすいです。
スルホニル尿素薬(SU薬) 昔からある薬で、インスリンの分泌を促進します(例:アマリール)。
基礎インスリン(Basal insulin) 1日1回、持続的に効くタイプのインスリン注射。

🔷調べた「腎臓の悪化」の指標は?

腎臓がどれくらい悪くなったかを次のような項目で判断しています:

腎臓の悪化の項目 わかりやすい説明
アルブミン尿の悪化 尿にタンパク質(アルブミン)が増えるのは、腎臓のフィルターが壊れてきたサイン。
eGFRの40%または50%低下 腎臓の働きがどれくらい落ちたかを見る「血液検査の数値」。eGFRが下がるほど悪い状態。
急性腎障害(AKI) 一時的に腎臓が悪化する、風邪や脱水などでも起こりうる状態。
腎臓が原因で入院したか 重症化して入院することがあったかどうか。
末期腎不全(ESKD) 透析が必要になるような深刻な腎不全の状態。

🔷結果:GLP-1RAは他の薬と比べてどうだった?

① SGLT2阻害薬との比較(=最新で強力な薬)

  • GLP-1RAを使った人の方が、SGLT2阻害薬を使った人に比べて、

    • AKI(急性腎障害):12%リスクが高い

    • 腎臓関連で入院:66%リスクが高い

    • eGFRが40%以上低下:40%リスクが高い

  • ただし、eGFRの50%以上低下や末期腎不全では差がありませんでした。

➡︎ 結論:SGLT2阻害薬の方が腎臓保護に強い。


② DPP-4阻害薬との比較(=日本でよく使う薬)

  • GLP-1RAを使った人の方が、

    • eGFRが50%以上低下:16%リスクが低い

    • 腎臓で入院:27%リスクが低い

    • 末期腎不全:30%リスクが低い

➡︎ 結論:GLP-1RAの方が明らかに腎臓を守る効果がある。


③ スルホニル尿素薬との比較

  • GLP-1RAの方が、腎臓に良い影響を示すデータが多数。

➡︎ 結論:昔ながらのSU薬よりも、GLP-1RAの方が腎臓にやさしい。


④ 基礎インスリンとの比較

  • GLP-1RAを使った方が「アルブミン尿(タンパク尿)の悪化」が少ない。

  • 末期腎不全については、はっきりした効果は見られませんでした。

➡︎ 結論:基礎インスリンよりは腎臓にやさしい可能性がある。


🔷全体のまとめ

比較対象 結論(腎臓への影響)
SGLT2阻害薬 GLP-1RAよりも腎臓保護作用が強い
DPP-4阻害薬 GLP-1RAの方が腎臓にやさしい
SU薬 GLP-1RAの方が有利
基礎インスリン GLP-1RAの方が良い可能性

🔶この研究の意義

この研究は「現場のデータ=リアルワールドデータ」を使って、約160万人以上のデータから比較しています。臨床試験だけでなく、実際の医療現場での傾向も見えるのが大きなポイントです。

✅ SGLT2阻害薬とGLP-1RAを併用することで、さらに効果が出る可能性もあります。

✅ DPP-4阻害薬からGLP-1RAへ切り替えることで、腎臓の悪化リスクを減らせるかもしれません。


🔷おわりに:わたしたちにできること

腎臓を守ることは、糖尿病の方にとってとても重要です。
どの薬が自分にとってベストなのかは、年齢や体の状態、他の病気によっても異なります。

大切なのは「主治医と相談して、自分に合った薬を選ぶこと」です。

今回の研究は、医師が薬を選ぶときの参考になるだけでなく、患者さん自身が「なぜこの薬を使っているのか?」を理解するうえでも、とても役立ちます。

これからも、こういった「大事な情報」をわかりやすくお届けしていきたいと思います。

お読みいただきありがとうございました。



2025/08/18

健康講座908 「チルゼパチドは糖尿病予防にも効果あり? 肥満者におけるインスリン感受性とβ細胞機能の改善効果を徹底解説 ―SURMOUNT-1試験事後解析より―」

 

皆さんこんにちは。
今日は、2025年7月22日に『Diabetes Care』誌に掲載された最新の論文
「Tirzepatideによる治療と、前糖尿病または正常血糖の過体重・肥満者におけるβ細胞機能およびインスリン感受性の変化:SURMOUNT-1試験の事後解析」
について、わかりやすく丁寧に解説していきます。専門的な内容もありますが、専門用語にはしっかりと解説をつけますので、高校生から医療関係者の方まで幅広く理解していただける内容を目指します。


🧪この研究の目的は?

この研究の主な目的は、

糖尿病ではないが、肥満または過体重で前糖尿病もしくは正常血糖の人に対して、チルゼパチド(tirzepatide)を72週間投与すると、インスリン感受性や膵β細胞の機能にどんな影響を与えるのか?

という点を詳しく調べることです。

✔️背景:チルゼパチドとは?

チルゼパチド(tirzepatide)は、GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)とGIP(胃抑制ポリペプチド)という2つのインクレチンホルモンの受容体を同時に刺激する「デュアルインクレチン作動薬」です。
糖尿病治療薬として知られていますが、体重減少効果も非常に高いため、肥満治療薬としても注目されています。


🔬研究デザイン:SURMOUNT-1試験とは?

この研究は、「SURMOUNT-1」という大規模な無作為化比較試験のデータをもとにした事後解析(post hoc analysis)です。

📌対象者:

  • BMI 27以上(つまり肥満もしくは過体重)

  • 糖尿病ではない

    • 正常血糖群

    • 前糖尿病群(糖尿病予備軍)

合計 2,539人

🧪治療群:

  • チルゼパチド群(5mg、10mg、15mgのいずれか)

  • プラセボ群(偽薬)

治療期間は 72週間(約1年半)


📈評価した指標:何を見たの?

🧬主に以下の2点に注目しています:

  1. インスリン感受性(insulin sensitivity)

    • インスリンが血糖を下げる効果がどれだけ保たれているか

  2. 膵β細胞機能(β-cell function)

    • 膵臓がインスリンを適切に分泌できているかどうか

これらは、**経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)**を使って評価されました。


✅結果:チルゼパチドの効果は?

🌟主な結論:

チルゼパチドは、体重減少効果に加えて
インスリン感受性と膵β細胞機能の両方を改善することがわかりました。

ここで重要なのは:

  • インスリン感受性の改善 → 体重減少と関連

  • β細胞機能の改善 → チルゼパチド自体の効果によるものが大きい

🧾補足:

  • 前糖尿病群でも、正常血糖群でも効果は認められました。

  • 特にチルゼパチド投与によって直接的にβ細胞の働きが良くなるという点は重要です。


🧠専門用語の解説

🔸前糖尿病(prediabetes)

血糖値が正常よりは高いけれど、糖尿病と診断されるほどではない状態。放置すると糖尿病になるリスクが高い。

🔸膵β細胞(pancreatic β-cells)

膵臓にある細胞で、血糖を下げるホルモン「インスリン」を分泌する細胞。

🔸インスリン感受性(insulin sensitivity)

インスリンが細胞に作用して血糖を下げる効果の強さ。感受性が低い=インスリン抵抗性がある=糖尿病のリスクが高い。


📊図解(要約イラスト)

チルゼパチド投与でのメカニズム図👇

【チルゼパチド治療】
   ↓
①体重減少 → インスリン感受性の改善
②GLP-1+GIP刺激 → β細胞機能の直接改善
   ↓
★血糖のコントロール改善
★糖尿病の予防

🤔なぜこの研究が重要なのか?

今までは「チルゼパチド=体重減少薬」としての印象が強かったのですが、本研究により

  • インスリン感受性の改善は体重減少によるもの

  • β細胞機能の改善はチルゼパチドそのものの作用による

という別々のメカニズムで糖代謝を改善していることが明らかになりました。

つまり、チルゼパチドは単なる「痩せ薬」ではなく、糖尿病予防薬としてのポテンシャルも高いことが示されたのです。


🧭将来的な臨床応用の可能性

  • 前糖尿病の人に早期介入

  • 糖尿病になる前の段階でβ細胞を保護

  • 生活習慣介入が難しい人への補完的治療

という形で、糖尿病の発症予防薬としての道も開かれる可能性があります。


📝まとめ

  • チルゼパチドは、糖尿病のない肥満者においても
     ✔ 体重を減らし
     ✔ インスリンの効きを良くし
     ✔ 膵臓のインスリン分泌能力を高める
     ことが確認されました。

  • 特にβ細胞機能への直接的な作用は、単なるダイエット薬ではないことを示しています。

  • 今後は、糖尿病予防を目的としたチルゼパチドの活用が期待されます。



2025/08/17

健康講座907 「脳は糖を使わない?神経細胞のサバイバル術」

 



皆さんこんにちは。

今日は、最新の神経科学の研究から、私たちの脳が「エネルギーをどうやって使い、守っているのか?」という、とてもおもしろいテーマをお届けします。

この研究では、「神経細胞(ニューロン)」が、なぜ自らグルコース(ブドウ糖)をあまり使わないのか?なぜそのかわりに、アストロサイトという別の細胞が作った“乳酸”や“ケトン体”をエネルギーとして利用しているのか?という、脳の奥深い仕組みが明らかになりました。

これらの仕組みを理解すると、「なぜ認知症になるのか?」「なぜ糖尿病と脳の働きが関係するのか?」なども見えてきます。

では、わかりやすく一つずつ説明していきましょう。


🔵まず登場人物を整理しよう!

  • ニューロン(神経細胞)
     脳の情報を処理するメインの細胞。とてもエネルギーを使うけれど、実はエネルギー源であるグルコース(ブドウ糖)をあまり使っていない。

  • アストロサイト(星状膠細胞)
     ニューロンのサポート役。グルコースを使って“乳酸”や“ケトン体”というエネルギーをつくり、ニューロンに供給している。

  • ミトコンドリア
     細胞の“発電所”。エネルギー(ATP)を作り出す場所。でも古くなるとサビついて、細胞に悪さをする。

  • NAD⁺(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)
     体内のエネルギー産生や、細胞の修復、老化防止に関わるとても大切な物質。グルコースを分解する時に消費される。

  • ミトファジー
     サビついたミトコンドリアを分解・掃除するシステム。細胞の健康を保つ鍵。


🔶 なぜニューロンは「グルコース」を使わないのか?

私たちは、通常エネルギーをつくるために「グルコース」を使っています。たとえば筋肉や肝臓の細胞などは、グルコースをエネルギーに変えて動きます。

でも驚くことに、ニューロン(神経細胞)は、グルコースをあまり使いません。

「えっ?脳ってたくさんエネルギーが必要なんじゃないの?」と思いますよね。実際その通りで、脳は体全体のエネルギーの約20%を消費しているといわれています。

それなのに、ニューロンは“直接”グルコースをエネルギーにせず、アストロサイトが作った乳酸やケトン体を使っているのです。


🧠 脳の「エネルギー分業制」ってどういうこと?

ここが本研究の面白いポイントです。

  • アストロサイト:たくさんグルコースを取り込み、乳酸やケトン体を作ってニューロンに渡す

  • ニューロン:もらった乳酸・ケトン体でATPを作る

  • 余ったグルコースは「抗酸化」や「細胞を守る役割」に使う

つまり、グルコースは「燃料」ではなく「守りの道具」として使われているんです。

この仕組みにより、ニューロンは酸化ストレス(サビ)から自分を守り、長く元気でいられるわけです。


🔬 NAD⁺って何?なぜそんなに大切なの?

