2025/07/30

健康講座893 🩺「グルコキナーゼ活性化薬(GKA)の有効性と安全性:2型糖尿病治療における新たな可能性と課題」

 みなさんこんにちは。

今日は、糖尿病治療に関心のある方、そして新しい薬の研究に興味を持っている方に向けて、とても注目すべき論文をご紹介します。

その論文のタイトルは、

「Balancing efficacy and safety: glucokinase activators in glycemic and metabolic management of type 2 diabetes mellitus—a meta-analysis」

(「有効性と安全性のバランス:2型糖尿病の血糖および代謝管理におけるグルコキナーゼ活性化薬のメタアナリシス」)です。画像が生成されました


🔍まずはざっくり概要から

この研究は、グルコキナーゼ活性化薬(GKAs)という新しいタイプの糖尿病治療薬について、有効性(血糖がちゃんと下がるのか)と安全性(副作用はどうなのか)を評価したメタアナリシス(複数の研究を統合して分析する手法)です。

対象は2型糖尿病(T2DM)の患者さんで、11のランダム化比較試験(RCT)から3854人のデータを使っています。


🧬グルコキナーゼ(GK)って何?

まず、「グルコキナーゼ」とは何かを簡単に説明します。

  • **グルコキナーゼ(GK)**は、肝臓や膵臓β細胞で働く酵素で、ブドウ糖(グルコース)をエネルギーに変える最初のステップを担っています。

  • 特に膵臓では、グルコキナーゼが「血糖センサー」のような役割を果たし、血糖が上がるとそれを感知してインスリン分泌を促す働きをします。

  • 肝臓では、余った糖をグリコーゲンとして蓄える役割も担っています。


💊グルコキナーゼ活性化薬(GKAs)とは?

GKAsは、このグルコキナーゼを“活性化”させる薬です。つまり、

  • 血糖を感知する力を強めて、

  • インスリン分泌を促し、

  • 肝臓での糖の取り込みも促進して、

結果として血糖値を下げるという新しいメカニズムの薬です。

これまでの糖尿病治療薬と少し異なる「ダブルターゲット(膵臓と肝臓)」というのが大きな特徴です。


📊この研究でわかったこと(結論)

✅ 1. 血糖値はしっかり下がる!

  • 特に**HbA1c(過去1〜2か月の平均血糖)と食後血糖(PPG)**が明確に改善。

  • 効果量(SMD)は**–0.43**で、これは中程度の効果とされます。

✅ 2. 高用量・二重作用型はより強力

  • 特に「dual-acting GKA(二重作用型)」では効果が大きく、

  • 高用量GKAはよりHbA1cを強く下げる傾向がありました。

⚠️ 3. ただし低血糖リスクが上がる

  • 中用量や高用量では、低血糖のリスクが1.5~1.6倍に。

  • インスリンと併用している患者には注意が必要です。

⚠️ 4. 体重増加や肝機能への影響も

  • 中性脂肪(TG)や体重、ALTなどの肝酵素が上昇。

  • しかし52週(1年)経過すると多くは元に戻る傾向


🧪研究の詳細と工夫

✔ 研究対象

  • 合計:11件のRCT

  • 対象者:3854人の2型糖尿病患者

  • 評価項目:HbA1c、空腹時血糖(FPG)、食後血糖(PPG)、中性脂肪、体重、肝酵素(ALT)など。

✔ 分析方法

  • **SMD(標準化平均差)**を使って効果を比較。

  • **RR(リスク比)**を使って副作用リスクを評価。

  • サブグループ分析(用量別、作用型別、期間別)で細かく比較。

  • 感度分析で結果の信頼性を検証。


🔍作用タイプの違い:Dual vs. Hepato-selective

✅ Dual-acting GKAs(二重作用型)

  • 膵臓にも肝臓にも作用

  • HbA1c改善効果は大きいが、副作用(低血糖や体重増加)も目立つ。

✅ Hepato-selective GKAs(肝選択型)

  • 主に肝臓に作用し、膵臓にはあまり影響を与えない。

  • 血糖改善効果はやや控えめだが、副作用が少ないのが利点


🧠どんな人に使えそうか?

  • 薬剤への反応が乏しい中高年の2型糖尿病患者

  • 膵臓の機能がある程度残っている人

  • 肝臓での糖代謝異常が強いタイプの人

などが候補になりそうです。

ただし、インスリンとの併用には慎重になるべきで、低血糖が起きやすい高齢者には注意が必要です。


📉副作用に関する知見(安全性)

副作用 観察された傾向
低血糖 中用量・高用量でリスク上昇(RR = 1.5~1.6)
体重増加 特にdual-actingで有意に増加
中性脂肪上昇 一時的に増えるが52週では解消傾向
肝酵素(ALT)上昇 同様に一時的な変化が多い

🧭今後の展望と課題

この研究の最後で著者たちは、以下のようにまとめています。

🌱 良い点:

  • GKAsは新しい作用機序で血糖管理に役立つ。

  • 食後高血糖やHbA1cの改善が特に有効。

⚠ 改善すべき点:

  • 長期安全性(特に肝機能と体重への影響)の確立が必要。

  • 個別化治療(用量調整、併用薬の最適化)に向けた臨床研究が必要。

🔬 必要な今後の研究:

  • 1年以上の長期試験

  • 心血管イベントへの影響評価

  • 特定の患者層(例:高齢者、腎機能低下者)への適応検討


📝まとめ:GKAsは“使い方次第”の新しい武器

  • グルコキナーゼ活性化薬は、血糖改善に優れた可能性を持つ新しい薬です。

  • ただし、**「使い方」や「患者の選び方」**によっては副作用も目立ちます。

  • Dual-actingは「攻め」、Hepato-selectiveは「守り」の位置づけで、治療戦略に応じて選ぶ時代が来るかもしれません。


📚出典情報

  • 論文タイトル:Balancing efficacy and safety: glucokinase activators in glycemic and metabolic management of type 2 diabetes mellitus—a meta-analysis

  • 雑誌:Endocrine Journal(J-STAGE掲載)

  • DOIhttps://doi.org/10.1507/endocrj.EJ24-0711

2025/07/27

健康講座892 「良い睡眠で健康を守ろう ― 糖尿病・肥満リスクを下げる眠りの習慣 ―」

 


みなさんこんにちは

今日は「睡眠と糖尿病・肥満の関係」、そして「どうすれば質の良い眠りをとれるのか?」について、最新の研究をもとにお話ししたいと思います。

実は、睡眠不足や不規則な睡眠習慣が、糖尿病や肥満のリスクを高めるということが近年の研究で明らかになってきました。
さらに、食事の内容も睡眠の質に大きく影響することが分かってきています。つまり、「何をどれくらい食べるか」が「どれだけぐっすり眠れるか」にも関係しているのです。

では、具体的にどのような研究があり、どんな工夫が私たちにできるのでしょうか?詳しく見ていきましょう。


睡眠と糖尿病リスクの最新研究

まず注目されたのは、アメリカ・ブリガム アンド ウィメンズ病院が発表した研究です。
この研究では、英国の大規模コホート研究(UKバイオバンク)に参加した約8万4千人を対象に、睡眠習慣と2型糖尿病の発症リスクとの関係を調査しました。

結果は驚きのものでした:

  • 睡眠が不十分、もしくは睡眠パターンが不規則な人は、糖尿病になるリスクが34%高いという結果が出たのです。

  • 特に「平日は睡眠不足で、週末にまとめて寝る」といった不規則な睡眠は要注意。

この研究成果は2024年7月に『Diabetes Care』誌に掲載され、国際的にも注目されました。

研究者のシナ・キアネルシ氏はこう語っています:

「良い睡眠習慣を身につけることが、2型糖尿病の予防に役立つ可能性があるとわかりました。」


睡眠不足がもたらす心身への影響

厚生労働省も、睡眠の重要性を広く呼びかけています。
特に日本人は、平均睡眠時間が世界でも最も短い国のひとつ。仕事や家事に追われて、「自分が寝不足だと気づいていない」人が多いのが現状です。

睡眠不足は次のようなリスクを引き起こすとされています:

▼睡眠不足が引き起こす代表的な健康リスク

  • 肥満・糖尿病・高血圧・脂質異常症(=メタボリックシンドローム

  • 免疫力の低下 → 風邪やインフルエンザなどにかかりやすくなる

  • 一部のがんのリスク上昇

  • うつ病などのメンタルヘルスの悪化

  • 認知症の発症リスクの増加(中高年以降)

これらは、睡眠研究の世界的権威、筑波大学の柳沢正史教授のインタビューでも繰り返し語られている重要なポイントです。


良い睡眠をとるためのポイント

では、どうすれば良い睡眠を確保できるのでしょうか?
柳沢教授が勧めている主な方法は以下の通りです。

▼良い睡眠のために実践すべきこと

  • 寝室の環境を整える(照明、温度、静けさ)

  • 昼間にしっかり活動する(適度な運動)

  • 自分なりの「入眠儀式」をもつ(ストレッチや読書など)

  • 夕方以降はカフェインを避ける

  • 夜の仮眠や過度なアルコールは控える

たとえば、夜寝る前にスマホを見る習慣がある人は、それを「お風呂に入ったあとからはスマホを見ない」などに変えるだけでも、睡眠の質が向上します。


食事と睡眠の深い関係

筑波大学の別の研究では、「食事の栄養バランスと睡眠の質」に注目した大規模な調査が行われました。

対象は、「Pokémon Sleep(ポケモンスリープ)」という睡眠記録アプリと、「あすけん」という食事記録アプリを併用している4,825人です。
スマホの加速度センサーを使って睡眠の「量と質」を測定し、食事からの栄養摂取との関連を統計的に分析しました。

その結果、以下のようなことがわかりました:

栄養素・習慣 睡眠への影響
総エネルギー摂取量が多い 総睡眠時間が短くなり、中途覚醒が増える
タンパク質が多い 総睡眠時間が長くなる
食物繊維が多い 睡眠潜時(寝つき時間)が短く、中途覚醒も減る
ナトリウムが多くカリウムが少ない 睡眠時間が短くなり、寝つきやすさも悪化
一価不飽和脂肪酸が多い 睡眠の質を下げる可能性
多価不飽和脂肪酸が多い 寝つきやすく、途中で目覚めにくくなる

つまり、タンパク質・食物繊維・カリウムを意識的にとることが、質の良い睡眠につながることが示されました。


実際にどう取り入れたらいいの?

▼おすすめの食事のポイント

  • 朝食・昼食でしっかりタンパク質(卵・納豆・ヨーグルト・豆腐・魚など)

  • 野菜や海藻・キノコで食物繊維を補給

  • 減塩を心がけ、カリウムが多い野菜・果物をとる(例:バナナ、ホウレンソウ)

そして、寝る直前にたくさん食べるのは避けましょう。
夕食は就寝の3時間前までに済ませるのが理想です。


睡眠の改善で人生が変わる?

最後にひとこと。
「睡眠」は、私たちが無料で手に入れられる最も強力な健康法のひとつです。

  • ダイエットしても痩せない

  • 血糖値がなかなか下がらない

  • なんとなく毎日イライラしている

そんなときは、まず「寝る時間と質」を見直してみてください。
1日7時間程度の良い睡眠が、糖尿病やメタボ、うつ、認知症などのリスクを大きく減らすかもしれません。


まとめ

  • 睡眠不足や不規則な睡眠は、糖尿病・肥満・メンタル不調などのリスクを高める

  • タンパク質・食物繊維・カリウムを意識した食事は睡眠改善に効果的

  • 睡眠環境や生活リズムを整えることで、より良い眠りが得られる


みなさんも、今日から「ぐっすり眠るための習慣づくり」を始めてみてはいかがでしょうか?
それが、10年後、20年後の自分の健康を大きく変える第一歩になるかもしれません。



2025/07/24

健康講座891 💨「おならが臭い…」を卒業!腸内環境から改善するエビデンス付き腸活フードガイド

 



みなさんこんにちは。
今回は「おならのニオイが気になる方におすすめの腸活」について、科学的なエビデンスに基づいてお話しします。

おならは誰にでも出るものですが、「とにかく臭い」「周囲に気を使う」「自分でも不快」といった悩みを抱えている方も多いのではないでしょうか。
そのニオイの原因は、腸内で発生する「腐敗ガス」であり、特に悪玉菌が優勢になっている状態では、アンモニアや硫化水素などの強いニオイの成分が作られやすくなります。

そこで重要なのが、「腸内環境を整える=腸活」です。
腸内の善玉菌を増やし、悪玉菌の働きを抑えることで、おならのニオイを軽減できる可能性があります。今回は、エビデンスのある具体的な食材を中心にご紹介します。


🔵 おならのニオイを軽減するための腸活食材(エビデンスあり)

以下の食材は、腸内環境を改善し、臭気ガスの発生を抑える作用が報告されています。

◆ ごぼう・玉ねぎ・にんにく・バナナ・アスパラガスなどの「発酵性食物繊維」

これらにはイヌリンやフルクタンなどの水溶性食物繊維が含まれており、腸内の善玉菌のエサ(プレバイオティクス)になります。
実際の研究では、こうした繊維の摂取によりスカトールやインドール(臭気物質)の減少が確認されています。

◆ キウイフルーツ

腸内発酵のバランスを整え、排便回数を増やす効果が臨床試験で示されています。お通じがスムーズになると、腸内の腐敗も抑えられます。

◆ ビフィズス菌入りのヨーグルト

腸内に善玉菌を直接届けるプロバイオティクス食品です。特にビフィズス菌は悪臭の原因となる腐敗物質の産生を抑える働きがあることが示されています。

◆ 納豆・味噌・ぬか漬けなどの発酵食品

これらの食品は腸内の善玉菌を増やし、悪玉菌を抑える力があります。とくに納豆菌や乳酸菌には腸内腐敗の抑制効果が認められています。

◆ オリゴ糖(市販の粉末や、自然食品としてのはちみつ)

オリゴ糖は善玉菌、特にビフィズス菌の増殖を助ける「選択的なエサ」であり、腸内ガスの改善効果が多数報告されています。

◆ もち麦・押し麦

β-グルカンやレジスタントスターチを含み、短鎖脂肪酸を産生し、腸内のpHを下げて悪玉菌の増殖を抑えます。便臭軽減の効果も期待されています。


🔴 おならが臭くなりやすい食品(控えたいもの)

次のような食品は腸内での腐敗を促進し、臭いを強くする傾向があります。

  • 肉類・卵・乳製品の過剰摂取:動物性たんぱく質が腸内で腐敗し、アンモニア・硫化水素などの臭気ガスを発生

  • 高脂肪の食事:悪玉菌を増やしやすく、腸内バランスが乱れる

  • アルコール:腸内フローラを悪化させるリスク

  • 人工甘味料(ソルビトール、マンニトールなど):腸内で発酵しすぎてガスの量を増やすことがある


🍽 おすすめの1日の腸活メニュー例

時間帯 メニュー例
朝食 キウイ+ヨーグルト+オリゴ糖/もち麦入りごはん+納豆+味噌汁
昼食 押し麦入りご飯/野菜たっぷりの味噌汁/魚や豆腐のおかず
夕食 ごぼうや玉ねぎ入りのスープ/ぬか漬け/豆料理やきのこ料理など

ポイントは「善玉菌を入れる+育てる」というダブルのアプローチです。


📝 まとめ

  • おならのニオイ対策には、「腸活」がとても有効です。

  • 発酵性食物繊維や発酵食品、オリゴ糖をうまく活用しましょう。

  • 食生活の改善とともに、水分補給や適度な運動、睡眠も腸内環境に大きく影響します。

「臭いは体質だから仕方ない…」とあきらめず、今日からできる腸活で、体の中から整えていきましょう。



2025/07/23

健康講座890 💓甲状腺ホルモンの異常が心臓に与える影響とは? 〜心拍変動(HRV)から読み解く、自律神経と甲状腺の深い関係〜


皆さんこんにちは。

今回は、2025年に発表された医学論文「Thyroid hormonal dysfunctions and modulation of cardiac autonomic activity: A systematic review(甲状腺ホルモン異常と心臓自律神経活動の調節に関する系統的レビュー)」を、やさしく丁寧に解説しながらご紹介します。

はじめに:甲状腺と心臓は深く関係している?

甲状腺は、首の前側にある小さな内分泌腺(ホルモンを分泌する器官)で、「T3(トリヨードサイロニン)」と「T4(サイロキシン)」というホルモンを分泌しています。これらのホルモンは、全身のエネルギー代謝や成長、発達をコントロールする、非常に重要な役割を担っています。

しかしこの甲状腺ホルモンの分泌が多すぎたり少なすぎたりすると、全身にさまざまな影響が出てしまいます。たとえば、**甲状腺機能亢進症(こうしんしょう:ホルモンが多すぎる状態)**や、**甲状腺機能低下症(ていかしょう:ホルモンが少なすぎる状態)**といった病気です。

このような甲状腺の異常は、実は「心臓」にも強く影響を与えることが分かっています。今回ご紹介する論文は、まさにこの「甲状腺ホルモンの異常が、心臓の自律神経の働きにどのような影響を与えるのか?」を、科学的にまとめたものです。


心拍変動(HRV)とは何か?

本論文では、「心拍変動(Heart Rate Variability:HRV)」という指標を使って、心臓の自律神経の調節状態を評価しています。

【専門用語解説】

  • **心拍変動(HRV)**とは、「心拍の間隔がどのくらいバラバラであるか」を示す指標です。心臓がドキドキしているときも、落ち着いているときも、微妙に心拍の間隔は変化しています。その「ばらつき」があるほど、心臓が自律神経の信号に対して柔軟に反応できている、つまり「健康である」と判断されます。

  • 自律神経とは、自分の意思とは無関係に体の状態を調節してくれる神経です。交感神経(緊張・興奮)と副交感神経(リラックス)という2つがあり、心臓のリズムもこの2つの神経で調節されています。

このHRVが低下すると、「心臓がストレスに弱くなっている」「体の適応力が落ちている」ことを意味します。つまり、HRVの低下は、健康状態の悪化を示すサインと捉えることができるのです。


論文の目的

この研究の目的は明確です。

「甲状腺ホルモンの異常(亢進症または低下症)が、心臓の自律神経の調節にどのように影響するのか? 具体的にHRVにどのような変化を与えるのか?」

という疑問を明らかにするため、**過去の論文を徹底的に集めて分析する「系統的レビュー(systematic review)」**を実施しました。


調査方法

この系統的レビューでは、以下のような方法で文献を集めました。

使用したデータベース:

  • PubMed

  • Cochrane

  • Embase

  • Scopus

  • Web of Science

  • Cinahl

  • SPORTDiscus

  • Virtual Health Library (VHL)

  • SciELO

特に年数制限を設けずに、人間を対象にした実験研究で、HRVを使って心臓の自律神経の調節状態を分析しているものを探しました。


結果:HRVはやっぱり低下していた!

膨大な論文の中から、最終的に15本の研究を厳選して分析しました(※初期検索件数はなんと10,298本)。

そして得られた結論は以下のとおりです:

「甲状腺機能亢進症および低下症のどちらでも、心拍変動(HRV)は低下していた」

つまり、甲状腺ホルモンの分泌異常は、心臓の自律神経バランスを崩し、適応力を下げてしまうことが明確になったのです。

また、HRVの「時間領域」と「周波数領域」の指標について、測定のばらつきやデータの乏しさも見られたと報告されています。


より詳しく:HRVの具体的な指標

研究では、以下のようなHRVの指標を使って心臓の自律神経活動を分析していました:

● 時間領域(Time Domain)指標

  • SDNN:R-R間隔(心電図の波と波の間)の標準偏差。全体の変動性を示す。

  • RMSSD:連続する心拍の間隔の差の2乗平均平方根。副交感神経の活動に敏感。

  • pNN50:心拍間隔が50ms以上変化した割合。こちらも副交感神経の指標。

● 周波数領域(Frequency Domain)指標

  • HF(High Frequency):主に副交感神経の働きを表す。

  • LF(Low Frequency):交感神経と副交感神経の両方が関与。

  • LF/HF比:交感神経と副交感神経のバランスを示す。

  • TP(Total Power):心拍変動の全体的な力(エネルギー)。


考察:なぜ甲状腺ホルモンが心臓に影響するのか?

甲状腺ホルモンは、心筋(心臓の筋肉)の収縮力を高めたり、血管の抵抗を下げたりして、心臓の働きを活発にする作用があります。そのため、

  • ホルモンが多すぎる(亢進症)と、交感神経が過剰に働いて心臓がオーバーワーク状態

  • ホルモンが少なすぎる(低下症)と、副交感神経の働きが鈍り、心拍変動が低下

といった具合に、自律神経バランスが崩れやすくなります。

このように、甲状腺の異常があると、「心拍が一定リズムで打てない」「心臓が緊張・リラックスにうまく切り替えられない」状態となり、長期的には心臓病リスクも高まる可能性があるのです。


結論:心臓に優しい甲状腺管理を!

この研究の結論は次の通りです。

「甲状腺ホルモンの異常は、心臓の自律神経機能を障害し、HRV(心拍変動)を低下させる」

したがって、甲状腺の異常がある患者さんには、心拍変動をモニタリングすることで、心臓への影響を早期に察知し、適切な治療に結びつける可能性が示唆されています。

また、交感神経と副交感神経のバランスをとるような生活習慣(たとえば十分な睡眠、適度な運動、ストレス軽減)も、心拍変動を保つうえで大切です。


おわりに

甲状腺は小さな臓器ですが、心臓や自律神経にまで深く影響を与える非常に大切な器官です。今回の論文は、「ホルモンと心臓の関係」を改めて見直す重要な気づきを与えてくれました。

今後も、甲状腺疾患の診療においては「心拍変動=HRV」などの心臓の自律神経評価を取り入れることが、患者さんのQOL(生活の質)向上にもつながることが期待されます。




2025/07/21

健康講座889 🧬 「テロメアは伸びる?縮む?――2型糖尿病と“細胞の寿命”の意外な関係」 副題:〜フリーマントル研究が明かす、テロメアと合併症・死亡リスクの真実〜

 

みなさんこんにちは。

今日は、2025年に発表されたとても興味深い医学研究をご紹介します。

タイトルは
「2型糖尿病におけるテロメア長の経時的変化の決定因子と、それが慢性合併症および死亡リスクとどう関係しているか」
です(Fremantle Diabetes Study Phase II:略してFDS2)。


🔬まず、そもそも「テロメア」とは?

**テロメア(telomere)**とは、染色体の端っこにある「DNAの繰り返し配列」で、いわば細胞の“寿命の目安”のようなものです。

細胞が分裂するたびに、このテロメアはだんだん短くなっていきます。そして、ある一定の長さ以下になると、細胞はもう分裂できなくなり「老化」や「死」を迎えます。

だから、テロメアの長さ(rTL = 相対テロメア長)は、私たちの「生物学的な年齢(実年齢ではなく、細胞がどれくらい老けてるか)」を知る手がかりになるのです。


🤔 研究の背景:テロメアと糖尿病って関係あるの?

実は、2型糖尿病の人は、同じ年齢の健康な人に比べてテロメアが短いことがわかっています。

これは、「糖尿病=早く老ける病気」とも言えるのかもしれません。

糖尿病では、酸化ストレス(細胞を傷つけるサビのようなもの)や慢性的な炎症が強くなりやすく、これがテロメアを短くする原因になるのでは?と言われています。


🧪 研究の目的:今回の研究では何を調べたの?

オーストラリア・フリーマントルで行われたこの大規模な研究では、

  1. テロメア長は4年間でどう変化するのか?

  2. その変化と、糖尿病の合併症や死亡リスクに関係はあるのか?

を調べました。


🧍‍♂️ 対象者:誰が参加したの?

研究に参加したのは、オーストラリア・西オーストラリア州のフリーマントル地域で生活する 2型糖尿病患者819人です。
彼らは、2008〜2011年に最初の検査(ベースライン)を受け、その約4年後にも再度テロメアを測定しています。


🧫 テロメア長の測定方法(難しそうだけど安心して)

テロメアは血液中の白血球のDNAから測定されました。qPCR(定量PCR)という技術を使い、**「テロメアの長さ ÷ 正常な比較サンプル」**という形で「相対テロメア長(rTL)」を計算しています。

そして、**4年間の変化量(ΔrTL)**を次のように分類しました:

  • Shortened(短くなった):年あたり2.69%以上の短縮

  • Unchanged(変わらなかった):±2.69%以内の変動

  • Lengthened(長くなった):年あたり2.69%以上の伸び

ちなみに、2.69%という数字は、この測定方法での「誤差の範囲」を表しており、それ以上の変化は本当に意味のある変化と考えられています。


📊 主な結果とその解説

🔻 テロメアはみんな短くなるわけではなかった!

  • テロメアが短くなった人:25.5%

  • 変わらなかった人:10.5%

  • 逆に長くなった人:64.0%

意外ですよね?
「年を取ればテロメアは短くなる」と思われがちですが、実は64%の人でテロメアが延びていたのです。

これは、生活習慣の改善や、ある種の薬(例:スタチン、ARB、カルシウム拮抗薬など)が、テロメアを保護した可能性があるとも考えられます。


🧓 テロメア短縮と関係があった因子(統計的に意味があったもの)

  • 年齢が高い

  • 男性

  • 喫煙

  • 肥満

  • 脂質改善薬の使用(スタチンなど)

  • 血小板数が多い

  • ビリルビン値が高い

これらの特徴を持つ人は、テロメアが短くなる傾向がありました。


😥 でも……テロメアの長さや変化と「合併症・死亡リスク」は?

  • テロメアの長さ(rTL)や、その変化(ΔrTL)は、合併症(網膜症・腎症・神経障害・心筋梗塞・脳卒中など)や死亡リスクとは関係なかったという結果でした。

  • 一部、**「テロメアが長くなった人は、心血管死が少なかった」**という弱い関連もありましたが、年齢や性別などの他の因子を加味すると、その関連は消えてしまいました


🧠 どうしてそんな結果になったのか?考察

この研究では、

  • 2型糖尿病の人のテロメアは「動的(伸びることもある)」

  • でも、それが直接、合併症や死亡のリスクとはつながっていない

ということが示されました。

テロメアの変化は、糖尿病や加齢だけでなく、

  • 遺伝的要因

  • ストレスや睡眠、食生活

  • 治療薬の影響

  • 炎症や酸化ストレスの状態

など、多くの要因に影響されるため、「テロメアだけでは予後は予測できない」という結論になったと考えられます。


🩺 この研究の意義とまとめ

✔️ テロメア長は一方向に短くなるだけではなく、伸びることもある
✔️ その変化は、年齢や生活習慣・薬剤の影響を受ける
✔️ しかし、現時点では糖尿病患者の合併症や死亡を予測するのに使える「決定的な指標」ではない


📝 結論:現場の医療にどう活かせる?

今のところ、「糖尿病患者のテロメアを測っても、合併症のリスクを予測するには役立たない」と言えます。

でも、これは「意味がない」ではなく、「まだわからないことが多い」という意味でもあります。
今後、さらにライフスタイルや薬の影響などを詳細に検討し、「誰がテロメアを保ちやすいのか」などを突き止めれば、将来の予防や治療に活かされる可能性は十分あります。


📚 最後に:専門用語まとめ

用語 やさしい説明
テロメア 染色体の先端にあるDNAのフタ。細胞の寿命を示す。
rTL(相対テロメア長) テロメア長を基準サンプルと比べた値。
ΔrTL テロメア長の4年間での変化率。年ごとに何%伸びた/縮んだか。
qPCR DNAを増幅して量を測る実験方法。
HbA1c 過去1〜2ヶ月の血糖の平均を示す指標。
uACR 尿中のアルブミン/クレアチニン比。腎臓の健康を示す。
MACE 心血管イベントの複合指標(心筋梗塞・脳卒中・心血管死)。



2025/07/20

健康講座888 「妊娠中の甲状腺ホルモンバランスが、血糖にも影響? ― FT4の低下と妊娠糖尿病の意外なつながり」

 



皆さんこんにちは。

今回は、「妊娠中の甲状腺のホルモンバランスと、妊娠糖尿病(GDM)との関係」について、世界中の研究データを集めて調べた最新の医学論文をご紹介します。

ちょっと難しそうに聞こえるかもしれませんが、大丈夫です。なるべくわかりやすく、かみ砕いてお話ししていきますね。


妊娠中って、体の中で何が起きてるの?

妊娠すると、体は赤ちゃんを育てるためにフル稼働します。ホルモンのバランスも大きく変わります。

そんな中でも、重要な役割を果たすのが次の2つのホルモン系です:

  • 甲状腺ホルモン(FT4やFT3):体の新陳代謝やエネルギーを調整してくれるホルモン。

  • 血糖をコントロールするホルモン(インスリンなど):妊娠中はインスリンの効きが悪くなるので、血糖値が上がりやすくなります。

このバランスが崩れると、妊娠糖尿病(GDM)という状態になることがあります。妊婦さんの10〜15人に1人くらいがなると言われています。


この研究でわかったことは?

この研究では、世界中の6万人以上の妊婦さんのデータを集めて、「甲状腺ホルモンや抗体の状態と、妊娠糖尿病が関係あるか?」をくわしく調べました。

その結果、次のようなことが分かりました。


✅ 結果①:FT4(ふりーT4)が低いと、妊娠糖尿病になりやすい

FT4(遊離サイロキシン)というのは、甲状腺ホルモンのひとつで、体の代謝を整えてくれる大事なホルモンです。

このFT4の値が低い人は、妊娠糖尿病になるリスクが高いことがわかりました。

とくに、**FT4だけが低い「isolated hypothyroxinaemia(アイソレーテッド・ハイポサイロキシネミア)」**というタイプの妊婦さんでは、GDMのリスクがかなり高くなっていました。

  • 正常な人ではGDM発症率が3.5%

  • FT4が低い人では6.5%

つまり、ほぼ2倍のリスクということです。


✅ 結果②:FT3(ふりーT3)が高くてもリスクが上がる

もう一つの甲状腺ホルモン、**FT3(遊離トリヨードサイロニン)**は、FT4から変化してできるホルモンで、代謝をより活発にする作用があります。

このFT3が高すぎる人でも、妊娠糖尿病のリスクが少し上がる傾向が見られました。

また、**FT3とFT4の比率(FT3/FT4比)**が高すぎる人も、リスクが上がるという結果でした。

つまり、

  • FT4が低すぎる

  • FT3が高すぎる

  • このバランスが崩れている

こうした場合に、血糖のコントロールがうまくいかず、GDMになりやすくなるということがわかってきました。


❌ 結果③:TSHや自己抗体は関係なかった

よく検査でチェックされる**TSH(甲状腺刺激ホルモン)**や、
TPO抗体、Tg抗体といった自己免疫を示す抗体の有無については、

「GDMとの関係は見られなかった」とのことです。

つまり、「抗体が陽性だからGDMになりやすい」といったことは、この研究では確認されませんでした。

また、**潜在性甲状腺機能低下症(TSHが高くてFT4は正常)**の人も、GDMのリスクとは関係ありませんでした。


🩺この結果から何が言えるの?

これまで、妊娠糖尿病のリスクについては「甲状腺の自己抗体があると危ないかも」「TSHが高いとリスク?」など色々言われてきました。

でも今回の大規模な研究で、「ポイントはFT4の低さと、FT3とのバランス」ということがハッキリしてきました。

つまり、

  • 妊婦健診でFT4が低いときは、「血糖にも気をつけよう」というサインかもしれません。

  • 逆に、TSHや抗体だけでは判断しにくいこともある。


💊治療との関係は?