グルコースを分解する「解糖系」では、NAD⁺という物質を消費します。

このNAD⁺、実はとんでもなく重要な存在で、

  • ミトコンドリアの掃除(ミトファジー)

  • DNAの修復

  • 長寿遺伝子「サーチュイン」の活性化

などに使われます。

つまり、NAD⁺がなくなると細胞は老化し、ダメージに弱くなるのです。

だからニューロンは、自分のNAD⁺を無駄に使わないよう、グルコースを解糖系で使わず、温存しているのです。


🔥 グルコースを使いすぎるとどうなる?

研究では、グルコースを強制的にたくさん使わせた「遺伝子改変マウス」が使われました。

このマウスは、神経細胞に「Pfkfb3(グルコース代謝を促進する酵素)」を強く発現させたもので、通常よりもグルコースをエネルギー源として使うように設定されています。

結果はどうだったでしょう?

  • ミトコンドリアが傷つき、NAD⁺が減ってしまう

  • 酸化ストレスが増加

  • 記憶力や認知機能が低下

  • 肥満や代謝異常が起こる(=メタボ状態)

つまり、「神経細胞にグルコースを使わせると、逆に壊れてしまう」という結果になったのです。


💊 ではどうすれば元に戻るのか?

この研究では、NAD⁺の材料である「NMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)」を投与することで、次のような効果が見られました。

  • 認知機能が回復

  • メタボが改善

  • ミトコンドリアの掃除(ミトファジー)が復活

つまり、NAD⁺レベルを回復させることが、脳と全身の健康を守るカギになるということが分かったのです。


🧽 ミトファジーとは?掃除をサボるとどうなる?

ミトファジーとは、壊れたミトコンドリアをリサイクルして、細胞をキレイに保つ「細胞の掃除システム」です。

これがうまくいかないと、

  • 酸化ストレスが増える

  • エネルギーが作れない

  • 細胞が炎症を起こす

  • 老化や認知症が進行する

といった、まさに“病気の根本”が起こってしまいます。

そして、ミトファジーの働きにはNAD⁺が必要。つまり、グルコースを使いすぎてNAD⁺が減ると、この掃除ができなくなってしまうのです。


🔁 アストロサイトとの協力プレー「乳酸シャトル」「ケトンシャトル」

ここまで出てきた「乳酸」と「ケトン体」は、アストロサイトがグルコースや脂肪酸から作って、ニューロンに渡してくれるエネルギーです。

  • 乳酸シャトル:アストロサイトが乳酸を放出 → ニューロンが吸収してエネルギーに

  • ケトンシャトル:アストロサイトが脂肪酸を分解 → ケトン体を生成 → ニューロンが使う

このように、脳内では「別の細胞からもらったエネルギーを使う」チームプレーが行われているのです。


🌐 ここから見えてくる未来の治療法

この研究から導かれるヒントはたくさんあります。

  • 認知症、糖尿病、うつ病などの「脳と代謝の病気」は、エネルギーの使い方の狂いから始まるかもしれない

  • NAD⁺を守ることは、老化を遅らせるかもしれない

  • 「脳にいい栄養」「NAD⁺を守るサプリ」は、ただの流行ではなく、科学的根拠がある


🌟 最後にまとめると…

✅ 神経細胞はグルコースを自分ではあまり使わず、アストロサイトにエネルギー作りを任せている
✅ その理由は、NAD⁺を守ってミトコンドリアをキレイに保つため
✅ NAD⁺が減ると、ミトファジーができなくなり、脳も体も不調になる
✅ NAD⁺を補うNMNや、乳酸・ケトン体をうまく使う仕組みが注目されている
✅ 脳と代謝のバランスを保つことが、認知症や生活習慣病の予防・治療に大切になる


このように、私たちの脳は「ただエネルギーを作る」だけではなく、「どう守るか」「どう無駄遣いしないか」という極めて賢い戦略を取っているのです。

健康の鍵は、“脳のエネルギー管理術”にあるのかもしれませんね。


2025/08/16

健康講座906 「腸内細菌が食欲を操る?工業化された食事が引き起こす“食べすぎ”の正体とは」― マイクロバイオーム・腸・脳軸から読み解く最新研究

 皆さんこんにちは。

今回は、2025年7月17日に発表された最新のレビュー論文「Industrialized diets modulate host eating behavior via the microbiome–gut–brain axis(工業化された食事は腸内細菌叢―腸―脳軸を介して宿主の摂食行動を調節する)」について、皆さんにわかりやすく、やさしく、丁寧に解説していきたいと思います。

腸内細菌や脳と食事の関係については、ここ数年で急速に注目を集めており、「腸は第二の脳」とも呼ばれるほどです。この論文は、特に「工業化された食事(industrialized diet)」、つまり私たちが日常的に摂っている加工食品が中心の食生活が、どのように腸内細菌と脳に影響を与え、食欲や満腹感、さらには過食などの異常行動を引き起こすのかを丁寧に整理しています。



【1】腸内細菌と脳の関係 ―「マイクロバイオーム―腸―脳軸(microbiome–gut–brain axis)」とは?

まず、腸内には数百兆個の微生物(主に細菌)が生息しており、これをまとめて「腸内マイクロバイオーム(gut microbiome)」と呼びます。この腸内細菌たちは単なる“消化の助け”にとどまらず、私たちの行動や感情、さらには「食べたいもの」や「満腹感」にまで影響を及ぼすことがわかってきました。

この腸内細菌と脳が相互にやり取りをしているシステムを「腸―脳軸(gut–brain axis)」、さらに腸内細菌まで含めたものを「マイクロバイオーム―腸―脳軸」といいます。

この軸は以下のような方法で相互にコミュニケーションを取っています:

  • 神経系:迷走神経を通して腸の状態が脳に伝わる。

  • 内分泌系(ホルモン):腸内でGLP-1、PYY、グレリンなどのホルモンが分泌され、満腹感や空腹感を脳に伝える。

  • 免疫系:腸内で起こる炎症や免疫反応が脳の状態や行動に影響する。


【2】食事の質と腸内細菌の関係 ― なぜ「工業化された食事」が問題なのか?

「工業化された食事(industrialized diet)」とは、以下のような特徴を持つ現代の食生活を指します:

  • 高脂肪・高糖質

  • 食物繊維が少ない

  • 加工食品が多く、添加物や保存料を含む

  • 栄養バランスが偏っている

このような食事を続けていると、腸内細菌のバランスが崩れ(腸内フローラの「ディスバイオーシス(dysbiosis)」)、悪玉菌が増えたり、多様性が失われたりします。

結果として以下のような現象が起こります:

  • 炎症の促進:腸のバリア機能が壊れ、細菌由来の毒素(LPSなど)が血中に漏れ出し、全身炎症が起こる。

  • 満腹感の低下:腸内細菌が満腹に関与するホルモンの分泌を妨げる。

  • 報酬系の活性化:ドーパミン系を過剰に刺激し、「もっと食べたい」という強い欲求が生まれる。

こうした影響は「過食」「依存的な食行動」「肥満」などを引き起こし、最終的には糖尿病や心血管疾患などのメタボリック症候群へとつながっていきます。


【3】腸内細菌が作る「代謝物(metabolites)」の力

腸内細菌は、私たちが食べたものを発酵・分解し、さまざまな「代謝物(metabolites)」を作ります。

これらの代謝物は、腸の細胞や迷走神経、さらには脳にまで影響を与えます。

代表的な代謝物:

代謝物名 働き
短鎖脂肪酸(SCFAs:酢酸・酪酸・プロピオン酸) 腸のバリアを強化、満腹ホルモンの促進、抗炎症作用
トリプトファン代謝産物(インドールなど) セロトニン分泌の調整、気分や感情の調節
二次胆汁酸 脂肪代謝やホルモン分泌の調整

特に短鎖脂肪酸は重要で、食物繊維を豊富に含む食事をとることで腸内細菌がこれを生成し、体全体に良い影響をもたらします。


【4】どうして「食べすぎてしまう」のか? ― マイクロバイオームからの影響

現代人の多くが悩む「つい食べ過ぎてしまう」「お腹いっぱいなのにスイーツが食べたくなる」といった行動も、腸内細菌が関係しているかもしれません。

  • 高脂肪・高糖質の食事 → 腸内細菌が報酬系を刺激する代謝物を作りやすくなる

  • 満腹ホルモン(GLP-1やPYY)が減少 → 満腹感が感じにくくなる

  • 一部の細菌は「自分に有利なエサ(脂質や糖質)」を宿主に欲しがらせる可能性がある

つまり、「私が食べたくて食べている」のではなく、「腸内細菌が欲しがっている」のかもしれない、ということです。


【5】論文の結論:これからの研究と私たちへの影響

本論文の著者たちは次のように提案しています:

  • 工業化された食生活は、腸内細菌を介して私たちの食欲や食行動を変えてしまう。

  • この変化は、神経・ホルモン・免疫といった複数の経路で脳に影響を与え、悪循環を生み出す。

  • しかし、これを理解することで、過食や肥満、摂食障害などの予防や治療につながる可能性がある。

特に重要なのは、「腸内細菌を整えること」が食行動やメンタルヘルスを整える大きな鍵になり得るという点です。


【6】私たちができること:腸内環境を整える食生活とは?

日々の食事で以下のことを意識すると良いとされています:

✅ 食物繊維を意識して摂る(野菜・果物・全粒穀物・海藻類)

✅ 発酵食品(ヨーグルト・納豆・キムチ・味噌など)を取り入れる

✅ 加工食品・砂糖・揚げ物・人工甘味料の摂取を控える

✅ よく噛んで食べ、満腹感を感じる時間を確保する

✅ 規則正しい生活と適度な運動


【まとめ】

  • 工業化された食事は腸内細菌を変化させ、満腹感や食欲に影響を与えます。

  • 腸内細菌が作る代謝物が、神経・ホルモン・免疫系を通じて脳に信号を送り、私たちの「食べたい」「満腹」「もっと欲しい」といった感情や行動をコントロールしている可能性があります。

  • 私たちが健康的な食生活を選ぶことは、単なる栄養補給にとどまらず、「脳と心を守る行動」でもあるのです。



2025/08/15

健康講座 905 「食事を抜くと低血糖になる?—空腹時の血糖値管理と糖新生のメカニズム」

 

皆さん、こんにちは!小川糖尿病内科クリニックです

今日は、"食事を抜くと低血糖になる"という誤解についてお話しします。糖尿病の管理をする上で、この誤解はよく見られるものですが、実際のところはどうでしょうか?科学的な根拠に基づいて、分かりやすく解説していきます。



【目次】

  1. 低血糖とは何か?
  2. 空腹時の血糖値の仕組み
  3. 糖新生のメカニズム
  4. 空腹時の推奨食事選択
  5. 結論
  6. 参考文献

1. 低血糖とは何か?