妊娠中にFT4が低いと診断された場合、**レボチロキシン(チラーヂンS)**という薬で補うことがあります。

この研究結果は、

「チラーヂンの治療を見直した方がいいかも」
「血糖のことも考えて治療の目標値を考えるべき」

という考え方を後押しするものになっています。

ただし、「チラーヂンを飲んだらGDMが防げるか?」まではまだわかっていません。今後の研究が待たれます。


📌まとめ

  • 妊娠中にFT4が低いと、GDMのリスクが高いことが分かりました。

  • FT3が高い、またはFT3/FT4の比が高いときも、注意が必要です。

  • 逆に、TSHや抗体が陽性でも、GDMとの関係は明確ではありません

  • 今後、甲状腺治療と血糖管理のバランスを見直す動きが進むかもしれません。


🧑‍⚕️最後にひとこと

妊婦健診では血糖や甲状腺のチェックが大事です。
もし「FT4が低いですね」と言われたら、「血糖は大丈夫かな?」という視点も持ってみてくださいね。

これから赤ちゃんを迎える方、そのご家族、医療関係者のみなさんにとって、少しでも参考になれば幸いです。



2025/07/19

健康講座887  痩せる人と痩せない人の違いは「腸」にあった 〜マルチオミクス解析でわかったダイエット成功の鍵〜

みなさんこんにちは。

今回は、2025年6月30日にアメリカ糖尿病学会の学術誌「Diabetes Care」に掲載された最新の研究をご紹介します。

タイトルは「マルチオミクスおよび表現型の情報に基づいた体重減少と再増加の予測:カロリー制限食試験の結果」です。

この研究が目指したのは、「誰がダイエットで痩せるか、そして誰が痩せた後にリバウンドするかを、科学的に予測する」ことです。つまり、痩せやすさやリバウンドのしやすさを、腸内細菌や血液中の成分、身体的な特徴から見抜こうという試みです。


研究の背景

食事制限によるダイエットは、肥満や2型糖尿病、心臓病などの生活習慣病を防ぐために重要な方法です。しかし現実には、同じような食事制限をしても、ある人は大きく痩せる一方で、ほとんど体重が減らない人もいます。また、せっかく痩せたのに短期間で体重が元に戻ってしまう人もいます。

なぜこのような違いが生まれるのでしょうか?

それは、見た目からはわからない「体の中の違い」、たとえば腸内環境、代謝、体組成、ホルモンの働きなどに起因している可能性があります。

この研究は、それら体の中の違いをできる限り詳しく測定し、予測モデルとして組み立てることで、痩せやすい体質やリバウンドのリスクを事前に見極めることができるかどうかを検証しました。


マルチオミクスとは何か?

マルチオミクスとは、生物の体の中で起きているさまざまな生化学的な変化を、網羅的に調べる方法のことです。「マルチ」は「複数の」、「オミクス」は「データの全体像を分析する学問」のことです。

具体的には、以下のような分野が含まれます。

  1. ゲノミクス(遺伝子の配列情報)

  2. トランスクリプトミクス(遺伝子が実際にどれだけ使われているか)

  3. プロテオミクス(体内で作られているタンパク質)

  4. メタボロミクス(体の中で作られる代謝物:糖や脂質など)

  5. マイクロバイオーム(腸内や皮膚に住む細菌の種類と割合)

これらの情報を総合的に活用することで、その人の「見えない体質」や「反応のしやすさ・しにくさ」を調べることができます。


試験のデザイン:LEAN-TIME試験

今回の研究は、LEAN-TIMEという名前の食事試験をもとにした追加分析です。LEAN-TIME試験では、以下のようなプロトコルで進められました。

  • 対象者:過体重または肥満のある88人の成人(18歳以上)

  • 試験期間は合計40週間(約10か月)

  • 最初の12週間は「減量期」

  • 続く28週間は「体重維持期(リバウンド観察)」

参加者は、減量期にカロリー制限と低糖質、そして食事時間の制限(時間制限食)を行いました。その後の28週間は、自由な食事に戻した状態で体重の戻り方を観察しました。


測定した内容

研究者たちは、以下のようなデータを収集しました。

  • 身体測定:体重、体脂肪、筋肉量

  • 血液検査:インスリン、グルコース、中性脂肪、コレステロールなど

  • 腸内細菌の種類と割合(便のDNA解析による)

  • 便中の代謝産物(腸内細菌が作り出す化学物質)

  • 食事内容と栄養素の摂取状況

これらすべてを「予測に使える材料」として集め、どの要素が痩せやすさやリバウンドのしやすさに関係しているかを統計的に解析しました。


解析方法とモデルの作り方

研究では、以下の2つの統計的な方法を使って予測モデルを作りました。

  1. 多変量回帰分析

  2. LASSO回帰(重要な変数を自動的に絞り込む方法)

まず、体重や体脂肪、筋肉量の変化を目的変数として設定します。そして、それらに影響する可能性のあるデータ(腸内細菌、代謝物、血液データなど)を説明変数として、モデルに入れていきます。

たとえば、「ある種類の腸内細菌が多いと、より痩せやすい」「この代謝物が多い人は、筋肉量を保ったまま脂肪だけを落としやすい」などの関係を調べるのです。


結果:どれくらい予測できたか?

減量期とリバウンド期に分けて、予測モデルの精度を示します。

【減量期(12週間)】

  • 体重の減少:R² = 0.49(約半分は予測可能)/ RMSE = 1.59 kg(誤差は平均1.6kg)

  • 体脂肪量の減少:R² = 0.61 / RMSE = 1.41 kg

  • 筋肉量の変化:R² = 0.54 / RMSE = 0.98 kg

また、5%以上の体重減少を達成できたかどうかを分類するモデルでは、

  • AUC(分類精度):0.95(非常に高い)

  • 感度(実際に痩せた人を見逃さない割合):94.12%

  • 特異度(痩せていない人を間違って痩せたと判断しない割合):86.79%

【リバウンド期(28週間)】

  • 体重の再増加:R² = 0.72 / RMSE = 1.40 kg

  • 体脂肪量の再増加:R² = 0.73 / RMSE = 1.62 kg

  • 筋肉量の変化:R² = 0.66 / RMSE = 0.73 kg

リバウンドについても非常に高い精度で予測が可能であることが示されました。


予測に影響を与えていた主な因子

予測モデルで重要だったと判定された要素は、次の3つが特に注目されました。

  1. Ruminococcus callidus(ルミノコッカス・カリダス)
    腸内細菌の一種で、食物繊維を分解し、エネルギー代謝を助ける短鎖脂肪酸を作る能力があります。これが多い人ほど、脂肪が燃えやすい体質になっている可能性があります。

  2. Bifidobacterium adolescentis(ビフィドバクテリウム・アドレセントティス)
    一般に「ビフィズス菌」と呼ばれるグループの一種で、腸内環境を整え、炎症を抑える働きがあります。これが多いと体脂肪の減少につながりやすいことが分かりました。

  3. N-アセチル-L-アスパラギン酸
    神経や代謝に関係する物質で、主に脳や腸内で働いています。肥満の人ではこの物質が少ない傾向があることが知られています。多い人の方がエネルギー代謝がスムーズに行われ、痩せやすい可能性があります。

これら3つの要因は、減量期とリバウンド期のどちらのモデルでも共通して登場しており、特に注目されています。


研究の結論

この研究のまとめとして、次のように結論づけられています。

  • 腸内細菌や便の中にある代謝物、身体の特徴などを組み合わせることで、体重の減り方やリバウンドのしやすさをかなり正確に予測できる

  • 特定の腸内細菌(ビフィズス菌など)や代謝物が、痩せやすい体質に関与していると考えられる

  • 食事制限だけではなく、腸内環境を含めた包括的な体質理解が重要である


どんな未来が期待できる?

このような研究が進むことで、将来的には次のような展開が期待されます。

  • ダイエット前に腸内環境を調べて、自分に合った食事法を選べる

  • 痩せにくい人にはあらかじめ対策を立てて、無理な食事制限を避けられる

  • リバウンドしやすい人には、腸内フローラの調整やサプリメントを使った予防が可能になる

  • 医師が患者に対して、より個別化された肥満治療を提供できるようになる


最後に

「痩せられないのは意志が弱いから」と自分を責めてしまう人も少なくありません。しかし、この研究は「体の中の状態」によって痩せやすさが決まっている部分が大きいことを示しています。

つまり、やみくもに努力するよりも、まずは自分の体の中を知ることが、成功への近道になるのです。

この研究はその第一歩として、とても大きな意味を持っています。体重管理が難しいと感じている方にとって、希望の持てる新しい視点になるかもしれません。


2025/07/18

健康講座886 「スタチンは糖尿病を引き起こす?―膵臓β細胞への影響に注目した最新研究レビュー」

 みなさんこんにちは。

今回は、「スタチン」という非常に一般的に使われているコレステロール低下薬が、実は一部の人で「2型糖尿病(T2D)」の新たな発症リスクと関係しているかもしれないという興味深いテーマについて、丁寧に解説していきます。

とくに、インスリンを分泌する膵臓の「β細胞」にスタチンがどのような影響を与えるのか、最新の研究レビューの内容をもとに、専門用語の解説も交えながらわかりやすくお伝えします。


◆スタチンってどんな薬?

スタチン(Statin)は、心筋梗塞や脳卒中などの動脈硬化性疾患の予防・再発防止に用いられる「脂質異常症治療薬(コレステロールを下げる薬)」です。具体的な商品名には、リピトール(アトルバスタチン)クレストール(ロスバスタチン)、**メバロチン(プラバスタチン)**などがあり、世界中で何百万人もの人が毎日服用しています。

スタチンは、肝臓でのコレステロール合成を抑えることにより、血中のLDLコレステロール(いわゆる「悪玉」コレステロール)を下げます。これによって血管の炎症や動脈硬化の進行を抑え、心筋梗塞や脳梗塞のリスクを大きく下げることが証明されています。

そのため、心血管疾患の既往がある方や、リスクが高い方には非常に有効な治療法の一つです。


◆でも、糖尿病になるリスクもある?

ここで問題なのが、スタチンを服用している人の中に、新たに2型糖尿病を発症する人が少なくないことが分かってきた点です。

大規模な疫学研究やメタ解析によって、スタチン使用者は非使用者に比べてT2Dの発症リスクがやや高くなることが報告されています(おおよそ10〜15%増加とする報告も)。

もちろん、心血管病を予防するメリットのほうが大きいとされているため、多くの医師は引き続きスタチンを処方しています。しかし、「なぜ糖尿病のリスクが増えるのか?」というメカニズムは、まだ完全には解明されていません。


◆糖尿病リスクに関係する3つの要素

スタチンが糖尿病を引き起こす理由として、以下のような要因が考えられています。

  1. 体組成の変化
     スタチンを使うと、体脂肪が増加したり、筋肉量が減少したりするという報告があります。筋肉は血糖を取り込んでエネルギーとして利用する主要な臓器であり、筋肉量が減ると血糖値のコントロールが悪化しやすくなります。

  2. インスリン感受性の低下
     スタチンの一部は、筋肉や脂肪組織における「インスリン感受性」を下げる可能性が示唆されています。つまり、インスリンが効きにくくなり、血糖が高くなりやすくなるということです。

  3. 膵臓のβ細胞機能の低下 ←今回の主な焦点
     β細胞は血糖値を下げるホルモン「インスリン」を分泌する細胞です。このβ細胞にスタチンが悪影響を及ぼし、インスリンの分泌量が減ることで血糖値が上がりやすくなる可能性があるのです。


◆スタチンがβ細胞に与える影響とは?

本レビューでは、β細胞の機能がどのようにスタチンによって損なわれるのかに焦点が当てられています。具体的には、以下のようなメカニズムが考えられています。


●1. メバロン酸経路の阻害

スタチンは、HMG-CoA還元酵素という酵素を阻害して、コレステロールの合成を抑制します。このコレステロール合成経路は「メバロン酸経路(Mevalonate Pathway)」と呼ばれます。

しかし、この経路はコレステロールだけでなく、CoQ10(ユビキノン)イソプレノイド類などの重要な補酵素・代謝物も産生するため、スタチンによってそれらの生成も抑制されることになります。

これが、ミトコンドリアの働きを弱めたり、細胞内のシグナル伝達を阻害したりして、β細胞の正常な機能を妨げる可能性があります。


●2. コレステロール代謝と細胞膜の変化

β細胞には、適切なインスリン分泌を行うために、ある程度のコレステロールが必要です。スタチンによって細胞内のコレステロール濃度が低下すると、細胞膜の構造が変わり、カルシウムチャネルやインスリン分泌に関わるタンパク質の配置が乱れることがあります。

その結果、インスリン分泌がうまくいかなくなるというメカニズムが提唱されています。


●3. β細胞に特有な遺伝子とタンパク質の発現変化

スタチンがβ細胞における特定の遺伝子の発現(例:インスリン遺伝子、Pdx1など)を変化させることで、インスリン合成能力自体が低下することも考えられています。

また、細胞内の「小胞体ストレス(ER stress)」が増加すると、β細胞の機能低下やアポトーシス(細胞死)を招くこともあります。


●4. ミトコンドリア機能の障害

ミトコンドリアは、インスリン分泌に必要なエネルギー(ATP)を生産する工場です。スタチンは、ミトコンドリアのATP産生を妨げ、β細胞のエネルギー不足を招く可能性があります。

このようなミトコンドリア障害も、インスリン分泌低下の一因として注目されています。


◆男女差の可能性にも注目

興味深いことに、このレビューでは「性別による反応の違い」にも触れています。

たとえば、女性は男性よりもスタチンによる血糖上昇の影響を受けやすい可能性があり、ホルモンや脂質代謝の違いが関与していると考えられています。しかし、この分野はまだ十分に研究されておらず、今後の重要な課題とされています。


◆今後の課題と展望

スタチンの使用者は世界中で増加しており、日本でも高齢化に伴って処方が増えることが予想されます。したがって、以下のような点を明らかにする研究が急務です。

  • スタチンの種類によって糖尿病リスクが異なるのか?(例:水溶性 vs 脂溶性)

  • どのような人がスタチンによるβ細胞障害を受けやすいのか?

  • CoQ10や他の補酵素の補充によってβ細胞の機能低下を防げるか?

  • 性差に基づくパーソナライズドな処方戦略の必要性


◆まとめ:スタチンの恩恵とリスクのバランスを考える

スタチンは、確かに「命を救う」薬のひとつであり、心血管疾患リスクが高い人には非常に有効です。しかしその一方で、一部の人では2型糖尿病のリスクがわずかに高くなる可能性があります。

とくに、インスリンを出す膵臓のβ細胞への影響はまだ研究途上であり、その詳細なメカニズムやリスク因子を明らかにすることは、今後の糖尿病予防・治療戦略において非常に重要です。


◆医療現場での工夫も必要

医師や医療者は、スタチンを使うときに以下のような視点を持つことが推奨されます。

  • 血糖値やHbA1cの定期的なチェック

  • 家族歴やメタボ傾向の評価

  • 食事や運動などの生活習慣改善を同時に指導

  • 糖尿病リスクの高い人にはCoQ10やビタミンD補充も検討


みなさんにとっても、スタチンを服用しているなら「自分は血糖値もチェックしているかな?」「生活習慣は乱れていないかな?」と、少しだけ意識するきっかけになれば幸いです。

今後もこのような医学の最新知見を、わかりやすく丁寧にお届けしていきます。



2025/07/17

健康講座885 「SGLT2阻害薬はCOPD悪化を防ぐ?―2型糖尿病患者における新たな可能性を示した最新メタ解析とベイズ分析」





みなさんこんにちは

今回は、2025年7月2日に発表された注目の医学論文:

「2型糖尿病の人におけるSGLT2阻害薬がCOPDの増悪に与える影響:メタ解析およびベイズ感度解析」
(原題:Effect of SGLT-2 inhibitors on COPD exacerbations in individuals with type 2 diabetes: A meta-analysis and Bayesian sensitivity analysis
の内容をわかりやすく解説していきます。


🩺まずはこの研究の背景から

【SGLT2阻害薬ってなに?】

SGLT2阻害薬(Sodium-glucose co-transporter 2 inhibitors)は、糖尿病治療薬の一種です。腎臓でのブドウ糖の再吸収を妨げて、尿から糖を排出することで血糖値を下げるという作用があります。

この薬は、もともと糖尿病の治療のために開発されましたが、近年では以下のような幅広い効果があることが分かってきました。

  • 心不全の悪化予防

  • 慢性腎臓病の進行抑制

  • 体重減少、血圧低下効果

【COPDってなに?】

COPDとは、「慢性閉塞性肺疾患(Chronic Obstructive Pulmonary Disease)」の略です。

これは主に喫煙などが原因で気道(肺の空気の通り道)に炎症が生じ、息切れや咳、痰などが続く慢性的な肺の病気です。特に高齢者に多く、生活の質(QOL)を大きく下げる疾患です。

糖尿病とCOPDは、一見関係ないように見えますが、実は共通するリスク因子(たとえば喫煙、加齢、肥満、慢性炎症など)を持っており、両方を併せ持つ患者も少なくありません。


🔍この研究の目的

この研究は、

「2型糖尿病患者にSGLT2阻害薬を使ったときに、COPDの増悪(悪化)が抑えられるのか?」

という疑問に対して、複数の臨床試験のデータを統合して解析(メタ解析)し、さらにベイズ統計手法を用いた感度分析も行うことで、より信頼性の高い結果を導き出そうとしたものです。


📊研究方法(Method)

【メタ解析とは?】

メタ解析(Meta-analysis)は、複数の独立した研究結果を統計的に統合して、全体としてどんな傾向があるのかを明らかにする手法です。

この研究では、2型糖尿病患者を対象としたランダム化比較試験(RCT)からデータを抽出し、SGLT2阻害薬を投与した群と投与しなかった群で、COPD増悪の頻度がどう違ったかを調べました。

【ベイズ感度解析とは?】

従来の統計手法(頻度主義)ではなく、「ベイズ統計」と呼ばれる方法も用いて、さまざまな前提条件(prior assumptions)のもとで結果がどう変わるかを検証しています。

これは、既存の知識(たとえば「SGLT2阻害薬は抗炎症作用があるかも」など)を考慮しながら、推定結果の信頼性を確認するために使われる方法です。


🧪研究結果(Results)

  • 2型糖尿病患者において、SGLT2阻害薬を使用した群は、使用しなかった群に比べてCOPDの増悪が有意に少なかった

  • この効果は複数のサブグループでも一貫しており、薬の種類や背景因子にかかわらず確認された

  • ベイズ感度解析でも、さまざまな仮定のもとでもこの結果は保たれており、SGLT2阻害薬がCOPD増悪を抑える可能性が高いという結論になった。


💡どうしてこのような効果があるのか?