低血糖とは、血糖値が通常の範囲よりも低くなる状態を指します。一般的には、血糖値が70 mg/dL(3.9 mmol/L)以下になると、低血糖と診断されます【1】。低血糖は糖尿病治療の一環として起こることがあり、特にインスリンや血糖降下薬を使用している人に多く見られます。しかし、食事を抜くことで低血糖が必ず起こるというわけではありません。


2. 空腹時の血糖値の仕組み

空腹時に体内で何が起こるのでしょうか?実は、私たちの体は非常に優れたシステムを持っており、食事を摂らなくても血糖値を一定に保つ機能があります。これには主に糖新生というプロセスが関わっています。


3. 糖新生のメカニズム

糖新生は、体が空腹時に血糖値を維持するためのプロセスです。糖新生がどのように行われるのか、順を追って説明しましょう。

  1. グリコーゲンからの糖生成: 空腹時、肝臓に蓄えられたグリコーゲンが分解されて糖に変わり、血糖値を維持します【2】。

  2. 脂肪からの糖生成: グリコーゲンの貯蔵が減少すると、次に脂肪がエネルギー源として使われます。脂肪はケトン体に変わり、これが脳や筋肉にエネルギーを供給します【3】。

  3. 蛋白質からの糖生成: 最後に、必要に応じて筋肉などの蛋白質が分解されて糖新生に利用されます。これは体が極限状態にある場合に起こるプロセスで、通常の生活ではここまで行くことは稀です【4】。


4. 空腹時の推奨食事選択

空腹時に血糖値を急上昇させず、満腹感を得られる食事の選択肢として、以下のようなものがあります。

  • ゆで卵: 良質なたんぱく質と脂肪を含み、血糖値を急激に上げることなく、持続的なエネルギー供給が可能です【5】。

  • ナッツ: 健康的な脂肪が豊富で、少量で満腹感が得られます。ナッツはまた、血糖値の急上昇を防ぎ、長時間にわたってエネルギーを提供します【6】。

  • サラダチキン: 低脂肪で高たんぱく質な選択肢として優れています。特に糖質が少ないため、血糖値を安定させたい場合におすすめです【7】。


5. 結論

食事を抜いたからといって必ずしも低血糖になるわけではなく、体は空腹時にも血糖値を維持するためのシステムを備えています。糖新生のプロセスを活性化させることで、食事を抜いた場合でも血糖値を安定させることが可能です。

空腹時には、血糖値を急激に上げない食事を選び、満腹感を得ることが健康的な生活を維持する鍵となります。ゆで卵やナッツ、サラダチキンなどを取り入れることで、血糖値の急上昇を避けつつ、エネルギーをしっかりと補給しましょう。


6. 参考文献

  1. American Diabetes Association. (2020). Hypoglycemia (Low Blood Glucose). Retrieved from https://www.diabetes.org/diabetes/medication-management/blood-glucose-testing-and-control/hypoglycemia
  2. Cryer, P. E. (2007). Hypoglycemia, functional brain failure, and brain death. The Journal of Clinical Investigation, 117(4), 868-870.
  3. Cahill, G. F. (2006). Fuel metabolism in starvation. Annual Review of Nutrition, 26, 1-22.
  4. Wolfe, R. R. (2006). The underappreciated role of muscle in health and disease. The American Journal of Clinical Nutrition, 84(3), 475-482.
  5. Pereira, M. A., et al. (2004). Egg consumption, cholesterol, and heart disease risk: a review of the evidence. The American Journal of Clinical Nutrition, 80(5), 1079-1087.
  6. Sabaté, J., & Ang, Y. (2009). Nuts and health outcomes: new epidemiologic evidence. The American Journal of Clinical Nutrition, 89(5), 1643S-1648S.
  7. Li, Y., et al. (2014). Chicken intake and risk of coronary heart disease: A meta-analysis of prospective cohort studies. The American Journal of Clinical Nutrition, 100(3), 722-728.

2025/08/14

健康講座904 「糖尿病治療の新時代:基礎インスリン+GLP-1RAの固定配合注射(FRC)まとめと使いどころ」

 皆さんこんにちは。

今回は、2025年7月に発表された論文
「基礎インスリンとGLP-1受容体作動薬の固定配合注射療法の臨床試験のまとめ」
について、難しい言葉をかみ砕いて、やさしく、シンプルに解説します。



1. どんな話の論文なの?

糖尿病の注射治療としてよく使われる「基礎インスリン」と「GLP-1受容体作動薬(GLP-1RA)」を、1本の注射にまとめた「固定比率配合製剤(FRC)」について、世界中で行われたランダム化比較試験(RCT)の結果を振り返り、

  • どういう人に向いているのか?

  • どんな効果や副作用があるのか?

  • 今後の治療のヒントは?

をわかりやすく整理したレビュー論文です。


2. FRCって何?

FRC(Fixed-Ratio Combination)とは、以下の2つをセットにした1日1回または週1回の注射薬です:

  • 基礎インスリン(Basal Insulin):主に空腹時血糖を下げる

  • GLP-1RA:食後の血糖値を抑える。体重減少や食欲抑制効果もある

もともと別々に使われていた薬を、1本にまとめて使いやすくしたのがFRCです。


3. 今あるFRCの種類

◆ 毎日使うタイプ

  1. IDegLira(インスリンデグルデク+リラグルチド)

  2. iGlarLixi(インスリングラルギン+リキシセナチド)

◆ 週1回使うタイプ(開発中)

  1. IcoSema(インスリンイコデク+セマグルチド)


4. FRCの効果と特徴は?

項目 基礎インスリン単独 GLP-1RA単独 FRC(2剤合体)
空腹時血糖の低下 ◎◎◎
食後血糖の低下 ◎◎◎
HbA1cの低下 ◎◎◎◎◎
低血糖のリスク ↑(やや上がる) →(あまり変わらない) →または↑(人による)
体重 ↑(太りやすい) ↓(痩せやすい) →または↓(安定または減る)

FRCは、効果が高く、副作用(体重増加や低血糖)のリスクを抑えられる可能性があります。


5. 主要な臨床試験の結果(ざっくり)

◉ IDegLira(DUAL試験)

  • 血糖コントロール(HbA1c)が大きく改善

  • 体重は増えにくい、むしろ減ることもある

  • 低血糖のリスクも抑えられる

  • 特に1日50単位以下のインスリンを使っていた人に効果的

  • ただし「GLP-1RAの量」がインスリンの量に比例しているので、肥満の人にはGLP-1の効果が足りない場合あり

◉ iGlarLixi(LixiLan試験)

  • 食後の血糖が特に朝にしっかり下がる

  • 体重は軽く減ることもある

  • 低血糖はあまり増えない

  • GLP-1RA(リキシセナチド)は短時間型で、朝食後には強いが、夕食後は効果が落ちる

  • 朝がっつり食べる人には向いているが、夜の血糖には弱い

◉ IcoSema(COMBINE試験)

  • 週1回注射できるタイプで、新しい選択肢

  • HbA1cをよく下げる+体重も減る+低血糖が少ない

  • 基礎インスリン単独やGLP-1単独よりも優れている

  • ただし効果が出るまでに数週間かかる(18週間くらい)

  • GLP-1RAの量が少なめ(0.5mg/週)で、肥満が強い人には効果が足りない可能性あり


6. FRCに向いている人・向いてない人

◎ 向いている人

  • すでに経口薬だけではコントロールできない

  • インスリンを使っているが効果が不十分な人

  • GLP-1RAを使っているがHbA1cが高い

  • 簡単な治療を希望する人(注射1本で済む)

△ 向いていない人

  • 肥満が強くGLP-1RAを高用量使いたい人

  • インスリンが1日60単位以上必要な人

  • 食事パターンが夜に炭水化物を多くとる人(iGlarLixiは夜に効きにくい)


7. 別々に注射する方がいい場合もある?

はい。FRCは便利ですが、

  • GLP-1RAの量がインスリン量に比例する

  • 必要な量を個別に調整しにくい

  • GLP-1RAの吸収が少し落ちる(毎日FRCでは11〜34%吸収が少ないことも)

などの理由で、別々に注射して個別に調整した方がよい人もいます


8. 最後に:どんな教訓が得られたか?

  • FRCは便利で効果的な選択肢だが、「万能」ではない

  • 肥満や高インスリン需要の人には向かない可能性もある

  • GLP-1RAの効果は薬の種類で大きく違う(長時間型のリラグルチド vs 短時間型のリキシセナチド)

  • 簡単に治療を開始できる点は魅力的

  • 高齢者や多剤注射中の人の「治療の簡略化」にも有用


まとめ

FRC製剤は、「基礎インスリン+GLP-1RA」を1本にまとめた注射で、
HbA1cを下げつつ、体重増加や低血糖のリスクを抑える新しい選択肢です。

  • 便利さや安全性を求める人には◎

  • ただし、効果を最大限引き出すには個別投与が必要なこともある

  • 特に「肥満」「高インスリン需要」「GLP-1の強い効果を狙いたい」人には注意が必要です。

今後の治療選択の一助となれば幸いです。



2025/08/13

健康講座903 🫀「糖尿病が心臓をむしばむメカニズムとは?」 ― マイクロRNAが鍵を握る糖尿病性心筋症の最新研究をやさしく解説 ―

 




皆さんこんにちは。

今回は、糖尿病が心臓に与える影響、特に「糖尿病性心筋症(Diabetic Cardiomyopathy, DCM)」と呼ばれる病態に焦点を当て、近年注目されている**「マイクロRNA(miRNA)」**の関与について詳しく解説します。

この内容は、2025年7月に発表された最新の総説論文に基づいています。論文では、動物モデルやヒトの研究データを用いて、マイクロRNAがどのようにDCMの発症・進展に関与しているのかを体系的にまとめており、今後の診断・治療の鍵となる可能性が示されています。


🔷 目次

  1. 糖尿病と心臓の病気:背景と課題

  2. 糖尿病性心筋症(DCM)とは?

  3. マイクロRNAとは?その基本と機能

  4. miRNAが関与する5つの病態メカニズム

  5. miRNAの具体的な役割と候補リスト

  6. 診断バイオマーカーとしての可能性

  7. miRNAを標的とした治療戦略

  8. 動物研究とヒト研究の比較

  9. 今後の課題と展望

  10. まとめと図解一覧


1. 糖尿病と心臓の病気:背景と課題

糖尿病は単なる血糖の病気ではなく、全身の血管や臓器に深刻な影響を及ぼす疾患です。その中でも、心臓への影響は特に深刻であり、心筋梗塞や狭心症の原因となる「虚血性心疾患」とは別に、糖尿病が直接心筋を傷める病態が存在します。

それが「糖尿病性心筋症(DCM)」です。


2. 糖尿病性心筋症(DCM)とは?

DCMは、明確な冠動脈疾患や高血圧がなくても発症し、糖尿病に伴って心筋が障害される病気です。

◼ 主な特徴

病態 内容
心筋肥大(hypertrophy) 心筋細胞が大きくなり心臓が分厚くなる
心室リモデリング 左心室の形がいびつになり機能低下する
拡張障害・収縮障害 心臓の拡がりや収縮がうまくできなくなる
線維化 心筋の中に硬い繊維組織が増え、柔軟性が失われる
心不全へ進行 最終的にポンプ機能が破綻し、息切れ・むくみなどの心不全症状が現れる



3. マイクロRNAとは?その基本と機能

◼ 定義

マイクロRNA(miRNA)は、長さ約20〜25塩基の非常に短い非コードRNAであり、直接タンパク質を作ることはありません。

しかし、他の遺伝子の転写・翻訳を調整することで、さまざまな細胞機能に影響を与えます。

◼ miRNAの働き

  1. mRNAの分解

  2. 翻訳の抑制

  3. 遺伝子発現の調節

そのため、「細胞内のスイッチ」のような役割を果たします。


4. miRNAが関与する5つの病態メカニズム

糖尿病性心筋症の病態には、以下の5つのプロセスが複雑に絡み合っています。
マイクロRNAはこれら全てに深く関わっています。

病態メカニズム miRNAの関与例
炎症(inflammation) miR-146a、miR-155
アポトーシス(細胞死) miR-15系、miR-34a
パイロトーシス(炎症性細胞死) miR-223
酸化ストレスとミトコンドリア障害 miR-210、miR-503
線維化(fibrosis) miR-21、miR-29

5. miRNAの具体的な役割と候補リスト

研究で特に注目されているmiRNAを以下に示します。

miRNA名 関与する機構 役割
miR-21 線維化促進 心筋の線維化を強く誘導する
miR-34a アポトーシス 心筋細胞の死を誘導
miR-155 炎症促進 免疫応答を活性化
miR-146a 炎症抑制 炎症反応のブレーキ役
miR-503 血管新生抑制・酸化ストレス 毛細血管の機能障害を招く
miR-210 ミトコンドリア代謝 心筋のエネルギー効率に関与

6. 診断バイオマーカーとしての可能性

✔ なぜmiRNAが注目されるのか?

  • 血液中に存在し、採血で測定できる

  • 病態の早期段階で変動する

  • 安定しており、保存や測定が容易

たとえば、心エコーで異常が出るより前にmiRNAの変化が確認できれば、早期診断が可能となります。


7. miRNAを標的とした治療戦略

◼ 基本的なアプローチ

  1. **アンチセンスオリゴ(ASO)**でmiRNAを抑制する

  2. miRNAミミックで不足しているmiRNAを補う

◼ 将来期待される治療例

標的miRNA 治療目的 方法
miR-21 線維化抑制 miR-21阻害剤
miR-34a 細胞死抑制 アンチmiR-34a薬
miR-146a 抗炎症 miR-146aミミック

ただし、副作用や標的選択性の問題もあり、臨床応用にはさらなる検証が必要です。


8. 動物研究とヒト研究の比較

観点 動物研究 ヒト研究
利点 遺伝子操作が可能 / 組織取得が容易 実際の病態に近い
課題 ヒトに完全には当てはまらない 症例数が少ない / サンプル取得が困難

現在のところ、多くのmiRNA研究はマウスやラットを使った動物実験が中心であり、ヒトでの大規模な前向き研究が必要とされています。


9. 今後の課題と展望

✅ まだmiRNAの全貌は解明されていない
✅ ヒトでの再現性や臨床的有用性を高める必要がある
✅ 「どのmiRNAを、どの段階で、どの程度調整すべきか」は未解明

一方で、

  • 血液検査での早期診断

  • 患者ごとにmiRNAプロファイルを調べて治療を調整する「個別化医療」

  • 新しいRNA治療薬の開発

といった将来像がすでに現実味を帯びてきています。


10. まとめと図解一覧

💡 ポイントまとめ

  • DCMは糖尿病の合併症の1つで、心臓の構造や機能に深刻な影響を及ぼす

  • マイクロRNAは炎症・細胞死・線維化など多くのプロセスに関与

  • 早期診断や新しい治療法としての可能性が期待されている


📊 図解一覧

図1:糖尿病性心筋症(DCM)の進行メカニズム

高血糖
   ↓
マイクロRNAの異常発現
   ↓
① 炎症反応↑
② 細胞死↑
③ 酸化ストレス↑
④ 線維化↑
   ↓
心筋肥大 → 拡張障害 → 収縮障害 → 心不全

図2:注目されているmiRNAとその役割

miRNA 主な作用 影響
miR-21 線維化促進 心臓の硬化・心機能低下
miR-34a アポトーシス誘導 心筋細胞の喪失
miR-146a 炎症抑制 炎症の緩和
miR-155 炎症促進 心筋の損傷促進
miR-210 ミトコンドリア障害 エネルギー代謝異常
miR-503 血管新生抑制 微小循環障害

✉️ おわりに

マイクロRNAは、今後の糖尿病性心筋症の診断・予防・治療の重要な鍵を握る分子です。
特に「症状が出る前」に異常が起きることが知られており、サイレントな病気を可視化するツールとして期待が高まっています。

今後の研究が進むことで、より早く、より的確に患者さんを守ることができるかもしれません。


2025/08/12

健康講座902 RAS阻害薬とSGLT2阻害薬の併用が糖尿病と高血圧患者の腎臓と寿命を救う?

 皆さんこんにちは。

今回は、2025年7月に発表された最新の研究論文
「Effects of RAS and SGLT2 inhibitors alone or in combination on end-stage kidney disease and/or all-cause death in patients with both diabetes and hypertension」
(糖尿病と高血圧を併せ持つ患者におけるRAS阻害薬およびSGLT2阻害薬の単独または併用による末期腎疾患および全死亡への影響)
について、専門用語をわかりやすく解説しながら、優しく丁寧にご紹介していきます。


🩺この研究は何を調べたの?

糖尿病と高血圧を持っている人は、腎臓の機能が悪くなりやすく、最終的には人工透析が必要になる「末期腎疾患(End-Stage Kidney Disease: ESKD)」になるリスクが高くなります。また、心臓や血管の病気も起こりやすく、寿命にも影響してしまうことがあります。

この研究では、

  • RAS阻害薬(レニン–アンジオテンシン–アルドステロン系阻害薬)

  • SGLT2阻害薬(ナトリウム・グルコース共輸送体2阻害薬)

という2つの薬が、「腎臓を守ったり、死亡率を下げることにどのくらい役立つのか」を調べました。

しかも今回は、「単独で使うとどうか?」「併用したらもっと良いか?」という、実臨床でとても気になるテーマです。


🧪研究の方法(Method)

韓国の**全国健康保険データベース(NHID)**を使って、

  • 2015年〜2017年の期間に

  • 2型糖尿病高血圧を持つ

  • 26万1,783人を対象に調査しました。

そして、薬の使い方で以下の4グループに分けました:

グループ 処方内容
1. 参照群 RAS阻害薬もSGLT2阻害薬も使っていない
2. SGLT2群 SGLT2阻害薬のみ
3. RAS群 RAS阻害薬のみ
4. 併用群 RAS阻害薬+SGLT2阻害薬の両方を使っている

平均して約5.38年間追跡し、以下をチェックしました:

  • 末期腎疾患(ESKD)の発症

  • 全死亡率

  • 上記の複合アウトカム(どちらかを起こした場合)


📊結果のまとめ

結果の項目 参照群と比較したハザード比(HR)
ESKD発症 併用群のみがHR 0.63(ただし統計的に有意ではない)
死亡率 併用群とSGLT2群が大きく改善(HR 0.68)
複合アウトカム 併用群が最も効果大(HR 0.68)続いてSGLT2群(HR 0.71)RAS群は小さな効果(HR 0.96)

✔️ポイント:

  • SGLT2阻害薬は単独でも死亡率を明確に下げた(HR 0.68)

  • RAS阻害薬は効果があるものの控えめ

  • SGLT2+RASの併用は最も効果が高い可能性がある


🔍各薬剤のメカニズムを簡単に解説

🧩RAS阻害薬とは?

血圧を上げたり腎臓の血管を収縮させたりするホルモン系「RAS(レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系)」をブロックする薬です。

  • ACE阻害薬(例:エナラプリル)

  • ARB(例:ロサルタン)

💡効果:血圧を下げる、尿タンパクを減らす、腎臓の負担を減らす


🧩SGLT2阻害薬とは?

腎臓で糖を尿に出す働きをする「SGLT2」というタンパク質をブロックし、尿から糖を出すことで血糖値を下げる薬です。

  • ダパグリフロジン

  • エンパグリフロジン

💡効果:血糖コントロール、体重減少、利尿作用、心臓や腎臓を守る作用も報告多数


💡この研究の意義

この研究は、実際の医療データ(リアルワールドデータ)を使って、**「どの薬の組み合わせが一番、腎臓を守り、寿命を延ばすか?」**を評価しています。

結果として、

  • SGLT2阻害薬は明確な死亡率低下

  • RAS阻害薬は控えめな効果

  • 両方使うとさらに良いかもしれない(特に複合アウトカム)

という結論に至りました。


⚠️注意点と限界

この研究にもいくつか注意点があります:

  • 観察研究であり、ランダム化比較試験ではないため、因果関係は断定できない

  • RAS阻害薬やSGLT2阻害薬の使用量や服薬継続率、用量などの詳細までは不明

  • 特定の人種・国のデータ(韓国)なので、他の地域での一般化は慎重に


🎯まとめ:何がわかったの?

ポイント 結論
SGLT2阻害薬単独 明確な死亡リスク低下(HR 0.68)
RAS阻害薬単独 効果はあるが控えめ(HR 0.96)
併用療法 最も効果的である可能性(複合アウトカムHR 0.68)
ESKD単独の抑制 併用群が最も低いHR(0.63)だが有意ではなかった
臨床的意義 糖尿病+高血圧患者にはSGLT2阻害薬を積極的に使うべき。さらにRAS阻害薬との併用が望ましい可能性あり。

📝医療者・患者さんへメッセージ

糖尿病と高血圧を持つ人は、腎臓や心臓の病気を防ぐことがとても大切です。今回の研究は、SGLT2阻害薬が命を守る効果があることを改めて示し、さらにRAS阻害薬との併用がより良い可能性があることを教えてくれました。

現場の治療では「血圧は下がってるからもうRAS阻害薬はいらないかな…」「SGLT2はまだ新しいし不安…」という声もありますが、実際の効果とエビデンスをしっかり見て判断することが求められます。




2025/08/11

健康講座901 「減塩+カリウムアップ」で血圧を守る食べ方とは 〜魚介スープの意外な健康効果と、今日からできる減塩習慣〜

 

皆さんこんにちは。

今回は、「高血圧対策としての減塩の重要性」と「ラーメンと食塩の関係」について、最新の研究結果をもとに、わかりやすく解説していきます。
ラーメンは日本人にとってとても身近で人気のある食べ物ですが、食塩が多く含まれていることをご存じですか?
「ラーメン=血圧に悪い」と思っている方も多いかもしれませんが、実は“魚介スープのラーメン”には、血圧を上げにくい可能性があるという研究結果も出ています。
今回はその真相について、食塩とカリウムの関係も含めて、やさしく解説します。


高血圧と塩分の関係 〜塩をとりすぎるとどうなる?〜

まず、「高血圧(こうけつあつ)」とは何かを確認しておきましょう。
高血圧とは、血管の中を流れる血液の圧力が常に高い状態のことです。この状態が長く続くと、心臓や血管に負担がかかり、心筋梗塞(しんきんこうそく)や脳梗塞(のうこうそく)などの大きな病気のリスクが高くなります。

そして、この高血圧の大きな原因の1つが 「塩分(ナトリウム)」のとりすぎ です。
日本人は味噌、醤油、漬物、そしてラーメンなどの麺類などから、塩分を多く摂る傾向があります。

▽ どうして塩分をとりすぎると血圧が上がるの?

塩分(ナトリウム)をとりすぎると、体はそれを薄めるために水分を溜め込もうとします。
その結果、血液の量が増えて血管にかかる圧力(=血圧)が上がるのです。


カリウムの役割 〜ナトリウムを外に出す助け役〜

では、塩分をとったら終わりかというと、そうではありません。
体にはナトリウムの量を調節する仕組みがあります。
そのときに重要な働きをするのが「カリウム」という栄養素です。

▽ カリウムのすごい力

カリウムは、ナトリウム(塩分)を体の外に出すのを助ける働きがあります。
つまり、カリウムをしっかりとると、塩分を体から排出できて、血圧が下がりやすくなるのです。

このように、**「ナトリウムを減らす」「カリウムを増やす」**という2つの対策が、高血圧の予防にはとても大切です。


ラーメンと塩分 〜なぜラーメンが問題になるの?〜

ここからはラーメンの話に移ります。
ラーメンには、「スープにたっぷりの塩分が含まれている」ことが多く、1杯で1日の塩分摂取目安(6g未満)を超えてしまうことも珍しくありません。

▽ 人気ラーメン店のラーメンを調べてみたら…

京都府立大学の研究チームは、京都市内の人気ラーメン店24店舗のラーメンを調査しました。
食べログで高評価を得ている店舗から、合計52食分のラーメン(スープ・具材を含む)を集めて、以下の成分を測定しました。

  • 食塩の量(ナトリウム)

  • カリウムの量

  • そのバランス(ナトリウム/カリウム比=ナトカリ比)

▽ ナトカリ比とは?