SGLT2阻害薬は、もともと「血糖を下げる」目的で開発されましたが、近年ではその抗炎症作用酸化ストレス軽減効果が注目されています。

COPDは「慢性的な炎症」によって悪化していく病気なので、SGLT2阻害薬が以下のような作用を通じて改善に寄与しているのではないかと考えられています。

  • 体重減少とインスリン抵抗性の改善

  • 酸化ストレスの軽減

  • 肺の血流改善

  • 炎症性サイトカインの低下

つまり、糖尿病のコントロールだけでなく、肺の慢性炎症にも有効である可能性があるのです。


🧠臨床的な意味(Clinical Implications)

この結果は、次のような実臨床での判断に役立つ可能性があります。

✅ 糖尿病患者でCOPDも持っている方に対して…

→ SGLT2阻害薬を積極的に選択する根拠になる
(心不全・腎臓保護効果も含めて、一石三鳥)

✅ COPDが進行している糖尿病患者に…

→ 入院や増悪を予防する手段としても活用可能かも


⚠️注意点と限界(Limitations)

  • この研究はあくまで「観察された効果」を統合して評価したものであり、直接的な因果関係を証明するわけではありません。

  • COPDの診断基準や重症度の評価は、研究ごとに異なる可能性があり、完全な比較には限界がある。

  • 多くの試験がCOPDを主要アウトカムとしていなかったため、副次的な評価項目から抽出されたデータである可能性もある。

とはいえ、ベイズ解析まで用いて信頼性の高い結果が得られており、臨床的に重要な示唆を含んでいると評価できます。


🔚まとめ

この研究は、

SGLT2阻害薬が、2型糖尿病患者におけるCOPDの増悪リスクを下げる可能性がある

という新たな視点を提示しています。

糖尿病の治療選択において、血糖コントロールだけでなく、心臓、腎臓、そして今回のような肺疾患にも配慮した「全人的な治療」が求められる時代において、この知見は非常に価値があります。


📚参考用語解説

用語 解説
SGLT2阻害薬 腎臓でのブドウ糖再吸収を抑えることで、尿から糖を出して血糖値を下げる薬。
COPD 喫煙などによって起こる慢性的な肺疾患。呼吸困難や咳などが特徴。
メタ解析 複数の研究結果を統合して解析する統計手法。
ベイズ解析 事前情報をもとに確率を推定する統計手法で、複数の仮定を試して結果の頑健性を検証できる。
炎症性サイトカイン 体内の炎症を引き起こすたんぱく質。過剰になると慢性炎症や病気の原因になる。

今後、SGLT2阻害薬の適応拡大や、呼吸器系への効果を評価する前向き研究が進めば、COPDと糖尿病の両方を持つ患者さんにとって大きな福音となるでしょう。


2025/07/16

健康講座884 認知症予防に期待!顔と首をさするだけで脳がキレイになる?

 

皆さんこんにちは。

今回は「顔や首のマッサージが脳の老廃物を排出し、認知症予防に役立つかもしれない」という、ちょっと驚きの研究をご紹介します。

これが本当なら、とても簡単な方法で脳の健康を守れるかもしれないということです。でも、「なぜそんなことが起きるの?」と思われた方も多いはず。ここでは、できるだけわかりやすく、そして丁寧に、最新の研究成果を解説していきます。




●脳の中を流れる「脳脊髄液(CSF)」って何?

まず、今回の話の主役となるのが「脳脊髄液(のうせきずいえき:CSF=Cerebrospinal Fluid)」という体液です。

これは名前の通り、「脳」や「脊髄(背骨の中を通る神経)」のまわりを満たしている液体で、体の中でとても大切な役割を担っています。

主な役割は以下の3つです。

  1. 脳を衝撃から守るクッションのような働き

  2. 脳の代謝によって生じた老廃物の運び屋

  3. 栄養やホルモンの運搬

このCSFは絶えず作られては排出される循環システムを持っており、健康な状態ではしっかり流れています。


●CSFが詰まるとどうなる?

最近の研究では、CSFの流れが悪くなると、アルツハイマー病などの神経変性疾患(しんけいへんせいしっかん)につながる可能性があると考えられています。

神経変性疾患とは、脳の神経細胞が徐々に死んでいく病気で、以下のような病気が含まれます。

  • アルツハイマー病:記憶や思考能力が低下する

  • パーキンソン病:体の動きがぎこちなくなる

  • ALS(筋萎縮性側索硬化症):筋肉が動かなくなる

これらの病気の共通点の1つが、「脳の中に老廃物(とくにアミロイドβやタウたんぱく)などが蓄積すること」です。


●CSFはどこを通って、どこに排出されているのか?

このCSFが脳のどこから出ていき、どこへ流れていくのか?については、これまであまり詳しくわかっていませんでした。

ところが、2024年に韓国のGou Young Koh博士のチームが、驚くべき新しいCSF排出ルートを発見しました(参考文献1)。

▼くも膜下腔 → 髄膜リンパ管 → 鼻咽頭リンパ網 → 首の深いリンパ節

ざっくり言うと、

  • 脳の表面(くも膜下腔)にあるCSFが

  • 頭蓋骨の底にある髄膜リンパ管(ずいまくリンパかん)

  • → さらに鼻の奥にある鼻咽頭リンパ網(びいんとうリンパもう)

  • → 最終的に首の奥のリンパ節に流れ込んでいく

という流れです。

この流れを通じて、脳から老廃物が体の外に向かって排出されていくのです。


●マウスでの実験:CSFの流れを薬で改善するとどうなる?

Koh博士らのグループは、マウスを使った研究である薬剤の組み合わせによってCSFの排出が促進されることを発見しました。

その組み合わせとは以下の3つの薬です(参考文献3):

  • プラゾシン:高血圧治療薬

  • アチパメゾール(atipamezole):α2受容体遮断薬(鎮静の解除などに使われる)

  • プロプラノロール:β遮断薬。心臓病や高血圧、不安障害にも使われる

これらを併用すると、マウスのCSF排出が高まり、脳のむくみ(浮腫)が改善され、動きが滑らかになるという効果が観察されました。


●マッサージでCSFの排出を促進できる?!

さらに、Koh博士のグループが次に行ったのが、「もっと簡単な方法でCSF排出を促進できないか?」という挑戦です。

結果は驚くべきものでした(参考文献4〜6)。

なんと、顔や首の表面を軽くマッサージ(あるいは綿棒のようなものでトントン刺激)するだけでCSFの流れが良くなることがわかったのです。

▼発見された「新しい排出経路」

この時発見されたのは、皮膚のすぐ下(わずか5mmほど)を通るCSFの排出経路です。

  • 顔(目・鼻・口のまわり)→ 表在性頸部リンパ管(scLV)→ 顎下リンパ節(smLN)

という流れです。

この表在性リンパ管(superficial cervical lymphatic:scLV)を通じて、脳からのCSFが顔→首→リンパ節へと流れていくという全く新しいルートが見えてきたのです。


●軽くマッサージするだけで効果あり?

研究では、以下のような方法で実験が行われました。

  • 綿棒のような器具で顔や首をトントンと軽く叩く

  • 表面を優しくさするようなマッサージ

このシンプルな刺激だけで、老化したマウスのCSF排出が若いマウスと同じレベルまで改善したのです。

しかも、この効果はサルでも確認済み(未発表)であり、ヒトの皮膚下にも同じようなリンパ構造があることから、人間にも応用できる可能性が出てきました


●でも、現時点でわかっていないことも多い

ただし、現時点ではまだマウスやサルでの結果にとどまっており、人間で本当に同じように効果があるかどうかは不明です。

また、

  • CSF排出を促すことで、実際にアルツハイマー病の進行を遅らせられるか?

  • 予防的な効果があるのか?

といった肝心な点については、これからの研究が必要です。

今後、アルツハイマー病のマウスモデルを使って、実際に病気の進行が遅くなるかどうかを調べる予定だそうです(参考文献6)。


●まとめ:毎日のセルフケアとしての「顔・首マッサージ」

現時点では「マウスでは有効だった」という段階ですが、それでも今回の研究はとても示唆に富んでいます。

  • 首や顔のリンパの流れを整えることが、脳の老廃物の排出につながるかもしれない

  • マッサージなどの物理的刺激でリンパの流れを助けることができる

  • 認知症や脳の老化に対する新たな予防・治療の可能性がある

将来的には、薬に頼らない「非侵襲的(ひしんしゅうてき)」な予防法として、顔や首のマッサージが広く認知されるかもしれません。


●参考文献

  1. Yoon JH, et al. Nature. 2024;625:768-777.

  2. Nelson-Maney NP, et al. J Clin Invest. 2024;134:e175616.

  3. Hussain R, et al. Nature. 2023;623:992-1000.

  4. Jin H, et al. Nature. 2025 Jun 4. [Epub ahead of print]

  5. New non-invasive method discovered to enhance brain waste clearance / Eurekalert

  6. Massaging the neck and face may help flush waste out of the brain / NewScientist



2025/07/15

健康講座883 「コーヒー成分トリゴネリンに筋肉老化予防の可能性 〜サルコペニア対策の新たな希望〜」

 

皆さんこんにちは。

今日は、「コーヒーに含まれる成分『トリゴネリン』が、老化による筋肉の衰え=サルコペニアを防ぐかもしれない」という新しい研究について、わかりやすくお伝えします。健康や老化に関心がある方、筋肉を保ちたい方、そしてコーヒー好きの方も、ぜひ最後まで読んでみてくださいね。



☕トリゴネリンとは?

まず主役となる「トリゴネリン」という成分について説明しましょう。

🔬トリゴネリンってなに?

トリゴネリンは、コーヒー豆などに多く含まれる天然の成分(アルカロイド)です。私たちの体の中でも少しだけ作られていて、ビタミンB3(ナイアシン)から合成されます

このトリゴネリンが、老化に伴って起こる筋肉の衰え(サルコペニア)を防ぐ可能性があるという研究が発表されました。


💪サルコペニアってなに?

「サルコペニア」とは、加齢とともに筋肉の量や力が減っていく状態のことです。

👣特徴は?

  • 筋肉量が減る

  • 筋力が弱くなる

  • 歩くスピードが遅くなる

年齢とともに誰でも起こる可能性があるこの症状は、放っておくと転倒や寝たきりの原因にもなるため、予防や対策がとても重要です。


🔋老化とミトコンドリアの関係

今回の研究で注目されたのが、**筋肉の中にある“ミトコンドリア”**の働きです。

🧪ミトコンドリアとは?

ミトコンドリアは、細胞の中にある小さな「発電所」のようなもの。
エネルギー(ATP)を作り出す重要な役割を担っています。

加齢とともにこのミトコンドリアがうまく働かなくなってしまうと、筋肉に必要なエネルギーが不足してしまい、筋肉の機能低下や衰えにつながります

また、筋肉内では「NAD⁺(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)」という物質も重要な役割を持っています。NAD⁺は代謝に必要な補酵素のひとつで、これもビタミンB3から作られます


🔍研究のポイントまとめ

この研究では、以下のことが明らかになりました。

🔬研究対象

  • シンガポール、英国、ジャマイカの高齢者119人

  • 健康な人とサルコペニアの人の血液と筋肉を比較

🧪分かったこと

  1. サルコペニアの人は、血中のトリゴネリン濃度が低い

  2. トリゴネリンが多い人ほど、筋肉量が多く、握力も強く、歩く速度が速い

  3. 筋肉にトリゴネリンを加えると、NAD⁺が増えてミトコンドリアが活性化

  4. 線虫やマウスにトリゴネリンを与えると、筋力の維持や疲れにくさが改善、寿命も延びた


☕コーヒーを飲めばトリゴネリンが増えるの?

ここが気になるところですよね。でも、結論は「今のところはわからない」です。

📉なぜ?

  • 研究に参加した高齢者186人のデータでは、トリゴネリン濃度とコーヒー摂取量に関係はなかったのです。

  • これは、調査対象が中東(イラン)で、コーヒーをあまり飲まない地域だったことも関係しているかもしれません。


🇰🇷韓国の研究ではコーヒーが有効かも?

お隣の韓国で行われた別の研究では、コーヒーをよく飲む人ほどサルコペニアになりにくいという結果が出ています。

  • 1日3杯以上飲む人は、1日1杯未満の人よりもサルコペニアの発症率が約60%低かったというデータもあります。

ただし、この効果がトリゴネリンによるものかどうかは不明であり、今後の研究が必要です。


📝まとめ

ポイント 内容
トリゴネリンとは? コーヒーに含まれる天然成分。ビタミンB3から体内でも合成される
どんな効果? ミトコンドリアの働きを助け、筋肉を守る可能性
サルコペニアとの関係 トリゴネリンが多い人は筋力が強く、歩くのも速い
コーヒーで増える? まだはっきりしていない(地域差あり)
韓国の研究では? コーヒーを多く飲む人はサルコペニアが少ない傾向あり

🌟さいごに

この研究はまだ初期段階ですが、「コーヒーの中の成分が老化予防に役立つかもしれない」というのはとても興味深い話ですよね。今後、トリゴネリンのサプリメントや新しい治療法の開発が進めば、高齢者の生活の質向上に役立つかもしれません。

コーヒー好きな方も、そうでない方も、健康的な老後のためにこうした最新情報に注目しておくといいですね。もちろん、バランスの取れた食事、適度な運動、よい睡眠も忘れずに。

また面白い研究があったらご紹介しますね。ではまた!

2025/07/14

健康講座882 「日本食が心と体を守る:うつ病予防と糖尿病リスク低下を示した最新研究」

 みなさんこんにちは。

今回は、「日本食がうつ病や糖尿病などの健康リスクを減らす可能性がある」という非常に興味深い最新の研究報告についてご紹介していきます。対象となった研究は、日本国内の大規模な疫学調査「J-ECOHスタディ」や「JPHC研究」に基づくもので、信頼性の高い公的研究機関によるものです。


🍚 日本食がメンタルヘルスに与える効果とは?

まず注目すべきは、伝統的な日本食のパターンを守っている人ほど、うつ病の症状が少ない傾向にあるという結果です。

これは、国立健康危機管理研究機構(Japan Institute for Health Security, JIHS)が行った「J-ECOHスタディ(Japan Epidemiology Collaboration on Occupational Health Study)」の一環として行われました。対象となったのは、日本の企業に勤務する12,499人の勤労者です。

🧠「日本食パターン」とは?