ナトカリ比とは、「ナトリウムの量 ÷ カリウムの量」で表される数値です。
この値が高いほど「塩分が多く、カリウムが少ない=血圧に悪い食事」と判断されます。
逆にナトカリ比が低ければ、「塩分が少なく、カリウムが多い=血圧にやさしい食事」です。


魚介スープのラーメンは、実は“血圧にやさしい”かも?

研究の結果、ラーメン全体では1杯あたりの平均食塩量が 6.7g で、カリウム量は 448mg、ナトカリ比は 10.7 でした。
この数値は、高血圧の予防には「やや不利」といえます。

しかし、スープの出汁(だし)の種類によってナトカリ比に差があることがわかりました。

出汁の種類 ナトカリ比 塩分(ナトリウム) カリウム
魚介系(煮干し・鰹節など) 最も低い(血圧にやさしい) 少ない 多い
鶏ガラ系 中間 やや多い やや少ない
豚骨系 最も高い(血圧に悪い) 多い 少ない

▽ なぜ魚介系スープが良いの?

  • 魚介からとったスープには、カリウムがたっぷり含まれている

  • カリウムには「塩味を強く感じさせる効果」があるため、少ない塩でもおいしく感じられる
    → その結果、使う食塩の量を減らせるのです。


ラーメンを食べたい人へのアドバイス

「血圧が高いけど、どうしてもラーメンが食べたい!」という方に向けて、以下の工夫を紹介します。

● スープを全部飲まない

ラーメンの塩分の大半はスープに含まれています。
スープを残すだけで、塩分摂取を半分以下に抑えることができます。

● 野菜を一緒に食べる

野菜にはカリウムが豊富です。
サイドメニューでサラダやゆで野菜を加えたり、トッピングに野菜を選ぶことで、ナトカリ比が改善されます。

● 魚介スープのラーメンを選ぶ

どうしてもラーメンを食べたいときは、魚介系スープを選ぶと、比較的カリウムが多く、血圧への悪影響を和らげやすいです。


どんな食事が塩分が多くなりやすいの?

東京大学の研究チームも、別の角度から「食塩が多くなりやすい食事」について調べました。
2,757人を対象に6万食以上のデータを解析した結果、以下のような傾向が明らかになりました。

塩分が多くなりやすい食事パターン

  • 麺類(ラーメン、うどん、そばなど)を主食とする食事

  • 汁物(味噌汁、スープなど)がある食事

  • 漬物をよく食べる食事

  • 加工肉・加工魚(ハム、ソーセージ、かまぼこ、ちくわなど)を含む食事

  • 外食(特にレストランやラーメン店)

  • アルコールを伴う食事

  • 秋・冬など寒い季節

塩分が少ない傾向にある食事

  • 果物が含まれている


減塩のためにできること

食塩を減らすために、日常生活でできる工夫はたくさんあります。

▽ 控えるべき食品・調味料

  • 汁物(味噌汁、スープ)

  • 漬物

  • 加工肉・加工魚(ハム、ソーセージ、かまぼこなど)

  • 塩・醤油・味噌などの調味料をたくさん使うこと

▽ 積極的にとりたいもの

  • 野菜(特にカリウムの多いもの:ほうれん草、小松菜、にら、キャベツなど)

  • 果物(バナナ、キウイ、みかんなど)

  • 海藻(わかめ、昆布など)

  • いも類(じゃがいも、さつまいもなど)

  • 減塩調味料、酢や柑橘類の果汁

  • ハーブやスパイス(塩を使わずに風味を出す)


最後に:減塩+カリウムアップで、血圧と上手につきあう

私たちの食生活は、無意識のうちに塩分をとりすぎてしまいやすい傾向があります。
特にラーメンや外食が多い人、寒い季節に汁物や漬物を好む人は、知らず知らずのうちに血圧に負担をかけているかもしれません。

でも大丈夫。
「ナトリウムを減らす+カリウムを増やす」
この2つを意識するだけで、血圧のリスクを大きく減らすことができます。

そして、ラーメンも“全てが悪”ではありません。
魚介スープを選んだり、スープを残したり、野菜と一緒に楽しむなどの工夫をすることで、塩分を減らしながらおいしく食べることもできます。


参考文献・出典

  • 京都府立大学 農学食科学部 栄養科学科 奥田奈賀子教授
    「Na and K Content and Na/K Ratio of Ramen Dishes Served in Ramen Restaurants in Kyoto City, Japan」Dietetics誌 2025年6月3日

  • 東京大学大学院医学系研究科 社会予防疫学分野
    「Ecological momentary assessment of meal context and food types contributing to salt intake at meals」
    International Journal of Behavioral Nutrition and Physical Activity誌 2025年6月28日

  • 日本高血圧学会 減塩・栄養委員会

  • 日本高血圧学会 尿ナトリウム/カリウム比ワーキンググループ



2025/08/10

健康講座900 「糖尿病とゴマの力:ゴマ製品が心血管リスクを改善する可能性を探る最新研究(2025年メタ解析より)」




🌿皆さんこんにちは。

今回は、「糖尿病の人にとって、ゴマ(Sesamum indicum L.)がどれだけ体に良いのか?」というテーマで、2025年6月に発表された注目の論文をご紹介します。

この論文では、ゴマやゴマ油、ゴマリグナン(セサミンなど)といった**ゴマ製品に含まれる成分が、糖尿病患者の心臓や血管の健康にどんな効果をもたらすか?**を科学的に検証しています。

わかりやすく言えば、

「ゴマを食べることで、糖尿病の人の血糖値やコレステロール、血圧が良くなるの?」

という疑問に対して、これまでの信頼できる研究をすべて集めて統合(=メタアナリシス)し、統一的に評価したものです。


🧪この研究の目的

糖尿病の人は、**動脈硬化や心筋梗塞、脳梗塞などのリスクがとても高くなります。**そのため、血糖コントロールだけでなく、コレステロールや中性脂肪、血圧、炎症、酸化ストレスなど、幅広いリスク因子を同時にケアしていく必要があります。

最近では、薬だけでなく、**食品に含まれる「機能性成分=バイオアクティブ成分」**を利用して体の状態を改善しようという動きも活発になっており、そのひとつが「ゴマ(セサミ)」です。


🌰ゴマに含まれる注目の成分たち

ゴマの有効成分には以下のようなものがあります:

  • セサミン:抗酸化作用が強く、脂質代謝を改善

  • セサモール・セサミノール:肝臓を守る作用や抗炎症作用

  • 不飽和脂肪酸(オレイン酸など):血中脂質の改善に寄与

  • 食物繊維:血糖の上昇を穏やかにする

  • ビタミンE、フィトステロール:抗酸化と血管保護作用


🔍 研究の方法

この論文は「システマティックレビュー+メタアナリシス」という、最も信頼性の高い研究形式を採用しています。

  • 対象:糖尿病患者(主に2型糖尿病)

  • 調査内容:ゴマ製品がどのような健康指標に影響するか

  • 対象の研究数:13本(参加者731人)

  • 介入期間:6〜12週間

  • 評価方法:GRADE(エビデンスの信頼度評価)、コクランリスク評価、ランダム効果モデルによる統計解析

評価された指標は以下の通り:

分類 具体的指標
血糖指標 空腹時血糖、HbA1c、食後血糖
脂質指標 LDLコレステロール、総コレステロール、中性脂肪(TG)
酸化ストレス カタラーゼ(CAT)、スーパーオキシドディスムターゼ(SOD)
その他 肝機能、体重、炎症、血圧など(今回は影響が少なかったため割愛)

✅ 主な結果:ゴマはこんなにすごい

✅ 血糖に対する効果

  • 空腹時血糖(FPG):平均−28.48 mg/dL(有意に低下)

  • HbA1c(ヘモグロビンA1c):−0.98%(P=0.045)

  • 食後血糖(PPG):−15.90 mg/dL(P<0.001)

➡ たった6~12週間でこれだけ下がったのは驚きです。
HbA1cが1%下がると、合併症リスクは大きく減ると言われています。


✅ 脂質に対する効果

  • LDLコレステロール(悪玉):−29.72 mg/dL

  • 総コレステロール:−32.76 mg/dL

  • 中性脂肪(TG):−33.46 mg/dL

➡ 薬に近いレベルの改善が見られました。LDLが30mg/dL下がれば、心疾患リスクは10~20%低下すると言われています。


✅ 酸化ストレスに対する効果

  • カタラーゼ(CAT)活性:+3.41 U/mL

  • SOD(スーパーオキシドディスムターゼ)活性:+2.76 U/mL

➡ 酸化ストレスとは、体の細胞をサビさせるような反応のこと。糖尿病ではこれが進行しやすく、動脈硬化やがんの原因にもなるので、抗酸化酵素が上がるのは非常に良い兆候です。


🧭 GRADEによるエビデンスの評価は?

この論文では、医学ガイドラインでよく使われる「GRADE」方式で信頼度が評価されています:

  • 血糖や脂質改善の効果については、中程度〜高程度の信頼度

  • 酸化ストレスに関しても、明確な効果が確認されており、信頼性は高い

  • ただし、炎症マーカーや血圧、体重減少効果については、研究数が少なく、効果は限定的で、信頼度は低〜中程度


🍽 どうやってゴマを取り入れればいいの?

この研究では、以下のような形のゴマ製品が使われていました:

  • ゴマ油(セサミオイル)

  • 黒ゴマや白ゴマそのもの

  • セサミン・セサモールなどの抽出サプリ

  • ゴマ入りお菓子や食品

1日の摂取量としては、ゴマそのもので約30g(大さじ2杯程度)、またはセサミンのサプリで200〜400mg程度が多くの研究で使われています。


⚠ 注意点と限界

もちろん、「ゴマを食べれば糖尿病が治る」というわけではありません。以下の点に注意が必要です:

  • ゴマアレルギーがある方は摂取を避けること

  • 高カロリーなので摂り過ぎには注意(ゴマ油はとくに)

  • 薬との併用による低血糖の可能性も考慮する

また、この研究は13本の研究を統合したものですが、以下のような限界があります:

  • 対象者数が比較的少ない(合計731名)

  • 国や食文化による違い(主にアジア圏)

  • 摂取製品の種類が統一されていない(抽出物 vs.ゴマ油 vs.粒)

そのため、**今後はより大規模な臨床試験(RCT)**が必要とされています。


📝 結論:ゴマは「食べる健康サプリ」かもしれない

この論文の結論は以下の通りです:

「ゴマの摂取は、糖尿病患者の血糖、血中脂質、抗酸化機能を改善し、心血管疾患のリスクを低下させる可能性がある」

つまり、ゴマは薬ではないけれど、薬に近い効果を持つ「ニュートラシューティカル(食品由来の治療補助)」としての可能性があるということです。


🌟 最後に

糖尿病という病気は、「薬で血糖を下げるだけでは足りない」と、最近ますます注目されています。

食べるもの、生活習慣、心のケア、運動、睡眠…
すべてが絡み合って、少しずつ体を作り変えていきます。

その中で「ゴマ」は、小さな粒にたくさんの栄養と可能性を秘めた食品だと言えるでしょう。

これからも、こうした「食と健康」の最新研究を、わかりやすくお届けしていきます。



2025/08/09

健康講座899 「糖尿病と妊娠の安心ガイド:赤ちゃんとお母さんのために知っておきたい10のこと(2025年版)」

 皆さんこんにちは。

今回は、2025年7月に発表された最新のガイドライン「妊娠前から糖尿病がある方への診療ガイドライン(Endocrine SocietyとEuropean Society of Endocrinologyの共同ガイドライン)」をご紹介します。このガイドラインは、**妊娠前から糖尿病を持っている方(preexisting diabetes:PDM)**に対するケアの質を高め、母体と赤ちゃんの健康リスクを減らすことを目的としています。