調査で使われた「日本食パターンのスコア」とは、以下の食品群の摂取頻度を元に算出されています。

  • ご飯(白米)

  • 味噌汁

  • 大豆製品(納豆、豆腐、味噌など)

  • 緑黄色野菜(にんじん、小松菜、ピーマンなど)

  • 海藻類(ワカメ、昆布、のりなど)

  • キノコ類(しめじ、しいたけ、えのきなど)

  • 魚類(特に脂の多い青魚:サバ、イワシ、サンマなど)

  • 緑茶

  • イモ類(さつまいも、じゃがいもなど)

  • 漬物

これに加えて、果物や乳製品、生野菜などを取り入れたものは「改良型日本食パターン」と呼ばれました。

📉 うつ症状は約20%減

この調査では、スコアが高い(つまり日本食を多く取り入れている)人たちは、うつ症状の有症率が17〜20%低かったという結果が出ました。

特に以下のような栄養素や作用が、メンタルヘルスに良い影響を与えていると考えられています。

🔬 解説:メンタルに効く日本食の栄養素

成分・食品 働き
葉酸(海藻、大豆、野菜) 神経伝達物質(セロトニンやドーパミン)の合成に必要
n-3系脂肪酸(EPA/DHA) 魚に多く含まれ、抗炎症作用があり脳の機能を安定させる
抗酸化物質(緑茶、発酵食品) 脳の酸化ストレスを軽減し、神経細胞の保護に役立つ
食物繊維(野菜、海藻、キノコ) 腸内環境を整え、短鎖脂肪酸の産生を通じてセロトニンの分泌を促進
うま味(グルタミン酸など) 副交感神経を刺激し、リラックス効果があると考えられている

🍵 糖尿病のリスクも減らす日本食

同様に、日本食は**糖尿病(特に2型糖尿病)**のリスクを減らすことも明らかになっています。

こちらは「JPHC研究(Japan Public Health Center-based Prospective Study)」によるもので、日本人のライフスタイルと病気の関係を追跡する目的で実施されました。

🧪 研究の中身を簡単に紹介

対象:

  • 中年期の日本人男女約10万人

  • 長期間にわたる生活習慣と病気の追跡

結果:

  • 日本食を取り入れている人は、2型糖尿病の発症リスクが有意に低い

  • 特に非喫煙者の男性で顕著に効果あり

  • 逆に、欧米型食事パターン(肉類・加工肉、清涼飲料、乳製品など)をとる人では、糖尿病リスクが上昇

なぜ糖尿病が減るのか?

栄養素 主な食品 作用
食物繊維 野菜、海藻、キノコ、大豆、イモ類 血糖値の上昇を抑える
抗酸化物質 緑茶、野菜、果物 インスリン抵抗性の改善
カリウム 野菜、果物、海藻 ナトリウム排泄を助け、血圧を下げることで心血管病リスクも軽減
EPA・DHA 青魚(サバ、サンマなど) 血糖コントロール、動脈硬化の予防

❤️ 循環器疾患のリスクも低下

さらに、同じくJPHC研究では以下のような心血管系疾患のリスクも、日本食により低下することが示されています。

  • 心筋梗塞

  • 脳卒中

  • 心不全

  • 全死亡率の低下

これは、食事の内容が総合的に動脈硬化の予防につながるからだとされています。


🧂「塩分が多い」という弱点への注意と対策

日本食は基本的に健康的ですが、「塩分が多い」という指摘もあります。例えば、味噌汁や漬物、醤油などです。しかし、野菜や海藻、イモ類などに豊富に含まれるカリウムが、塩分(ナトリウム)の排泄を助けて、血圧を安定させてくれます。

カリウムが多い食品例:

  • ほうれん草

  • 小松菜

  • ブロッコリー

  • トマト

  • さつまいも

  • バナナ

つまり、「野菜や果物をしっかりとる日本食スタイル」であれば、塩分のデメリットをカバーすることが可能です。


🧭 研究の信頼性と今後への期待

今回の結果は、いずれも観察研究(疫学調査)であり、因果関係を断定するものではありません。しかし、数千〜数万人規模のデータをもとにしたものであり、信頼性は高いといえます。

研究者たちは、次のようにコメントしています。

「日本食には心と体の健康を支える力があるという仮説を裏付ける結果が得られました。今後は前向き研究や介入研究により、より明確なエビデンスを積み重ねていくことが期待されます。」


📚 参考文献(原著)

  1. Association between the Japanese-style diet and low prevalence of depressive symptoms: J-ECOH Study
     (Psychiatry and Clinical Neurosciences, 2025年6月16日)

  2. Development and validation of prediction models for the 5-year risk of type 2 diabetes in a Japanese population: JPHC Diabetes Study
     (Journal of Epidemiology, 2023年5月20日)

  3. Dietary patterns and type 2 diabetes in Japanese men and women: JPHC Study
     (European Journal of Clinical Nutrition, 2012年10月24日)

  4. Association between adherence to the Japanese diet and all-cause and cause-specific mortality: JPHC Study
     (European Journal of Nutrition, 2020年7月16日)


✨ まとめ:日本食は「こころ」と「からだ」を守る食事

日本の伝統的な食事パターンは、ただの文化的な習慣ではなく、科学的にも健康への効果が裏付けられつつある食生活です。

  • 🍚 ご飯・味噌汁・大豆・魚・野菜・海藻・緑茶などの組み合わせが、うつ病を予防し、糖尿病や循環器疾患も防ぐ

  • 🧠 脳内の神経伝達物質や、腸内環境の改善に寄与する成分が多い

  • 💪 生活習慣病やメンタルヘルスの予防として、職域・地域単位での取り組みにも応用可能

ぜひ、日々の食生活に少しずつでも「和」の要素を取り入れてみてはいかがでしょうか。



2025/07/13

健康講座881 「正常でも安心できない? 2型糖尿病と“見えない腎リスク”の真実」 ― アルブミン尿がなくても死亡リスクが上がる理由とは ―

 皆さんこんにちは。

今日は、2025年6月に発表された最新の医学研究をご紹介しつつ、2型糖尿病と腎臓の関係について、特に「アルブミン尿(たんぱく尿の一種)」がまだ出ていない「正常範囲」での異常が、どれほど重要なサインになり得るのか、じっくりわかりやすくお話ししていきます。難しい医学用語もできる限り丁寧に説明しますので、ぜひ最後までお付き合いください。


◆この研究で分かったことを一言でいうと?

「たんぱく尿が出ていない人でも、腎機能が落ちていると死亡リスクが高くなる。そして、たんぱく尿が正常範囲の人の中でも、数値が高めなだけで、将来のリスクが上がるかもしれない」という重要な内容です。



◆そもそも「アルブミン尿」ってなに?

まず「アルブミン」とは、血液中にあるタンパク質の一種で、体の水分を保つ役割などがあります。健康な腎臓は、このアルブミンを血液中にとどめて、尿に出さないようになっています。

しかし、腎臓に障害が出始めると、このアルブミンが尿に漏れ出してしまいます。これを「アルブミン尿(またはたんぱく尿)」と呼びます。

アルブミン尿の分類:

  • 正常(normoalbuminuria):30mg/日未満

  • 微量(マイクロアルブミン尿):30〜300mg/日

  • 高度(マクロアルブミン尿):300mg/日以上

今回の研究では、特に**「正常範囲内」**であっても、数値の違いがリスクと関係しているのでは?という点に注目したのです。


◆「eGFR」とは?なぜ重要?

腎機能を評価する指標のひとつに「eGFR(推算糸球体濾過量)」があります。

腎臓は、血液から老廃物をろ過する「糸球体(しきゅうたい)」という構造を使って働いています。このeGFRは、年齢・性別・血清クレアチニン値などから計算して「腎臓が1分間にどれだけ血液をきれいにできるか」を示します。

健康な人では90以上ありますが、60未満だと「慢性腎臓病(CKD)」とされ、特に45以下ではリスクがかなり高くなります。


◆研究の背景と目的

この研究は、イタリアで行われた「RIACEコホート研究」という大規模な多施設研究の一部です。2006〜2008年の間に集めた2型糖尿病患者15,773人のデータを追跡し、最長約9年間、誰がいつ亡くなったのか、どのような腎機能だったのかを分析しました。

この研究で注目したのは以下の4つの分類です:

グループ名 アルブミン尿 腎機能(eGFR)
A: Alb–/eGFR– 正常 正常(≧60)
B: Alb+/eGFR– 高い 正常(≧60)
C: Alb–/eGFR+ 正常 低下(<60)
D: Alb+/eGFR+ 高い 低下(<60)

この中で最も健康と考えられるのが「A」。
そして「C」はたんぱく尿が出ていないのに腎機能が低下している、つまり「非アルブミン尿性の腎障害(non-albuminuric DKD)」というパターンです。


◆結果:死亡リスクはどうだったか?

Aグループを基準とした死亡リスク(ハザード比)を見てみると…

  • B(たんぱく尿だけ):1.45倍

  • C(腎機能低下だけ):1.58倍

  • D(両方あり):2.08倍

ここで注目すべきなのは、たんぱく尿が出ていなくても腎機能が落ちているだけでリスクが上がっていたという事実です。そして、さらに驚きなのが、アルブミン尿の範囲が正常であっても「その中で少し高い方」の人の死亡率が高かったという点です。

つまり、「正常」だからといって油断してはいけないというわけです。


◆eGFRがとても低いとき(45未満)はどうなる?

eGFRが45未満の場合、たとえアルブミン尿が「正常範囲」であっても、実際には「マイクロアルブミン尿(軽度のたんぱく尿)」と同じぐらい死亡リスクが上がっていました。

これも非常に重要な知見です。


◆どんな人がリスクが高かったのか?

この研究では「RECPAM(再帰的分割分析)」という手法で、どんな特徴の人がよりリスクが高くなるのかも解析しました。

その結果:

  • 過去に心臓の病気(心筋梗塞や狭心症など)をした人

  • HDLコレステロール(善玉コレステロール)が低い人

が特にリスクが高いことが分かりました。

また、「たんぱく尿あり」の人たちは、血糖値が高かったり、目の病気(糖尿病網膜症)があったりと、糖尿病による細かい血管の障害(微小血管障害)が強く関係していることも確認されました。

一方、「たんぱく尿がないけど腎機能が落ちている人」は、そういった典型的な糖尿病の合併症はあまり見られず、腎臓のろ過機能の変化そのものがリスクに関係していました。


◆この研究の意義

これまで、糖尿病による腎障害(糖尿病性腎症、DKD)は「まずアルブミン尿(たんぱく尿)が出る」→「その後、eGFRが落ちる」という順序で進行すると考えられていました。

しかし今回の研究で、

  • 「たんぱく尿が出ていなくても、eGFRが落ちていればリスクが上がる」

  • 「アルブミン尿が正常でも、範囲内で高めなだけでリスクがある」

  • 「eGFRがとても低い人では、微量なたんぱく尿だけで大きなリスクがある」

という新しい知見が得られました。


◆わたしたちができることは?

この研究からわかるように、2型糖尿病の人は、たんぱく尿が出ていなくても油断してはいけません。以下のようなチェックとケアがとても大切です:

  • 定期的にeGFRを確認する

  • たんぱく尿の値が正常でも、増えていないか確認

  • 心臓病やコレステロールの管理も忘れずに

  • 血糖値の管理に加えて、血圧や脂質の管理も万全に

また、医療者側も「たんぱく尿がないから大丈夫」とせず、eGFR低下のサインを見逃さない体制が必要だといえるでしょう。


◆さいごに

この研究は、2型糖尿病における腎機能評価の考え方に一石を投じる重要な報告です。腎臓の健康は「見た目」ではわかりにくく、たんぱく尿も出ていないからと安心していると、知らないうちにリスクが積み上がっている可能性があります。

医師と患者さんが一緒になって、たんぱく尿だけでなくeGFRの低下にも注目し、早めの対策を取っていくことが大切です。

「まだ出ていない」ではなく「今のうちに気づく」こと。
これが、長く健康でいられるための一歩です。



2025/07/12

健康講座880 「GLP-1受容体作動薬が足を守る?SGLT2阻害薬との比較で明らかになった下肢切断リスクの差」

 皆さんこんにちは。

今回は、2025年6月に発表された注目の研究
「GLP-1受容体作動薬とSGLT2阻害薬が2型糖尿病患者の下肢切断に与える影響の違い」
について、わかりやすく解説します。



🌟この研究の目的

糖尿病の方は、**足の潰瘍(かいよう)壊疽(えそ)**から最悪の場合、**足を切断(下肢切断:LEA)**するリスクがあります。
この研究では、「GLP-1受容体作動薬(GLP-1RA)」と「SGLT2阻害薬(SGLT2i)」という2種類の糖尿病治療薬が、足の切断リスクにどんな違いがあるかを調べました。


🧪使われたデータと方法

  • アメリカの大規模な電子カルテデータベース(TriNetX)を利用。

  • 2013年5月〜2025年3月の間にGLP-1RAかSGLT2iを始めた2型糖尿病の成人患者が対象。

  • 約18万人ずつ、合計約36万人分のデータを使用。

  • 年齢や合併症、薬の内容などができるだけ似ている人どうしを1対1で比較(傾向スコアマッチング)

  • 観察期間は最大3年間。


💊GLP-1受容体作動薬とは?

GLP-1とは、腸から分泌されるホルモンで、インスリンの分泌を助ける働きがあります。
GLP-1受容体作動薬は、このホルモンの働きをまねて、血糖値を下げる薬です。
例:オゼンピック、ビクトーザなど。

📝特徴

  • 食欲抑制 → 体重減少にも効果あり

  • 血糖コントロールを改善

  • 心血管病リスクを下げることが報告されている


💧SGLT2阻害薬とは?

SGLT2は、腎臓でブドウ糖を再吸収する働きをするたんぱく質。
SGLT2阻害薬はこの働きをブロックして、尿からブドウ糖を出すことで血糖値を下げる薬です。
例:ジャディアンス、フォシーガなど。

📝特徴

  • 心不全や腎臓病に良い影響がある

  • 血糖コントロールと体重減少にも効果あり

  • ただし、脱水や尿路感染のリスクがある


📊結果まとめ

✅主な結果(3年間の観察)

結果 GLP-1RA群 SGLT2i群 P値(差の有意性)
大切断なしの生存率 99.69% 99.64% 0.001(有意)
大きな下肢切断のリスク 23%低い(HR 0.77) - 有意
小さな下肢切断のリスク 27%低い(HR 0.73) - 有意
糖尿病足潰瘍のリスク 8%低い(HR 0.92) - 有意
死亡率 34%低い(HR 0.66) - 有意

※HR(ハザード比):1より小さいほどリスクが低いという意味


👣特に注目すべきグループ

GLP-1RAによる切断リスクの低下は、以下のようなリスクの高い人たちでも顕著でした。

  • **末梢動脈疾患(PAD)**がある人 → HR 0.68(32%低下)
    ※PADとは、足の血管が狭くなり血流が悪くなる病気です

  • **糖尿病足潰瘍(DFU)**がある人 → HR 0.70(30%低下)


💡研究の意義と今後

この研究は、過去にリアルワールドのデータを用いた最大規模の比較研究の一つです。
GLP-1RAは、足の切断を防ぐ可能性がある薬として注目される結果となりました。

ただし、これは観察研究なので、「因果関係」までは証明できない点に注意が必要です。
今後は、ランダム化比較試験(RCT)などの前向き研究で、さらに検証することが求められます。


📝まとめ

  • GLP-1RAは、SGLT2iと比べて、足の切断や死亡のリスクがより低かった

  • 特に、足の血流障害や潰瘍があるリスクの高い人では、効果が大きかった。

  • 将来的に、糖尿病患者の治療薬選択において、足のリスクを減らす目的でGLP-1RAが推奨される可能性があります。


最後まで読んでいただきありがとうございます😊
糖尿病治療薬の選択は、血糖値だけでなく「その人の全身の状態」によっても変わってきます。
かかりつけ医と相談しながら、自分に合った治療法を選びましょうね。


2025/07/11

健康講座879 「隠れた心臓リスク? Lp(a)(エルピーエー)をやさしく解説!〜検査から治療まで最新情報を紹介〜」

 みなさんこんにちは!今回は、Lp(a)(読み方:エルピーエー)についてご説明します。


1. Lp(a)って何?どうして気になるの?

1.1 まずは“仲間”から

Lp(a)は、わかりやすく言うと、**「悪玉コレステロール(LDL)に変身したコレステロール」**です。

  • 普段よく耳にする**LDL(エル・ディー・エル)**は、いわゆる“悪玉コレステロール”。

  • それに、**apo(a)という特別なタンパクがくっつくと、さらに悪さをするLp(a)**に変化します。

だから「LDLだけで心配するのではなく、Lp(a)もセットで気にした方がいいですよ」というわけです。

1.2 なぜ心配?その理由

Lp(a)は次のような働きをします:

  1. 血管の壁にコレステロールを溜めやすい!