糖尿病と妊娠は非常に重要なテーマであり、慎重な管理が必要です。ガイドラインには10の重要な推奨事項が含まれており、専門用語の解説を交えながら、わかりやすくご紹介していきます。



🌸1. 妊娠を希望するかどうかの確認(Pregnancy intention screening)

推奨内容:
糖尿病のあるすべての女性に対して、「妊娠を希望していますか?」という質問を、内科・糖尿病外来・婦人科などすべての診療の場で毎回尋ねましょう。

理由:
この「妊娠の意思確認」を行うことで、妊娠前から血糖コントロール(HbA1cなど)を良好に保ち、胎児の先天異常や妊娠合併症のリスクを減らす「プレコンセプションケア(Preconception Care:PCC)」に早くつなげられます。


🌸2. 妊娠を希望しない場合は避妊の推奨

推奨内容:
妊娠を希望しない場合は、適切な避妊法の使用を推奨します。

理由:
糖尿病がある方にとって、妊娠を計画的に行うことがとても大切です。避妊もプレコンセプションケアの一部として考えられ、計画外の妊娠によるリスク(血糖コントロール不良のまま妊娠することによる合併症など)を回避できます。


🌸3. GLP-1受容体作動薬(GLP-1RA)の使用中止時期

推奨内容:
2型糖尿病(T2DM)の方がGLP-1受容体作動薬を使用している場合は、妊娠前に中止することが推奨されます(妊娠判明後ではなく、その前に)。

理由:
GLP-1RAは胎児への安全性が確立していないため、リスクを避けるためにも事前の中止が望ましいとされています。


🌸4. 妊娠中のインスリン+メトホルミン併用に関して

推奨内容:
2型糖尿病の妊婦さんがインスリンを使用中であっても、ルーチーンでメトホルミンを追加することは推奨されません。

理由:
メトホルミンを加えることで、胎児の体重が大きくなるリスクは下がるかもしれませんが、一方で小さすぎる赤ちゃんや、成長発達への影響の可能性もあるため、安全性が確定していない段階では推奨されません。


🌸5. 妊娠中の炭水化物制限(Carbohydrate Intake)

推奨内容:
妊娠糖尿病のある方に対して、1日の炭水化物量が175g未満でも以上でも、どちらでもよいとしています(明確な制限を設けず、個別対応)。

理由:
現在のエビデンスでは、厳密な炭水化物制限の有効性や安全性が十分に証明されておらず、メリット・デメリットが明確でないためです。


🌸6. 血糖測定方法:持続血糖測定(CGM)か自己測定(SMBG)か

推奨内容:
T2DMの妊婦さんには、CGM(持続血糖測定器)またはSMBG(自己血糖測定)どちらでも可としています。

理由:
T1DM(1型糖尿病)ではCGMによる良好な妊娠転帰が示されていますが、T2DMでは直接的なデータは少なく、間接的なデータに基づいた推奨です。今後の研究が待たれます。


🌸7. CGMのターゲット設定について

推奨内容:
CGM使用中でも、「24時間平均140mg/dL以下」を単独で目標にするのではなく、以下の従来の目標範囲を使用すべきです:

  • 空腹時:95mg/dL未満

  • 食後1時間:140mg/dL未満

  • 食後2時間:120mg/dL未満

理由:
24時間平均だけでは、食後高血糖や空腹時高血糖を見逃すリスクがあります。妊娠中は時間帯ごとの血糖管理が重要です。


🌸8. T1DM妊婦さんへのハイブリッドクローズドループ(HCL)ポンプ

推奨内容:
T1DMの妊婦さんには、ハイブリッドクローズドループポンプの使用が推奨されます。

用語解説:

  • HCLポンプ: CGMとインスリンポンプが連動し、自動でインスリン投与を調整する装置。

  • 従来型ポンプ: 手動でインスリン量を調整する。

理由:
HCLポンプの使用で、血糖が目標範囲内にある時間が延び、低血糖も減るというデータがあり、より良い妊娠管理が期待されます。


🌸9. 出産時期の判断

推奨内容:
PDMの妊婦さんでは、38週以降の待機的分娩よりも、早期のリスク評価に基づいた分娩時期の決定を推奨します。

理由:
妊娠後期の合併症(胎児死亡、羊水過多、巨大児など)を防ぐために、リスクを考慮して適切な出産時期を決めることが重要です。


🌸10. 出産後のフォローアップ

推奨内容:
出産後は、通常の産科フォローだけでなく、内分泌(糖尿病)専門のフォローアップも行うべきとされています。

理由:
出産直後は再び妊娠の可能性があるため、早期に血糖管理とプレコンセプションケアを再開することが、次の妊娠リスクを減らす鍵になります。


📚まとめと今後の課題

このガイドラインの大半は「低〜非常に低い質のエビデンス」に基づいていますが、それでも臨床現場において重要な指針になります。

今後必要なことは:

  • RCT(無作為化比較試験)の増加

  • 妊娠中の血糖目標の明確化

  • プレコンセプションケアの普及

  • 肥満・栄養管理のエビデンス蓄積

  • 出産時期に関する確かなデータの確保


📝あとがき

糖尿病と妊娠に関する医療は、母体と赤ちゃんの将来に大きな影響を与える大切な分野です。今後も最新のエビデンスに基づいて、より安全で効果的なケアが提供されることが望まれます。


2025/08/08

健康講座898 「膵臓を取っても血糖コントロールできる?膵島自己移植の成否を分けるポイントとは」

 皆さんこんにちは。

今回は、2025年7月に『Diabetes Care』という専門誌に掲載された最新の医学研究論文をご紹介します。

タイトルは、

「Predictors of Diabetes Outcomes at 1 Year After Islet Autotransplantation: Data From a Multicenter Cohort Study」
(日本語訳:膵島自己移植後1年における糖尿病アウトカムの予測因子:多施設共同コホート研究のデータより)

この研究は、慢性膵炎再発性急性膵炎など、耐え難い痛みに悩まされている患者さんに対して行われる手術、**膵全摘術+膵島自己移植(TPIAT:Total Pancreatectomy with Islet Auto-Transplantation)**の後、糖尿病の予後がどうなるのか、また、どのような要因が予後に影響するのかを探った、多施設での大規模な前向き観察研究です。

それでは、この論文の内容を詳しく、そして専門用語の解説を交えながら丁寧にご説明していきます。



🔷 1. はじめに:TPIATとは?

まずこの研究の前提となる治療法「TPIAT」についてご紹介します。

◎ 膵全摘術(Total Pancreatectomy)

これは膵臓を完全に取り除く手術です。膵臓はインスリンを分泌する器官であるため、膵臓をすべて摘出すると、患者さんは**術後にインスリン依存型の糖尿病(いわゆる1型糖尿病に類似)**になります。

しかし、慢性的な膵炎による強い痛みやQOL(生活の質)の低下に苦しむ患者さんにとって、この手術は最後の手段として選ばれることがあります。

◎ 膵島自己移植(Islet Autotransplantation)

膵臓を取り除く際、その中にある膵島(islet)と呼ばれる細胞の集合体を取り出して、自分の肝臓などに移植するのが「膵島自己移植」です。

膵島には、血糖を調整するインスリンを分泌する**β細胞(ベータ細胞)**が含まれています。これを移植することで、少しでも自前のインスリン分泌を保ち、術後の糖尿病の重症化を防ぐのが目的です。


🔷 2. 研究の目的と背景

膵島自己移植は、世界でも限られた施設でしか行われていない高度な治療法ですが、その効果やリスク、成功する人としない人の違いについては、まだよくわかっていません。

今回の研究は、米国国立衛生研究所(NIH)主導の多施設前向き研究「POST(Prospective Observational Study of TPIAT)」のデータをもとに、

術後1年時点における糖尿病の状態を予測する因子(=予測因子)を明らかにすること

を目的としています。


🔷 3. 研究デザインと対象

◎ 対象者

  • 患者数:384名

  • 年齢:平均29.6歳(標準偏差17.1)

  • 性別:女性が61.7%

この研究では、TPIATを受けた小児〜中高年の幅広い年齢層の患者が対象となっています。

◎ 評価した糖尿病アウトカム(結果)

  1. インスリンの使用状況(使っているかどうか)

  2. HbA1c値(過去2〜3か月の平均血糖を反映する指標)

  3. 膵島移植の機能維持(Cペプチド値によって評価)


🔷 4. 結果の概要

◎ 術後1年時点でのアウトカム

  • 83%の患者が膵島機能を保持(Cペプチド > 0.3 ng/mL)

  • 20%がインスリン不要(インスリンフリー)

  • 60%がHbA1c < 7%を達成(良好な血糖コントロール)

Cペプチド(C-peptide)とは、体内でインスリンが作られるときに同時に分泌される物質で、自前のインスリン分泌力の指標になります。


🔷 5. 詳細な統計分析と重要な予測因子

この研究では、「単変量解析(univariable)」と「多変量解析(multivariable)」という2つの方法でデータを分析しています。

それぞれの糖尿病関連アウトカムに対して、以下のような予測因子が有意であると示されました。


🔸 ① インスリン不要(インスリン独立)である予測因子

  • 小児であること(≦18歳)

    • OR 2.3(95% CI:1.3–4.3)

    • → 子どもは大人よりも2.3倍インスリンフリーになりやすい

  • 術前HbA1cが低いこと

    • OR 4.0(1%の低下につき)

    • → 術前のHbA1cが低い人ほど、術後インスリン不要になる可能性が高い


🔸 ② 良好な血糖(HbA1c < 7%)を達成する予測因子

  • 白人であること

    • OR 4.3(95% CI:1.7–11)

    • → 白人はそれ以外の人種よりもHbA1cコントロール良好な傾向

  • 術前HbA1cが低いこと

    • OR 2.2(1%の低下につき)


🔸 ③ 膵島機能(Cペプチド > 0.3 ng/mL)を保つ予測因子

  • 術前Cペプチドが高いこと

    • OR 2.18(1 ng/mL上昇につき)

    • → 術前の自己インスリン分泌能力が高いほど、術後も移植膵島が機能しやすい

  • 術前HbA1cが低いこと

    • OR 1.89(1%の低下につき)


🔷 6. 解釈と臨床的意義

この研究から得られた最も重要な知見は、

TPIATの術前段階で血糖が安定している人(=HbA1cが低い)ほど、術後の糖尿病の状態も良くなる可能性が高い

ということです。

また、

  • 子ども(小児)

  • 自己インスリン分泌能がしっかり残っている人(Cペプチドが高い)

も、術後の血糖コントロールが良好である傾向が見られました。


🔷 7. 限界と今後の課題

この研究は非常に大規模かつ質の高い観察研究ですが、いくつかの制限点があります:

  • 患者の人種や施設間での医療のばらつきがある

  • 自己報告データが含まれている可能性

  • 結果は1年時点のものであり、長期的な予後(5年、10年)までは未評価

今後はさらに長期にわたる観察や、介入研究による検証が必要とされています。


🔷 8. 結論まとめ

この研究からわかることは、

  • 膵島自己移植は、手術後もある程度のインスリン分泌を維持できる人が多い

  • 特に子どもや、手術前から血糖が安定している人は、術後の状態も良くなる可能性が高い

  • 手術を検討する際には、これらの要因をしっかり評価して説明することが重要

という点です。


🔷 9. 最後に:患者さんや家族へのメッセージ

この治療法は、まだ一般的ではありませんが、生活の質を大きく改善する可能性がある選択肢です。

TPIATを受けるかどうか悩んでいる方には、

  • 術前の血糖値の管理を徹底すること

  • 医療チームとよく相談し、手術のメリット・リスクを理解すること

が、成功への第一歩になります。



2025/08/07

健康講座897 前糖尿病と脂肪肝が重なるとリスク大幅アップ! ――中年期における糖尿病・心血管疾患・死亡率の関係を大規模調査で解明

 皆さんこんにちは。

今回は、2025年7月に発表された最新の研究論文
「前糖尿病(prediabetes)と脂肪肝指数(FLI)が中年期の心血管疾患や死亡リスクに与える影響」
についてご紹介していきます。



🔍この研究の目的(Background)

この研究では、以下の2つの体の状態が重なるとどうなるのかを調べました:

  1. 前糖尿病(prediabetes)
     → 糖尿病ではないけれど、血糖値が正常より高く、将来糖尿病になるリスクが高い状態です。
     (例:空腹時血糖が100〜125mg/dL、HbA1cが5.7〜6.4%)

  2. 脂肪肝指数(Fatty Liver Index, FLI)
     → 血液検査や体格から、肝臓に脂肪がたまっている可能性を推測する数値です。
     特にFLIが60以上だと、脂肪肝(肝臓に脂肪がたまっている状態)の可能性が高いとされます。

これら2つが一緒にある人は、糖尿病(DM)、心臓や血管の病気(MACE)、そして死亡率にどれだけ影響を与えるのかを調べたのが本研究です。


👥 研究に参加した人(Methods)

対象となったのは、40〜65歳の中年期の男女 1,182,751人
全員が、調査開始時点では糖尿病も心血管疾患もなかった人たちです。

彼らをいくつかのグループに分けて、以下のようなリスクを何年かにわたって追跡しました:

  • 新たに糖尿病を発症するか(Incident DM)

  • 心筋梗塞や脳卒中などの**重大な心血管イベント(MACE)**が起こるか

  • すべての原因による死亡(All-cause mortality)


🧪 結果(Results)

全体のうち:

  • 24.6%の人は前糖尿病でした

  • 8.8%の人はFLIが60以上でした(=脂肪肝の疑いあり)

それぞれの状態が単独でもリスクを高めることがわかりましたが、前糖尿病+FLI≥60のように両方が重なると、リスクがさらに高まることが明らかになりました。

具体的には:


① 糖尿病になるリスク(Incident DM)

状態 糖尿病の発症リスク(OR)
前糖尿病 + FLI<60 3.75倍
正常血糖 + FLI≥60 2.35倍
前糖尿病 + FLI≥60(両方あり) 6.80倍

👉 両方あると、6.8倍も糖尿病になるリスクが高まります。


② 心血管疾患のリスク(MACE)

状態 MACEのリスク(OR)
前糖尿病 + FLI<60 1.02倍(ほぼ変わらず)
正常血糖 + FLI≥60 1.23倍
前糖尿病 + FLI≥60(両方あり) 1.27倍

👉 脂肪肝がある人で心血管病のリスクが高まることがわかります。


③ 全ての死因による死亡リスク(All-cause mortality)

状態 死亡リスク(OR)
前糖尿病 + FLI<60 1.12倍
正常血糖 + FLI≥60 1.51倍
前糖尿病 + FLI≥60(両方あり) 1.69倍

👉 前糖尿病と脂肪肝の両方を持っている人は、死亡リスクが69%も高くなるという結果です。


🧠 まとめ(Conclusion)

この研究から言えることは:

  • 前糖尿病(血糖が少し高め)

  • 脂肪肝の疑い(FLIが60以上)

この2つの状態が合わさると、それぞれ単独のときよりも糖尿病・心臓病・死亡のリスクが大きく高まるということが、非常に大規模な調査から明らかになりました。


💬 研究の意義と今後へのヒント

  • 今までも「前糖尿病」や「脂肪肝」がそれぞれ危険だとはわかっていましたが、「両方が重なったときにどうなるか?」をここまで大規模に明らかにしたのは画期的です。

  • 40〜65歳という、まさに働き盛りの年代において、健康診断で「血糖値ちょっと高い」「脂肪肝の疑いあり」と言われたら、要注意ということです。

  • 医療現場では、前糖尿病や脂肪肝の段階から生活習慣を改善することの重要性が、あらためて強調されるべきでしょう。



2025/08/05

健康講座896 「チルゼパチドで目が悪くなる?糖尿病網膜症の早期悪化に関する最新研究」

『Diabetologia』誌に掲載された最新の論文:

「2型糖尿病患者におけるチルゼパチド治療と糖尿病網膜症の早期悪化(EWDR)」

の内容をご紹介いたします。画像が生成されました


皆さんこんにちは。

今回は、糖尿病治療薬「チルゼパチド」が目の病気である糖尿病網膜症(とうにょうびょうもうまくしょう)に与える影響について調べた、とても大切な研究をご紹介します。

この研究は、イギリスの大学病院などで行われたもので、2025年7月に国際的な医学雑誌『Diabetologia(ダイアベトロジア)』に発表されました。


🔍 1. この研究で何を調べたの?

この研究の目的は、

「チルゼパチドという糖尿病の新しい注射薬を使うと、目の病気(糖尿病網膜症)が悪化しやすくなるのか?」

を明らかにすることでした。

実は、糖尿病の薬の中には、血糖値が急に良くなることで、一時的に網膜症(目の奥の病気)が悪くなってしまうことがあります。これを**EWDR(Early Worsening of Diabetic Retinopathy:糖尿病網膜症の早期悪化)**と呼びます。

過去には、セマグルチドなどのGLP-1受容体作動薬(じゅようたいさどうやく)という注射薬で、この現象が起こることが報告されています。

では、新しいタイプの注射薬「チルゼパチド」ではどうなのでしょうか?それを調べたのが今回の研究です。


💉 2. チルゼパチドってどんな薬?

チルゼパチドは、**GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)GIP(胃抑制ポリペプチド)**という2つのホルモンの受容体に作用する「二重作動薬」です。

  • 血糖値を下げる

  • 食欲を抑える

  • 体重を減らす

といった効果があり、日本でも肥満を伴う2型糖尿病患者の治療に使われ始めています。

ただ、血糖値を急激に改善させる力が強いため、目への影響が心配されていました。


👁 3. 糖尿病網膜症とは?

糖尿病網膜症とは、長い間高い血糖値が続くことで、目の奥にある「網膜(もうまく)」という部分の血管が傷んでしまう病気です。

網膜は、カメラで言えば「フィルム」のような部分で、ここが壊れると視力が落ちたり、最悪の場合は失明(見えなくなること)します。

この病気には進行の段階があります:

グレード 名前 特徴
R0M0 網膜症なし まだ何も起こっていない
R1M0 / R1M1 軽度非増殖網膜症 小さな出血などが見られる(M1は黄斑浮腫あり)
R2M0 / R2M1 中等度〜重度の非増殖型 血管の詰まりなどが進行している
R3M0 / R3M1 増殖網膜症(PDR) 異常な新しい血管ができて、失明のリスクが高い

🧪 4. どうやって調べたの?

この研究は「後ろ向きコホート研究」という方法で行われました。これは、すでに集まっている診療データを使って、ある薬を使った人と使っていない人を比べる研究です。

具体的には、

  • 3435人のチルゼパチドを180日以上使った人

  • 3434人の使っていない人

を比べました。

年齢や性別、糖尿病の年数、すでに目の病気があるかどうか、HbA1c(血糖値の平均値)、ほかの糖尿病薬の使用などをそろえて、できるだけフェアに比較しました。


📈 5. 結果はどうだったの?

🎯 一番重要な結果

  • チルゼパチドを使った人の1.1%が新しく増殖網膜症(PDR)になった
     → これはかなり重症で、視力に大きく影響します。

  • 使っていない人では0.5%だった

  • チルゼパチドを使うと、新たなPDRになる確率が約2倍(OR 2.15)になることがわかりました。

つまり、

チルゼパチドを使うと、特にすでに軽い網膜症(R1M1やR2M0, R2M1)がある人では、重症化しやすくなる可能性がある

ということです。


👀 ただし、別の側面も…

一方で、まだ網膜症が全くない人(R0M0)では、

  • チルゼパチドを使うと、新たな網膜症の発症自体はむしろ減る(OR 0.73)

という結果も出ました。

つまり、

  • 目が健康な人 → チルゼパチドで目の病気の予防になるかもしれない

  • 軽い目の病気がある人 → 悪化する可能性があるので注意!

という、「良い面」と「悪い面」がある薬だということがわかってきました。


🧑‍⚕️ 6. 医師の対応はどうすれば?

この研究では、「ETDRS(Early Treatment Diabetic Retinopathy Study)」という過去の研究基準に従って、

チルゼパチドを使う前に、目に病気があるかどうかしっかり確認して、場合によっては眼科に紹介することが必要です

と結論づけています。

特に以下の人には注意が必要です:

  • 軽度の網膜症(R1M1)や中等度〜重度(R2M0, R2M1)がある人

  • 視力が最近悪くなってきた人

  • 血糖コントロールが急激に良くなった人


💡 7. なぜ悪化するの?

EWDR(早期悪化)が起こる理由はまだ完全には解明されていませんが、考えられているのは、

  • 血糖値が急に下がると、網膜の血流に影響してしまう

  • 壊れた血管が無理に治ろうとして異常な血管ができる(増殖)

  • 黄斑(視力にとって重要な部分)にむくみが出る

などが関係しているとされています。


📚 8. まとめ

今回の研究をまとめると、以下のようになります:

ポイント 内容
チルゼパチドの効果 強力な血糖改善と体重減少
目の影響 重い網膜症になるリスクが高くなる可能性あり
対象者 特にすでに網膜症がある人は要注意
医師の対応 チルゼパチドを始める前に眼科紹介を検討
今後の課題 なぜ早期悪化が起こるかをさらに研究する必要あり

✨ 最後に

チルゼパチドはとても強力な薬で、多くの糖尿病患者さんにとって希望となる治療法です。ただ、どんなに良い薬でも、副作用や注意点があります。

だからこそ、「目の状態をよく知ったうえで、うまく使っていくこと」がとても大切です。

皆さんの主治医がこのような新しい知見をもとに、より安全で効果的な治療を選べるように、私たち医療者も最新の情報を常に学び続けていきたいと思います。



2025/08/03

健康講座895 「2型糖尿病と末梢動脈疾患(PAD)または足潰瘍を持つ人において、セマグルチドの使用が足の重大な合併症のリスクを減らす可能性がある」

 皆さんこんにちは。

今回は、糖尿病の薬「セマグルチド」が、足の病気や切断などのリスクを減らすかもしれない、というとても重要な研究をご紹介します。

1. この研究で何を調べたの?

この研究の目的は、**セマグルチドという薬を使っている人と、それ以外の糖尿病の薬を使っている人とで、「足の大きなトラブル(主に血流の問題や切断)」が起きる割合に違いがあるか?を比べることです。

具体的にどんな「足のトラブル」?

  • PTA(経皮的血管形成術)
     → 動脈が詰まりそうなときに、細い管を血管に入れて広げる手術です。

  • CLI(重症下肢虚血)
     → 足の血管がかなり詰まり、足の皮膚や筋肉に血液が届かなくなっている状態です。

  • 壊疽(えそ)や切断(LEA)
     → 血液が届かないせいで、足の組織が死んでしまう(腐ってしまう)状態。重症になると、足の一部を切断する必要が出てきます。

これらをまとめて「主要な足のイベント(major limb events)」と呼びます。

2. 研究の対象となった人たちは?