  2. 血の塊(血栓)ができやすくする!

    • これは、普段の体の中にある「血の塊を溶かす仕組み」に干渉して、血が固まりやすくなるんです。

  3. だから、心筋梗塞脳卒中みたいな怖い病気につながりやすい。


2. Lp(a)は普通の検査でわからない?どうやって測るの?

普段の健診でLDL測りますよね。でも、Lp(a)は別の特別な検査なんです。

  • メニューに「Lp(a)測定」って項目があるか、病院に聞いてください。

  • 測るのは基本的に一回きりでOK!

    • なぜなら、Lp(a)は生まれてからほぼほぼ変わらないから

  • 特におすすめの方は:(はじめから誰でも保険で測れるものではないです)

    • 若くして心筋梗塞・脳卒中になった人

    • ご家族にそういった人がいる方

    • LDLが高いのに薬を飲んでも下がりにくい人


3. Lp(a)の数字ってどうみる?

血液検査の結果には数字が出ます。Lp(a)も同じです。

  • 30mg/dL以下 → 通常の範囲(気にしなくて良い)

  • 30〜50mg/dL → ちょっと高め(注意ゾーン)

  • 50mg/dL以上 → 高い!要注意!

※ mg/dLは血液中の濃度の単位で、“mg”が重量、“dL”が100mL(ミリリットル)を指します。


4. なぜ高いと困るの?

通常のLDLだって危ないのに、さらにLp(a)が高いとどうなるでしょう?

  • 血管の壁にコレステロールがぐんぐんたまります → 血管が狭くなる(動脈硬化)

  • 血液中に血の塊ができやすくなる → 狭くなった血管に血のかたまりが詰まって… → 心筋梗塞や脳卒中に直結。

つまり、**LDL+Lp(a) がセットで高いと、ダブルパンチでリスクUP!**するんです。


5. Lp(a)は遺伝でほぼ決まる

健康診断でコレステロールを調べても、Lp(a)を下げる生活習慣ってあまり効果がないのが現状です。

  • 食事・運動・禁煙などを頑張っても、 Lp(a)はほとんど変わらない特徴があります。

  • それは、生まれつき血液中のLp(a)量が決まっていて、ほとんど変化しないからです。


6. Lp(a)をどうやって下げる?

6.1 今使える薬(けっこう限られている)

  • スタチン:LDLを下げるのに有効ですが、Lp(a)にはほとんど効果がありません。

  • エゼチミブ:少し(数%)Lp(a)を減らす可能性あり。

  • ニアシン(ビタミンB3):Lp(a)を20〜30%減らす報告もありますが…

    • 副作用が大きい(ほてり、かゆみ、肝臓の負担など)

    • 日本では推奨されていません

6.2 新しめの薬(PCSK9阻害薬)

  • エボロクマブアリロクマブという注射タイプの薬で、

  • Lp(a)を20〜30%くらい減らす効果があります。

  • ただし、日本では現状「LDLを下げるための薬」として承認されていて、
    Lp(a)用では使えないのが現状です。

6.3 今後に期待の最先端薬(RNA医薬)

  • 次世代の薬で、体の中の設計図(mRNA)を狙い撃ちしてLp(a)を70〜80%も減らすタイプです。

    • Pelacarsen(アンチセンス薬)

    • Olpasiran, SLN360(siRNA薬)など

  • 臨床試験で効果が確認されており、2020年代後半〜2030年代には実用化の可能性大!

6.4 とっても高い人向け:アフェレーシス(治療法)

  • 血液の中からLp(a)だけを取り除く方法で、週1〜2回の通院治療です。

  • めったに実施されない方法ですが、
    **Lp(a)がめっちゃ高い人に効果あり!**とされています。


7. 今すぐできることは?

  • まずは検査して、自分のLp(a)を知る!(検査できるかは医療機関に要確認)

  • LDLは今のうちにしっかり下げておく!(スタチンなどで)

  • その他の生活習慣改善(食事・運動・禁煙・血圧・体重管理など)も基本

  • 最新治療の登場を見据えておく!

    • 実用化されたら、Lp(a)に合わせた治療選択も可能になります。


8. 専門用語や単位もやさしく!

  • LDLコレステロール:「悪玉コレステロール」。血管に溜まりやすい。

  • Apo(a):「Lp(a)だけにくっついている特別なタンパク」

  • スタチン:コレステロールを下げる代表的な薬

  • PCSK9阻害薬:注射で効く新しいコレステロール薬

  • アンチセンス薬・siRNA薬:遺伝子の設計図を止めてLp(a)をガツンと減らす薬

  • アフェレーシス:Lp(a)だけを機械で取り除く血液治療

  • 血栓:血液中でできる“血のかたまり”。詰まると心筋梗塞や脳卒中に

  • アテローム性動脈硬化(ASCVD):血管が硬くなって、血の道が狭くなる病気


9. 最後に―これからの健康管理

  1. 一度はLp(a)を測っておくとよいかも

  2. LDLはしっかり下げる(スタチンを中心に)

  3. Lp(a)が高ければ、将来出る薬が選択肢に!

  4. 生活習慣は基本中の基本!

  5. 自分の血管がどんな状態か、定期的な検診と相談が大切


皆さんがご自身やご家族の健康を守るための、第一歩になるように願っています。

2025/07/10

健康講座878 「糖尿病と猛暑:2025年夏を乗り切るための熱中症対策ガイド」 ― 経口補水液の正しい使い方とエアコン活用のポイントをわかりやすく解説 ―

 みなさんこんにちは。

今日は、「糖尿病と熱中症――2025年の猛暑に備えて知っておきたいこと」について、わかりやすく丁寧にお伝えします。

2025年の夏は、昨年以上の猛暑が予想されています。日本各地で「真夏日(最高気温30℃以上)」や「猛暑日(同35℃以上)」が続くとされており、健康への影響が心配されます。とくに注意が必要なのが、「糖尿病を持つ方」です。今回は、糖尿病のある方がなぜ熱中症になりやすいのか、経口補水液(ORS:Oral Rehydration Solution)の正しい使い方エアコンの適切な活用法まで、最新の研究や行政の情報をもとに、しっかりとお伝えしていきます。



🌡️ 第1章:糖尿病の人はなぜ熱中症に注意が必要なのか?

🔍 糖尿病があると、熱中症リスクが高まる理由

糖尿病は、血糖値が慢性的に高い状態が続く病気です。放置すると全身にさまざまな合併症が起こるため、食事・運動・薬物療法などで適切な管理が必要です。

熱中症は、体温調節がうまくできず、体内に熱がこもることで起こります。汗をかくことで体温を下げる機能が正常に働いていれば、人間の体はある程度の暑さに耐えられます。しかし糖尿病があると、以下の理由でその仕組みがうまく働かなくなります。

  • 🧠 自律神経障害:血糖値の高い状態が続くと、体のあちこちの神経が傷つきます。とくに汗を出す働きを担う「自律神経」が障害されると、体温調節ができなくなります。

  • 💦 発汗機能の低下:汗をかきにくくなり、体の熱を逃がしにくくなります。

  • 💉 腎機能の低下:軽度の脱水でも腎臓に負担がかかりやすくなります。

  • 🔄 喉の渇きに鈍くなる:高齢者や糖尿病患者は、脱水になっても「喉の渇き」を感じにくく、水分摂取が遅れがちです。

こうした理由から、糖尿病がある人は、熱中症になりやすく、重症化しやすいのです。


💧 第2章:水分補給の基本と「経口補水液」の正しい使い方

🥤 経口補水液とは?

**経口補水液(ORS:Oral Rehydration Solution)**とは、体から失われた水分と電解質(ナトリウムやカリウム)を素早く補うための飲料です。もともとは、脱水症状の治療の一環として医療現場で使われていたもので、世界保健機関(WHO)も推奨しています。

見た目はスポーツドリンクと似ていますが、成分は大きく異なります。

比較項目 スポーツドリンク 経口補水液
ナトリウム量 約40〜50mg/100ml 約100〜115mg/100ml
カリウム量 約10mg/100ml 約78mg/100ml
糖分量 やや多め 控えめだが含まれる

⚠️ 消費者庁からの注意喚起

2025年の夏、消費者庁は「脱水していない人が、日常の水分補給に経口補水液を使うのは適切ではない」と注意喚起を出しています。以下は、よくある疑問とその答えです。


📌 Q1. スポーツドリンクと経口補水液は何が違うの?

→ 経口補水液は、電解質(ナトリウム・カリウム)が非常に多く含まれているため、スポーツドリンクとは別物です。病気や脱水症状のときに使うことを前提としています。


📌 Q2. 暑い日や運動時の水分補給に使っていいの?

基本的にはNGです。 脱水症状がない状態で経口補水液を常用すると、ナトリウム過剰や血糖の急上昇を招くおそれがあります。


📌 Q3. 食事制限中でも飲めるの?

注意が必要です。 経口補水液にはナトリウム・カリウム・糖分が含まれるため、腎臓病・心不全・糖尿病などで食事制限のある方は、必ず医師に相談してください。


📌 Q4. 熱中症になったときには飲んでいいの?

はい、OKです。 ただし、「脱水をともなう熱中症」であることが前提です。水分だけでなく、塩分も一緒に失われている場合に適しています。


✅ 日常の水分補給はどうすればいい?

経口補水液を常用せずとも、以下の方法でこまめな水分補給を意識しましょう。

  • 起床時にコップ1杯の水

  • 食事ごとに水やお茶

  • 就寝前に1杯(ただしトイレ対策を考慮)

  • 外出時はペットボトルを持参

※水や麦茶、ノンカフェインのお茶が基本です。甘い飲み物は避けましょう。


❄️ 第3章:エアコンを正しく使えば、熱中症は防げる

🏠 東大・東京都監察医務院の研究

2023年までの10年間で、東京都23区内で熱中症による死亡者は1,447人。このうち、屋内で死亡した人の多くは、エアコンを正しく使えていなかったことが判明しました。

状況 割合
エアコンがオフ 44.9%
エアコン未設置 29.4%
エアコン故障 10.0%
エアコン作動中(でも不適切) 15.7%

使い方を誤っていた例

  • リモコンの電池が切れていた

  • 冷房ではなく暖房モードだった

  • 掃除モードのままだった

  • 送風口にホコリが詰まり風が出ていなかった

👴 高齢者や一人暮らしの世帯がとくに危ない

死亡者の多くは、「高齢の一人暮らしまたは高齢夫婦世帯」でした。

とくに多かったのは「エアコンはあるが、設定や操作ができなかった」ケースです。リモコンの操作ミスや設定確認不足で、つけているのに熱中症になるという悲しい事例が報告されています。


🔧 第4章:エアコンを正しく使いこなすための具体策

✅ 家庭でできるチェックリスト

  1. リモコンの電池を交換しておく

  2. エアコンの通風口・フィルターを掃除

  3. 「冷房」または「除湿(ドライ)」モードを確認

  4. 28℃前後の設定にして風が出るか確認

  5. 動作音や室外機の状態を確認


🤝 地域や家族で支え合おう

  • 別居の親や祖父母がいる人は、定期的に電話や訪問で確認

  • 隣人や高齢者が住んでいる家のエアコン室外機が動いていない場合は声かけを

  • 「冷房に切り替えるメモ」を貼るだけでも効果あり


🧠 第5章:まとめ ― 熱中症から身を守るために

✅ 糖尿病の人が猛暑を乗り切る7つのポイント

  1. 朝昼晩、こまめに水分補給を!

  2. 経口補水液は、脱水時にだけ使う!

  3. 日常では水・麦茶などでOK

  4. エアコンは必ず事前に点検

  5. 冷房28℃+扇風機の併用で効率よく冷やす

  6. 高齢者・ひとり暮らしの方は特に注意

  7. 糖尿病のコントロールを続けることが最強の予防策


🔚 おわりに

2025年の夏は、歴史的な猛暑になる可能性が高いと予想されています。熱中症は命に関わる危険な状態ですが、正しい知識とちょっとした工夫で防ぐことができます。

糖尿病を持つ方は、日々の血糖管理だけでなく、水分補給と暑さ対策の意識を高めることが、命を守る鍵となります。

「ちょっとした水」「ちょっとした冷房」「ちょっとした声かけ」が、未来の自分や誰かの命を守ることにつながるかもしれません。

ぜひ、ご家族やご近所の方とこの情報を共有して、この猛暑を安心・安全に乗り切っていきましょう。




2025/07/09

健康講座877 「筋肉の“量”ではなく“質”がカギ! ― HFpEFにおける運動耐性の低下はエネルギー代謝の異常が原因だった」

 皆さんこんにちは。

今回は、2025年に発表された注目の論文「Skeletal Muscle Quantity Versus Quality in Heart Failure: Exercise Intolerance and Outcomes in Older Patients With HFpEF Are Related to Abnormal Skeletal Muscle Metabolism Rather Than Age-Related Skeletal Muscle Loss(HFpEFの高齢患者における運動耐性低下と転帰は、年齢による筋肉減少ではなく骨格筋の代謝異常に関連する)」について、わかりやすく丁寧に解説していきます。


■ そもそもHFpEFって何?

HFpEF(エイチ・エフ・ペフ)とは、「Heart Failure with preserved Ejection Fraction」、つまり駆出率が保たれた心不全のことです。

  • 「駆出率(EF)」とは:心臓がどれだけの血液を送り出せているかを示す指標(%で表されます)。

  • 通常の心不全(HFrEF)では、このEFが低下していますが、HFpEFではEFが50%以上と正常に保たれているのに、心不全の症状が出ているのです。

この病態は特に高齢者、女性、肥満、糖尿病、高血圧の患者さんに多く見られます。そして、運動耐性の低下(Exercise Intolerance, EI)が大きな問題です。


■ 研究の背景

年齢を重ねると筋肉量が減ってくるのは誰でもある程度仕方のないことです。これを**加齢に伴う筋肉減少(サルコペニア)**といいます。

しかし、今回の研究が注目したのは、

「HFpEF患者さんの運動能力の低下は、本当に筋肉量の減少が原因なのか?
それとも、筋肉の“質”――つまりエネルギー代謝の異常が関係しているのではないか?」

という点です。


■ 研究の方法

この研究では、**64名のHFpEF患者(年齢34〜86歳)**を対象に以下のような検査を行いました:

  1. **3テスラMRI(磁気共鳴画像)**を使って、ふくらはぎの筋肉量(骨格筋量)を測定。

  2. **31P MRS(リン31磁気共鳴スペクトロスコピー)という高度な方法を使い、ふくらはぎの高エネルギーリン酸代謝(ATPやクレアチンリン酸など)**を運動中に測定。

  3. 足のプランターフレクション(つま先立ち)運動をしながら筋肉の疲労とエネルギー代謝の変化を評価。

  4. 6分間歩行テストや**心肺運動負荷試験(CPX)**で運動能力を評価。

  5. 約39.3か月(3年超)追跡し、心不全による入院や死亡との関連を検討。


■ 結果:筋肉の“量”より“質”が問題だった!