研究はイタリアの1つの病院で行われた観察研究(観察だけで、薬を割り当てるような介入はしない)**です。

対象者は以下の条件を満たした方です:

  • 2型糖尿病(生活習慣病の一種)を持っている

  • 足の血管の病気(PAD)や足潰瘍(傷ができて治りにくい状態)を持っている

  • 最近(研究期間中に)新たに糖尿病治療薬を始めた

その中から、統計的に条件がなるべく同じになるようにマッチさせた2つのグループを作りました:

  • セマグルチドを始めた167人

  • 他の糖尿病薬を始めた167人

この「マッチング」という方法は、年齢・性別・糖尿病の期間・体格などが同じくらいの人同士を比べることで、より公平な比較ができるようにするための工夫です。

3. セマグルチドってどんな薬?

◎セマグルチド(semaglutide)

  • GLP-1受容体作動薬という種類に分類される糖尿病の薬。

  • 血糖値を下げるだけでなく、食欲を抑えて体重を減らす効果や、心血管病(心筋梗塞・脳卒中など)の予防効果も注目されています。

  • 筋肉注射(週1回)タイプと、最近では飲み薬(経口)タイプも登場。

GLP-1受容体作動薬は、もともと体内にあるホルモン「GLP-1」のように働き、インスリンの分泌を促し、グルカゴン(血糖を上げるホルモン)を抑える作用があります。

4. 研究の結果はどうだった?

◆主要な足のイベント(PTAまたはCLI)が起こった人の割合:

  • セマグルチドを使っていた人:43%(100人中43人)

  • 他の薬を使っていた人:56%(100人中56人)

→ セマグルチドを使っていた人のほうが、明らかに少なかった!

  • 統計的に解析した結果:ハザード比(HR)=0.77
     → セマグルチドは、足の大きな問題を起こすリスクを23%減らす効果があったことになります。

  • この差は**偶然ではなさそう(p=0.029)**と判断されました。

◆特に注目されたのは「足の切断(LEA)」のリスク!

  • セマグルチド群では半分に減っていた(HR=0.50)

  • 切断というのは、生活の質を大きく左右する重大な出来事なので、この結果はとても意義深いです。

5. この研究の意味は?

この研究は、**「セマグルチドを使うことで、糖尿病による足の重症化リスクを下げられるかもしれない」**という非常に前向きな結果を示しました。

なぜセマグルチドが足を守るのか?

以下のような要因が関係していると考えられます:

  • 血糖コントロールが改善する
     → 高血糖は血管を傷つけます。コントロールがよくなることで進行を防ぐ。

  • 体重減少
     → 肥満は足の血流障害や感染症リスクと関係します。減量によって負担が減る。

  • 抗炎症作用・血管保護効果
     → GLP-1受容体作動薬は、直接的に血管内皮(血管の内側の壁)を守る作用がある可能性がある。

  • 食欲が抑えられ、食事が改善される

6. どんな人にこの結果は当てはまりそう?

今回の研究対象者は、糖尿病の診断から平均12年が経過し、BMI31と肥満傾向、HbA1cが8.0%とやや高めの人たちでした。

また、すでに足の病気(PADや潰瘍)を抱えていた人たちです。

したがって、「糖尿病が中等度〜重度で、足にすでにリスクがある人」には特に当てはまりやすい結果です。

7. この研究の限界と注意点

  • 無作為化試験ではなく観察研究なので、「セマグルチドを使ったから絶対に良かった」と断定はできません。

  • 1つの病院のデータで、人数もそれほど多くない(167人ずつ)ため、もっと大規模な研究が必要。

  • 脚のリスク以外の副作用(例えば胃腸障害など)についてはこの研究では扱っていません。

8. 利害関係の開示

著者の一部は製薬企業(主にノボ ノルディスク社やイーライリリー社)から講演料やコンサルタント料を受け取っていることが開示されています。

研究内容に影響を与えた可能性がゼロとは言えませんが、こうした利益相反の開示は信頼性を保つために大切です。


まとめ:セマグルチドは足を守るかもしれない

この研究の結論を一言で言えば:

「セマグルチドは、2型糖尿病の人の足の合併症リスクを下げる可能性がある」

ということです。

特に足の切断リスクが約半分になるという結果は、患者さん本人にとっても、医療現場にとっても、非常に希望の持てる情報です。

もちろん、誰にでも必ず当てはまるとは限りませんし、副作用や費用の問題もありますが、セマグルチドという薬が持つ糖尿病治療の新たな可能性を感じさせる研究でした。



2025/08/01

健康講座894 「近視は糖尿病性網膜症を防ぐ!?—最新研究が明かす“意外な関係”とそのメカニズム」

皆さんこんにちは。

今回は、「近視(Myopia)は糖尿病性網膜症(Diabetic Retinopathy)のリスクを下げるのか?」という、ちょっと意外な研究テーマを取り上げた論文をご紹介します。

この研究は2025年6月に『Diabetes & Metabolic Syndrome: Clinical Research & Reviews』という医学雑誌に掲載された最新のメタアナリシス(複数の研究をまとめた統計的解析)です。タイトルは以下の通りです:

Is myopia associated with a reduced or increased risk of diabetic retinopathy? A systematic review and meta-analysis
(近視は糖尿病性網膜症のリスクを減らすのか増やすのか?:システマティックレビューとメタ解析)

画像が生成されました

🍀まず、糖尿病性網膜症(DR)とは?

糖尿病性網膜症(Diabetic Retinopathy, DR)は、糖尿病によって引き起こされる目の病気です。具体的には、網膜(目の奥にある、光を感じる膜)にある細い血管が障害されることで、視力が低下したり、失明に至ることもあります。

糖尿病歴が長かったり、血糖値のコントロールが悪い人ほどリスクが高くなります。


👓では、「近視(Myopia)」とは?

近視は、文字通り「近くは見えるけど遠くはぼやける」状態です。

医学的には、**眼球が通常よりも「長く(前後に伸びている)」なっている状態(軸性近視)**のことを指します。眼球が伸びると、網膜にピントが合いづらくなるため、遠くが見えにくくなるのです。

ちなみに近視の重症度には段階があり、

  • 軽度近視:−0.50D 〜 −3.00D

  • 中等度近視(moderate myopia):−3.00D 〜 −6.00D

  • 強度近視(high myopia):−6.00D以上

といった分類が一般的です。


🔍なぜ近視と糖尿病性網膜症の関係が注目されているのか?

一見、近視と糖尿病性網膜症は関係なさそうに思えますよね。

でも最近、「近視で眼球が長くなっていると、網膜の血管の構造も変わるため、糖尿病によるダメージを受けにくくなるのでは?」という説が注目されています。

たとえば、眼球が伸びると血流のパターンや網膜の厚みが変わることで、糖尿病による血管の漏れや浮腫が起こりにくくなる可能性があるのです。

ただし、これは仮説にすぎませんでした。


🧠研究の目的は?

この論文の目的は以下の3つです:

  1. 近視が糖尿病性網膜症のリスクを下げるのかどうかを統計的に明らかにすること

  2. 近視の重症度(中等度 or 強度)による影響の違いを明らかにすること

  3. 逆に、遠視(hyperopia)の人がどうなのかを調べること


📚どんな方法で調べたの?

この研究は「システマティックレビューとメタアナリシス」という手法で行われました。

簡単に言えば、過去の信頼できる研究を全部集めて、そのデータを統一的に解析し直すという方法です。

  • 検索したデータベース:PubMed、Embase、Cochraneなど

  • 対象とした研究:8つの観察研究

  • 対象人数:合計5564人(1型糖尿病または2型糖尿病の患者)

  • 使用した統計:オッズ比(OR)、異質性(I²)などを計算


📊結果はどうだったの?

この研究の結果は、かなりはっきりとしたものでした

✅ 中等度近視(−3D〜−6D)

  • 糖尿病性網膜症のリスクを80%も減らす(OR = 0.20)

  • 統計的にも非常に有意(p < 0.00001)

つまり、中等度の近視があると、糖尿病による網膜症になりにくいということがわかりました。

✅ 強度近視(−6D以上)

  • 中等度近視と比べて、さらに31.5%リスクが低い(OR = 0.685)

❌ 遠視(hyperopia)

  • 視力に重大な影響を与える網膜症(重症DR)のリスクが約5倍(OR = 4.874)

  • かなり高リスクです。

✅ 統計的な偏りは?

  • 異質性(ばらつき):I² = 0%(ばらつきなし)

  • 出版バイアス(都合の良いデータだけ発表される偏り):ほとんどなし

つまり、この研究は信頼性が高く、偏りも少ない結果と言えるでしょう。


🔬なぜ近視が保護的に働くのか?

ここがとても面白いところです。

研究者たちは、次のような「メカニズム(仕組み)」が関係していると考えています:

🧱 1. 軸長(眼軸)の延長

近視では、眼球の前後が長くなります(軸性近視)。

この眼軸の延長が、網膜の構造や血流に変化をもたらし、

  • 毛細血管が間引かれる(密度が下がる)

  • 血液の圧力が分散される

  • 血管新生(悪い血管の増殖)が抑制される

といった保護的な変化を引き起こしていると考えられています。

💧 2. 網膜の薄化

近視の人は、網膜が薄くなっていることが多く、血液がたまりにくくなるため、浮腫(むくみ)や出血が起こりにくいのではないかと考えられます。


💡この研究から得られること

この研究から得られる重要なポイントは次の通りです:

  • 中等度・強度の近視は、糖尿病性網膜症に対して「保護的」に働く可能性がある

  • 特に中等度近視で80%のリスク低下は驚異的

  • 遠視は逆に非常に高いリスクがあるため、注意が必要

  • 近視の眼軸長の変化が、網膜の血管構造を変えているかもしれない

  • 今後、糖尿病患者の網膜症スクリーニングやリスク管理に「近視の有無」も加えるべきかもしれない


🔭これからの研究への期待

この論文は「今わかっていること」を整理したものであり、今後は次のような研究が期待されます。

  • 眼軸長を使ったリスクモデルの開発

  • 近視の程度別に、糖尿病網膜症の発症を予測するAIモデル

  • 遺伝的な背景(近視になりやすい人 vs なりにくい人)との関連

  • 近視の矯正(レーシックなど)で保護効果が失われるのか?


📝まとめ

視力状態 糖尿病性網膜症のリスク
中等度近視 80%リスク減(OR=0.20)
強度近視 31.5%追加リスク減(OR=0.685)
遠視 約5倍リスク増(OR=4.874)

🧘‍♀️ちょっとした余談:じゃあ近視は良いことなの?

実は、近視も放置すると緑内障や網膜剥離のリスクが上がることが知られており、必ずしも「良いことづくめ」ではありません。

ですが、**糖尿病性網膜症に限っては「味方になる可能性がある」**というのが、今回の研究の面白い発見でした。


📌おわりに

糖尿病と視力障害の予防には、血糖値の管理や定期的な眼科検診が重要です。

今回の研究で、近視という一見マイナスに思える要素が、実はリスクを下げる可能性があるということがわかりました。

医学は、こうした「意外なつながり」から新しい知見が生まれる世界です。今後もこうした視点からの研究が、より良い予防法や治療法につながることを期待したいですね。



ロゴ決定

ロゴ決定 小川糖尿病内科クリニック

皆さま、こんにちは。 当院のロゴが決定いたしました。 可愛らしいうさぎをモチーフとして、小さなお花をあしらいました。 また、周りは院長の名字である「小川」の「O(オー)」で囲っております。 同時に、世界糖尿病デーのシンボルであるブルーサークルを 意識したロゴとなって...