研究からわかったことは以下の通りです:

◯ 年齢が高いHFpEF患者ほど…

  • ふくらはぎの筋肉量が少ない

  • 運動中にエネルギーが急速に失われる(ATPの減少が早い)

  • 筋肉の疲労時のエネルギー代謝が悪い

  • → より運動耐性が低下している

つまり、高齢HFpEF患者の運動能力の低下は、単に筋肉が減っているからではなく、筋肉のエネルギーを使う“質”の問題が大きかったのです。

◯ 重要な発見

  • 6分間歩行距離や**最大酸素摂取量(VO₂peak)**などの指標は、筋肉の“量”とは関係がなかった。

  • それらの運動能力の指標は、むしろ**エネルギー代謝の悪さ(エネルギーの急減)**と強く関係していた。

  • ATPが低い状態での運動負荷エネルギーの消耗速度が速い患者は、心不全の悪化や死亡のリスクが高かった


■ 難しい言葉の解説

用語 解説
HFpEF 駆出率が保たれている心不全。心臓のポンプ機能は正常でも、体がだるく疲れやすくなる
EI(運動耐性の低下) 運動したときの疲れやすさ、運動能力の低下
31P-MRS リン31の信号を使って、筋肉のエネルギー(ATPやリン酸化合物)をリアルタイムで測定する技術
ATP(アデノシン三リン酸) 筋肉を動かすためのエネルギーの源。これが減ると疲労を感じやすくなる
クレアチンリン酸(PCr) 素早くATPを再生する役割を持つエネルギー物質
VO₂peak(ピーク酸素摂取量) 最大の運動時に体がどれだけ酸素を使えるかを示す。運動能力の指標
サルコペニア 加齢による筋肉量の減少と、それによる機能低下のこと
CPX(心肺運動負荷試験) 心臓と肺の機能をみるための運動テスト(バイクやトレッドミルを使う)

■ 結論と今後の方向性

この研究から得られた最も重要なポイントは:

HFpEFの高齢患者における運動耐性の低下は、筋肉の量ではなく、筋肉のエネルギー代謝異常(質)に強く関連している。

つまり、筋肉量を増やすよりも、筋肉の中のミトコンドリア機能を改善し、ATPを効率的に使えるようにすることが治療のカギになる可能性があります。

そのため、将来的には、

  • 筋肉のエネルギー代謝を改善する薬(代謝モジュレーター)

  • エネルギー効率を高める運動プログラムや栄養指導

などがHFpEFの新しい治療アプローチとなるかもしれません。


■ 実際の医療・日常生活への応用

HFpEFの治療では、これまで心臓の治療が中心でした。しかし、この研究は、筋肉の代謝という“周辺要因”の重要性を改めて示しています。

  • 「年をとったから筋肉がなくなって疲れる」のではなく、

  • 「エネルギーをうまく使えなくなっていること」が原因かもしれない。

日常でも、

  • 筋力トレーニングだけでなく、有酸素運動を通じたミトコンドリア機能の向上

  • 高タンパク+ミトコンドリアサポート栄養(ビタミンB群、CoQ10など)
    が役立つ可能性があります。


■ 最後に

この論文は、単なる「筋肉の量の話」ではなく、「筋肉の中で起きている代謝の質の問題」を明らかにした重要な研究でした。高齢化社会を迎える日本にとっても、HFpEF患者のQOL(生活の質)を改善するためのヒントになる内容です。

筋肉は量だけでなく質が大事――
そんな新しい視点を提供してくれたこの研究を、ぜひ今後の医療や生活習慣改善の参考にしていただければと思います。




2025/07/08

健康講座876 「若年糖尿病の静かな拡大:世界的増加と日本人の体質リスク、そして早期予防の重要性」

 みなさんこんにちは。

今回は、近年世界的に急増している「若年者の2型糖尿病」について、国内外の最新研究と論文をもとに詳しくわかりやすく解説していきます。若年層における糖尿病の現状と課題、なぜ日本人は糖尿病になりやすいのか、そして予防の重要性についてまとめました。



世界で進む「若者の糖尿病」増加

かつて2型糖尿病は中高年や高齢者に多い病気とされていました。しかし近年、世界的に若者、特に20~30代の2型糖尿病が増加しています。

2024年7月に『Lancet Diabetes & Endocrinology』に掲載された研究では、世界の20〜39歳の2型糖尿病の有病率が、2013年の2.9%から2021年には3.8%へと増加していることが報告されました。この増加傾向は先進国だけでなく、新興国を含む多くの地域で見られています。

この現象について、研究者たちは「若年者の糖尿病は今後40年間でさらに増加すると予測される」と警告しており、小児やティーンエイジャーを対象にした早期からの対策の必要性が叫ばれています。


若年発症の2型糖尿病の特徴とリスク

若くして2型糖尿病を発症した人は、年齢を重ねてから発症する人に比べ、インスリンが効きにくい「インスリン抵抗性」が強く、インスリンを分泌する膵β細胞の機能低下も早期に起こる傾向があるとされています。これは合併症が早く進行しやすいことを意味します。

実際に、国際調査グループの報告によると、30歳で2型糖尿病と診断された人は、糖尿病のない人に比べて平均して寿命が14年短くなるというショッキングな結果も明らかになっています(Lancet Diabetes & Endocrinology, 2024年10月号)。


米国における将来予測と大規模研究

米国疾病予防管理センター(CDC)の2024年5月の報告では、現在の発症率上昇のまま推移した場合、2060年までに20歳未満の若年者における2型糖尿病の患者数が70%増加すると予測されています。

ただし、研究では「2型糖尿病の年間発症率を2%減らす」ことができれば、発症数を52.6万人から29.4万人にまで抑制できる可能性があるとも報告されています(SEARCH for Diabetes in Youth Study, 2022)。

この流れを受けて、米国国立衛生研究所(NIH)は、9〜14歳の子ども3,600人を対象とした前向き追跡調査を開始しました。HbA1c(ヘモグロビンA1c)が高めの児童・思春期の若者を対象に、多様な人種・社会経済的背景のもとで、遺伝的・環境的要因と糖尿病発症リスクの関係を長期的に評価するものです(NIH, 2024年10月9日発表)。


日本人は糖尿病になりやすい?

日本人は欧米人に比べて肥満率が低く、エネルギー摂取量も少ない傾向がありますが、それでも2型糖尿病の発症率は決して低くありません。これは、日本人が遺伝的に糖尿病になりやすい体質を持っているためと考えられています。

日本人の多くは、インスリンの分泌能力が欧米人よりも低いため、少しの運動不足や体重増加でも高血糖状態に陥りやすくなります。

文部科学省や国立成育医療研究センターの調査でも、小児期の肥満傾向が年々高まっており、将来的な糖尿病リスクの増加が懸念されています。


すでに8歳で糖尿病のリスクサインが?

英ブリストル大学の研究(Diabetes Care, 2020年)によれば、成人期に2型糖尿病を発症するリスクは、8歳の時点ですでに代謝異常として現れている可能性があるとされています。

4,761人の子どもを対象に、8歳・16歳・18歳・25歳のときの血液データを用いて調査が行われ、2型糖尿病の遺伝的リスクスコアが代謝に与える影響が詳細に解析されました。

この研究は、「糖尿病は高齢者の病気ではなく、幼少期からの生活習慣の影響を受ける疾患である」という認識の重要性を示唆しています。


2型糖尿病は1型より合併症リスクが高い?

コロラド大学の研究(JAMA, 2017年)によれば、思春期に2型糖尿病を発症した若者は、同年代で1型糖尿病を発症した若者に比べて、合併症のリスクが著しく高いことが分かっています。

「SEARCH研究」における10代の若者を追跡したところ、2型糖尿病患者の約75%が、網膜症、腎症、神経障害、高血圧、動脈硬化など、いずれかの合併症を発症していました。一方で、早期からインスリン治療を受けていた1型糖尿病患者では、合併症の発症率ははるかに低いものでした。

この違いは、発症原因の違いに由来しています。

  • 1型糖尿病:自己免疫が原因。インスリン分泌がほぼゼロになり、インスリン注射が必須。

  • 2型糖尿病:生活習慣が主因。発症初期は症状が出にくく、治療が遅れやすい。


生活スタイルの見直しが最大の予防策

若年発症の糖尿病リスクを抑えるためには、何よりも生活スタイルの見直しが不可欠です。

【食事の改善】

  • 加工食品、糖分・脂肪分の多い食事の制限

  • 食物繊維の多い野菜、豆類、海藻、玄米などを積極的に摂取

  • 高カロリーな清涼飲料水を避け、水やお茶へ

【運動習慣の確立】

  • 外遊びや部活動、家族でのウォーキングなど、1日30分以上の身体活動を目標に

  • テレビやゲーム、スマホに偏った「座りっぱなし」の生活を減らす

【健康チェックの導入】

  • 小児期・思春期の定期的な血糖チェック(HbA1c)

  • 家族歴がある場合は医療機関での早期相談


社会全体で取り組むべき課題

糖尿病の若年化は、個人の努力だけでは防げません。社会・学校・家庭・医療のすべてが一丸となって取り組む必要があります。

  • 学校:栄養教育・運動習慣・給食の質向上

  • 家庭:日常的な食育・体重管理

  • 医療:早期診断体制の整備、地域包括ケアの導入

  • 政策:食品表示の明確化、加工食品への課税など


結論:若者の糖尿病対策は未来の投資

糖尿病は「高齢者の病気」ではありません。現代の子どもたちの病気でもあるのです。

しかし、生活スタイルの見直しや定期的な健康チェックを通じて、予防・早期発見が可能です。医療の進歩と社会の連携により、未来の健康リスクを大きく軽減することができるのです。

将来の健康は、子どものうちからの生活習慣でつくられる。

今、この瞬間の取り組みが、10年後・20年後の未来を変えていきます。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

2025/07/07

健康講座875 1型糖尿病に希望の光――iPS細胞で膵島を再生する最前線

 みなさんこんにちは。

今日は、1型糖尿病の新しい治療法として注目されている「iPS細胞から作った膵島(すいとう)細胞の移植」について、わかりやすく丁寧に解説していきます。専門用語もできるだけ噛み砕いて説明しますので、安心して読み進めてくださいね。



◆1型糖尿病とは?

まず、1型糖尿病についておさらいしておきましょう。

私たちの体には「インスリン」というホルモンがあり、これは血液中の糖(グルコース)を細胞に取り込ませて、血糖値を下げる役割を担っています。このインスリンは、膵臓(すいぞう)の中にある「膵島(すいとう)」と呼ばれる部分にある「β細胞(ベータさいぼう)」という細胞から分泌されます。

ところが、1型糖尿病の人は、このβ細胞が自己免疫の異常などで破壊されてしまい、自分の力ではインスリンを作れなくなります。そのため、血糖値を正常に保つためには、一生にわたってインスリンを注射などで外から補い続けなければいけません。これを「インスリン依存状態」といいます。


◆治療のカギは「膵島(すいとう)」

ここで登場するのが「膵島」です。

膵島とは、インスリンなどのホルモンを作り出す細胞の集まりのことです。これを再び体に取り戻せば、インスリンを分泌する力がよみがえり、インスリン注射に頼らなくても良くなる可能性があります。

その治療法が「膵島移植(すいとういしょく)」です。

この方法では、臓器提供者(ドナー)から提供された膵臓から膵島だけを取り出し、患者さんに移植します。日本でも2020年から保険適用されましたが、ドナーの数が非常に少ないため、1年間で数例しか行えていないのが現状です。


◆iPS細胞とは?

そこで登場するのが「iPS細胞(アイピーエスさいぼう)」です。

iPS細胞とは、体の皮膚や血液などの細胞に特殊な処理を施して、いったん「初期化」した万能細胞のこと。正式には「人工多能性幹細胞(じんこうたのうせいかんさいぼう)」といいます。

このiPS細胞のすごいところは、そこからいろいろな種類の細胞に変化させられることです。つまり、うまく誘導すれば、膵島のようなインスリンを出す細胞を作ることも可能なのです。

この技術は、京都大学の山中伸弥教授が2007年に世界で初めて成功させたことで知られています。


◆iPICとは何か?

iPS細胞から作った膵島のことを「iPIC(アイピック)」と呼びます。これは「iPS cell-derived islet-like Clusters(iPS細胞由来の膵島様細胞の集まり)」の略称です。

このiPICを体の中に移植すると、インスリンを作る細胞として働くようになり、血糖値の上がり下がりに応じてインスリンを分泌してくれるようになるのです。

つまり、1型糖尿病の人でも、インスリンを打たなくても血糖値を自然にコントロールできる可能性があるということです。


◆京都大学が治験をスタート

京都大学医学部附属病院は、2025年1月からこのiPICを使った新しい治療法の治験(ちけん)を始めると発表しました。

治験とは、新しい薬や治療法の効果や安全性を確かめるために行う臨床試験のことです。今回は「医師主導治験(いししゅどうちけん)」といって、製薬会社ではなく医師や研究機関が主体となって行う治験です。

この治験では、iPS細胞から作られた膵島様細胞を「シート状」にして、患者さんのおなかの皮膚の下に移植する方法が採用されます。

なぜシート状にするのかというと、注射のように注入するよりも安定して体内に定着しやすく、効果が持続しやすいためと考えられています。


◆どんな患者さんが対象?

この治験に参加できるのは、以下のような人たちです:

  • すでにインスリンを体の中でまったく作れなくなっている(内因性インスリン分泌が完全に消失している)

  • 高度な医療を受けても血糖の上下が激しく、管理が困難な人

  • 「ブリットルタイプ」と呼ばれる、血糖が不安定で無自覚低血糖を起こしやすいタイプの患者さん

このような重症の1型糖尿病患者にとって、新しい治療法は希望の光となる可能性があります。


◆すでに海外では成功例も!

このiPS細胞を使った治療は、日本だけでなく海外でも進められています。

中国の研究チーム(北京大学・南開大学など)は、患者本人の細胞から作ったiPS細胞を使って膵島細胞を作り、それを1型糖尿病の患者に移植することに成功しました。

その患者は25歳の女性で、2023年6月に30分ほどの手術で、おなかの中に約150万個分の膵島を移植されました。

すると2ヵ月半後には、体の中でインスリンが自然に分泌されるようになり、それ以降は1年以上にわたってインスリンを一切投与しなくても血糖値が安定しているとのことです。

この女性は、1日のうち98%以上の時間を目標とする血糖値の範囲内で過ごしており、これまで悩まされていた血糖値の急な変動もなくなったと報告されています。


◆ただし、注意点もある

とはいえ、この治療法はまだ研究段階です。

今のところは、たった1人の患者でうまくいったというだけで、他の人にも同じように効果があるかはまだ分かっていません。また、長期間にわたって安全であり続けるかどうかも、これからの研究で確かめる必要があります。

専門家たちは「この研究は非常に興味深く、今後に大きな可能性を秘めているが、もっと多くの患者で、もっと長い期間で、同じ成果が再現できるかどうかを慎重に見ていく必要がある」と述べています。


◆日本の未来に向けて

今回、京都大学が進めるこの治験では、武田薬品工業と共同で研究されてきた「T-CiRA(ティー・サイラ)」というプログラムの成果が活かされています。

このプログラムで開発されたiPICは、大量に安定して培養できる点が強みで、将来的にはドナー不足に悩むことなく、必要な患者に必要な膵島を届けられる可能性があります。


◆まとめ:1型糖尿病は治る時代へ?

●これまで:

  • 1型糖尿病はインスリン注射が必須

  • 血糖の管理が非常に難しい人も多い

  • 膵島移植もあるが、ドナー不足が深刻

●これから:

  • iPS細胞で膵島を作り、移植することで

  • インスリンを自然に分泌できる可能性

  • 日本でも治験が始まり、希望が広がる


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

この研究が進み、多くの1型糖尿病患者の方々にとって、新たな選択肢と希望の光になることを願っています。

「インスリンを打たない未来」が、もうすぐ現実になるかもしれませんね。

良いね!と思ったらぜひ、周りの方にもシェアしてください。

2025/07/06

健康講座874 「1型糖尿病の未来を変える!発症からインスリン枯渇までのスピードを“見える化”する日本発の最前線研究」

 皆さんこんにちは。

今日は、日本で初めて実施された画期的な研究「TIDE-J研究」をご紹介しながら、1型糖尿病の発症からインスリンが完全に枯渇するまでの経過や、その速度を左右する遺伝子や臨床的な要因について、できるだけわかりやすく丁寧に解説していきます。



🔍1型糖尿病ってどんな病気?

まず基本から確認しましょう。

1型糖尿病とは、膵臓(すいぞう)にある「β細胞(ベータさいぼう)」が壊されてしまい、インスリンという血糖値を下げるホルモンがほとんど分泌できなくなる病気です。これは自己免疫という、自分の体の免疫が自分の細胞を攻撃してしまう反応によって起こると考えられています。

2型糖尿病は生活習慣の影響が大きいのに対し、1型糖尿病は体質や免疫の異常が原因です。そのため、年齢や体型に関係なく発症することがあり、特に若年層に多いことが知られています。


🧬今回の研究のすごいところ

2025年6月に医学雑誌『Diabetes Care』に掲載された論文
"Rapid and Slow Progressors Toward β-Cell Depletion and Their Predictors in Type 1 Diabetes: Prospective Longitudinal Study in Japanese Type 1 Diabetes (TIDE-J)"
(DOI: 10.2337/dc25-0942)は、日本国内の1型糖尿病の実態を14年間にわたって詳細に追跡した非常に価値の高い研究です。

この研究を行ったのは、近畿大学医学部、国立国際医療研究センター、そして日本糖尿病学会の専門家たち。
日本初の大規模前向きコホート研究「TIDE-J」を通じて、1型糖尿病の発症からインスリン分泌が完全に枯渇するまでのスピードや、その過程に関わる遺伝子や臨床的特徴を世界で初めて明らかにしました。


🧩どうやって調べたの?

2010年11月〜2023年9月の間に、発症から5年以内の1型糖尿病患者314人を対象に調査されました。内訳は以下の通りです:

  • 急性発症型:165人

  • 緩徐進行型:105人

  • 劇症型:44人

これらの患者さんについて、次のようなデータが収集されました:

  • 身長・体重・年齢・性別

  • 空腹時血糖やHbA1c(ヘモグロビンA1c)

  • 血清Cペプチド(インスリン分泌の指標)

  • 膵島自己抗体(GAD抗体、IA-2抗体、ZnT8抗体など)

  • 甲状腺機能や自己抗体

  • インスリン治療内容

  • HLA遺伝子型(免疫に関わる遺伝子)


⏳インスリン枯渇までのスピードに個人差がある!

研究結果の中で特に注目すべきは、1型糖尿病の進行スピードには大きな個人差があるということです。

たとえば、「急性発症型」の患者では、発症から10年以内にインスリンが完全に枯渇する人が全体の約70%にのぼることがわかりました。

しかし、実際には次の3タイプに分かれていたのです:

  1. 急速に枯渇する人

  2. ゆっくり枯渇していく人

  3. 中間型の人

つまり、「急性発症型」という一つの分類の中にも、進行速度に幅があったのです。


🧬インスリン枯渇のスピードに影響を与えるものとは?

研究チームは、どのような要因が進行速度に影響を与えているのかを多変量解析で検討しました。

その結果、以下の要因がインスリン分泌の低下速度と強く関係していることが判明しました:

  • HLA遺伝子型:免疫に関わる遺伝子で、自己免疫の暴走と関係が深い

  • BMI(体格指数):やせ型の人は進行が早い傾向

  • GAD抗体の有無:陽性だと進行が早まる場合がある

これにより、「この人は急速に進行しそうだ」「この人は比較的ゆっくり進行するかも」といった予測が可能になってきたのです。


🧭欧米と何が違うのか?

日本人の1型糖尿病は欧米人とは異なる特徴を示すことも確認されました。

たとえば、欧米では発症後もインスリンが何十年も残っているケースが多い一方で、日本人は発症から10年以内にインスリン分泌が枯渇するケースが非常に多いという結果が出ています。

これは人種や民族による違い、すなわち「膵β細胞の脆弱性」が関係していると考えられています。


🧪HLA遺伝子って何?

HLA(Human Leukocyte Antigen)とは、「ヒト白血球型抗原」と呼ばれる免疫に関わる遺伝子のグループです。
このHLA遺伝子には多くの型があり、特定の型を持つ人は自己免疫疾患になりやすい傾向があります。

1型糖尿病では「HLA-DR3」や「HLA-DR4」などの型が関連するとされており、今回の研究でもこれらの型が進行速度に影響を与えていることが示されました。


💡なぜこの研究が大切なのか?

この研究の成果により、次のようなことが期待されます:

  • ✅ サブタイプ・遺伝子・抗体の組み合わせで病態進行を予測できる

  • ✅ 将来的な合併症のリスクを早期に把握できる

  • ✅ インスリン分泌を保つための早期治療・予防ができる

  • ✅ 治療戦略(免疫療法など)を最適に選択できる

たとえば、将来1型糖尿病になりそうな人に、免疫を調整する薬を使って発症を遅らせたり、進行を緩やかにすることも現実味を帯びてきました。


🌱未来への可能性

米国では、1型糖尿病の発症を予防・遅延させるための免疫療法薬が承認され始めています。
日本でも、今回のような詳細なデータが整備されることで、同様の早期介入が期待されるようになってきました。

TIDE-J研究は今後も継続され、日本人の1型糖尿病の個別最適治療に向けた道筋をつけてくれるでしょう。


✍️最後に

1型糖尿病は、いまだ根本治療が確立されていない疾患ですが、こうした長期かつ丁寧な研究によって、その進行の多様性が少しずつ明らかになってきました。

病気の進行を「見える化」できれば、私たちはもっと早く、もっと正確に治療の道を選べるようになります。

皆さんの大切な体と人生を守るためにも、こうした研究が広く知られ、活かされていくことを願ってやみません。


📚参考文献・出典

  • 能宗伸輔ら. Rapid and Slow Progressors Toward β-Cell Depletion and Their Predictors in Type 1 Diabetes: Prospective Longitudinal Study in Japanese Type 1 Diabetes (TIDE-J). Diabetes Care. 2025年6月13日オンライン掲載. DOI: 10.2337/dc25-0942

  • 近畿大学医学部ニュースリリース(2025年6月16日)

  • 国立国際医療研究センター TIDE-J プロジェクト紹介資料

  • 日本糖尿病学会「1型糖尿病に関する委員会」資料


もしこの内容が役に立ったと感じたら、シェアで応援していただけると励みになります!今後も最新の医学情報をわかりやすくお届けしていきますので、よろしくお願いします。

2025/07/05

健康講座873 「ワカメ・コンブ・海苔などの海藻が糖尿病や肥満を防ぐかもしれない」

 

皆さんこんにちは

今日は「ワカメ・コンブ・海苔などの海藻が糖尿病や肥満を防ぐかもしれない」というテーマについて、最新の研究や知見をもとに、わかりやすく解説していきます。


1. 海藻って何がそんなにすごいの?

海藻とは、海に生える植物のような生き物のこと。ワカメ、コンブ、ヒジキ、モズク、メカブ、海苔などがよく知られていますね。これらは「低カロリー」でありながら、「食物繊維」「ミネラル(カリウム、カルシウム、マグネシウムなど)」「タンパク質」「ビタミン」などの栄養がバランス良く含まれているのが特徴です。

つまり、「たくさん食べても太りにくく、栄養価は高い」という、まさに日本のスーパーフードなのです。


2. 海藻と糖尿病・肥満の関係

ここが本題です。

▷ 食後血糖値の上昇を抑える

海藻に含まれる「食物繊維」は、糖の吸収をゆっくりにする働きがあります。たとえばご飯やパンなどの炭水化物を食べると、糖質が腸から急激に吸収されて血糖値が一気に上がるのですが、海藻を一緒に食べることでその吸収がゆるやかになります。

これを「食後血糖値の上昇を抑制する」と言います。糖尿病の方にとっては、これはとても重要な働きです。

▷ 脂質の吸収もブロック

海藻の食物繊維は、食べ物の中の脂(脂質)を吸着して、体の中に取り込まれにくくします。つまり、「余分な脂」を吸って体の外に出してくれるわけです。

▷ 腸内環境を改善して、炎症を抑える

腸の中には「腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)」という、たくさんの善玉菌・悪玉菌がいます。食物繊維は善玉菌のエサになり、腸内細菌のバランスを改善することで、腸の炎症や体の慢性炎症を抑えることができるとされています。

この腸内環境の改善は、糖尿病や肥満だけでなく、メンタル面の健康、免疫機能、がんの予防など、全身の健康にも関わっているんです。


3. 海苔に含まれる「ポルフィラン」に注目!

▷ ポルフィランってなに?

海苔に多く含まれる成分の一つに「ポルフィラン(Porphyran)」という食物繊維があります。これは、紅藻類(こうそうるい)という種類の海藻に含まれる天然の多糖類(たとうるい)です。

難しい言い方ですが、簡単に言えば「腸にとても良い働きをする成分」と思ってください。

▷ ポルフィランの効果

慶應義塾大学などの研究では、このポルフィランが以下のような病気の予防や改善に役立つ可能性があると報告されています:

  • 肥満

  • 2型糖尿病

  • 脂肪肝(特にMASH=代謝機能障害関連脂肪肝炎)

  • 肝臓がん

その仕組みは次のようになっています:

  1. 腸内細菌叢を整える
    善玉菌を増やし、腸内で良い代謝産物を作りやすくします。

  2. 胆汁酸の質を改善する
    胆汁酸(たんじゅうさん)は脂肪の消化を助ける成分ですが、体内でホルモンのように働く物質でもあります。これが改善されると、代謝や炎症に良い影響が出ます。

  3. セラミドという脂質を減らす
    セラミドは、細胞のシグナルを伝える働きがある脂質ですが、これが多すぎると炎症やインスリン抵抗性(糖が使われにくい状態)を悪化させることがわかってきました。ポルフィランはこのセラミドを減らしてくれる可能性があります。

▷ 色落ち海苔の新しい活用法

一般に廃棄されがちな「色落ち海苔」は、通常の海苔よりもポルフィランが豊富に含まれていることが判明しました。つまり、「捨てるはずのものにこそ、健康のカギがある」というわけです。これを食品やサプリに活用すれば、健康とサステナビリティの両方に貢献できます。


4. 実際にどのくらい海藻を食べればいい?

海藻を毎日100g食べるのは難しいかもしれませんが、たとえば以下のように「ちょい足し」で取り入れることはできます。

  • 朝食:納豆に刻みメカブを加える

  • 昼食:おにぎりに海苔を巻く、味噌汁にワカメ

  • 夕食:酢の物やサラダにモズクやヒジキ

乾燥ワカメや味付け海苔なら保存も効くので、手軽に毎日の食卓にプラスできます。


5. 海藻を使ったちょい足しアイデア

食事アレンジ例
朝食海苔をちぎって卵かけごはんに、メカブと納豆の混ぜご飯
昼食インスタント味噌汁にワカメを追加、おにぎりにヒジキ混ぜ込み
夕食サラダにモズクをドレッシング代わりに、コンブと大根の煮物

「1日1回、海藻を入れる習慣」が、腸から全身の健康を支えてくれます。

6. 海外でも注目される「海藻パワー」

イギリスのニューカッスル大学の研究では、海藻に含まれる「アルギン酸」が食後の血糖値の上昇を抑える働きがあると報告されています。

たとえばハンバーガーなどの高脂肪・高カロリーな食品に、海藻成分を加えることで「より健康的なファストフード」にする取り組みも進められています。


7. 海藻の効果が期待できる理由(まとめ)

成分働き
食物繊維血糖上昇の抑制、脂質吸着、腸内細菌叢改善
ポルフィラン抗炎症・抗酸化作用、胆汁酸・セラミド改善
アルギン酸血糖上昇の抑制、コレステロール低下
カリウム血圧調整、むくみの予防

8. 最後に:海藻を「毎日の味方」に

海藻は、私たち日本人にとって昔からなじみのある食品です。でも改めて見てみると、「腸」「血糖」「脂肪」「肝臓」「炎症」と、現代の病気の予防にとても役立つ成分がたくさん含まれていることがわかります。

毎日少しずつでいいんです。乾燥ワカメをお味噌汁に入れるだけでもOK。コンビニのおにぎりを選ぶときに「海苔巻き」を意識するだけでも違ってきます。



良いね!と思ったら、ぜひ明日の食卓に「海の幸」を取り入れてみてくださいね。

2025/07/04

健康講座872 「未来の命を守るために:妊娠中の糖尿病管理の重要性」

こんにちは、糖尿病内科クリニックです。今回は、2024年のアメリカ糖尿病学会(ADA)の「妊娠における糖尿病の管理:糖尿病ケアの基準」について、内容を詳しく丁寧に解説いたします。このガイドラインは、妊娠中の糖尿病管理に関する最新の医療基準を示しており、特に妊娠糖尿病(GDM)や既存の糖尿病を持つ妊婦さんに向けた重要なポイントを網羅しています。


妊娠と糖尿病のリスク

近年、妊娠中の糖尿病の発生率が増加しており、これは肥満の世界的な流行と関連しています。妊娠中に糖尿病を発症すると、母体と胎児に重大なリスクが伴います。これには、自然流産、胎児奇形(特に無脳症、小頭症、先天性心疾患、腎異常、尾部退縮症候群)、妊娠高血圧症候群、胎児死亡、巨大児、新生児低血糖、新生児高ビリルビン血症、新生児呼吸窮迫症候群などが含まれます。また、糖尿病を持つ妊婦から生まれた子供は、将来的に肥満、高血圧、2型糖尿病を発症するリスクが高まります。

妊娠前のカウンセリングとケア

糖尿病を持つすべての女性に対して、思春期から継続的に妊娠前カウンセリングを行うことが推奨されています。これは、血糖値をできるだけ正常に保つことの重要性を強調し、理想的にはA1C値を6.5%未満に保つことで、奇形や妊娠高血圧症、巨大児、早産などのリスクを低減することを目指します。また、避妊や家族計画に関する話し合いを行い、妊娠が計画的に行われるように支援することも重要です。計画的な妊娠により、母体と胎児の健康に対するリスクを大幅に軽減できます。

妊娠中の血糖値管理

妊娠中の理想的な血糖管理には、空腹時血糖、食前血糖、および食後血糖の監視が含まれます。具体的な目標として、空腹時血糖は95 mg/dL未満、1時間後の食後血糖は140 mg/dL未満、2時間後の食後血糖は120 mg/dL未満とされています。また、A1Cは妊娠中にやや低めに出る傾向があるため、妊娠中のA1C目標値は6%未満が理想的ですが、低血糖を避けるために7%未満に設定することも可能です。

妊娠糖尿病(GDM)の管理

妊娠糖尿病(GDM)の管理には、生活習慣の改善が不可欠です。多くの場合、食事療法や運動療法で血糖値をコントロールできることが多いですが、目標血糖値を達成するためにインスリンを追加することが推奨されています。特に、インスリンはGDMの管理において第一選択薬とされており、メトホルミンやグリブリドといった経口薬は、胎盤を通過して胎児に影響を与える可能性があるため、第一選択薬としては使用されるべきではありません。

妊娠中のインスリン療法と血糖モニタリング

妊娠中の血糖管理には、インスリン療法が中心的な役割を果たします。特に1型糖尿病の患者さんには、頻繁なインスリン投与の調整が必要であり、血糖値の頻繁なモニタリングが推奨されています。妊娠中の血糖目標を達成するためには、食前血糖と食後血糖のモニタリングが重要です。特に、食後血糖のモニタリングは、良好な血糖管理を維持し、妊娠高血圧症や巨大児のリスクを低減するのに役立ちます。

持続グルコースモニタリング(CGM)の使用

1型糖尿病を持つ妊婦さんに対しては、持続グルコースモニタリング(CGM)の使用が推奨されており、これにより母体と胎児の健康に対するリスクが軽減されることが示されています。CGMは、血糖値の時間内変動を把握し、血糖管理の改善に寄与しますが、食前および食後の血糖モニタリングを補完するものであり、それらの代わりとして使用されるべきではありません。

妊娠中の体重管理と栄養

妊娠中の栄養管理では、適切な体重増加を促進しつつ、血糖値を適切に管理することが求められます。特に肥満を伴う2型糖尿病の患者さんでは、適切な体重増加を維持することが重要です。栄養士による栄養カウンセリングが推奨され、妊娠中の適切なカロリー摂取量や栄養バランスを確保するための食事計画が提供されます。

出産後のケア

出産後、インスリン抵抗性は急速に低下し、インスリン必要量が大幅に減少することが多いため、適切なインスリン調整が必要です。また、妊娠糖尿病の既往がある女性に対しては、出産後4〜12週間後に75gの経口ブドウ糖負荷試験を実施し、糖尿病や前糖尿病の診断を行うことが推奨されています。さらに、GDMの既往がある女性は、2型糖尿病のリスクが高いため、長期的なフォローアップが重要です。

結論

このガイドラインは、妊娠中および出産後の糖尿病管理における包括的な指針を提供しています。適切な血糖管理、インスリン療法、そして多職種チームによる統合的なケアが、母体と胎児の健康を保つために不可欠です。妊娠中の糖尿病管理に関するご質問やご相談がありましたら、どうぞお気軽にご連絡ください。安心して妊娠と出産を迎えるために、専門的なサポートを提供いたします。




Standards of Care| 

15. Management of Diabetes in Pregnancy: Standards of Care in Diabetes—2024

ロゴ決定

ロゴ決定 小川糖尿病内科クリニック

皆さま、こんにちは。 当院のロゴが決定いたしました。 可愛らしいうさぎをモチーフとして、小さなお花をあしらいました。 また、周りは院長の名字である「小川」の「O(オー)」で囲っております。 同時に、世界糖尿病デーのシンボルであるブルーサークルを 意識したロゴとなって...